続・男の子のふんばり



怪しいこと、この上ない。
正直なことそう考えて、私はじぃっと彼を見つめた。






「そっかあ、知らないのか……どうしようかな……」

そう言いながら、イスラはほっそりとした顎に手のひらを置き、ううんと首をかしげた。
悪意はない、ように思える。けれども、そんなこと私が判断できるほどに人生を生きているとは思わない。
     ラトリクスへの道は知っているか
そう尋ねてきた青年は、ランプの向こう側でちらちらとその表情を見せている。幼い顔つきだな。唐突にそう思った。童顔だとか、そういうことを言いたい訳じゃない。見かけの年齢と、その顔にくっついた表情が、どうにもアンバランスな気がしただけだ。薄暗い中であるので、ただの私の見間違いかもしれないけれど。

(……だいたい、ラトリクスに何の用だっての?)
機械が山のように、ずんぐり積まれている場所。そう聞いている。行ったことはないが、人間は住んでいないとか。もちろん、この島にいるはぐれは全員人間ではない。その定義に当てはめると、私もそうなってしまうのだけれど、それはそういう意味じゃなくて、“文字通りに”人はいないらしい。ただ一部例外はあると聞くが、彼がその例外と言う訳じゃないだろう。長く島で暮らした人間が、道に迷って人に、それも私のような新参者に尋ねるだなんて、おかしな状況だ。

私はほんの少し瞳を伏せて考えてみたのだけれど、結局納得する考えは出てこなかった。もし彼が帝国軍だったのならば、なんとかお縄を頂戴してやればいいが、そうじゃなければ困る。その判断にも困る。だから私は、率直に尋ねてみることにした。「ラトリクスに、何の用事があるの?」

イスラは笑った。にこっと笑った。ニコニコした。

しかしそれだけであった。

「夜中に邪魔をしてしまって悪いね。それじゃあ、またどこかで」
「おい待て」
ナチュラルに逃げようとするな。

思わず青年の背中にぐるりと手を回して、ぐいっとひねり上げた。「うわぁ!? あ、あたたたっ」「心底怪しいので一応拘束させていただいても構わないかな」「すでにしてる! いたい! 折れる!」「折れませんよこれくらいで!」

あんまりにもあっさり捕まえてしまったことが、激しく不安だった。驚くほど腕が細い上に、力も足りない。折れる、というのも、冗談ではない気がしてきた。「あの、イスラ、きみ、ひ弱だね……?」「余計なお世話にもほどがあるんだけど」 お魚食べて元気になった方がいいよ、本当にいいよ。

この人、帝国軍って考えるのには、ちょっと無理があるかなぁ、と彼の腕を両手で抱え込みながら、ふいと目の前の草むらに目を向けた。すると、どこか見覚えのある青年が、呆然としてこっちを見つめていたのだ。

「…………あ、えっと、お邪魔だった、かな……?」
「何が邪魔だ! 助けろレックスー!!」



***


彼はラトリクスで保護している病人である、ということをレックスさんから聞いて、「そりゃあ手荒なマネをしてしまって申し訳なかった」と私はへこりと頭を下げた。イスラはぷっと頬をふくらませて腕を組みながらひょいと顔を背けている。そんなイスラへと、「お前が勝手に抜け出すから悪いんだぞ」とレックスさんはむっと眉をひそめていた。なるほど、病人であるのに、ふらふらしていたものだから、言いつけられるのが怖くて逃げ出そうとしたらしい。

そりゃあどっちにしろダメじゃないか。と私はイスラと同じく、腕を組んでじろっと彼を見つめた。どうりで体の線が細くて、細くて……羨ましくなるくらい細いと思った。
なんだか悲しくなってきたので、私はレックスさんへと目を向けた。相変わらず人のよさそうな顔をして、優しげに眉を垂らしている。「ラトリクスの方だったんですね」 道理で、今まで会ったことがないと思った。

私がそういうと、レックスさんは暫く目をぱちぱちさせた。そうした後に、「ああ」と頷いて、「木に縛られてた子か」「あの、もうちょっといい言い方で」 なんだか思い出すだけで悲しくなる記憶である。
レックスさんはちょっとだけいたずらっ子のように笑って、「冗談だよ。くんだったよね。イスラを捕まえてくれてありがとう」

あ、いや、どういたしまして……。と、ひねり上げた身としては多少申し訳なく、私はペコペコと頭を下げた。「なにがありがとうだ、まったく」とイスラはもごもご文句を言っている。


「それじゃあくん。俺たちはラトリクスに戻るよ。……それで、申し訳ないんだけど」
「はい?」
「このことは、誰にも言わないでくれるかな。もう抜け出さないようにってきつくお灸をすえて置くから。クノンやアルディラに怒られちゃうからね」
「あ、はい……」

そのクノンとか、アルディラって人は誰だろう? と思いながら、私は戸惑い半分に頷いた。「ありがとう」とレックスさんは、またやんわりと微笑む。何度もそうお礼を言われたら、照れてしまう。
それじゃあ、と背中を向ける彼らに、私は思わず、「あ、あの!」 声をかけると、レックスさんとイスラが、ほんの少しタイミングをずらして振り返った。イスラの方が、ちょっとだけ遅い。「あの、ごめんね!」

ランプのぼんやりした灯りの向こうだから、彼らの顔はあまりはっきりと見えない。けれどもなんとなく、苦笑したような気がした。ぱたぱた、とイスラが手のひらを振る。レックスさんも。私も返事がわりに手のひらを振り返した。ランプの光の向こう側へと、彼らは消えていき、私はぽとん、と片手を落として、一度息を吐き出した後、空にぽっかりと浮かぶ月を見つめた。



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2007.01.03執筆 76話
2012.01.20修正 41話