彼らと私 私はぼんやりと波打つ浜を眺めてみた。 ざざーん、ざざーん。癒されますなぁ、幸せな音ですなぁ、と体育座りをしながらうっすらと瞳を細めた。いい音だぁ、とゆっくりと目を瞑ったあと、「よし」と頷く。「…………また後でっ!」 逃げる! ささっと立ち上がって、船に背中を見せながらすたこら去る私の背に、「こらー!!!」と少女の怒声が突き刺さった。おそるおそる振り返ってみると、彼女は綺麗な金色の髪を、太陽の下できらきらさせて、ぷんっと頬を膨らませていた。 「まったく、いつまでも来ないから様子を見にきてみれば……!」 「だって、ベル、なんだか気まずいんだよ、知らない人がいっぱいだとか、行きたくないよ……」 「だってもへちまもないでしょっ!」 怒られた。 私は少女の背にとぼとぼくっついて、船を目指す。 昨夜、彼らとほんのすこしの事情を交換し合い、私はすぐさまベルフラウの元へと向かい、彼女を彼らの船へと連れて、そのままお暇させていただいたのだ。明日、また改めてお互いの事情を説明し合おう。そういって別れた訳だけど、なんとなく、来づらい。それはアティさんが、「もしかしてあのとき、ナイフを投げた人でしょうか?」と超人さながらな勘を発揮したこともあるし、ベルに言い訳するように、知らない人間がたくさんいるということもあるし、そしてヤードさんが。(……まあやっぱり、お互い話しづらいよねぇ) 別にこの島の事情だとか、本当はどうでもいいのだ。私は一人で生きていけるようになって、そして地に足がつけば、今度は元の世界に戻る方法を模索したい。ただそれだけが目標なのだ。 はーっとため息をつこうとしたとき、ふいっとベルフラウが金の髪を揺らしながら振り返ったので、急いで出そうとした息を飲み込んだ。「、まだ言ってませんでしたわね」「何が?」 彼女の言葉が唐突だったので、私はひょっと片眉を上げた。 すると彼女はほんの少し頬を赤くさせて、ふんっとまた私に背を向ける。なんだろう、思春期なんだろうか。意味がわからん。「ありがとうって、言ってませんでしたよね!?」 八つ当たりみたいに、顔も見ずに叫ばれて、私は彼女の背中をぽかんと見つめた。そしてパチパチ何度か瞬きをした。 「うん? いいのに。そんなこと。大して力にもなってないしさ」 ベルは律儀だねぇ、と微笑むと、彼女はやっぱり照れた顔のままギッと眉を吊り上げて、「大したことかどうかなんて、私が決めたらいいことでしょう。お礼を言うべきだと思ったから、言ったのよ」 それだけ言って、また背中を向けた。ですよね、と彼女の気迫に飲まれた後、ははは、と私は軽く笑った。ベルフラウはドスドスと足音を大きくさせて、それに返事をしたのだ。 たぶん、照れ隠しだろう。 *** 「……えー、それで……は客人の知り合いってこたーわかったんだが、あー……」 金髪の常にお腹をちらりと腹チラしていらっしゃるお兄さんが、ぽりぽりと頭をひっかいた。一応、どーんと円卓に座る前に、お互い軽く自己紹介をした訳だが、正直人数が多すぎて混乱してしまう。彼は船長のカイルさん。その隣が妹のソノラさんで、少々口調がオネエらしい男性? 女性? はスカーレルさん。 そしておなじみのアティさんに、ベルとナップくん、そして他のご兄弟方と、アール含めたマスコット的な召喚獣たち。ううん、賑やかだ。 カイルさんは困ったように私を見ていた。 つまり、あんたは何者だい? ということだろう。いつまでたってもフードをはずさない私に、不信感とはではいかないものの、多少の疑問を抱いてるんだろう。 私はどう説明すべきなんだろか? と首を傾げた。言い辛いことがあるのではない。名も無き世界とかいう場所の召喚獣であることは、彼らに言う必要はないと思う。そしてそれを除いてしまえば、一体何を説明すべきなのか、と言うべき内容が少なすぎて、反対にわからなくなってしまったのだ。 助けておくれ、というニュアンスで、私はちらりとヤードさんを見つめた。彼は少しだけ瞳を細め、「……彼は」と言葉をちぎる。「私と同じ、同胞です」 ハッとまわりの人間たちが息を飲み込むのがわかった。唯一、召喚獣たちが、なんやねん、あんたらどないしてんとでも言うようにきょときょと視線を動かせていた。 アティさんが、「つまり……それは……無色の……」と言い辛そうに口元をごにょらせる。ヤードさんは、こくりと頷いた。「ふうん、アナタがねぇ……」とスカーレルさんは思うところがあるのが私をちらりと見つめる。そんな中で、私は一人眉をしかめていたのだ。 もちろん、フードの向こう側なのだから、他の方に私の表情が見えることはなかったと思うけれども。「あのー……」「うん? どったの?」 ソノラさんが、きゃぴきゃぴとした瞳を、瞬かせた。可愛らしい女の子だ。「その、私あの場所では新参者だったんでよくわからないんですが、無職のって何ですか? 