このごろ縛られてばっかりなような気がして、頭が痛くなるばかりであるまったくもって本当に!



お人よしの島




「ジュラフィム、絶対逃がすんじゃねぇぞ、そいつ」

ふさふさしたお兄さんが、低く喉をうならせた。
そのジュラフィムと呼ばれる召喚獣はきゅー、とまるで犬のように、甘ったるくて鼻に掛けたような声を上げる。それがずいぶん可愛らしくて胸がときめく。思わず撫でてしまいそうになるけれども、残念な事に、只今私の両手は動く事はない。「…すみませーん、これ取ってもらえます?」

私がひょいっと片眉を上げて苦笑いしながら彼を見上げると、ふかふかした青年、と言いようのない男性は、うっすらと片目を細め、木の板である床の上にどっかと座った。

「…ジュラフィム」

彼がため息をつくように合図すると、本当に申し訳そうに、その緑の召喚獣君はこちらを向く。すまぬなぁすみませぬなぁ。と言う風にぷるぷると震えた後、私の両手ならず、両足までしゅるりしゅるりとどこからか蔦が生え、きゅっとしばりついた。「うあああああ、増えたああああ」 泣けるうううう。
私がまだ名前は知らない訳だけれど、体中が白と灰色のまだらの毛におおわれた、まるで真っ白い虎みたいな男性は、はあーん、と目を細めて、「しっかり覚悟しろよ、この盗人野郎」とドスの聞いた声でつぶやいたのだ。あいやー。







ここでほんの少し時間を巻き戻らせたいと思う。



私はいつも通りに食糧集めに専念する日々であった。自分の手の中でキャッチした上半身がにゃんこで下半身がお魚という、これは……かわいいの……? やっぱり可愛くない気がするよ? という半分にゃんこをゆっくりとキャッチアンドリリースし、今日は収穫ゼロですなぁ、と肩を落としてとぼとぼメイメイさんのお店へと向かった。

一日のうちに、誰とも話せないというのはさみしいものであるので、このごろ特に用事がなくてもメイメイさんのところに失礼しているのだ。「失礼しまーす」とあけた瞬間、うぐっ! と私は鼻をつまんだ。「さ、酒くせぇ……!」「あらぁ、ちゃーん。ちゃおー」「ちゃおーってメイメイさんくさい、お酒くさいマイガッ!」

そんなことないわよーう。とってもいい香りなのよーうと、こっちにガバッと抱き着いてくるメイメイさんを強制的に放しながら「こうも毎日がぶがぶ飲むくらいならちょっとぐらい我慢した方がおいしくなるんじゃないですか?」「おおッ! ちゃんそれいい考え!」

今すぐ実行あるのみィ! と手に持っていたひょうたんをカウンターの端に置いたかと思うと、しばらくしてから彼女はちらちらとひょうたんを見つめ。しまいにえいやぁ! とお酒に飛びついた。

「んぐっ、んぐっ、んぐっ。ぷはぁ〜! ……うん!?」
「我慢できてないできてない」
「大変ようちゃん、お酒みんな飲んじゃったぁ〜!」
「ショック受けるのそこなんだ!?」

メイメイさんってフリーダムでいいなぁ!

ほんといいなぁ! と突っ込みを入れていると、メイメイさんはメイメイさんで、必死にヒョウタンのひっくりかえし、最後の一粒まで飲みきろうと躍起になっている。しまいにはぐるりとこちらに背を向け、部屋のお酒の空き瓶を片っ端からひっくり返しごろごろさせ、半分涙目でこっちを見つめる。「ちゃあーん、お酒ぇ……」「お酒ばっかりごくごくしてたら体に悪いですよ」「お酒ぇー!」「あ、この人全然聞いてない」

お店の中に転がるお酒の瓶を見て、一体この人はどうやって、こんな島でお酒をゲットしてるんだろうなぁ、と私は不思議な気分で瓶の口をつかみ、カラカラと反対に振った。すると、奥の方に未だに数滴残っていたらしい。びちゃっと床の上にお酒が零れ落ちた。「あー……」 すみません、布巾ください、と顔を上げた私に向かい、鬼のような形相をしたメイメイさんが立っていたのだ。

「……んぎゃっ!?」
「……ちゃん、ひどいいいいいい」


ぎゃー!
いちまーい、にまーい……どこぞの皿屋敷の幽鬼のように、おどろおどろしくひょっと顔を覗かせた彼女に驚き、そのまま店の外に出ようとしたところを、ガッと腰をつかまれ、「お酒のうらみいいいい……」「えっ、残りちょっとだったじゃないですか! ねぇ、ちょっとだったでしょ!?」「水滴に笑うものは水滴に泣くのよぅ!」「聞いたこともないそんなこと!」

