続・男の子のふんばり



「あー、いい天気だなー」

私は生ぬるい表情で、じいっと彼を見つめた。





「いやいい天気って。いきなりだし。不自然ですし。なんなんですか」
「あー、今日も快晴だなー」
「同じ意味だし」

このごろちょくちょくやってくるようになったと思ったら、次はこの人だ。ナップくんと同じく、茶色い短い髪をがしがしとひっかくカズさんを見て、私は思わず長い溜息を吐いた。「なんだよそのあからさまな態度ー」

もー、この子ったらー、とぷんぷんする彼に、ため息もつきたくなる。なるべく関わり合いにならないように、突き放そう、と思う度に、この島の人たちは、こっちからどんどんやってくる。彼の腕にガシッと乗っかったノルシュは、どこかニヤニヤした表情のまま、バサッと羽を広げて飛んでいった。あれが本来の姿ではないと知った今、あの鷹の些細な行動も人間くさく見えてくるものである。羽根を毟りとって蒸し焼きにしてしまいたい。「おい、お前物騒な顔してるぞ」「顔が見える訳ないでしょう。隠してるんだから」「じゃ、言い直す。物騒な雰囲気してるぞー?」

ひょいっと肩をすくめるカズさんを、じろりとねめつけた。こっち側の表情が分かる訳がないと思うので、雰囲気で。
それでも、カズさんもなんとなく私のニュアンスを受け取ってくれたらしい。「こえー、こえー」と言いながらほんの一歩、後ろに下がった。でもそれだけだ。彼は何か言いたげに、ズボンあたりにごしごしと両手をくっつけた。何だろう。「風雷の郷で、何か?」「あー、いや……」 珍しくもごついている。


私は暫く彼を見た後、テントの前に置いてある釣竿とバケツを取り、「ま、僕は今から釣りに行きますので、お話したいことがあれば道すがらどうぞ」というと、カズさんはひょいっと顔を上げて、おう。と頷き、私の隣を歩く。この間とナップくんと同じで、少しだけ吹き出しそうになった。髪型といい、行動といい、ナップくんを少し大きくすれば、カズさんのようになるかもしれない。勝手に想像してしまって、申し訳ないけど。

「なあ、なんか、変わったこととか、あったか?」

私は、ふいと振り返った。昨夜の、あの奇妙な二人組のことを指しているんだろうか。ありましたよ、と律儀に返事を返そうとして、やめておいた。レックスさんとの約束を思い出したからだ。誰にも言わないという約束をしたのだから、昨日の今日で破ってしまっては、自分自身が恥ずかしくなってしまいそうだ。「特にないですかね。毎日サバイバルに勤しんでおります」「あー、いや、そうじゃなくってさー」

そうじゃなくって、なんなんだろう。「名も無き世界で。日本とかでさ」 ほんの少しだけ瞬いて、彼を見た。カズさんは少しだけ気まずそうな顔をしたけれど、ちょっとだけだ。「なんか、面白いゲームが発売したとか。ドラクエどこまでシリーズ出ちゃった? 二桁いった?」「え、さあ、そういうのは……」 二桁はいってないと思うけど。いや、そろそろ発売しそうだっけ。私は少しだけ眉を顰めて、ううん、と考えた。「総理大臣が、たくさん替わりましたよ」「あー、そういうのはいいや……」 うんざりした顔をされてしまった。

じゃあ、何があるだろう、と手元のバケツを見つめながら眉間の皺を深くすると、「やっぱいい。なし、変なこときいてすまんね。じゃーなー」 とカズさんはひょいっと背中を向けて消えてしまう。私は、無言でその姿を見つめていた。あの人も、ゲンジさんも、同じ場所からやって来たのだと考えると、何か奇妙な気持ちになった。
(やっぱり、気になるんだろうな)

そういえば、彼の苗字が、自分と同じだったことを思い出した。珍しいと言えば、珍しいことだし、よくあることと言えばよくあることだ。こちらの世界では、苗字というものを忘れてしまいそうになる。(なんだか) 妙に、ひっかかるなぁ、と私はカズの後ろ姿を見つめた。
けれどもすぐさま、まあどうでもいいか。と頷いて、ガチャガチャとバケツの音をならしながら足を進ませた。



***



「どうしたもんかなぁ……」

同じものばかり食べていたら飽きる。それが人間というものである。
涙が出ることに、調味料も基本的にない。ときどきメイメイさんからおこぼれをいただくこともあるが、そんなにわしゃわしゃ使いまくることもできない。

魚はなんとか大丈夫だ。彼らが言う名も無き世界と結構似ていて、判断がつけやすい。野菜と果物も、アイパッチ達が毎日頑張って畑を耕している姿を見ているおかげでうっすらと種類が分かるようになってきた。人生何が関わってくるかわからないものだ。
分かるというだけではあまり意味もない。森の中で、そう都合よく野菜は自生していない。という訳で、野菜の中でも、育てやすい種をヤッファさんから貰い、自分でも育てさせていただいている。
「よくやるよ。別にこんなとこで一人のそのそしてんじゃなくって、うちんとこの船に来たらいーのに」と、ナップくんなんかは、このごろよく呆れたような顔をしている。こっちは必死なんだから、そんな呆れた顔はしないでいただきたい。


