ふんばる男の子



私はぼけーっとしながら布団の中で目覚めた。「…………てんじょう……」 茶色い木目を数えながら、和室で寝ちゃったかなぁ、欠伸をした後、だんだんと頭が覚めてきた。「いや、そんな訳ないし」

ここはどこだ、と布団からはね起きようとしたとき、カラカラと障子が開いた。その際には特になんの表情もないカズさんが立っていて、私に向かって黒い布をぼふりと投げつける。「穴があいといたから、縫っといた。下の服は諦めな」「……あな?」

見てみれば、それは私のローブである。何でこんなとこに、と盛大に首を傾げた後、今現在の自分が完璧に素顔を晒している事に気がついた。だらだらと溢れる汗をぬぐったとき、くあー、とカズさんは欠伸をしながら畳の上に座り込んだ。「ま、そういうこともあるだろ。本人がきになるってなら、仕方ないけどな、ちゃん」 納得されてしまった。

「別に言いふらさねーよ。言ってもなんの特にもならんし」
「はあ……」
「ああ、今あんたが着てる服、俺のだから」
「はあ……、ん!?」

ばばっと布団をめくってみると、確かに着ている服が違う。ということは、と想像してしまうのは仕方がない。せめてもの可能性として、誰か女性の方がしてくれたんですよね、とカズさんを見てみた。彼はニコッと微笑で、「ばっちぐー」と親指と人差し指で丸を作る。「もちろん俺が」「ぜんぜんばっちぐーじゃねー!」 ばっちあうとー!!


趣味じゃナイナイ。と笑っている彼が憎い。けれども、と顔に両手を押さえつけて、なんだか泣きそうな気分になってきた。ぶるぶる震えた後、「……どうやら、治療をしていただいたようで、ありがとう、ございます……」とやっとのことで声を搾り出す。
一体どういう流れで、狭間の領域からこっちに流れてきたのかはわからないけれど、服の下の腹がごわごわとしているのは包帯か何かで、まあそういうことだろう。

カズさんは、にっこりと微笑んだ。そして再びぐるんと円をつくり、「こっちこそ、いいもん見させていただきました」 やぱり締める。

「しめるしめるしめる、しめさせて頂きますっ!!」
「おいおいけが人、おいおいおいーい!」

ぎゃー! ぎゃー! と布団の上でぐるぐる暴れまわっているところで、再びからからと障子が開いた。「……何をやっとるんじゃ、お前らは」 その先には、渋い着物のおじいさんが、じーっとこっちを見下ろしていた。







彼の名前はゲンジ、と言うらしい。ゲンジさんとカズさんは、どうやら一緒に住んでいるらしく、ついでとばかりに今までの流れを彼から説明された。「あそこは人間の住むとこじゃねーからなー」と狭間の領域を指す彼に首を傾げると、彼はくるくるとお箸を動かしながら、「サプレスの奴らは実体じゃないんだよ。こっちに仮の姿を持ってきてるから、マナ、魔力だけ食べてけば生きていけるんだ」と豆知識を披露したのだが、その瞬間、ゲンジさんから鉄拳が飛んできた。

「食事中に箸をぶらぶらさせるなッ!!」

腹の底からの一括に、思わず私の背筋までピンと伸びてしまいそうである。
机の上には一匹の鷹が、もぐもぐご飯をつついている。しかしながらご飯の内容は、食事時に見ると食欲が失せるものばかりなので、私はすーっと細目をしながら視線を逸らした。虫がうごうごしていらっしゃった。鷹の名前はノルシュと言うらしい。

お箸を動かしていると、裾がひっかかってどうにもやりずらい。一旦箸を茶碗の上に乗せて、よしよしと袖をまくっていると、ふと、うちっかわに、刺繍で名前を縫い付けられていることに気づいたのだ。    カズ
「あれ、これカズさんのお古なんですか?」
「何故?」
「だってこれ、ここにお名前が」

そういえばさっき、その服俺のだから、と彼が言っていた。
ひょいと人差し指をつきさしてみると、ゲンジさんがぴくりと片方の瞳を眇めた。そしてお味噌汁に手を伸ばす。「そりゃあ、わしらの世界でいう、日本の文字で描かれたもんなんじゃがの」 ずるずる。

もぐもぐ。ずるずる。ぱくぱく。
お互い無言のままにご飯を食べている。ささっと顔を青くしていると、カズさんがまたまたお箸をふらふらさせて、「いわねーよ。っていうか、隠したいことだったのか?」「え、いえ、その……」 そんなことは、あるかなぁ?
ちなみにその瞬間、再びカズさんはゲンジさんに力の限り殴られた。

自身が召喚獣だということを、隠したいかどうか、自分でもよくわからないのだ。それだというのに、カズさんもゲンジさんも、なぜか知ったような顔で頷く。「わからんでもない。わしらもあの国からやって来たからのう」「え」「俺はこっちに来て……10年くらいだから、もうそういう気分も忘れちゃったけどね」「ええっ」

やあ新人。と言うように、カズさんが口元をほころばせた。
思わぬところで先輩がいたものだ。
(……じゅうねん、ということは……)

「十歳くらいのときに、こっちに……?」
「いや、高校間際に」
「いや、それは」

どう考えても、外見年齢と釣り合わない。頭をぐるぐるさせていると、彼はくすっと笑った。「そうか、お前は知らないんだったな。この島じゃあ、時の流れがゆっくりなんだよ」 こんな姿で帰っても、母さんに驚かれるだろうから、帰る気にもならないね。


そう言って、にっこり微笑んだのだけれど、きっとそれは嘘だ。ゲンジさんも、じっとカズさんを見つめている。「わしは、あっちでやることは全部終わったからな。特にそういう願いはないが、お前はまだ若いだろう」 まっすぐな言葉にカズさんは困ったように頬を引っ掻いた。「そう思おうと、努力してるんですよ」


悲しくなった。それだけ長い間、彼は戻ることが出来なかったのだ。(それじゃあ、私も……) 期待はしない、そう思っていたのに、胸の中がずるずると重くなる。けれどもきっと、私なんかよりも、彼らの方が、もっともっと苦しいはずだ。「お、おかわりお願いしますっ」 おっしゃー! とごまかすようにお茶碗を付き出した。久しぶりの真っ白いご飯である。ふかふかである。もふもふであるっ。

「よく食うなー」とカズさんはニマッと笑って、お茶碗についでくれた。「そういえばさぁ、お前、何なの?」「はい?」「だから、苗字」

お茶碗を受け取り、ありがとうございますと頭を下げて、ああそれですか、と頷いた。

です。……
ホントはなんだけど。まあさておき。


カズさんは暫くの間、私をじっと見つめていた。そしてゲンジさんは、私とカズさんを、何度か視線で往復させた。
彼は驚いたようにすうっと息を吸い込んだ。

「おっ。偶然だなー。俺の苗字もってんだ。カズ」
「わー、偶然ですねぇー!」


   ***


んな訳ないだろう、と突っ込んでくれる人間は一人もいなかった。



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2006.10.24~2006.11.26執筆 63、65~66話
2011.08.24修正 33話