彼らと私




ナイフを人差し指と中指の間にはめ、ひょいとスナップをきかせる。木の幹に突き刺さったナイフを見て、よっしゃ、と拳を握った。中々うまくなった。いや、もともとできていたのだけれども、なんというか、やっと自分の意識に馴染んだ、という感じだ。

うんうん、と私は何度も手首をひねって、こうね、こうね、と首を傾げる。「そいやぁ」 投げたナイフは、見事に果実の頭を通り、ぽとりと地面に実を落とした。「よしよし、あとこれを10回ばかり……」 サバイバル生活も、慣れてきたものである。



とりあえず一番重要なものとして川からバケツで水を組み、まあ大丈夫だと思うけれども、念のためだと聞きかじりの知識で作った浄水器に水を通す。メイメイさんからもらったヒョウタンに穴をあけて、砂や砂利を遠し、水の汚れた部分だけを取り除くのだ。

鳥用の罠を仕掛けておいた場所を確認して、エサだけ取られたことにしょんぼり肩を落とした後、もうちょっと改良が必要かなー? と首を傾げる。次に使う縄は、もっと丈夫な方がいいだろう。

木の枝を集めて、ぽいっといつものねぐらの前に置いておく。それを木の蔦でまとめる。サバイバルは時間との闘いなのだ。まだまだ不慣れな私は毎日やることがいっぱいである。「…………さて」 ガチャン、と音を鳴らしながらバケツを持ち上げた。「釣りに行くかー」



やっぱり一番お手頃で取りやすいのは釣りだった。性にあっているんだと思う。けれども魚ばかり食べるというのも、病気が怖い。バランスが難しいところだ。たまに「おすそわけ〜」なんて言ってメイメイさんが持って来てくれるお野菜は、とてもありがたい。


あれからの姿を見ていない。一人いうだけ言って、「それじゃあねー」と元気に手を振って消えてしまった。思わずため息をついた。一体何がしたいのだろうか、あの男の子は。
(…………エメラルドの、空……)

あの日、ヤードさんを見たときと同じく。

何か胸が急いている。始まった。の言葉が頭の中でリフレインしている。始まった。
…………なにが?



「まあそんなことを考えるよりも、日々のご飯ですねご飯」

こっちの方が遥かに重要である。
さてさて、と口笛を吹いているとき、どんぶらこっこ、と揺れる波の中で、小さな木切れに捕まった男の子がゆらゆら流されて来たのだ。

私はしばらく状況が理解できず、「いやあこんな場所で服を着たままどんぶらこっことは、いい趣味ですなぁ」と思った。けれどもまさか、そんな訳ない。「…………? あ、うあああ、わああ、大丈夫かきみー!」

私は釣竿をその場において、一瞬どうすべきか逡巡したものの、顔を隠す邪魔なローブをばさっと抜いた。そしてぽーん、と海の中に飛び込んだ。
まさか溺れる側から、助ける側に回ることになるとは思わなかった。





茶色い髪をして、活発げな瞳の少年は、さすがにこのときばかりはゲホゲホ咳き込み、体を小さくさせていた。二人一緒にびちゃびちゃになりながらも岩場でふはあ、と肩を落とし、私は自分のローブで彼の頭をごしごし拭いた。少々汚いかもしれないが、濡れているよりはましだろう。
そしてある程度少年が渇いたと思ったら、ささっとローブを着こんだ。磯臭いがしょうがない。

「……あ、ありがと、ねえちゃん……」
「どういたしまして」
「!?」

私が口を開いた瞬間、彼はぎょぎょっとしたように目を見開いた。それはそうだろう。想像以上の低い声に、彼はいったいねーちゃん? それともにーちゃんどっちなの? という風に目をあたふたとさせている。私はぽりぽりと頭をひっかき、「それで、どうしてどんぶらこっこしてた訳? 僕、びっくりしちゃったよ」 とわざとらしく僕という言葉を主張した。

すると少年は、「なんだ兄ちゃんか!」とあけすけな顔をして頷いたので、「はいはいにーちゃんですよ。それでどうしたんだい?」 と彼の頭をぐしぐし撫でた。すると少年は、何すんだよ、と苛立たしげに私の手のひらを跳ね飛ばしたので、これにはちょっと驚いた。どちらかというと人懐っこい少年だと思ったのだけれど、こういう動作は嫌いらしい。

