「ホントにいるんですよぉ、ホントなんですってば〜! なんで信じてくれないんですかぁ〜!」


マルルゥの受難 番外編




日本特有のような趣のある家の縁側に、角の生えた女性と、長い髪をきゅっとくくった若い男がさっと背筋を伸ばしながら座っていた。その隣には若草のような服を着た手のひらに包み込めてしまいそうな小さな妖精がいた。
そしてその隣には、小さな子鬼がちょこんと座る。

「マルルゥ、なんじゃいきなり」
「お姫さまぁ…」

マルルゥと呼ばれた妖精が、お姫さまと呼ばれた女性に涙顔で向き直った。「誰も信じてくれないんですよぅ」としょんぼり眉尻を落としていると、「そりゃマルルゥの言う事だもん」と子鬼がにやりと笑って縁側にかけた足をぷらぷらと揺らす。角の生えた鬼の女性は、こりゃ、スバル!と子どもの頭を叩く。スバルは、だって母上、とほんの少し目に涙をため、口答えをした。

その様子を若い男性は微笑ましいものを見ているように苦笑する。彼ら二人は、彼の主君であり、仕えるべき主なのだ。スバルは青年を目の端でとがめ、「何笑ってんだキュウマ!」と顔を真っ赤にさせている。

「もおぉ〜! 聞いてくださいですよぉー!」
「おお、すまんなマルルゥ。して、なんじゃったかな?」

マルルゥはぷっと膨らませていた頬はどこえやら。真剣な表情でぴしりと人差し指を立てた。くるくるとよく表情が変わる妖精である。「これは今朝のことですが     



   ***



「で、何だ?」

ふんぞり返った表情で、ヤッファはマルルゥを見下ろした。白いふわふわの手に、もこもこした毛。見るものとときめかせるものがある、とマルルゥは常々考えていたのだが、それはまあ、横に置いておいて。「シマシマさん、大変なのですよー!」 シマシマじゃねえ、ヤッファ。と名前を訂正する声も聞かずにマルルゥは叫ぶ。
彼女は人の名前を適当につける癖があるのだ。「なくなってるですよ〜!」「だから何がだ」



「畑泥棒が、出たんです!」
「はあ?」

ヤッファは眉を顰め、目の前の妖精を見下ろす。マルルゥは小さな手を必死に動かし、「畑のお野菜が、いっぱいいっぱい減ってるです。おかしいですよ、泥棒さんです、泥棒さんが出たですよー!」

暫く前から、おかしいなぁ? と思っていたのだ。毎日ちょっとずつお野菜がなくなっていく。初めは畑に住むヘルモグラさんの所為だと思っていたのだけれど、モグラさんはもぐもぐかじって、「へいごっそさん!」というように、食べ残しをいっぱい残していくのだ。

マルルゥは常々その行為がお下品である、食べるならさっさと全部食べるです! と思っていたのだけれど、それはまあ横に置いておいて。

マルルゥの必死の訴えにも、ヤッファはどこふく風のように、「泥棒? んな訳ねぇだろ」と話の半分も聞いてくれない。マルルゥだって、彼がこうも否定する理由は分かっている。泥棒がいるということは、犯人さんがいるのだ。その犯人さんは、この島の中にいる。
けれどもそれは変なのだ。

機械の集まりであるラトリクスは元々、食料など必要ないし、狭間の領域の幽霊さん達だってそう。一番可能性の高い    かもしれない風雷の郷は、自分達で自給自足がなりたっている。食料が足りなくなったなんて言う事は聞いた事もないし、物を盗むような深刻な状況になる前にこちらに声をかけに来るに違いない。

そして、そして、これはとても悲しいことなのだけれど、      彼らが、自分から自分たちに関わろうとはしないだろう。それは別に、マルルゥやヤッファ達だけが嫌われているということではなく、みんながみんな、お互いに関わろうとしないのだ。


それに他の集落の人を疑うことはしたくない。マルルゥはぷるぷると首を振って、「マルルゥは思うですよ」と、そっとヤッファの耳元にささやいた。「だれか     他の人間さんが、この島に来てるのかもしれないです」

