彼らが来るまで




「え……!?」



メイメイさんに焚き付けられて、舌の先っちょをかんで、自身に気合を入れてもう一度砂浜へと戻って行った。もう一回、戻ってみた方が。そうメイメイさんに言われたけれど、期待なんてしていなかったし、する気もなかった。ただ最後の確認にするつもりだったのだ。
はい、これでバイバイ決定ですね。明日からがんばりましょう!

そんな流れにするつもりだったのに。


夕暮れの中で波にゆれながら、ゆっくりと、ゆっくりとその船は丘に近づいていた。「……え!?」 気のせいじゃない。間違いでもない。確かに、あの船は。

けれどもおかしい。
ほんの少しずつ大きくなる船のシルエットを見て、私は首をかしげた。なぜか朝よりもボロボロになっている。出航したということは船の修理が終了したから、ということではなかったのだろうか? まるでもう一度嵐にもまれたかのような海賊船を見て、思わず眉をひそめた。

いったい、何があったのか。一瞬、自分を迎えに来てくれたのかと喜んだけど、違う。予期せぬ何かがあったのだ。(な、なんで……?) 気持ちが逸った。私はその場でばたばたと二の足を踏んだ後、近づく船へと大急ぎで駆け寄った。

     いったい、何が      




   ***




信じられない、とジャキーニとオウキーニ、そして船員たちは甲板の上でぐたりと倒れていた。理解ができない。
唐突な嵐に襲われ、船を沈ませまいと舵を取る中、気づいたらまたこの島へ戻ってきていた。まるで島を出させてやるものかと何者かの呪いがかかっているようだ。いや、そうに違いない。彼らは海のプロである。だからこそわかる。あんな嵐はありえないのだ。


海の天気は女の恋心のように崩れやすいとは言うが、ものには限度というものがある。彼らはげっそりとしてぼろぼろに崩れた海賊船を見上げた。黒ひげの旗が、負けるものかと叫ぶようにはたはたと風に揺れている。「お前も、よー頑張ったのう……」 思わずジャキーニは旗へと声をかけていた。

あんな薄っぺらい布、どこぞに飛んでいたところでおかしくはない嵐だったのに。さすが自分たちの旗だ。
死んだものはいない。奇跡だった。はー、とため息をついたとき、船は勝手に動きを止めた。ゆらゆらと揺れる波の上で、「呪いじゃあ……」 つぶやいた言葉が本当になりそうで怖い。



「オウキーニさん、ジャキーニさん、ムキムキさん方!」

どこぞで聞いた覚えのある、腹が立つ小僧の声がする。っていうか今ムキムキさん方って言わなかったか。「はーん……」 オウキーニがふらふらと立ち上がり、ずべっとこけた。そんなオウキーニをは慌てて持ち上げる。

「え、ちょ、いったいどうしたんですか、これ……!」
「ようわからへんのや……嵐が、嵐がぐわーっと、どわーっとぉ……」
「おおおオウキーニさん擬音語でしか会話できなくなってますよ!?」

ちょっともう大丈夫じゃないじゃないですか! とは彼を座らせ、勝手に船の中に入り込み、ばたばたとあわただしく水を持ってくる。それを船員たちにも配り、それじゃあ最後に、という風にジャキーニに水が入ったコップを差し出した。ジャキーニは、それを弾き飛ばした。


ごろん、ごろんごろん。

コップが木の板の上を転がって行く。運がいいことにわれなかったらしい。「水は貴重なんじゃ、勝手なことをしくさって。迷惑じゃ!」 その貴重な水を、今自分で弾き飛ばしたが。

あんさん! とオウキーニがふらふらと抗議の声を上げるのが聞こえる。理不尽なセリフを言ったと、自分自身わかっていた。けれども、誰が受け入れられようか。大の大人が、船長が、のこのこ後からやってきた小僧に看られて、ありがとうだなんてお礼を言うだなんて。

もちろん、が遅れて船に来た事実は自身の所為であるので、理不尽だとはわかってみた。けれども、がっくりと来ていたのだ。島から出ることができる。こんなはぐれだらけの場所からさっさとおさらばできる。
      そう、思っていたのに。