職にあぶれてたってことですか?」 つまりはニートですか? 「無色の派閥ですよ。さん、私たちがいたあの組織は、そういう名称で呼ばれているんです」 「無職の派閥だなんて、働いてるのか働いてないのかはっきりしろって感じですねぇ」 「そっちの無職ではなく、透明な方の無色です」 「えっ」 あ、なんだかすみません、ひどい勘違いをしてしまったようで……とポリポリ照れながら頭をかくと、周りの人たちの視線が、オイオイこいつ大丈夫かよ的なものになっていたのは多分気のせいじゃない。 あら恥ずかしい、と私は口元に手を置いて、「ハッハハハー」とごまかし笑いをした。 「ハッハッハッハ!」 私に同調するみたいに、カイルさんはお腹を抱えて笑い出した。気まずい気持ちになっていたので、彼の男らしい笑い方に、ホッと安心する。「あはははー」 へらへら笑っていると、カイルさんはまたゲラゲラ笑った。周りの人たちも、合わせるみたいにくすくす微笑む。「こりゃあずいぶんな偶然だな! 同じ派閥の人間が、同じ島に漂流なんて、ちょっとした運命みたいなもんじゃねえか」「だねぇ、アニキ」 けらけら笑うご兄弟に、私はポリポリ頭をかいた。 「そうですね、びっくりです」 そう自分の口では言っていたものの、本当は違うのだ。 偶然なんかじゃない。けれどもいちいちそれをここで言う必要はない。 ちらりと瞳の端っこで見たヤードさんは、どこか重たげな表情をしていた。 *** うちの船で暮らしてもらって構わないんだぜ? そういうカイルさんの申し出を、気持ちだけいただいておくと丁寧に断らせてもらい、ことん、ことんと船にかかる梯子を下りていた最中だ。「さん」 頭から聞こえた声に、私はふと顔を上げた。ヤードさんだ。 私はしゃっと梯子から飛び降りて、「なんでしょうか?」と首を傾げると、ヤードさんは自分もと梯子を下り、砂の上に足をつけると、「少しだけ、お時間を頂いてもいいでしょうか?」とうっすらと口元に笑みを乗せながら首を傾げた。 もちろん、断るいわれなんてないから、私はこくんと頷く。二人並んでざくざくと砂浜に足跡をつけていくと、ヤードさんは唐突に言葉を吐き出した。 「 「……何がですか?」 彼は少しだけ唇を震わせ、わかっているくせに、と言いたげにまつ毛を下ろした。「あなたはあの港で嵐に巻き込まれたのでしょう。そしてこの島へとやって来た。……あの嵐を起こしたのは、私です。シャルトスを、私が使った」 わかってる。うっすらと気づいていた。海の中に投げ出される前に輝いていた光。そして嵐。この間、ふと島から海を眺めていたときに、さっと空と海を繋ぐエメラルドの光と、荒れる海。あの剣だ、とすぐにわかった。あの剣が、嵐を起こしたのだ。 ヤードさんは後悔を重ねたような顔に片手を乗せた。「……私が、あんなことをしなければ……そもそも、あのとき、派閥から抜け出すときに、あなたの力を借りようだなんて、思わなければ……」 あなたには随分ひどいこを言った。それなのに、こうもぬけぬけと。 腰を落とし、砂の上に膝をつく彼の肩を、私は慌ててつかんだ。「ひどいことって、なんですか? 別れたときのことですか? あれは、あなたが僕のこと思っていったことだってことくらい、分かってます。それに、あのときヤードさんが手を貸してくれなかったら、きっと僕はあの無色のなんたらって奴に今もつかまったままになっていたと思いますよ。後悔しないでください。この島に着いたことは、ただの結果だ。それに、ここは案外住みやすい場所です」 どうせ自分には、この世界のことなんてわからない。だから、どこでもいいんだ。「あなたには、僕が不幸に見えますか?」 わからない、と言う風に、ヤードさんは眉をハの字にした。「不幸じゃないです。一人じゃない。生きてる。ヤードさんみたいに、心配してくれる人もいる」 「ヤードさん、ありがとう」 それはさっき、私がベルフラウに言われた言葉だ。 本当は、辛くないなんて嘘になる。トウヤ先輩と、どうでもいいことで口げんかして、犬のとぶらぶらして、アヤ先輩と、一緒にお話しして。 元の生活に、戻りたい。学校に行きたい。お母さんに会いたい。血の繋がらない兄を探して、何で消えてしまったんだと問いかけたい。 (……消えて……?) ふと、頭の中に何かが引っかかったような気がした。けれどもすぐさま頭を振った。 恨む気持ちを、誰かに叩きつけたところで、何になるだろう。それよりも、感謝の気持ちを伝えたい。そう思うような人間になりたい。ヤードさんは、私の言葉に、やっぱり苦しげな顔をした。 ほんのすこし、申し訳なさそうに、ゆっくりと微笑んだ後、「……こちらこそ」と小さくつぶやいて、もう一度微笑んだ。 BACK TOP NEXT 2006.?? ??執筆 42~43話 2011.08.11修正 24話 |