ヤッファはパチリと瞬きをした。そして真剣な顔つきで自分を見つめる妖精を見て、うんと頷く。「マルルゥ」「ハイです!」「顔、洗ってこいや」


出直してこい、と遠巻きに伝える護人に、マルルゥはガクリと膝をついた。空中だから、ポーズだけだけど。





     ***




「ぎゃっはははははー!!!」 縁側にほかほか平和な笑い声が響く。こっちは本気だというのに、これはないぞ、とマルルゥは「ヒドイですよう、やんちゃさん!」 スバルは即座にマルルゥのほっぺたに人差し指を突き出した。ぶすっ。「ス、バ、ル!!」 いい加減覚えろや!

マルルゥの小さなほっぺたをこねくり回すように、スバルはグリグリと人差し指を飛び出させた。やめてくださいーやんちゃさーん! だからスバルだっつのぐりぐりぐり! やんちゃさんはなんでそんな意地悪なんですかー! だーかーらー!
そんな不毛な争いに終止符を打つように、こほりとミスミが咳を一つ。

「まぁ、マルルゥ、それはおいといて、人間が来ていると言うのはのぅ…」
「いえ、ミスミ様、ゲンジ殿のようなものがいる可能性は否定できません」
「カズもだろ」

そんなスバルの言葉に、キュウマは、ぐっと言葉を詰まらせた。なんというか、苦虫を噛んだような顔というのは、こういうものなのだろう。ミスミはくすりと笑いを落とす。「相変わらずカズが苦手なのじゃのう」「め、面目ありません……」「よいよい。人の趣味はそれぞれじゃ。まあ、護人である以上は、平等でもあるべきじゃがの」まあ、それはさておき。


「人間は、滅多なことでは来ないと思うがのう」




結局、マルルゥはスバルのおかげでほっぺがじんじん痛いばかりで、何の収穫もなかった。確かに、自分だってわかってはいるのだ。けれども畑の野菜が減っていることは、誰が説明するのだろう。ふらふら森の中を低空飛行しながら、「新種のヘルモグラさん達ですかねー……?」 だったら困る。とても困る。


なんにせよ、ふつふつとマルルゥの中で怒りがわいてきたのだ。お野菜がたくさんなくなって、困るのは誰なんですか! シマシマさんですよう、シマシマさんが一番困るんですよう! おなかが減って、きゅーってなっちゃうんですよう!

ぎゅいーん! とスピードとともに怒りもアップしていく彼女の目の前に、一人の子どもが飛び出した。車は急には止まれない。妖精も急には止まれない。「ひゃっ、マルルゥ!?」 見事に彼女をキャッチした少年を、マルルゥはひょいと見上げた。そしてぎゅっとマフラーをわしずかむ。

「わんわんさん、行くのですよ!」
「え、どこに?」

道ずれに。






「何で、ぼくがこんなこと……」
「静かにして下さい、わんわんさん!!」

そういって一番うるさいのはマルルゥであるけれど、パナシェは反論しなかった。大人である。
とっぷりと日が暮れてしまった夜のこと。一羽の妖精と、一匹のバウナスがぶるぶる体を震わせながらにゅっと大きな木の幹から体を覗かせていた。わんわんさん。本名パナシェ。属名バウナス、顔がわんこのふかふか種族なもので、彼の手にきゅっと入っていれば、夜も安心ほかほか安全。押しに弱いのが欠点。

彼は眉をきゅーっと落として、今すぐ泣きださんとばかりに、「来ないよう、泥棒なんかぁ……」としょんぼり声を出した。しかしマルルゥはそんなことを聞いちゃいない。「わんわんさん、ご飯がなくなったらどうするです? マルルゥは小さいですから大丈夫ですが、わんわんさんやシマシマさんは、お腹が減って、きゅーのばたんですよう?」「スバルのとこに行くからいいよう」「ぐぐっ……意外と賢いお返事を……!」
集落は違うが、スバルとパナシェのお子様二人は中々に仲がよろしいのである。喜ばしいことだ。


