男の子のふんばり



どうしようか。
少年は、ぽちゃりと海の中に両手を突っ込んでみた。びちゃびちゃとして塩っぽい。その周りには、小さな友人が不安げに首をかしげ、「ぴー……」と言葉を漏らしている。

アール、なんでもないって。大丈夫! そう言って笑おうとしたのに、口元がひきつった。「……ぴぴー?」 よしよし、と友人の頭をなでる。(……俺、なにしてんだろう)

ふと、悲しくなったのだ。波の中に、目を瞑って倒れこんでみる。びしゃびしゃする。何か虚しい気持ちになった。(……泣きたいとか、そんな……) そんなことは考えてない。

(なんでこんなことになったんだろ……)

なんてことはない。ふと疑問に感じただけだ。ただつまらない勉強をしようと兄と姉にくっついて、赤髪の教師を紹介されて、いつの間にやら船がひっくり返り、自分は今、ここにいる。何か一つでも歯車が違えば、きっと今、自分は死んでいるか、それとも相変わらず呑気に日々を過ごしていただろう。
今でもときどき、ぼうっとする。

それなのに、なんでだろう。

『はい、問題です。このサモナイト石がどこの世界に繋がってるか、知ってるかな?』
『え、と、霊界サプレス、鬼妖界シルターン、幻獣界メイトルパ、あとえーと…』
『機界ロレイラルですわ!』
『うんうん、全問正解!』
『……この無色の石は何ですか』
『それは名も無き世界に繋がっているの』


(……なんで、あんな馴染んじゃってるんだよ)
自分はなぜか、腹の中に違和感を抱えたままだっていうのに。それとも、みんなも同じなのに、それを必死に隠してるんだろうか。それができない自分は、結局ガキだってことなんだろうか。わからない。わかりたくない。「……あー、くっそ」

ばしゃん、と押し寄せる波が、あの日の嵐を思い出した。落っこちたアリーゼに、ウィルは間髪入れずに飛び込んだ。ただ自分は見てることしかできなかったのだ。びしょびしょになりながら、体を丸め込んだ。
(……俺って、ほんとに……)

やだなぁ、とぽつりと呟いた。




***



今日も今日とて食料探しの第一である。私は学んだ。サバイバルとは常に食料を優先すること。何においても食料であり、食料しかない。風呂に入らなくても死にはしないがご飯がないと死ぬ。と考えているあたりで、自分の性別を忘れてしまいそうになった。

バケツを片手に持ちながら、ふんふん鼻歌を歌って、本日は貝の収集である。森のものよりも、海のものの方が元の世界と食料が似ていて判断がつきやすい。

気分よく歩いているとき、視界の中に見覚えのある少年を発見した。「……ん?」 首をかしげて、そのまま通りすぎようとしたとき、いやいやいや、と「ナップくん!?」 一体何してるの。

少年はびちょびちょに髪の毛を濡らしていて、アールはそんなナップくんに抱きかかえられながら、困ったようにこっちを見ている。私は即座にバケツを投げ捨て、彼をひょいと持ち上げた。ばたばた暴れる彼に、「ちょっと何駄々っ子になってるの。アールが錆びちゃうよ!」といえば、途端に静かになって、アールの頭をごめんとなで、自分で立ち上がった。

というか冗談で言ったのだけれど、本当にアールは錆びるのだろうか。想像すると怖い。
平気な顔をして水につかっていたところを察するに、問題ないだろうけど、心配である。念の為にと持っていた布でごしごし小さな召喚獣を拭くと、彼は「ぴぴー!」とちょっと嬉しそうな声を出しながら浜の上でばたばたと暴れた。「これこれ、砂がつきますがな」「ぴー」「聞いてねー」

