彼らと私





ぎゅっとナップくんの手を握って、その反対の手にはバケツを持って、釣竿は鈴鳴と一緒に腰にさした。なんだかちょっとシュールな光景だけれど、本日はいまだに戦利品の魚がなかったことが救いな気がする。
どこに行けばいいかなんてわからない。とにかく島をゆっくりと一周してみよう、ダメながら一度テントに戻って彼と一緒にご飯を食べよう。

がちょん、がしゃん

ふと、小さな音が聞こえた。ぴくぴくっと耳が反応する。ナップくんは気づいた様子もなく、そのまま歩を進めようとしている。「待って」 私は人よりも、ちょっとだけ耳がいいのだ。「音がする」「音?」

彼が首を傾げた瞬間、「ぴー!」 という叫び声と一緒に頭でっかちの生き物が、ぴょいっと飛び出してきたのだ。文字通り、ぴょいっという感じだった。べちょんと目の前で倒れた後に、ばたばた両手を泳がせて、おいおいチミタチは誰だね? なにを見ておるのだね? という風にこっちを見上げた。

ナップくんはきゅっと私の湿ったローブをつかむと、「兄ちゃん」「なんだい?」「……こいつ、かわいい……!」「見ればわかる」

おいでぇー、おいでぇー、とちっちっち、とナップくんは人差し指を振っている。小さな召喚獣は、「ピー? ピピー?」と機械チックな音を立ててくいっと首を傾げた後、おっこらしょ、と腰を浮かして、よちよちこっちに歩いてくる。そしてナップくんの人差し指をぎゅっとつかんだ。「〜〜〜!」「おお」

感無量らしいナップくんはさておき、召喚獣にもいろいろいるのだなぁ、と私は頷く。この島に来てからというもの、“マリンゼリー”というらしいはぐれが襲ってくるばかりなので、基本的に召喚獣とは凶暴なものだと思っていた。けれどもよくよく考えたら、私も召喚獣であるので、なるほど。ただの偏見だったかもしれない。

そんな召喚獣がやってきた背後から、噂のマリンゼリーがにゅっと飛び出した。ナップくんと、いいやその召喚獣を襲うように、じっと狙いを定めている。私は腰から取り出した釣竿をマリンゼリーのぐにょぐにょした中心部へと勢いよくめり込ませた。「…………間違えた」 腰に釣竿なんてさしておくからだ。小さな光をほとばしらせながら消えていくゼリーを目の端でとらえ、ふう、とため息をつく。釣竿に付着し、わずかに残ったゼリーの液体を、ぶんぶん振りまわして飛ばす。


「なんだ、お前いじめられてんのか?」
「ぴぴー……」
「にーちゃーん、こいつかわいそうだよ、連れていこーぜー」

ぎゅーっとその小さな召喚獣を抱きしめるナップくんを見て、私は頷く。ついでに釣竿もぶんぶんぶん。「うん。別にいいけど」 まあ、ナップくんに抱きしめられてぴぴ〜♪と嬉しそうに目を細めるその子は乱暴そうな子には見えないし、賢そうだ。もしかしたら人の言葉もわかっているのかも。
(……気のせいかな)

「なんか、ちょっと、違う気がするな……」
「何が?」
「いやまあ、よくわかんないけど」

何がが違うような気がしたのだ。今まで見た召喚獣とは、ちょっと違うような。
(……だからいじめられてたのかな?) 人間も召喚獣も、同じなのかもしれない。ちょっと自分とはぐれたものをいじめるのだ。
「君も中々大変だね」 知ったかぶったように、その召喚獣へ話しかけると、彼は(……彼なんだろうか?)「ピピ〜?」と首を傾げたのだ。




「お前の名前はアールだ!」

どうだ兄ちゃん! と命名アールな召喚獣の脇をぎゅっと抱きしめ空に突き出した。「いいんじゃない? メカニック感じが似合ってるね」「めか?」「機械的って意味」
よくわかんねーけど、いい感じだよなぁ、アール! と声をかけられた召喚獣も満足そうに頷いて手足をばたつかせている。仲良しさんはよきことですなぁ、と頷いていると、アールが唐突にばたばたと両手両足を暴れさせたのだ。「う、うわわ、うわ」 たまらずナップくんがアールをこぼしてしまうと、彼はくるりと一回転しながら器用に地面に着地し、こっちだよ! という風に、「ピピー!」と唐突に駆けていく。その後ろを、私とナップくんは追いかけた。レッツらごーである。
暫くザクザクと砂場を駆け抜けていたとき、「ウィル兄貴、アリーゼ!」 パっとナップくんが顔を輝かせて、知らない一団の中に滑り込んでいったのだ。