お酒のうらみいいいいい! と叫び続ける彼女をなだめるように、私は新たなお酒を求めて旅立ったのだった。

メイメイさんいわく、お酒は毎回風雷の郷(カズさんが住んでいる集落の名前らしい)から、ほんのちょっとの占いや助言と交換にもらっているらしく、今回は「責任とって、ちゃんが貰いに行って来るのよー!」ということらしい。

なんだか理不尽なような、納得できないような気持ちもあるが、どうせそのうち、集落に顔を出すつもりだったのだ。それが早くなったと思うことにした。
     アティさんたちが来てから、少しずつ、流れが変化している。
新参者の自分でさえそう感じるのだから、古参の彼らはもっとそう感じているだろう。知らんぷりができるのならそれに越したことはないが、ある程度の流れを把握しておくべきだと思ったし、それに、(ここは、はぐれの島……)

この間、ヤードさん達が、そう島のことを説明してくれた。
私と同じ境遇の者たちが集まっているだなんて、願ったりな状況だった。おそらく彼らも還ろうと努力したに違いない。けれども、還れないからこそ、この島にとどまっているのだろう。それが彼らが召喚された状況からなのか、それともはぐれ全てに言えることなのか。彼らには申し訳ないが、前者であることを祈りつつ、彼らの還るための模索というものを知るに越したことはない。

新参者の自分にひょいひょいと教えることはないかもしれないが、メイメイさんの使いということでひとまずの信用を築くこともいいだろう。少々打算的だな、と少しだけ舌を出して、頭をぽかんと殴りながら私はざくざくと森の中を歩いた。郷の位置は、だいたい分かっている。メイメイさんの店から一番近い集落だ。

ふと、そのとき前方からざくざくと何かがこちらに向かう音が聞こえた。
召喚獣か、と鈴鳴を構えたが、召喚獣の移動にしては、どうにもどんくさい。二本足でざくざくと大股に進む音のようだ、と瞳を眇めた瞬間、さっと飛び出したのは見覚えのあるガタイのよろしい男性だ。「ああ、こんにち」は、と言おうとしたとき、彼が大きな手の中で大切に持っていたザルが目についた。

別にそれくらいならば、何でこんなところにザルが? と首を傾げるだけで、深くまでは気にしなかっただろう。けれどもザルの中にきゅきゅっとつまっていたものが問題だ。私にはなじみのない木の実は、ついこの間小さな妖精が守っていた畑の木の実にそっくりだったからだ。

「まさか、また盗んだんですか!?」
「ひぎゃっ、すまねぇ!」

ムキムキ船長の子分は背後からざくざくと聞こえた音に、ひゃぁっと肩をすぼめ、手の中に持っていたザルを、ぽーん、とそこらに放り投げた。ぎゃー、と悲鳴を上げて、去って行った彼の背中を見送り、一体なんだったんだろう? と首を傾げて、投げられた木の実を一つずつザルの中に入れていく。どうしたもんか、とため息をついたとき、ぬうっと木々の間から頭を覗かせた男に、私は叫んだ。「ぎゃあー!」「アア?」

その男は、全身が毛むくじゃらだったからだ。
とは言っても、別に体毛が濃いという意味の毛むくじゃらではなく、わんこのように全身の毛はふわふわさせていて、そう、もじゃもじゃではなくふかふかした、もっと賢い言葉でいえば、亜人という言葉がぴったりな人間だったからだ。ぎょっとしたのも一瞬で、ああなるほど、彼も召喚獣なのだな、と驚いて悪かったと私は頭を下げようとしたのだけれど、彼は口の端から犬歯をだし、低く喉を唸らせた。「やっと尻尾をつかんだぜ。まさかマルルゥの言う通りだったなんてな! ジュラフィム!」

さっと取り出した緑色のサモナイト石が柔らかいヴェールで辺りを包み込んだ。前足二本から、すとんと着地した緑色の小鹿のような召喚獣はやんわりと首を傾げ、ふかふかした主の、「縛っちまえ」という言葉にコクリと頷きもう一度前足を、すとんっ

一連の流れ作業の中で、ふと私が考えたことと言えば、「召喚獣も召喚術が行えるの!?」という、根本的な驚きだった。



BACK  TOP NEXT

2006.??.??執筆 46~47話
2011.08.13修正 26話