続・男の子のふんばり



女の子が歩いていた。左目に包帯を巻いて、背中に刀を背負って歩いている。背景はない。まっくらな道の中で、女の子がてくてくと歩いていた。何かに話しかける。その何かは分からない。彼女はとても小さいのに、その目線はもっと小さい、気がする。まるで、足元にいる何かに話しかけているような、そんな。

私は彼女のことを、どこかで見かけたことがあった。
『お魚釣りは、案外得意だったのよ?』
まだジャキーニの船に世話になっていて、魚をとってこなけりゃ追い出す、と言われて、途方にくれていたとき。彼女はそう言って、からころ笑いながら消えてしまった。
あのとき、私は何故か驚かなかった。そう、彼女はそういうものだ、と納得していたのだ。けれども今日の彼女は違った。てくてく歩いて行くだけで、私には見向きもしない。ときどき、足元の何かとお話して、からころ笑い、左目の包帯を巻き直す。(…………左目?) ふと、何も見ることのできない自身の左目へと、手を伸ばした。


そのとき、パッと彼女は私に目を向けた。
どきん、と心臓を飛び跳ねさせると、彼女はパクパクと口を動かした。私だろうか? そうだ、私だ。彼女の瞳は、しっかりと私を見つめている。ぱくぱく。
(なんで、わすれちゃったの?)

責める言葉だ。

(なんで、わすれちゃったの)
(私は覚えているのに)
(おかしいよね)
(そう、おかしい)
(刀なんて握ったことがないはずなのに)
(けれどもあなたは今、刀を握っている)

パッ、と、瞳を腰の鈴鳴へ向けた。声は続く。(でもね、本当はおかしくないの)(そう、おかしくない)(ただ、忘れてしまっているだけ)

じっ、と彼女はあるはずのない両目で、私を見つめた。
(間違わないで。あなたには役目がある。そうあるべき役目がある)


間違わないで






目頭を押さえながら、私はのろのろとテントの中で体を起こした。妙に頭がずきずきする。痛い。寝足りないだけかも。眠たげな瞳をゆっくりと開いて、未だに陽が登りきっていないことを確認した。「イヤなタイミングで起きた……」 

夢の所為だ。
全部はあの夢の所為だ。
起きた瞬間までは、しっかりとその内容を覚えていたはずなのに、時間が経つごとに、一体どんな夢だったっけ? とわからなくなる。「えーっと、間違えへんで……?」 そんな関西弁だったっけ。
頭をボリボリさせた後、テントと言うか、木の枝におざなりにかけられた布の向こう側の景色を見つめて、もう一回、と布団がわりの布をひっぱってそのまま眠ることにした。

この島が、そこまで寒さの厳しい場所じゃなくてよかった。ん? 今が夏とかだったらどうしよう。このままガンガン寒くなったら、さすがにちょっとまずい気がする。まあ耐え切れる、自分で何とかできる程度だったらこのまま過ごして、駄目だったら……。

そこまでうとうとしていたとき、私は飛び起きた。鈴鳴を抱きしめ、テントの布を勢い良く剥ぐ。膝を地面につけた体勢のまま、刀の柄に手を伸ばし、振りきろうとした。瞬間、目の前の少年が、両手を顔の前に交差して、「う、うわぁ!」「…………はぐれじゃない?」

男の子はぺたんと地面におしりと両手をつけて、私を見上げてパチパチと瞬きをした。入り口付近に置いてあった、メイメイさんからもらったランプの火をつけて、よくよく目をこらしめると、私は自信がなくなってきた。「……え、男の……子?」「お、男だよ」

彼はちょっとだけ困ったように微笑んで、顔の両脇から伸びた髪の毛を、やんわりと揺らした。


***


     少年の名前は、イスラと言うらしい。

とりあえず、僕の名前はイスラ。ああ、それじゃあこっちはです。と名乗っただけで、特にお互いの事情を理解した訳じゃない。
(…………女の人、みたいだなぁ)

ランプの光の下から、マジマジと見つめてそう思ってしまう。真っ黒な髪の毛はさらさらしていて、顔立ちは整っている。手足もすらっとしているし、肌の色だって真っ白だ。けれどもよくよく見れば、女性にしては肩幅ががっしりしているし、手のひらも大きい。ふうん、と首をかしげたそのとき、(あっ、この人、帝国軍かもしれない)と気づいてしまったのだ。


いや、まあ、見覚えがないからと言って、帝国軍人だと決め付けるべきではない。むしろ、私はこの島の新参者なので、彼ら全員を知っているとはいえない。けれども、この島の人間と言えば、アティさん達、ジャキーニ達、そして帝国軍と限られるのだ。島のものならば、例えばメイメイさんのツノのように、どこだかの異形があるはずだ。薄暗い闇の中とは言えど、イスラさんにはそれらしきものは見つからない。ますます疑いが濃くなる。

思わず、手のひらが鈴鳴へと伸びそうになった。変わりにローブの中へ手を伸ばして、ナイフの柄を握り締める。(念のためだ)

イスラさんは、どこか浮世だった雰囲気で、あたりをキョロキョロと見回していた。「え、きみ、? ここで暮らしているの?」「まあ……」 そういう感じで。へぇっ、と彼は瞳を丸くさせた。どこか敵愾心をなくさせる顔つきだ。私は途端に口元をへにょへにょさせて、「あの、それで、イスラさんは?」「イスラ」「はあ」「イスラでいいよ」 そう言って、白い歯を見せた。

はあ、イスラ。と声に出しながら、思わず感じた。(……今、話をそらされた?) 気のせいかもしれない。本当に、名前に敬称をつけられることが、嫌な人なのかも。

私は気がきかないふりをして、もう一回確認した。「それで、イスラはここで何を?」
彼は途端に、情けなそうな顔をした。おどおどしたように口元に拳を当てて、視線をきょろつかせる。まるで、訊かないでくれ、と言っているようだ。何かある。そう思った。けれども感じた。反対に、こうもあからさまに困った顔を見せるものなのだろうか? ちょっと困る。わからない。「あの、」「はい」 私は硬い声を出した。


「ラトリクスまでの道のりって……わかる?」
「わ、わか……り、ません……?」


そこだけ、行ったことないし。





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2006.12.29~30執筆 74~75話
2011.12.31修正 40話