お人よしの島 「さって……よくもうちの畑を荒らしまくってくれたもんだな。一人じゃねーだろ。仲間のことも吐いてもらうぞ」 「いやいやいや、だから違いますって、誤解ですって! 僕はただお酒を頂きに来ただけで……」 「アア? とうとう酒までかっぱらいに来やがったのか?」 ふてえ野郎だ。と眉を顰める目の前の男性に、「だぁーかーらぁー!」 だすだす両足を床に落として反抗した。まったくもって話が通じん。何を言ったところで、「動かぬ証拠があるんだよ、こっちには!」とザルいっぱいの果実を見せつけられてもググッと口をつぐむしかないじゃないか。 例えどんな偶然であろうとも、私があのザルを持っていたことは事実なのだ。 「で、お前の仲間はどこにいるんだ?」 うぐっ、と私は言葉に詰まった。「……し、シラナイナァー?」「大根くらいの役者になる才能ならあるみたいだな」「そ、それは才能とは言わぬ!」 言わぬー! というか、言えぬ。 犯人ははっきりするほどにわかっている。あのムキムキアイパッチを筆頭とした海の男たちに決定なのだが、はたしてこの事実を伝えていいものなのだろか? 悪いことをしているのは彼らに違いないのだが、ろくに事情を分からず、彼らの存在を告げるとは、告げ口のようで気持ちが悪い。「う、ううーん……」 こないだ、もうこんなことはしちゃダメですよ、と伝えておいたというのに、なんという。 「ううーん……」 「なにフンが詰まったような声だしてんだ。厠くらいならつれてってやるぞ」 「つ、詰まってないですよ!」 ひでえ! 冗談だ。と真顔で頷かれても、どこまでが冗談かなんてわからない。うぐう、と唇をかみしめていると、彼はひょいと私に近づいた。「おい坊主、人と話すときは帽子はぬぐって知らねぇのか」「い、いやあ手がこれじゃあどうしようも……」「脱がせてやるよ」 余計なお世話ですぅ! とくくられたままの両足を一緒につきだすと、どうにもいいところにヒットしたらしい。 おなかを抱えてうずくまる彼の足もとに、ジュラフィムがくんくん鼻を押し付けて、心配げにくるくると回っている。「……あ、そのごめんなさいね……?」 てっきりそれくらい避けてくれるかと思ってね? ごめんね? ともそもそお尻と両足で動いて近づくと、「てんめぇ」と彼は私の首元にぐいっと手を伸ばそうとした。 怒るのも無理はないが、もうちょっと冷静になっておくれ、と主張しようとしたとき、ジュラフィムが、さっと私の前に飛出し、くうん、と頭を下げた。それを見て、彼はチッと舌打ちすると、サッと私から手を放す。「とにかく、さっさと口を割れや。どうせ時間の無駄だ」 どうしたものか、と頭を下ろしたとき。「大変なのですよう〜!」と可愛らしい声がりーんと響いた。 彼は眉を顰め、ジュラフィムに「みはっとけ、逃がすなよ」と指を突き出した後、「どうしたマルルゥ」 家の外へひょいっと顔を覗かせ、去って行ってしまう。遠く向こうで、「海賊さん達が先生達と大暴れなのですよ〜!」「はあ!?」「もぉ〜! とにかく早く来て下さい、シマシマさん!」「ちょ、マルルゥひっぱんな!」 ほんの少しずつ声が遠くなっていく。 暫く瞳を瞑り、息をひそめていたが、完璧に去って行ってしまったらしい。さて、と瞬いた。(……海賊さん達が先生達と大暴れ……) その海賊さん、とはまさかカイルさん達のことではないだろう。はー、とため息をつき、よっこらせ、と縛られた足を器用に立たせ、ぴょんぴょんジャンプしながら進んだ。 その前に、どこか困り顔のジュラフィムが立ちふさがり、くうん? と瞳をきょときょとさせる。(……ううん……彼から逃がすなって言われちゃったもんなぁ) でも、こっちだって引き下がれない。