男の子のふんばり



「あ、さーん。あれ、ナップにアールまで!?」



見覚えのある影が見えると思ったら、見覚えのある声が、「あ、こんにちは〜」というようなお気楽な調子でやってきた。なので思わず「あ、こんにちはー」とこっちも返答してしまったのだけれど、ナップくんはさすがに気まずいらしく、そっと目を伏せて、唇を噛む。

きょとんと首をかしげるアティさんの手の中で、「げ、げれれれれ〜〜〜ん!!!」 ぴかぴかぴかっ


う、うわわわわっ、とアティさんが慌てて手のひらを放すと、目の前で光が弾けた。雷の正体は、どうやらこいつだったらしい。見覚えのない、すらりと背が高く、腰からにゅーっと翼を生やした男性が、「アティさん!」と彼女をかばうように手のひらを伸ばした。

今度は代わりに、彼が小さく丸い、ピエロのような顔をした召喚獣を抱き上げて、ふと私と目があったとき、お互いなんとなく会釈した。そしてアティさんに向き直ると、「……少し混乱しているようですね。それでは私はこの子の住処を探してきますので」

すいーっと羽で移動していく(……天使?)な彼の背中に、「あ、フレイズさーん、一人じゃ危ないですって!」と駆け出そうとした彼女に思わずぱたぱた私もくっついていく。その私の背中にはナップくん。いやいや、と私は彼を手のひらで制した。

「ナップくんはここでお留守番。アール、よろしくね」
まかせろー! というように、アールがきゅるきゅるとドリルを回す。ナップくんは暫く不満気な顔をしていたが、のろのろと頷いた。


***


「ははあ、狭間の領域の、護人補佐のフレイズさんですかー」
「護人はファルゼンさんといって、大きな鎧さんなですよ」
「はあ、鎧……」

鎧? まるで鎧が一人で動いているというばかりの説明だ。いや、本当に動いているのだろうか。カルチャーショックがたまらない。
(……フレイズさんと、ちょっとくらいお話ができたらありがたいんだけどなぁ)
そう思って、たったかと華麗に消えていったフレイズさんの後を追ったのだけれど、私は即座に後悔した。




目の前にあふれたきのこの胞子から逃れるように、私はローブで口元を覆った。黄色い花粉のようなものが目にちかちかとする。これはいけない。多分あまり体によくはなさそうだ。

なぜだかきのこの召喚獣に囲まれたフレイズさんが、「お二方! どうやらコイツは、毒と眠りの効果がある胞子を吐きます!」 やっぱりか!
私は慌てて腰から鈴鳴を取り出した。刀を野球のバットのようにフルスイングして、ばしっ、ばしばしっとボール代わりにきのこを叩きつけ、連続ヒットさせる。

目をくらくらにさせたきのこは、お互いにぶつかりあいながら、足をふらふらさせて再びこちらに突進してきた。ふーっとローブの中で息を吐き出し、刀を突き出す。

腹に刀に突き刺さったきのこは、びくりと体を震わせるが、案外頑丈だった。自分の横っ腹から無理やりに刀を出し、ぼとぼとと胞子が混じった血をこぼしながら、しゃっとこちらに向かい胞子を吐き出す。
トドメを、と刀を振り回そうとしたとき、さっとアティさんが私の前に飛び出した。「……えっ」 くるん、と体を回転させて、もう一度きのこを遠くまで吹き飛ばす。

「大丈夫でしたか?」
「ああ、あ、はい……」

なんだ今の?
思わず眉をひそめた。私のことを助けに来たのだろうか。それにしてはちょっとおかしい。むしろどちらかといえば、きのこを助けたかのような    「あっ」 そうか。


どうやら彼女は、殺さずの誓いを立てているらしい。いや、彼女たちは。フレイズさんもに違いない。さっきからどう頑張っても数が減らないのはその所為だろう。ぽとりとこめかみから汗が滑り落ちた。いや、少しずつ減っている。ぐらりと意識を落としたはぐれ達が、草の上にころがり落ちた。

