「は、初めまして、ミスミ様」
「そうかたくならんでよい」
ホホホ、と彼女は上品に笑い、私はそれでまたぎくりと体を硬くしたのだ。


男の子のふんばり




誰かを様付けで呼ぶだなんて、初めてな経験である。しかしながら、この場所ではそう呼ばなければいけないらしい。漆黒の長い髪の毛に、若々しいお顔。その頭に生える二本の角に、初めはぎょっとしたものの、なんとか息を飲み込むだけで反応はしなかった。人様の外見に驚くのは失礼なことである。この島に来て、私は随分慣れたものだ。

一度、この集落の主の元へ挨拶に来ておいた方がいい、と私をずるずる引きずって来たカズさんはどこへやらと消え……と、思ったら縁側で猛烈ダッシュをしている姿を発見した。その後ろを「わー!」と言いながら小さい子どもが走っていくので、追いかけっこでもしているのだろうか。

微笑ましい光景だか、シュールな光景だか判断がつかないなぁ、と一瞬意識を飛ばした瞬間、私はぶるぶると首を振った。久しぶりに座る正座のおかげで、足先がびりびりしてくる。

「カズから大まかな話は聞いておる。さてしかし、人前では顔を見せるものではないかの」
「い、いや、これは……」
「ホホ、冗談じゃ。それも聞いておる。人前には出づらい傷があるのじゃろう。難儀じゃな」
「はあ」

どうやらそういうことになっているらしい。
あ、でもそれいいなぁ、採用させて頂こうかなぁ、と嘘をつくのは申し訳ないが、さすがカズさんです、と頭の中でピースサインを浮かべる彼を思いついた。いえーい。

「ま、十分に体を休まれよ。人間とはいえど、さすがに怪我人をほっぽり出すほど、情にはかけておらん」
「すみません」
「そこはありがとうじゃろうが」
「あ、ありがとうございます、すみません」

へへー、と平伏すると、ミスミ様が呆れたように息を吐き出す音がする。慌てて顔を上げると、彼女の服の周りにふわふわと漂う雲のような不思議物体が、いらだたしげにばたばた暴れていた。うっそあれそういう仕組みもあるの?「どうやらそなたは少々遠慮がちなようじゃの」

ぽりぽり頭をひっかくと、「よし」と彼女は手のひらを打って、「決めた」

、そなたは今現在、ただのただ飯ぐらいじゃ。これはいかんの。恩や情けはかけるもの。しかしてその温情を受けっぱなしとうのも気持ちが悪いものじゃ。そうじゃろ?」


気持ち悪いと言われて、はあ、そうですねぇと頷ける訳がない。口元をごにょごにょしていると、彼女は「だからじゃな」と声を大きくさせた。

。仕事をやろう。うちの息子のおもりをしてくれんかの?」
「息子、ですか?」
「そうじゃ。あそこで走りまわっておる童子じゃ。なぁに、けが人をこき使うほど、わらわは鬼ではないぞ?」
角は生えてますが。

ホホ、とミスミ様は口元に手を当てたかと思うと、「丁度キュウマが使い物にならんで困っておったところじゃ。あいつは少々真面目すぎる。変化に耐えきれるように、もうちょっとばかし図太くなって欲しいところじゃがのう。それは仕方がない。兎に角、これは決定じゃ。、よろしく頼むぞ」


よろしく頼まれてしまった。







小さい子の相手をするのは、あまり経験がなくて不安なのだけれどもなぁ、と彼女の息子の顔を見ながら、ううん、と首をひねる。スバルと名乗る少年は、ミスミ様と同じくピンと耳がとんがっていて、山吹色の衣を元気に着こなしながら、「ふうーん、あんたがってのか」と、ひくひく鼻を動かしている。それにしても。


「息子なのか……」
「ん?」
「や、なんでも」

改めてみると、息子さん、こんなに大きいのか。人の、いいや鬼の年齢って、見かけによらないなぁ、とショックを受けた元凶の隣には、ぷるぷると尻尾を震わせて、こちらに大きな黒目がちの瞳を向けてきたわんころのような、しかして少年のようなお子様がぷるぷるしている。「…………!」「…………!!!」「……っパナシェくん!」「……っ さん!」

まさかの再会に、お互い駆け寄りガシィッと抱き合い、ふかふかを堪能させていただいた。様子を見に行ってよいものだろか、とずっと気になっていたのだ。「さん、元気だったんだね!」「元気だったよー! パナシェくんはふかふかだね!」 おひさまで干した布団のようだねっ!

わーい、わーい、とパナシェくんと手をつないでぐるぐる回っていると、その間に体当たりするようにスバルくんが突入してきた。「ぎゃっ」
慌てて私はスバルくんの手を放し、ささっとお互いぶつかりから逃れたものの、これこれ危ないよ? と注意しようとした少年のほっぺたが、ぷくーっと膨れていることに気がついたのだ。(うん?)

ああそうか、と気づいてローブの下の顔が、勝手にニマーっとしてしまった。スバルくんが、「何笑ってんだよ、おまえー!!」と腹立たしげにばたばた両手を振っていて、その仕草をパナシェくんが首を傾げながら見守っている。

「あれ、スバルくん気に入らない? 唐突にポッと出の僕とパナシェくんがらぶらぶしているのが気に入らないのかなー?」「意味わっかんねーこと言うなよー!」「あっはっは。痛くないぞーう。軽いぞーう。もっと重いパンチをおくれー」

はっはっはー。と笑った瞬間、バスゥッ! と怪我をした場所に彼のパンチがヒットした。「うぐお!?」 泣ける。

いいパンチを打ってくるじゃねぇか、と脂汗をだらだら流しながらもふらふら立ち上がり、「この程度では倒れませぬなぁ!」 ズビシィ! と彼に向かって人差し指を突き刺す。ぷーっとあらん限りに顔を真っ赤にしたスバルくんは、同じく私と同じポーズをして、「それじゃあオイラと勝負だ!」


「おばけ睡蓮しょおおおおーーぶ!!!!」

と、言いながら彼は拳を強く握り、ぐいっと体に引き寄せた。
それが一体いかなるものか、まったくもって見当がつかなかったのだけれど、それほどまでに気合の入った勝負なのであろう。ここで引き下がっては女がすたる、「受けてたとうっ!!」 うけてたっちゃった!

いよっしゃあ、いくぞーう!! と拳を握りしめてスバルくんと私、そして遅れてパナシェくんも池へと突撃し、てっきり半分療養中だということを忘れて服をびしょびしょにした私を、カズさんが冷ややかな目で見下ろすのは、これから数時間後のことである。



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2006.12.9執筆 67話
2011.08.24修正 34話