彼らと私



気づけば、日は暮れ始めて、あたりをオレンジ色に染め上げた。「……カズさあーん……」 暫く待っといてくれよ、ということは、後で迎えに来てくれるということだ。私は信じて待った。初めのうちはごそごそ暴れていたけれども、どうやったって逃げられないことを悟ってから、まるで仏のようにすっと瞳を閉じて、彼を待った。待った。待った。

次に瞳をあけてみると、あたりは真っ暗闇だった。「もうイヤー!!」 こないしー!

正直ちょっとさみしくなってきた。ついでにいうと悲しくなってきた。ったら、遅いですわ! とぷんぷんするベルフラウの姿が目に浮かぶ。ごめんねベルさんよう、不可抗力だよう。お手手がいたいよう。

しくしく涙まで出てきそうである。コナクソォ。こうなったらカズさんを信用なんてしてられない。もぞもぞ動いて体を逃がそうとしていたけれど、やっぱり無理だ。というか、これはもう何度も確かめて、こりゃあ無理だ、ロープ固すぎ。とあきらめた行動だったのだ。誰か来てくれないかなぁ、と都合のいいことを考えた。来てくれる訳なんてない。なんてったって、私はここしばらくこの島で暮らして、出会った人間は(一応)ジャキーニ達と、メイメイさんと、ナップくんとベルフラウと、ナップくんのご兄弟たちを遠目と、妖精さんとカズさんと…………「あれ、案外多い」 予想以上に多かった。

よしよし、と私は頷いて、「だーれかァー!」と叫んでみた。誰かが来てくれるんならめっけもんである。「たすけてくださァーい!」 もう一回叫んでみた。そうした後で、もし、今この状況で誰かに襲われてしまったら、一発でやられちゃうんじゃ? と気づき、サササーッと血の気が引いた。そうだ、人間ならいい。はぐれがやってきたらどうする。「やっぱりさっきのなしで、誰も来なくていいんで!」 誰とも見えない場所へと私はぶんぶん首を振った。何をやっとるか。

ガサリ

来なくていいですから。そう思った瞬間に、すっぱりとその思いは断ち切られた。思わずぞくっと腹の底に重いものが落ちたようだ。ぐううう。おなかなった。ただお腹が減っていただけらしい。がさ、がさ、がさ。ざく、ざく、ざく。その間にも、少しずつ足音は大きくなっていく。私はただでさえロープでくくりつけられて硬くなっている体を、もっと硬くさせた。

誰だ。
「…………誰かいる?」

私の口が言った言葉ではない。あちらさんだ。ぬっと高い長身で、赤い髪の毛で、やんわりと月の光に照らされたかんばせは、柔らかく、ほんにゃりといい人そうだった。とりあえず、第一印象は。

はぐれではないらしい。海賊でもないらしい。いや、ここは森の中だから、海賊じゃなくて山賊? 森賊? いやまあどうでもいいんですが。「……ええっと、こんにちは」「あ、こんにちは。こんばんわ?」「こんばんわ。あの、唐突で申し訳ないのですが」「はい」 男の人は、木にくくりつけられた私を見て、ぎょっとしたようにまつ毛を揺らせた後、表情を引き締めて頷いた。


「助けてください」
切実に。


結論を言うのであれば、彼はいい人だった。私のありえないくらい怪しい所業に何を言う訳でもなく、「わかった」とやんわり頷いて、青い瞳を頷かせた。いい人だ。絶対私だったなら、「え、なんでロープ!? 悪いことでもしちゃった!? それとも趣味なのかね!?」と激しく自問自答をしてしまいそうである。

彼はどうしたものかな、と自分の腰の剣を抜こうとしたけれども、大きな大剣でロープを切るのは扱い辛かったらしく、「あのう、私の刀を使ってください。腰の」 ほれ、ほれ、というように、私はごそごそ腰を動かして主張した。彼はうんと頷いて鈴鳴をひっぱりあげ、よっこらせと鞘から抜こうとしたとき、「…………あれ? ぬけないよ」「え?」 がっつん、がっつん、がっつん、がっつん。いくら彼が精一杯両手で鞘から抜こうとしても、鈴鳴はぴくりとも動かなかったのだ。

なんとも不思議な刀だなぁ、と首を傾げて、それならしょうがない、と困り気味な男性に向かい、「それじゃあこっちで」と言いながら、私はスポンと靴を脱いだ。そしてえっこらせっと足を振る。
ざらざらざらーっと落ちた小型のナイフ達を見て、やっとこさ、今頃になって、彼は私を怪しげな目つきで見つめた。「いや、あの……念には念をって、してただけなんで……ほんと、怪しいものじゃないんで……」 切実なる主張である。