他人事、他人のふりをできるほど図太い神経は持っていないのだ。「あ、あの……さ」 私は体を屈めて、異世界の召喚獣に声をかけた。 「後できみのご主人様には、ごめんなさいをするし、迷惑をかけないから。だから、その……見逃してくれないかな?」 ジュラフィムくんは暫くの間、じっと私を見つめていた。そしてくうん、と軽く鼻を鳴らした。 どこへ向かえばいいか。 はっきりとはわかっていないが、とりあえずジャキーニ達の船に向かって、それでだめならまた別の場所を考えよう。 森の中を駆け抜けながら、先ほどの召喚獣、ジュラフィムくんのことを考えた。逃がしてもらったはいいが、大丈夫なのだろうか。召喚獣とは、誓約に縛られると聞いた。(いや、あの召喚主の方も、この島の喚起の門とかいうのに召喚された人なはず……) だったら同じ境遇の召喚獣に、ひどいマネはしないだろう……と、考えるのはちょっとポジティブすぎだろうか。 (はぐれが召喚術を使うだなんて、ちょっと妙だなぁ) だったら私にも使えるのだろうか、と思ったけれど、やっぱり無理だ。私はサモナイト石に触ることができない。 眉を顰めて足を止めてしまったとき、背後で足音が聞こえた。「ひゃっ」 ばたんっ、と前のめりに倒れた小さな少年が、振り返った先では小さくなっている。ふわふわとした毛皮の少年が、ずるずる鼻水と涙を出しながらひょいっと顔を上げた。赤と白の大きなマフラーをしていて、顔はわんこだが、体つきは人間だ。 さすがに二回目ともなると、そこまで驚きはなく、私は少年の前まで走り寄り、屈みこんだ。「大丈夫?」 手のひらを出すと、彼はぴー! と叫ぶようにぶるぶる全身を震わせてしゃかしゃか這ったまま遠ざかろうとしたところ、途中で幹にぶつかりぷるぷる頭を抱えている。忙しい子だ。 ぜえぜえ肩で息をする少年を見て、あの庵から出たあたりで、どうにも妙な音がくっついてくるな、と思っていたのだけれど、彼だったらしい。「……ずっとくっついてきてるよね。きみ、名前は?」 彼は怯えを隠さず、ぱちりと瞬きをして唾を飲み込んだ。「パナシェ」 消え入りそうな声だったが、しっかりと聞こえた。「そう、僕は」 パナシェくんはこくりと頷いた。 暫くして、恐る恐ると「あ、あのう」と声を出す。ひくっ、と彼は喉をしゃくらせた。 「あのう、ヤッファさんが、あなたのこと、逃げちゃだめって、だから、ぼく……」 一瞬何を言われているかわからなかったけれど、なるほど、さきほどまで私を追っかけていた理由だろう。ヤッファというのは、あの青年の名前に違いない。 私はうん、と頷いて、パナシェくんの頭をゆっくりと撫でた。「大丈夫。後でちゃんと戻るから、心配しないで」 初めはピクリと体を固まらせていたが、こくりと頷き、即座にぶるぶると首を横に振った。どっち。「ジュラフィムが……」 そして、小さな声を、はっきりとつぶやかせる。 「ジュラフィムが、逃がすなって言われたんでしょ? ご主人様の命令は絶対なんだ。後で絶対後悔する。だから、ボクが、ボクが、代わりに……」 ジュラフィムのことをいわれると、正直つらい。私はううっ、とクリーンヒットした胸を抱えて、二三度逡巡した。そして長い溜息をついた後、「……危ないことはしないようにね」 ぎゅっとパナシェくんの手のひらを握った。 彼はうん! と力の限り、何度も首をぶんぶんさせて、私にくっついていく。柔らかい彼の手のひらを握りながら、本当に大丈夫かなぁ、と私は不安に胸をもたげた。 BACK TOP NEXT 2006.??.??執筆 48話 2011.08.15修正 27話 |