男の子のふんばり



     そろそろ、空の旅も慣れてきた、というところ



慣れてきた、というか、もう悟っていた。最悪死ぬしか無い。ここから落ちれば、私は死ぬしかない。それがどうした。しょうがない。口からいろいろリバースしそうだけど、いきていける。今朝はまだご飯を食べていなくてよかった。そうじゃなかったら今頃私は想像しただけでもシュールな光景の中にいた。
腕をぐいっと掴まれ、リバースしながら     あ、やっぱやめとく。うんやめとこうこれ以上の想像は!

「おーい、さん、生きてるー?」
「死んでる……」
「生きてるじゃーん!」

何言ってるのぉー? と頭の上で、カラカラ無邪気に笑うその声が憎い。心底憎い。ぶらぶらする足元を見ることすら怖くて、うっと片目をすがめたとき、一瞬ふわりと体が浮き上がった。えっと瞬きをした瞬間、「それじゃあ、まっすぐ!」「……ちょっ」 まさか!


うそだー! と目をぐるぐるさせた瞬間、ぱっと体の重力が楽になる。自分の重さだけで落下している。片手を即座に突き出し、受身をついてぐるりと体を回転させ、即座に刀を引きぬいた。「兄ちゃん、一体どっから来たんだよ!」 背後で叫ぶナップくんの声が聞こえる。「     上から!」

それだけ叫ぶと、目の前に迫るナイフを鈴鳴ではたき落とす。ぎゃっと叫ぶ声へ目を向けると、茶色の鷹がナイフを投げたであろう男の瞳へとするどいくちばしで、幾度もついばむ。男が両手を振って鷹から逃げる間に、私はぐるりと状況を判断した。見覚えのない人間に囲まれた少年二人。ナップくんとウィルくん。遠く、崖下にはアティさんの白い帽子が見え隠れしている。(移動は……苦しいか?) いや、僅かに崖の端には、僅かな突起がいくつかできていた。あそこから降りることならできる。ただし、邪魔が入らなければ。

ムッと眉を顰めた。「なんでまあ、こんなことに」「えー、あー、俺たち、さっきまで捕まってて」「逃げ出したのか」

理解した、と苦しく目を細めた。っていうか、ホントにあちらさんはどちらさん? 混乱するばかりだけれど、いちいちそこまで確認している場合ではない。そのとき、ナップくんとウィルくんの背後から、ぴゃっと二匹の召喚獣が飛び出した。アールと     「テコ!」 ウィルくんが叫ぶ。なるほど、あの猫のような姿の召喚獣は、テコと言うらしい。

心強いな、とニッと口元で笑いながら、即座に私は彼らに背を向けた。ご主人様を、守ってくれよ。「兄ちゃん!?」「はやく!」 私は肩をいからせた。「はやく、逃げて、さっさとアティ先生と合流してくれ!」 あっとナップくんとウィルくんが息をのんだ瞬間、振り下ろされる刃を絡めとる。「なんだ、真っ黒ローブの兄ちゃん、正義の味方ってかァ?」 
顔半分に目立つ傷     いや、刺青を持った男が、イヒヒ、と気味悪げにニヤついた。

「別に。好きでなった訳じゃあないね!」
「そうかい。無意識ってかい。そりゃあ最高!」

ハッハァ! と彼は赤い舌を引きずり出し、「俺が一番嫌いなタイプだ!」 かぁンッと赤い火花が目の前で散る。近すぎた。あまりにも近すぎた。刀には丁度いい距離間というものが必要である。遠すぎても近すぎても、振りかぶる意味などない。男は長い足を即座に伸ばし、まるで水中に沈み込むようにナイフをつきだした。つまり、懐に入られた、という状況だった。
だから。

「…………ッ!」「やるじゃネェか!」

同じく懐から取り出した短いナイフで彼を弾き飛ばし、お互い後ろに飛び去る。彼は嬉しげに肩を震わせた。ヒヒヒ、と笑っている。「ビジュ! 我々は遊んでいる訳ではないぞ!」「おおっと、ギャレオ副隊長殿、すみませんねぇ」

響く怒声に、男はひょこっと肩をすくめた。なるほど、男の名前はビジュ、奥に立つ、肉厚の太い男性の名前はギャレオ。(そんなこと、知ったってなんの意味もないけどね) 私は即座にローブのフードを深くかぶり直し、ナイフを懐へと戻す。これでこちらの視線はあちらに伝わらない。視線が伝わることは、戦いにとって不利になる。それくらいは知っている。けれどもフードを下ろした分、視界がせまっ苦しくなるが、もともと左の目が見えない私にとっては、それくらいのハンデ、なんてこともない。

