| さて、視点は変わり 彼らと私 さて、とアティはため息をついた。自分はただ、家庭教師の仕事を開始するため、生徒たち四人と船に乗って、ついでに言うのならばその船旅の間に彼らと仲良くならなければクビという、中々にギリギリな崖っぷち状態なのだ。遊んでいる暇なんてない。暇なんてないのに。 (海賊船に襲われるだなんて……) 最悪だ。せめてこう、もうちょっと空気を読んでほしいなぁ、と目の前でハタハタ真っ黒なマントを海風に靡かせながらニマッと笑う金髪の兄ちゃんを見て思った。海賊だと言う割には人懐っこい笑みを浮かべていて、「俺は、強いヤツとバチバチやるのが大好きなんだよ」 だから戦おうぜ? 強いやつ、と認識されてしまったことが嬉しいのかどうか、ちょっとよくわからない。どちらかというと困ってしまう。アティは手に持つ剣をもう一度強く握りしめた。子ども達は船の中に逃がしている。甲板から吹き荒れる風が次第に強くなっていく。嫌な風だ。(荒れるかもしれない) 「ちょっとカイル、あんた遊んでる場合じゃないわよ!?」 「あそんでねーよ、俺はいつでも本気だァ!」 いくぜぇ! と素手でこちらに飛び込んだ男から、アティは慌てて後ろへ逃げた。剣と拳との対決だなんて冗談じゃない。下手をすると殺してしまう。クッと唇を噛んで剣を大振りに振りかざした。「おっとぉ!」 男は敏捷な動きで屈みこみ、素早くアティへ向かって拳を突き出す。剣の柄で流したが、手のひらが恐ろしいほどにしびれた。「手加減してたら、勝てねぇぜ?」 男はペロリと唇を舐めた。確かに、とアティは苦笑する。 「ですが私は戦いたい訳ではありません、お引き取り願えませんか……!」 「御免こうむる!」 ぽとっとアティの頬に滴がこぼれた。とうとう雨が降り出したのだ。アティは滴を切るように剣を閃かせ、それに呼応するように、男は剣の腹を拳で狙う。傷つけまいとするアティと彼女の本気を求める男。ぽつぽつと降る雨の勢いも激しくなるばかりで、戦いはいつまでも煮え切らない。 そんな彼らにしびれを切らしたのだ。一人の少年が、サッと甲板の上に乗りだし、力の限り叫んだ。「そんな奴、やっつけちゃえーーーーー!!!!」 ハッとして、アティと男は少年へ目を向けた。「ナップ!」 何かがアティに告げていた。それが何なのか、アティ自身にもわからない。けれども何かが胸の中で急いたのだ。 「立っちゃダメです、船の中に、いえ、どこか柱に掴まって 怒涛の波が船を目がけて崩れ落ちた。空は一瞬にしてどす黒く変化し、轟く雷鳴の音が、飛沫の向こう側で響く。船がぐるんと横倒しになり、幾人もの人間が甲板の上を滑り落ちた。アティも同じく足を体を滑らせたとき、金髪の男がアティの腕をはっしと掴む。アティは驚き、目を見開いた。けれど瞬間、少女の悲鳴が響き渡った。 「きゃああああ!!!」「アリーゼ!」 ツインテールの少女がぱっと波の中に消えていく。「追うな! 死ぬぞ!」 男がアティの手を力強く掴む。けれどもその僅かな逡巡の間に、緑の帽子をかぶった少年が、勢いよく自分から波の中へ飛び込んだ。 がくんっと船がまた揺れた。緩んだ男の手を振り払い、アティは甲板の上を駆けた。視界には船の柱に捕まったナップとベルフラウの姿が見える。彼らは大丈夫。うんと頷く。(大丈夫) (大丈夫) 「あっ 遠い水の向こう側で、少年が驚きの声を上げるのが聞こえる。ナップだ。大丈夫だから。 彼女はどす黒い、水の塊の中へと飛び込んだ。ばしゃんっ! ただ、手を伸ばした。アリーゼの、ウィルの姿へとぼこぼこと口元から気泡を漏らしながらただ不格好に両手を泳がせた。 重い水の中を、苛立つほどにのたりとした動きで子供たちを胸に抱き、ばたばたと足を動かす。ぽこぽこぽこ……水の中は静かだった。下を見れば暗い足元がずんと広がっていく。