まあしかし、なんだかんだと言って、パナシェはマルルゥに付き合った。どうせ泥棒なんて出る訳がないのだ。この島に人間が来るだなんて、そんなそんな。もし出るとしたら、「幽霊くらいだよ」 そう自分が言った後、彼はささっと顔を青くさせた。毛並に隠れて、傍からはよくわからない感じなのだけど。「どうしたですか? わんわんさん」「い、いや、なんでも……ぎゃぎゃー!」

唐突にパナシェは叫んだ。その口を、マルルゥはぎゅっとふさぐ。おんどりゃだまらんかい。「ゆうれいゆうれいゆうれいゆうれいゆうれい……!」 何が怖いのかぶつぶつ呟いているが、ぶっちゃけそう言っているパナシェの方が怖い。マルルゥはきゅっと目のあたりに力を入れて、パナシェががくがく指差す方角を見つめた。     人影だ!

彼女はさっと飛び出した。「捕まえるです!」 畑が目の前で荒らされている! これを許せる訳がない。飛び出すマルルゥ、続くパナシェ     と、思いきや、振り返ればすたこら逃げる小さな背中ばかりである。逃げ足速いよ!? なんてこったー! と頭を抱えたとき、「ぎゃー!」と叫ぶ男の声が聞こえたのだ。

あれれ、と再び畑へ目を向けると、さきほどごそごそ畑を荒らして男とは別の人がすっと畑の中で立っていた。暗闇で見た男は上半身が裸だった気がするし、もっと背が高かった。

彼は大きなローブを羽織っていて、フードの向こう側の顔がよくわからない。マルルゥはほんのちょっぴり心の底をびくびくさせたのだけれど、「おおお」と目の前の人が間抜けな声を出したので、こっちの心もほにゃほにゃ柔らかくなった。男の人の声だった。

「小人……いや、飛んでるから妖精かな?」
「あ、あのう?」
「ふーん、すごいな。さすがファンタジーだね」

ファンタジー? と首を傾げると、男の人はごめんごめんと片手を振った。もう片方の脇には藁で編んだ籠を抱えていて、その中にはお野菜がぎゅうぎゅうに詰まっている。(や、やっぱり泥棒さんだったのですね!?) おおお、とマルルゥは腰からサモナイト石を取り出そうとした瞬間、「あ、これ返すね」とすいっと彼が野菜を突き出した。

ぽかんとしていたマルルゥに、いったい何を勘違いしたのか、「ああ、持てないか。じゃあ下に置いておくよ。盗ったやつらにはお魚でも食べさすようにするからさ。なんだかごめんね」


いったいどういうことだろうか。彼は泥棒さんじゃないのか? きょときょと首を傾げるマルルゥを見て、彼はくすっと微笑んだ。多分。口元しか見ないから、笑ったかどうか、はっきりとは分からなかったけど。「妖精さん、かわいいね」 おおお! とマルルゥはドキッとした。かわいいと言われてしまいました。

「それじゃあね、妖精さん」

はたはたと手を振る青年を、マルルゥはぽかんとして見送った。けれどもハッとして、彼の背中に問いかける。「ど、泥棒さん、お名前はなんですか!?」 気になったのだ。
彼はひょいと振り返って、「泥棒じゃないって」と苦笑するような声を出した。「だよ」

つけたしのようなその言葉が、一瞬名前だとわからなかった。マルルゥはぽぽっと頬を染めながら、はうう、ともだえた。「かっこいいです、覆面さん……」 
いや、覆面じゃないし。だし。そんなツッコミは誰にもしてもらえなかった。当たり前だけど。



そして、その数日後のことである。

ふわふわふかふかシマシマさんが、どうしたもんかと首を傾げていたのだ。どうしたですか? と彼女が問いかけてみると、彼は顎をひっかきながら、「いやな」と言葉を続ける。「人間が来たんだよ」「ええ!?」

「それで、親睦として集落を案内してくれるヤツ探してるんだが、してくれそうなヤツを探してるんだが     なんだよ、してみたいのか?」
「はいです! するです、マルルゥが案内するのですよー!」

覆面さん、覆面さん。あの人がいるかもしれない覆面さん!

結局、マルルゥと彼女の出会いは、もう少し後になってしまうのだけれども。
彼らが来る、ほんのちょっと前のおまけなお話。



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2005.12.31  執筆 25話
2011.08.08  微修正 17話