なるほど、と私は手のひらを引っ込めて、じっと少年を見る。少年もじっとこちらを見つめていたので、先に言わせてもらうことにした。

「僕の名前は。君は?」
「ナップ・マルティーニ」
「ふうん、マルティーニくん?」

なんだかカッコいい名前だなぁ、と思ったので復唱させてもらったのだけれど、マルティーニくんは即座にささっと顔を青くさせた。「い、いや、ちが、その、マルティーニじゃねーし、俺……」「いや今言ったじゃん。ヘイ! マルティーニくん」「ちげーよぉー!」 意味がわからん。中学生くらいだろうか、ちょっと年が下になるだけで本当にわからん。「じゃあもういいよ、ナップくんね」

適当に話を切り上げると、これもまた不審そうにちろちろと彼はこっちを見てくる。「……俺、マルティーニだぜ」「はいはい、わかったわかった」「マルティーニなんだぜ?」「もぉ〜何が言いたいんだい、君は」
意味がわからん! とべしっと言葉を叩きつけると、今度はパーッと顔を輝かせた。なんだ。ホントに、いみわかめ。


   ***


「ふうん、それで、船から落っこちたって訳……」
「うん、最初は甲板に必死で掴まってたんだけどさぁ、結局俺、ダメダメで……」
「いやまあ、しょうがないんじゃない? 大の大人も流されるくらいの嵐だったんでしょ?」

私はナップくんから、軽く事情を説明してもらった。やってきた海賊。それと同じくいきなり起こった嵐。海の中に落ちた兄弟達と家庭教師。ナップくんは私の言葉にしょぼんと頭をたらし、「流されたっていうか、あいつは……自分から、アリーゼとウィル兄貴を……」 ごにょごにょと言葉を濁した。ふうん。

聞いた話では、家庭教師は美人な女性だったということだけど、中々気骨のある女性らしい。驚きだな、と頷いていると、彼は唇を噛んでしょぼくれていた。自分が助けられなかったことに悔いているのだろうか。まあ、気にするなよ、と言いたくて、くしゃっと彼の頭を撫でてみた。そのすぐ後に、あ、まずった。と思ったのだけれど、特に手のひらをはじかれることもなく、ナップくんはもしょもしょと撫でられるままになている。
もしょもしょ。

特に言葉もないまま、私は彼の頭をよしよしとし続けていた。彼はただ、ぽつりと「ベル姉……」とつぶやいた。残りの兄弟の名前だろうか。「……その、さぁ」 私は勝手に口元が動いていた。

「探しに行く? ご兄弟さん達。ほら、みんなもさ、この島に流れてるかも……しんないし?」

ナップくんは、ゆっくりと頷いた。


   ***



なんでこんなことになったんだろう。俺はふとため息をついた。
きっとあと一日早いか遅い船に乗れば、こんなふうにびしょびしょになる必要も、兄弟バラバラになることもなくって、退屈な船旅の間、いつもみたいに家庭教師をいびって、遊んでやろうぜってみんなでこしょこしょ相談して、アリーゼが、ダメよ、そんなのダメよ、とぷるぷる震えて、アリーゼは意気地なしだなぁ、と妹を笑って。そんな当たり前の日常があるはずだったんだ。
なのに、なんで。ほんのちょっと時間がたっただけなのに、なんでこんなにガラリと話が変わってしまうんだろう。

ウィル兄貴。アリーゼ。ベル姉。大丈夫かな。


不安で不安でしょうがなかった。だから、と言った顔はねーちゃんなのに、実はにーちゃんの手をぎゅっと握った。そいつはぎゅっと手を握り返した。(マルティーニの名前も知らないなんて……) どれだけここは田舎なんだよ、と息を吐き出す。

(いや、田舎とか、そういう程度で済んでたらいいんだけどさ……)
ここらへんの海域に、果たして島なんてあっただろうか? 勉強が得意な他の兄弟なら、何か知っていたかもしれない。けれども自分では何もわからない。くそう、と舌を噛んだ。涙が出そうになっても、これでなんとか我慢できる。

ふと頭の中で、ためらいもなく海の中へと飛び込んだ、あの新しい家庭教師のことを思い出した。正確に言ってしまえば、教師にさえなっていない。それなのに、あいつはばしゃんと力強く、波の中に消えていったのだ。正直、俺はびびった。ありえないだろって思った。
(俺は……)

ただ必死で、ぎゅっと柱をつかんでいるだけだったのに、あの教師は。正直、少しだけ感動した。思い出すと目頭が熱くなってくるのは、そう、感動したからなんだ。決して、決して。
(自分があんまりにも情けなくって、涙が出そうな訳じゃないんだ)



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