はジャキーニに手を差し出した体勢のまま、ぼんやりとこちらを見ているように見えた。深いフードの奥で彼の表情をうかがうことはできないが、ちくりと良心がうずいた。(あんさんは、約束を守る男なはずですわ!)オウキーニの声が聞こえる。「……おい、お前。食糧はどうしたんじゃ」「え?」「食糧じゃ! もってこいって言ったじゃろーが!」

は慌てたように自分の両手を確認した、そしてフード越しに頭をひっかき、「あ、なんか……忘れちゃった、みたいで……いや、ちゃんと釣ったんですよ、お魚、ほんとに!」「言い訳する男はすかん」「……ですよねぇ」

ははは、とは苦笑した。
そんなを見て、ジャキーニはほっとした。あいつは約束を守らなかったのだ。だから自分が気にする必要はない。何か卑怯な気がする。けれども先に約束を破ったのは、あっちの方なのだ。

「約束やぶりにやるメシも場所もないわい」

だからさっさと消えてしまえ。そう思ったのに、何か胸の方がイガイガする。いや、これは言い過ぎかもしれない。あいつが、が。ごめんなさい、勘弁してください。ここに置いてください。そういえば、置いてやらないこともない。そう思ったのだ。

けれどもは、ははは、と相変わらず苦笑して、ひょいっと腰を上げた。「わかりました。色々とご迷惑をおかけしました」 ただそれだけ言って、背中を向けたのだ。えっと思わず息をのんだ。おい、と声をかけることもできない。おいおい、何でそんなに潔いんじゃい、と髭がもごもごする。

オウキーニが、船のやつら、船長、いいんすかい? という風にこっちを見ているような気がした。「お、おい。お前!」 やっとこさ声が出た。はとっくに小さくなっていた。

いったいどうやって声をかけるつもりなのか。
やっぱりいいぞ。うちにいてもいいぞ。いいや言えない。そんなことは言えない。あいつは約束を守らなかった。妙なフードをかぶっている。顔も見せない、信用ができない      「たまになら……」 たまになら、来てもええんじゃぞ。


その声がに伝わったかどうかはわからないが、彼は片手をひょいと上げて、背中を向けたままゆっくりと小さくなっていった。


「あんさんは、アホですわ」
「うるさいわい」



   ***


(元の世界に、戻らなくちゃダメだもんね……)

一人で生きていけるようにならなければ。いつまでも誰かの背中に乗っかるばかりじゃいけない。本名を言うことすらためらっている自分が、人の信用や、善意を求めようとするのは間違ってる。あそこにいる間、ずっとそう思って、胸がちくちくしていた。(暗い気持ちじゃない) 大丈夫。大丈夫。

ぽてぽてと森の中を歩いていると、かすかに葉がこすれる音が聞こえた。召喚獣か、と腰の刀に手をのばした。けれどもぷんと香る酒の匂いに、なんだ。

「メイメイさんですか」
ちゃんったら耳がいいのかしら? それとも鼻かしら?」
「耳ですかね。……こんなところで危ないですよ?」

だーいじょうぶよう。と彼女はカラカラと笑い、ひょうたんをひょいっと上げる。「じゃあいきましょーかー、ちゃん」「行くって……どこに?」「言ったでしょーお? ちゃんの一人や二人、面倒見てあげるって」

えっ、と私は瞬いた。そして首を振った。「だめですよ!」 それじゃあ船から出た意味がない。
だというのに、メイメイさんはにゃふにゃふ笑って、ひょいと私の手を取った。そのままぐいぐい引っ張った後、どうしようかと迷っている私を振り返って、「人の善意を、ありがとうって受け取るのも大人の印なのよう」


そうなのだろうか。よくわからない。頭を下げるべきか、それともこの手のひらを離すべきか迷いあぐねている私を見て、メイメイさんは面白げに片方の眉を上げた。

「ふふーん。まま、安心なさーい。ちょっとの手助けをしてあげるってだけだから。あなたは大丈夫、一人で生きていけるわよ。それは他人と関わらないで生きていくということとは、また別なのだけどね?」




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2005.12.??執筆  24話
2011.08.08修正  16話