続・男の子のふんばり


私はキノコを握りしめていた。「…………縦に裂けるきのこは……」と言いながら、確認。問題なし。樹の幹からにゅにゅっと飛び出していて、見かけは茶色。問題……なし。しかし、ここまでじゃいけないのだ。

同じ見かけのキノコが、ほんの少し離れた場所に生えている。そっちの方は虫が食べた跡がある。「……虫が食べてる」
よし。

     虫が食べている、ということは、人間が食べても問題ない、ということだ。この間とは違う。一個の確認、二個の確認、三個目の確認までオッケーだった。これまでダメだったのなら、私はもう一生キノコが食べられない。ぶちっと切り取り、鼻歌半分に背中のカゴへと放り投げようとした。瞬間、腕を掴まれた。デジャブ。「ツキヨタケ。毒キノコです」

振り返ると、やっぱり女の子はそこにいた。



***


「素人判断は危険だと言ったはずです」
「す、すみません……今回は、大丈夫かなぁ、と」
「その大丈夫が、命を落とすことに繋がるのです」

もっともである。
私はウグッと口をつぐませて、足元に落っこちた毒キノコを見つめた。もう一生キノコは食べられない。
彼女は冷静な顔つきのまま、私が背負うカゴに目を向けた。「見せていただけますか」 そう言われたので、私はびくん、と肩を震わせて、急いでカゴを地面に置いて、無言で彼女に差し出す。彼女はごそごそと私のカゴをいじった後、「これも、これも、これも。これも、毒草です」「え、ええー!!」 まじで!?

見せられた草を覗きこんでも、どれも普通の山菜のようにしか見えない。ついでにこれも、とばかりに、彼女はいくつかのキノコもぽいぽいとカゴの外へとほっぽり出す。ふと、彼女の手に持つ草を見て、「あっ」 甲高い声を出した私を、彼女はきょとんとしてこちらを見た。私はおそるおそる指をさし、
「あの、それ、僕、今日の朝、食べちゃったんですけど……」
「…………」
「…………」
「…………食べた後に、直射日光に当たらなければ問題はありません」
「あ、じゃあ、大丈夫ですね!?」

ローブを着ていてよかった。それから彼女はいろいろな草を顔の横に上げながら、これは食べ過ぎると危険、これは根の部分が危険、と一つ一つ解説していくが、そんなこといきなり言われても覚えられる訳がない。「え、え、えええーっと」と言いながら必死に頭に叩き込んでいると、ふと彼女は顔を横に向け、「そんなことをしている場合ではありません」と言った後、私にカゴを渡して、「失礼します」 ざくざく、と背中を向けて去っていく。

思わず私はそれを追いかけた。「あの? あ、もしかしてお忙しかったんですか」「薬の材料を探しています」 
そう淡々と答えられ、なるほど、と納得した。この間も彼女がこの場所にいたことは、そういう訳があったらしい。それにしても、やっぱり女の子一人がこんな場所にいるのはあぶない。

「はぐれが出やすいと思うんですけど、大丈夫なんですか」
「問題ありません。それよりも、あなたの食料採集能力の方に問題があります」
「それはまあ、そうですけどォ!?」

ナチュラルに返されすぎてなんだか泣ける。

これからもうちょっと、食事事情の方を改善しなければならないかもしれない。今も大丈夫と思って食べている魚も、もしかしたら危ういかも。(日本って、便利な国だったんだなぁ……) 今更ながらに、故郷が恋しくなった。困ったように立ち尽くしていると、彼女はちらりと私を見た。「少しだけお待ちいただけますか」「はい?」

彼女は真剣な顔つきで、私の上から下までをじろじろと目を下ろした。「私は薬の材料を取りに行かなければなりません。ですから、今はあなたに……」「ああです」 一瞬彼女が言いよどんだので名を名乗ると、こくりと彼女は頷く。「はい、様に携わることはできませんが、もう暫くお待ちしていただければ、あなたに食料採集について、多少の伝授をすることができます」「え、あの」

いきなりそんなことを言われても、こっちに都合が良すぎる。「でも、ご迷惑なんじゃ」 こう言って、否定されてしまったら困るのは私なのだけれど、確認せずにはいられないのが日本人の性というやつだと思う。クノンさんは、何が迷惑なのか分からない、というように僅かに眉間に皺を寄せ、ふん、と胸を張った。けれども、口調は相変わらず淡々としていた。「私は、医療看護用自動人形、フラーゼンです。不摂生と思われる行為を、見過ごす訳にはまいりません」 いや不摂生て。

「えっと……その、フラーゼンさん?」
「フラーゼンではありません。クノンです」

どっち。
フラーゼンさんじゃないの。クノンさんなの。ぐるぐると頭を混乱させてきたのだけれど、ふと、彼女の名前に聞き覚えがあることに気づいた。イスラの。正確に言えば、レックスさんが言っていた人の名前だ。確かもう一人はアルディラさん。「もしかして、クノンさんって、ラトリクスの方ですか?」「はい、そうです」

あ、そうかぁ、そうなのかぁ。と頭をひっかくと、クノンさんは不思議そうに、少しだけ首をかしげた。そしてすぐさまハッとしたように、「それでは、ラトリクスへ必ずお越しください」 そう言うだけ言って、サッと彼女は消えていく。あっという間だった。「お越しくださいって言われても……」

そもそも、ラトリクスまでの道を知らないんだけどなぁ、と虚しい呟きが、ぽつんと森の中でこだました。なんだかほんとに寂しい。



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2007.01.05執筆 77話
2012.01.21修正 43話