アールとじゃれ合っている間も、しょぼんと肩を落としているナップくんを見て、私もしょぼくれた気持ちになった。「あー……」言葉を選びながら考えてみる。


「まあ、とにかく戻ろうよ。アティさんが心配してるんじゃない? ほれほれ。僕も一緒についたってたげるからさ」
「嫌だ!」

伸ばした手のひらは、勢い良くはじかれた。一体どうしたってんだろう、と首をかしげて、まあいろいろあったんだろうなぁ、と勝手に頷く。私が彼の気持ちなて理解できる訳がない。
けれどもここで放っていくのは危ないし、と一人で唸っている間に、彼はまたアールを抱きしめて、とぼとぼどこぞにいこうとしたのだ。おいおい、と肩をすくめたとき、ぐうっと彼のお腹の中から可愛らしい音が聞こえた。

「腹が減ってる、訳じゃないんだからな……っ」
搾り出すように、耳をほんの少し赤く染めた彼を見て、私ははいはい、と苦笑した。




こんがり焼いた魚を差し出すと、はじめは訝しげな目で見ていたナップくんだけど、ひくひくと鼻を動かし、あぐっと口の中に突っ込んだ。きょとんとしたような顔をした後、あぐあぐあぐっと頂き、膝の中で行儀よくお座りしていたアールくんにも少しだけ私、あぐあぐ、もぐもぐ。

「美味しそうでなによりだねぇ。初めて食べたの? こういうの」と苦笑して焚き火の中に生木を投げ入れながらつぶやくと、彼は少しだけむぅっとしたような顔をした後、「こ、こういう原始的な食べ方は、したことがないだけでっ」「ああ、きみ、いいところのお坊ちゃんだもんねぇ」

言った後で、そのセリフはまずかったかな、と「いや、嫌味って訳では……」と言葉を濁しながら彼の顔を覗き込むと、案外静かな顔つきをしていて、もぐり、とゆっくりとお魚に噛み付いた。「ウィル兄貴達は、食べたって言ってた」

唐突につぶやかれた言葉に、よくよく意味が飲み込めなくて、「うん?」と曖昧な顔つきをしたまま首をかしげると、ナップくんは静かな顔つきのまま、「焼いた魚。こういうやつ」「ああ。うん? 兄弟なのに?」

てっきり自家用クルーザーでも持って、お魚釣りの旅にでも出たことがあるのだろうか。有意義だねぇ、と納得していると、ナップくんは私の気持ちを読み取ったのか、ふるふると首を振って、「この間。俺が一緒になる前に、兄貴とアリーゼと……せんせいと」

先生、というとき、彼は少しだけ口を濁していた。
「兄貴達が一緒にいたのは、アリーゼが海に落っこちたからなんだ。落ちたアリーゼを、ウィル兄貴とあいつが助けに飛び込んだからで……俺なんか、なんにも、できなくって」

そのことが、ずっと胸の中のしこりになっているのだろうか。その光景を見ていない他人ごとな私だから思うことかもしれないけれど、すぐさま他人を救おうと手を伸ばせる人は、きっと一握りだ。そうできないことを恥じる必要も、確かにあるかもしれないけれど、悔いて前に進まないことは、きっといけないことだ。

と、思うのは、やっぱり他人だから思うのだ。当人のことは、当人がなんとかするしかない。「大したことじゃないから気にするなよ」って言われても、きっと気にする。むしろムカムカッとするもんじゃないだろうか。お前に何がわかるんだよー、と私ならきっと腹が立つ。

なので私は特に何を言うこともできなくって、もぐもぐと一緒に焼いたお魚を頂いた。おいしい。
「帰らないの?」
聞けることは、実務的なことだけだ。

彼はただ、気難しげな表情をしていた。彼だって小さくはないのだから、無理やり船に返すのは、どうにもいただけない。
    つまり、彼は自身の弱さが腹立たしく感じているのだ。

うん、と私はかりかり顎をひっかいた後、そうかと少しだけいい案が思いついた。
私の損にもならないだろうし、と一石二鳥だ。「あのさぁ、ナップくん。ものは相談なんだけど」 こっそりと彼の耳にささやきかけると、彼はパチッと瞬きをする。

「修行とか、しちゃわない?」




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2006.08.03~12 執筆 54~57話
2011.08.20修正 30話