ぷっつん、とロープが切れたのは、それからしばらく経ってのことだった。硬いロープを切るのに、何本かのナイフをダメにして、「よし、できたよ!」と彼は嬉しそうに頷く。やっとこさ自由になった両手をばたばた動かし、「本当にありがとうございました」と私はぺこんとお辞儀した。「いえいえ」

彼は人のいい笑みで、ぱたぱたと片手をふり、ナイフ達を私の手に握らせる。「何があったのか知らないけど、こんなところであんなことをしてちゃ危ないよ。はぐれもいるしね」 ご忠告はありがたいが、不可抗力だ。ははは、と渇いた笑いが漏れそうになった。

瞬間、彼はハッとしたように私の肩をつかんだ。ああ、そういえば名乗り忘れてたなぁ、ごめんなさいね、という風に、私はまったり頭を下げたのだけれども、彼はそういうことをしたかった訳ではないらしい。「随分時間を食っちゃった。ここは危ない。はやく逃げるんだ」

「……え?」
「大勢の人間が通る。この島の住民に負けたらしいからね、気が立ってる見つかったら捕虜にでもされかねない。はやく逃げて!」
「え? 負けるって……何が……。ああ、はぐれ相手に?」
「違う」

混乱してきた。この島の住民。彼はそう言った。てっきりはぐれのことだと思ったけれども違うらしい。彼はキッと瞳を鋭くさせ、「はやく」と私の背中を押した。何でこんなに急かされているんだろう。
よくわからないが、忠告は受け取った方がいいかもしれない。私はうんと頷き、急いでナイフを懐にしまった。「ありがとうございます、ええっと……」「レックス」「わかりました、レックスさん。僕はです」

レックス。やっぱりこの世界の名前は横文字なのだろうか。
レックスさんは片手を私の肩に置いたまま、もう片方をすっと指さした。「今ぐらいなら……多分あっちくらいに、きみたちの仲間がいると思う。まっすぐ行くんだよ。暗いけれども大丈夫?」「はい!」

そんなにはっきりと、大丈夫とは言えないかもしれない。けれどもここで心配をさせてもしょうがないだろう。ところで仲間って、誰のことかな? と不思議に思ったのだけれど、それを口にしていい雰囲気ではなかった。
とにかく、彼の気持ちを裏切らないようにと私はさっとローブを翻し、「それじゃあレックスさん、ありがとうございました!」 と軽く頭を下げた。

彼が小さく手のひらを振ったのを確認して、勢いよく森の中を走り抜ける。
一体何があったのだというのだろう。カズさんが消えてしまったことに関係しているのだろうか。それに仲間って?
このままメイメイさんの店へ戻った方がいいのではないか? と一瞬考えたけれども、やっぱりレックスさんを信用することにした。途中、何度か足を躓いたのだけれど、誰かに引っ張られるように起き上がった。多分だ。彼が私の隣で走っている気がする。
何で姿を見せようとしないんだろう。よくわからない。わからないことばかりだ。


     こっち


の声だ。今まで走っていた場所と、ほんの少しずれた場所を薄くぼんやりと光る指先がさしていた。「わかった!」 私はその、ほんの少し小高く切られた崖を飛び降りた。「わっ!」「ええ、ナニゴト!?」「また敵!?」

何人もの聞き覚えのない声とともに、人間たちの気配がする。
私は慌てて顔を上げた。金髪の髪の男性と少女が、こっちにナイフと拳を向けようとしている。私は両手をホールドアップしながら、ひゃーっと後ずさった。その中に、見覚えのある顔が混じっていたのだ。「ヤードさん!?」 思わず叫んだ。


彼は暫く眉を顰めていた。当たり前だ。あのときも今も、私はずっとローブのフードをかぶって顔を隠していたのだから。僕です、です。そう主張しようとする前に、彼はパッと目を見開いた。「その声……さんですか……!?」「そ、そうですそうです!」


なんだ、お前ら知り合いなのか? と金髪の男性が不思議気な声を上げる。まあ、とヤードさんは少々複雑気な顔をしていた。
私は改めて、その不思議なグループを見回した。みんな人間だ。はぐれじゃない。その中に、ついこの間会った、いや、一方的に目撃したばかりの人間がひょっと隠れていたのだ。「     先生!?」「えッ!?」

わわわわわ、私ですか!? と自分のあごに彼女は人差し指を乗せた。いや、申し訳ない。言葉が足りなかった。

「ナップくんと、ベルの先生ですよね!?」
「え、あ、はい、そうです……?」


彼女はパチパチと瞬きをしながら、ゆっくりと頷いた。


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2006.??.??執筆 40~41話
2011.08.11修正 23話