周りを確認しつつ、彼よりもいくらか遅れて駆けていた私は、その場からサッと飛びのいた。おそらく、彼らがナップくんの兄弟と、家庭教師だろう。気のせいか、ベル姉、と言われていた少女が足りないが、私は息を殺し、木々の間から彼らを窺う。
      念には念を。

この世界にきて改めて身に染みた言葉である。ナップくん一人なら、言葉は悪いが御しやすい。けれどもあちらは三人、そのうえ女性とは言え、私よりも年上の大人が一人。ナップくんを連れてきた見知らぬ黒ローブの男などと警戒されるのも面倒だし、この島のことを聞かれても答えることができない。冷たいようだが、自分を当てにされては困るのだ。自分自身のことでいっぱいいっぱい。ナップくんを連れてきたのは、ちょっとした善意だと思ってほしい。
あとのことは、彼ら自身で頑張ってくれ。

と、なるべく思い込もうとした。けれども胸の中がずきずきと罪悪感で重くなる。迷惑だと言いながら私を船に置いてくれていたジャキーニ。恐らくではあるけれど、私を面倒事から避けるようにと冷たい言葉を放って、距離を置こうとしたヤードさん。

さてさて、と頭をひっかくと、ナップくんが不思議気にあたりを見回していた。私を探しているのかもしれない。名乗り出るか、とよっこらせと体を動かそうとしたとき、唐突に周りからいくつもの雑音が現れた。お決まりのマリンゼリーの洗礼である。


さて、と今度こそ腰を動かそうとしたとき、白い帽子をかぶった、赤髪の女性が放つ、見事な太刀筋に、私はぽかんと口をあけた。頭上から叩きつけられた剣に、見事にマリンゼリーは砂浜に沈んだ。「……おみごと」 あれは完璧にプロの仕業だ。

むしろ私が飛び出ても邪魔になるだけだろう。
帰るにしたって気にはなるしで、私は適当に静観をさせていただくことにした。


   ***



結果を言えば、見事としか言いようがない。遠目からでも美人なことがわかるというのに、人は見かけによらないとはこのことなのかな、と苦笑する。
どうひっくり返っても、マリンゼリー達の敗北は見えていた。けれども諦めずに特攻してゆく様は、どこか物悲しく感じる。
(うん?)

気のせいだろうか。緑の平べったい帽子をかぶった男の子が、片足を庇うようにして後ずさった。うん、と私は頷き、ローブの中からナイフを取り出す。そしてサッと水平に投げる。少年に狙いを定めていたマリンゼリーの中心部にぐさりと突き刺され、軽い瞬きともに召喚獣は消えていく。少年は何が起こったかとパチクリと瞬きを繰り返していた。
けれどもそのとき、あの赤髪の女性がちらりとこちらに目を向けたような気がしたのだ。

私は慌てて体を低くさせた。
彼女は背中に目でもついているのか、とドキドキ胸を押さえる。大丈夫、ただの気のせいに違いない。下手に動くにも、気づかれてしまいそうで私は苦しい体勢のまま彼らを見つめていた。鼻の頭をくすぐり、そろそろ大判詰か、とあくびをしたとき、赤髪の女性がサッと両腕を左右に伸ばしたのだ。「……えっ」

どこから現れたのか、緑に輝く剣を片手に、まるで白ウサギのような色合いに、みるみると体を変化させる。いわゆる“変身”だった。
別にそのこと自体にはまったく驚いていない。私が言葉を失ったのは、彼女が握りしめている剣の色合いが、ひどく覚えがあるものだったからだ。(なんで、いったい……)

因果だ。眉を顰め、いつまでもここにいてはいけない、とサッとその場から立ち去った。(……なんだか、嫌な感じだな……)
きな臭い、というやつだった。

しかしながら、へとへととテントに戻った私には、未だに苦しいイベントは続いているようだったのだけれども。



「きゃー!!」



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2006.??.??執筆 30,32話
2011.08.10修正 20話

アール視点は潔く飛ばすことにしました。