彼らが来るまで




「あー……」

座り込んだ砂浜の上で頭を抱えた。それからどれくらいの時間がたったのだろう。わからない。けれどもいつまでもそこにいる訳にはいかない。少しだけ情けない顔になる自分の頬をぺしんとたたいた。それからニマッと笑ってみた。足元にあるバケツを見て、とたんにしょぼくれて、また頭を抱えた。

おいて行かれてしまった自分は、いったいどうすればいいんだろう。







「あーら、ちゃん、おはやいお久しぶりぃ〜」

はたはたと手を振り、明るく迎えてくれたメイメイさんに、少しだけ口元を笑わせて、はたはた。「ど〜しちゃったのかしらぁ? 何かあったぁ?」 疑問なのに、何かあったんでしょう、と彼女はじっとこっちを見つめているように思えた。「あっ……た、と、いう……か」「うん?」「船が……なくなっ……て……」

声が出づらかった。そしてぽつりぽつりとメイメイさんに事情を説明し終えたとき、なんで私はこんなことを彼女に話しているんだろう、と、かかっと顔が赤くなった。まるで同情してくださいと言わんばかりじゃないか。ないない、これはないぞ。

慌てて彼女の店の椅子から立ち上がり、「あ、なんでもなかったです、ないない」とはたはた手を振って、店から飛び出そうとした。瞬間、メイメイさんに服をつかまれた。「おう!?」 ぴーんっ、と服がひっぱられて、バランスを崩してこけてしまった。メイメイさんはけらけらと笑うばかりで、「いったいどこに行くのぉ?」「どこにって……」

どこにだろう?

「メイメイさんね、思うんだけど。もう一回戻ってみた方がいいと思うなぁ」
「どこにですか?」
「砂浜よ、砂浜。船があるところ」

ね〜? と首をかしげる彼女を見て、冗談じゃない、と思った。なんでそう思ったのか、腹の中の自分に問いかけると、声が返ってくる。けれどもそんな情けない自分を認めたくなかった。「別にいいじゃない、一回くらい。どこにも行くあてもないんでしょう? なぁーんでいやなのかしら?」 なのにグサリとメイメイさんは刃を突き付けてくる。私は口ごもった。



     私、がんばったのに。ひどいよ。


頭の奥で聞こえた声に首を振る。ひどいよ、オウキーニさん、ジャキーニ。
恨んでる声がする。心の底で、私は彼らに腹を立ててるんだ。
それが当たり前の気持ちであることはわかる。けれども、それが理不尽だということもわかる。そもそも、私のような人間を置いてくれていたのは彼らの善意であった。けれども、やっぱりひどいよ、と思ってしまう。思いたくないのに思ってしまう。

ぎゅっと唇をかんだ。


よっこらせ、とメイメイさんがカウンターを乗り越える。そしてちょこん、としゃがみながら、床の上で腰をついていた私の頭に、「えいやー」と手のひらを乗せて、力の限り押さえたのだ。

「あうっ!?」
「若者は進んでなんぼ! へにゃへにゃしてたらおてんと様に笑われちゃうわよう」
「い、いや、そんな」
「もし、ダメだったとしても、ちゃんの一人や二人、どーんと面倒くらいみちゃうわよ。メイメイさんは懐がひろーいおねえさんなのよ?」
「い、いや、わた、いや、僕は二人もいな」
「うじうじしなーい!」

ぱんぱんっ
ついでとばかりに背中を叩かれた。立ち止まるより進みなさい。小さくつぶやかれた彼女の口元は       「メイメイさん、お酒くさいです」 無言で頭をぐりぐりされた。




***



「あ、あんさぁーん、こらほんま、あきまへんてぇ」
「何がじゃあ! わしはなーんも悪いことはしとらんぞぉー!」


しとるやないですかー!
オウキーニの叫びが船の中に響き渡る。一本の大きな柱にぐるぐるとロープでまかれて、彼はばたばたと足を動かした。びくともしない。兄貴分の船長に声をかけようとも、彼はフンフンと鼻息を荒くするばかりだ。「このままやったら、はんが……!」 島に一人、取り残されることになってしまう。

ジャキーニはオウキーニの声に、とうとうぷっつんと、喉から振り絞った声を出す。「ええか、オウキーニ! わしはこの船のおとんじゃ、父親なんじゃ!」 部屋の中に、轟々と彼の声が響いた。「そんなかに、妙な人間がおるんじゃぞ。つまみ出すにきまっとろーが。顔も見せれん、自分が何者かも言えん。そんななよっちい男は、わしがこの世で一番嫌いな生きもんじゃ!」

確かに、にも非はある。彼の主張は正しい。けれども、とオウキーニは人の好さげな眉を垂らした。「せやけど」 だけど。「助けたんはウチですわ!」 嵐の中、手を伸ばして助けたのは、自分だ。ゆらゆらと漂う海の中へ、オウキーニはためらうことなく飛び込んだ。まっすぐに、まっすぐに、あの青年へと、いや、もしかしたら少年かもしれないが、彼へと手を伸ばした。

「助けた責任ちゅうもんも、あるんとちゃいますやろか!?」

命を救ったのが自分ならば、その命の行方を見届ける責任があるはずだ。けれどもジャキーニはふんと鼻で笑う。「何をいっとるんじゃ。あっちが感謝こそすれ、わしらが気に追う必要なんて一つもないにきまっとろーが。もう十分、責任なんぞ果たしてやったわい」

さて、次はどこの海に行こうかのう。と軽く口笛を吹きながら、ジャキーニは扉へと手をかける。その背中をオウキーニは見つめていた。腹の底がうずく。お前はただのお人よしだ。ときどき、そういわれることがある。わかっている。我慢ができないものがある。そして、そんなお人よしの自分がくっついている兄貴分は、自分と同じくらい、まっすぐで、まっすぐで、「あんさんは!」 ジャキーニは眉を寄せながら振り替えった。

「あんさんは、約束を守る男なはずですわ!」

彼は、言っていたではないか。「食糧を持ってきたら、はんを仲間やと認めるって、いうてはったやないですか」

ジャキーニは瞳を細め、顎をかいた。目線をふらりと揺らし、「そんなもん……」小さくつぶやく。「できんに決まっとるわい。あいつは多分ええとこの坊ちゃんじゃ。わしらの仲間になんぞ……なれる訳がないわい」


本当にそうだろうか?
けれども多分、オウキーニが思うように、ジャキーニも迷っているに違いなかった。ふらりと揺らす瞳がなによりの証拠だ。

「今でも遅くありまへん。今すぐ陸に戻って      
「お前もしつこいのう!」

ジャキーニはオウキーニのセリフをごまかすように叫んだ。そして扉を開けた。大きく開かれた扉の向こうに、彼は足を一歩踏み出そうとして      嵐が、彼らの船を襲った。


彼らはハッとして揺れる天井を見上げる。お互い顔を見合わせ、眉を顰めながら頷いた。
それは彼らがあの奇妙な島へと流れ着いたきっかけとなった嵐と、まったくもって同じだったからだ。


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