彼と私



「きゃー!!」
「アー!!」


私は平手で叩かれた頬を押さえて、ぺたんと尻もちをついた。目の前には金髪で、おでこが可愛らしい女の子。現在では頬を真っ赤にさせていて、私を殴った体勢のまま、こっちに平手を向けている。

おいおい。

とりあえず状況を整理しようじゃないか。フード越しに殴られたおかげで、別にほっぺたは痛くはない。主に痛いのはハートである。平手打ちって、こんなに精神ダメージくらうんだな……と初めての経験をさせていただいた。


あの後、日が暮れるな、と忘れずバケツと釣竿を持って、自分のテントへと帰ってきたのだ。するとこの子が、私のテントの端っこの方でぷるぷると震えていた。『え、誰? どうしたの?』と言って、近づいた瞬間これだ。私は悪くない。絶対悪くない。


「あの、ちょ、いきなり殴るのはないんじゃない……?」
「いや、いや、近づかないで……!」
「だから、ちょっと……」
「犯されますわー!!」
「誰がだコラァ!?」

女でその上相手が子供だなんてハードルが高すぎるわ!! いっそのことローブを脱ぎ捨てて、「女ですからごめんなさいねぇ!」と言おうとしたのだけれども、その前に「ここは僕の家なんだからね!」と言った私の声に、彼女はぴくんと反応した。
そして先ほどまでの態度が嘘のように、しおしおと頭を垂らして「そうですわね、私としたら……ほんの少し混乱していたようですわ」「わかって頂けたのなら嬉しいよ」「ただし3メートル以上は離れていただけませんこと?」

ふんっと腕を組んで、身長的に言えばこちらの方が見下ろす立場であるはずなのに、なぜだか気持ちの上で見下ろされなあら言われてしまった。「あの、それ、テント出ちゃうんですけど……」 ひでえ




なぜあんな主張がまかり通っているのだろう。私はテントの外でパチパチとたき火を燃やしながら、私のテントの中でふんっとふんぞり返る少女と会話をしていた。「きみ、どこのこ? 島の子かな?」「あなたみたいな人間と話すいわれはありませんわ」 ひでえ

まあいいか。と昨日採っておいた木の実を、ぽんっとたき火の中に入れる。そして適当な木の棒でつんつんとつついた。こうやって火を通すと、ほくほくしておいしくなるのだ。くんくん鼻をひくつかせ、まあそろそろいいかな、という頃に木の実を取出し、彼女の分も手に持つ。「おーい」 おなか減ってるからいるよねー、と声をかけたのだけど、未だに自分は彼女の名前を知らないことに気づいたのだ。

「きみ、名前なんなの?」
「あなたなんかに名乗る名前はありませんわ」
超ひでえ

私は片手でもぐもぐと自分の分の木の実を頂き、「まあ僕は、って言うんだけど」「食べながら話すだなんて……下品ね」 下品って言われた。

なんだか罵られすぎて、新たな快感を得てしまいそうになる。どうにも気位の高い女の子だ。この島には、どちらかというと野生児のような人たちしかいないと思ってたけれども、違ったらしい。ふむ、と私は頷いて、彼女の分の木の実をぽんぽんと手の中でいじった。「きみの名前、当ててあげようか」「どうぞ? あなたみたいな人間には到底思いつかないような高貴な名前ですけれども?」 自分で高貴って言っちゃった。「ずばり」


「山田花子」


誰だよ、という風にじっとりとした瞳で見つめられてしまった。冗談だったんだけど、どうにも外してしまったらしい。たはは、と頭をひっかいて、「うそうそ、今のはあれだよ、練習練習。君の名前はベル。間違いない?」 ベル     やはりこの名前だったらしい。彼女はぎょっと目を見開いた。そしてぎゅっと唇を噛んだ。「ちがいますわ。私の名前はベルフラウ」「おっ。綺麗な名前だ」

なるほど、ナップくんは、ベル姉と言っていた。愛称だったんだろう。
一体どうして、という風にじっとりと見つめる彼女をびっくりさせたくて、私は意地悪く、思わせぶりに言ってみた。「ウィルくんと、アリーゼちゃんと、ナップくんは無事だよ」 ハッと彼女は顔を上げる。ふふん、と鼻をならす。

「あなた……!」
ベルフラウは焦ったようにテントから立ち上がった。そして私の首元をぐっと掴み、「何でそれを……! まさか、あの海賊たちの!」「わわ、違うって」

どうにもこういうのはダメなようだ。それに自分の兄弟を心配する姉をからかうのはよくない。正直反省する。「ごめん、悪かった。僕も君たちの事情はあんまり知らないんだ。だから、その……まあとりあえず、ご飯でも食べて落ち着こうよ」



   ***



    つまり、あなたも……ナップ達が合流してからの先は知らないのね……」
「うん、そうなるね」


彼女はきゅっと唇をかんでいた。そしてしばらくした後に、ぱくりと木の実を口にしたあと、「……おいしい」「でしょう?」「……よかった」「だねえ」
ご兄弟の無事がわかって、よかったねぇ。とへらへら笑っていると、彼女はぽろっと涙をこぼしたのだ。これには焦った。「ご、ごめん、僕、やっぱりからかいすぎたよね!? いやあさぁ、やっぱり初めてが平手とか、僕にはちょっぴり強烈で! それで意地悪とかしてみたくなっちゃったり……!」「違いますわ」

何が違うと言うんだろう。彼女は手の甲で必死に自分の涙をぬぐい、唇をかみしめた。暫くひくひくと喉をひくつかせている様を、心配気に見つめてると、彼女は最後に、ふーっと長く息を吸い込んだ。
日も暮れて、彼女の姿が見えるのは、たき火の明かりだけだ。なんとなく、瞳が赤くなっているような気がした。

「先ほどは、失礼なことをしたわ。謝ります。そして弟の分も含めて、お礼を言うわ。ありがとう、

しっかり名前は聞かれていたらしい。私はとても恥ずかしくなって、年下の女の子の真摯な瞳にどきっとなった。言っとくけど、嫌らしい意味じゃない。恥ずかしくなった。「いや、その……僕は、そこまで、いいことはしていないし……」

一緒に行こう、と手のひらを引っ張っただけなのだ。
けれどもベルフラウは、ジッと私を見つめていた。私はほっぺたをひっかいて、「どういたしまして」と静かにつぶやくと、彼女はほんのちょっぴり満足したように、うっすらと口元に笑みをのせた。





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2006.??.??執筆 33~34話
2011.08.10修正 21話