よって、私は目の前にあるキノコを見つめて、よっこらしょと腰を下ろしていた。ぴー、ひょろろろ……と、どこか遠くで鳥が鳴く声が聞こえる。相変わらず森は鬱蒼としていて、どこからかはぐれがやってくるかも分からない。食料集めはスピード勝負だ。

私は改めて、キノコを見た。真っ白い傘で、むにっと傘の形がちょっと変である。「……火で炒めれば、おいしい……」 かも?
私は背中に背負ったカゴを背負い直し、ブチッと一本のキノコを目の前でしげしげと見つめた。「なんだったかな、縦に裂けるキノコは……大丈夫だったっけ」 確認した、問題ない。「でも、縦に裂けても毒があるキノコはあるって、先輩が言ってたような……」

一体どんな会話の流れでそうなったのかは覚えていないけど。うーん、と先輩の教えを守るべきか、と考えてみたのだけれど、そんなことをしていたら、私は一生キノコを食すことができなくなる。「まあ、一個くらいなら」 問題ないか。とぽいっと背中のカゴに放り投げた。そのとき、ふと、背後から私の腕が、がしっと何かに捕まえられた。ぎょっとして振り返ると、黒髪で、モノクロの可愛らしい服を着た女の子が、じいっとこっちを見下ろし、「素人判断は危険です」とぽつりと呟いた。

「……えーっと」
「それはドクツルダケ。強烈な毒キノコです。細胞を破壊し、肝臓、腎臓に障害を与え死をもたらすもので、発症までに通常10時間かかります」
「へー……って、うえっ!?」

思わず彼女から腕を逃し、持っていたキノコをビシッと地面に投げつけた。それに意味があるのかどうか分からないけれど、思わず自分の服でごしごし、と毒キノコを持っていた手をこする。そんなものがほいほいと自生しているだなんて、恐ろしい島である。未だにひょっこりと地面から顔を覗かせる白い悪魔を見てブルッと体を震わせた。

私はパパッと立ち上がり、彼女に向き直った。私よりも少しだけ小さい。可愛らしい顔をしていたけれど、どこか眠たげな表情をしているようにも見える。女の子一人で、武器もなしにこんな場所に? と一瞬疑問に思ったのだけれど、そんな風に訝しむより、すべきことが他にある。「あの、ありがとうございました」
本当に、素人判断は危険だ。感謝してもきしれない。

私がペコリと頭を下げても、彼女は変わらず無表情なままに、じいっと私を見つめていた。フード越しだったとしても、何か緊張する。「あ、あの……?」 声をかけてみた。だめだった。「あ、あはは……?」 ちょっと笑ってみた。気まずくって。

唐突に、ぴくんっと彼女は瞬きを繰り返した。まるで電源を入れたロボットみたいだ。背中のカゴを背負い直し、「あの……」「今、笑ったのですか?」「は」 パチッと一回まばたきをした後、もしかして気を悪くしてしまったかもしれない、と私はぶるぶると勢い良く首を振った。

「あ、いや、そういう意味では」
「笑ったのですか」
「いや、だから」
「笑ったのですね」
「……あ、はい……」

見事な押しの弱さである。困ってしまって、右手をぎゅっと握った後、「ごめんなさい」と潔く頭を下げた。もう一度顔を上げたとき、やっぱり彼女は無表情なまま、私を見ている。「なぜ、謝られたのですか?」 何故って。

なんなんだろう、「気分を、悪くさせてしまったんじゃないかと思って」「気分を? 私にそのような感情はありません」 なんだこの人。

そんなロボットじゃあるまいに。現に彼女は、僅かに額に皺を寄せて、怒ったような顔つきをしている。それでも感情がないと言うのだろうか。(まあ、いいか) 彼女の言葉を信じるなら、彼女は私の(きのこの)恩人だ。下手につっかかる必要もない。それじゃあ、と片手を振ったとき、再び私は彼女に片手を掴まれた。「そもそも、あなたは何故笑ったのですか?」「え、ええー」 質問攻めである。

「何故って言われても……」

ううん、と口元をへの字にさせて、私はフードをひっぱった。彼女はじっとこちらを真面目な目付きで見つめている。無表情な子だなぁ、と最初は思ったけれど、よくよく見れば、真面目というだけなのかもしれない。「……なんとなく、かなぁ」「もう少し、理論的な説明を」「り、りろんてき!?」 マジで!?

そういう役目は籐矢先輩の方におまかせしたい。私はぶるぶると首を振って、「え、そんな、わかんないですよ! 理由なんてないですし!」 必死に後ずさると、彼女は、どこか不満そうな表情のまま、口元を押さえて、「なんとなく……新しい理由です……」と言いながらふらふらと去っていく。なんなんだあの子は、と背中のカゴを背負いなおして、私はため息をついた。新しいって、笑顔の理由を、いろんな人に訊いて回っているのだろうか。

なんじゃそら、と思う反面、確かに笑わない子ではあったな、と思った。
奇妙な人が多いもんだ、と彼女の背中が消えた後に、再びざくざく落ちた葉っぱを踏みしめて、そういえば、名前を訊いていないことに気づいた。まあ、この森も、なんだかんだと言って広いんだから、もう会うことはないだろうな、と思ったのだけれど、彼女との再会は結構簡単にやってきた。







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2007.01.05執筆 77.5話
2012.01.21修正 41話