くるくると動く彼らの動きを見ながら、どうにもわからない、重い気持ちが腹の中に落っこちた。
同じ召喚獣のフレイズさんはともかく、なんでアティさんまで、彼らの命を気遣っているのだろう。
(……私は、そんなこと、できてないのに)

柄を握る手がずるりと汗で滑った。
    さんっ!」 アティさんの声がする。もろに胞子をかぶり、とろんとする自分の瞼を叱咤して、地面に足をこすった。(もちろん、できることなら、彼らの命だって気遣ってやりたい) でも、できないのだ。自分には、その力が足りないのだ。

苦い。
とても苦い。
ずっと知らないふりをしようとしていたことなのに、ひゃっと冷水を叩きつけられたみたいで、苦しくて、苦い。



ぎゅっ、と歯を噛み締めた。瞬間、瞳の中に飛び込んだのは、小さなナイフを抱えて、ヤッときのこの召喚獣達に襲いかかろうとする、ナップくんの姿だった。(なんで) 待ってろって言ったのに。

さーっと背中が冷たくなる感覚と共に、私は彼の前へと滑り込んだ。そしてナップくんを守るようにして、ぎゅっと彼を抱きしめる。脇腹に鋭い痛みが走った。「……うあ……」 喉の奥から、小さな声がもれる。ぶるり、と嫌な汗が流れた。

自分の腕の中にいる少年が、信じられないものを見るように、あらん限りに瞳を広げて「にいちゃん」とかすれた声で呟いた。



   ***



鷹が知らせてくれる。
はたはたと翼を広げた相棒が、さっと青年の肩に飛び乗った。「場所はどこだ、ノルシュ」 カズは眉を寄せながら鷹の言葉に頷く。狭間の領域か、と彼はぽつりと呟き、さてどうしたものか、と考えた。

「ファルゼンはいいんだけどさぁ……マネマネが」 苦手なんだよなぁ、とため息をつく。無視をするのはどうだろうか、と考えてやめておいた。フレイズも、頭が固くって、苦手なんだよなぁ、俺、とぶつぶつ言いながらも、カズの足は勝手にそっちへと向かっていた。






毒の胞子が溢れている。
プチドートスか、とカズは呟き、口元を布で覆った。ノルシュは空へと飛ばせてある。近づくほどに、ぬっとりと濃い血の匂いが辺りに充満していた。「こりゃ、随分流れてるなぁ……」 道々に気絶しているらしいプチドートス達が転がっている。ちょん、と足の先で弾いてみた。


赤髪の膝の上に、見覚えのある    いや、顔を見ることができないが    男が転がっていた。戦闘は終了していたらしい。ただ男の隣にへたりこんだ茶髪の少年がいた。

「え、えっと……」 カズの登場に度肝を抜かれたらしい。赤髪の女教師に、「ほらよ」とカズは腰から紫色のサモナイト石を渡した。自分にも適正はあるが、おそらく彼女の方が上手く使えるはずだ。「ピコリットだ」 アティは即座に頷いた。

おそらくフレイズが天使の奇跡でも使用した後だったのだろう。すでに血は止まりかけている。

これなら大丈夫だろう、とカズは彼らの間から男の腕をひったくり、ひょいと自分の背に乗せた。驚いた顔をする彼らに向かって、「こいつは風来の郷で預かるよ。見捨てたってんじゃ、ミスミ様に殺される」「しかし」「フレイズ、ここにゃあ人間が食う食料がないだろう」
サプレスの者たちは、食料なんぞなくとも、大気中の魔力を食っていけば生きていけるという、なんとも便利なやつらなのだ。

きゅっとフレイズは眉をひそめ、「致し方ありませんね。よろしくお願いします」とひょいと頭を下げる。「おうよ」

ふらふら歩いて行こうとしたとき、ふと茶髪の少年が、まるで泣き出しそうな顔をしながらこちらを見ていることに気がついた。
カズはほんの少し唇を曲げて、「気になるってんなら、後で風来の郷に来な」ただそれだけ声をかけて、男にしては軽い少年を背にのっけながら、森の中を歩いていった。





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2006.10.7~11.05執筆 60~62、64話
2011.08.23修正 32話


一度アティ先生が召喚獣を殺しちゃってたのは私のミス