ビジュはつまらなさそうに舌を打つ。「小細工に走るやつは、好きじゃねーんだよ……なッ!」 そして後ろ手に隠したナイフを彼は素早く投げ入れた。「でも俺は、小細工は大好きぜ!」 ハッハァ! と笑う彼の声を聞きながら、素早く私は頭を振って逃がした。それ自体は大したことじゃない。(しまった!) 目を見開くも、すでに遅い。すでに懐に入り込んだビジュはぺろりと舌なめずりをした。左の手でナイフを取り出そうにも、何もかもが遅すぎた。私にできることと言えば、ぎゅっと目を瞑って痛みに備えることだけだ。
     痛みに?
(だめだ)

そんなことをしてどうする。
理性を振り絞った。目の端に力を入れ、最後までその光景を見つめた。ずんずんとナイフが押し迫る。ふーっと私は息を吐き出す。瞬間、勢い良く時間が進んだ。間に割り込んだ鈍い鉄の色が、自身の体を盾にしてナイフの軌道をそらす。小気味のいい音と共にナイフを弾き、アールはくるんと体を回転させ、地面に着地した。パッと彼は足を踏ん張り、勢い良く叫びを上げる。鷹がバサバサと羽を動かしながら、彼の顔面に嘴を向けた。ハッとして、ビジュはころりとナイフを落とした。いや、落としそうになった。

さすがにそれはすんでのところで止めたのだろう。けれどもその瞬間を逃さす、少年は飛び出した。
     ヤァ!」「ぐぅッ!」


彼は両足をしっかと地面につけて、両手で長剣を握りしめた。息が荒い。こっち側から見ても、耳は真っ赤になっていて、きっと必死な顔をしているんだろう。「……な、ナップくん?」「俺も!」 叫んだ。「俺も、戦う!」

私はぽかんとして、彼の背中を見つめた。彼に倣うように、アールも、「ピー!」 グイッと拳をつきだした。「え、あ、いやちょっと、ナップくん?」「なんだよ!」「僕さぁ、今、結構必死でさァ!」

逃げろって言ったじゃん。
何してんだよ。
何考えてんだよ。
ぐるぐる回るような混乱する気持ちを吐き出すように、もう一回。「逃げろって、言ったじゃん!」

けれどもナップくんは聞いていなかった。「うるさいな!」と叫んだ。「わかってるよ! わかってるよ、そんなこと! でも、いいだろ、俺だって……!」 もう、いやなんだよ!

     一体、何が嫌なのか

薄々、私は気づいていた。彼はずっと悩んでいた。けれども、私は知らないふりをしていた。いくつしか違わない少年を、子供扱いをしようとして、自分の背を伸ばそうとしていたのかもしれない。見れば少年は、器用にナイフをはじき、召喚士の腰元を剣でひきさき、サモナイト石を転がしていく。はは、と笑ってしまった。寧ろ私は自身の心配をすべきだった。「楽しそうにおしゃべりしてんじゃねぇよ!」 叫ぶ刺青の男の脇腹をめがけ、刀を振り、横に引き裂く。

男はアクロバティックに体をどかせ、向き直った。いくども刃が交差した。嫌な汗ばかりがだらだらと流れる。呼吸が荒い。大した運動をしている訳ではないけれど、緊張のために指が震える。
ビジュはニマリと笑った。あちらの方が、一枚も二枚も上だった。彼は、私の心情を見透かして、口元をニヤつかせた。今度こそ、今だとばかりにナイフを振りかぶる。アッ、息を飲み込んだとき、私は何かに引っ張られた。そのままグッと抱え込まれ、硬い胸板の感覚に目をぱちくりとさせた。「、男を上げたじゃねぇか」 彼は、カイルさんはニカッと白い歯を見せた。見ればナップくんには、アティさんが緑の、あの不思議な剣を振り回している。

私はホッとして体の力を抜いたのだけれど、すぐさままた立ち上がった。手の汗をふきなおし、再び奇妙な制服を着た男たちへと向き直る。「この人達は、どなたでしょうか、カイルさん」「帝国軍ってものらしいがね」「ていこくぐん」 ごくりと言葉を飲み込んだ。

そういえば、この島には、いくつもの団体さんが漂流してしまったと。アティさん達、アイパッチの海賊含め私に、(なるほど、帝国軍)
一瞬背筋がゾッとした。(軍、ねぇ)

冷たい肺に、息を吸い込み鈴鳴を握り締める。(立ち止まれば、死んでしまう) 私は目を閉じなかった。今もそうだ。前を見ている。
     もう、いやなんだよ!

ふと、苦笑した。(確かに)
自分でも、何に頷いたのかわからなかった。けれども、何かころりと胸の奥から転がり落ちる音がした。
吸い込み、吐き出した息は暖かい。私はフードから見える口元で、ニマッと笑った。そして、勢い良く、駆け抜けた。





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2006.12.29執筆 73話目
2011.12.30修正 38話目