足を動かしているというのに、体は沈むばかりで思うように動かない。かばっと口元から大量の泡が出た。喉にいがいがとした水が張り付く。鼻の奥が痛い。 ふと、弟の声を聞いたような気がした。 天国からのお迎えではない。彼は生きている。軍を辞めよう、一緒にやめよう。あんな失敗をして、居続けることはできないよと、双子の弟に叫んだ。けれども彼は意味が分からないという風に眉を顰めて、(辞めるなら姉さん一人で辞めてくれ。俺は辞めないよ) そう言った。 何で今、彼の声が聞こえるんだろう。おかしい、彼はこんなところにいるはずがない。走馬灯だ、と気づいたとき、アティはハッと目を見開いた。苦しい。死ぬかもしれない。いや、死ぬ。おそらく、死ぬ。けれども。 手の中に暖かい命が鼓動している。 (死んではいけない) 生き残らないといけない。子どもたちをこんなところで死なせてしまう訳にはいかない。けれども、するすると、目の前から光は遠くなる。(助けて) (誰か) (誰か、助けて 力が 欲しいか ? どこか遠く、海の底で。ふわりと柔らかなエメラルドの光がともったような、そんな気が。 我を 声が聞こえる。耳の奥で、じんじんと頭に響く、声が聞こえる。 継承 せよ 奇妙な声が、聞こえた。 *** メイメイさんが住む場所を面倒を見てくれる、とは言っていたものの、実際のところはテント生活に近かった。「はーい、ちゃーん。ここはメイメイさんオススメの場所なのよう? 夜はあったかくて、昼はすずしい。あらまあふしぎ! はぐれも何でかここには来ないのよねぇ〜」 と言って、とある森の中を指さしたときは、一体なんの冗談だと思ったのだけれど、今のところ、まあなんとか生活できている。 確かに彼女の言う通りにはぐれはいないし、海辺も近い。ついでに言うとメイメイさんのお店にも近い。ふと思ったのだけれど、私が今住んでいる場所にはぐれが出ないというよりも、メイメイさんの店周辺にはぐれが出ないのだ。「うーん……」 不思議だなぁ、と思ったけれど、それ以上考えるのはやめておいた。何故ならお腹が減っているからである。今から私は食糧ゲッツの釣りタイムなのだ。 ほんのちょっとの干渉だけでそっと見守ってくれるメイメイさんの存在はありがたかった。ガチャン、とあの日、ジャキーニのムキムキさんから貸してもらったまま、返しそびれたバケツを揺らしながら、のたのた歩く。さすがにいつまでも借りっぱはまずいかなぁ、と思うので、後で返しに行こう。 私はぶらぶらと岩辺に向かおうとした。空はそろそろ暗くなってきている。気のせいだろうか、遠くの空が妙に荒れているように感じた。「」 聞き覚えのある声がする。「……!?」 にこっと、彼は笑って立っていた。 「、何で出てきてくれなかったの。ずっと呼んでたのに」 「色々事情があってさ。お願い事をされたんだ」 誰に、何を? と眉を顰めると、彼はまたまたにこりと笑った。そしてゆっくりと、私が先ほどまで見ていた海を指差した。一体なんだ、と文句を言おうとしたとき、「見て、」 海が、轟々と叫んでいる すっと薄いエメラルドの光が、細い糸のように空へと昇っていた。それが段々と大きくなり、海の色をすっかりと染め上げていく。どこかで見た色だ、と逃避したのは一瞬だ。どこかもなにもない。あの日、ヤードさんを追ったとき、空を覆い包んでいたあの色だ。 「きっとみんな見ているよ。集落の人間、全員が」 集落。この島で過ごすうちに、いくつかの村があることには気づいていた。はそのことを言っているのだろうか。 彼はパチパチと、静かに手を打っていた。「さて、はじまり、はじまり」 ぱち、ぱち、ぱち。 「物語は、今この瞬間に BACK TOP NEXT 2006.01.??執筆 26話 2011.08.09修正 18話 |