続・男の子のふんばり




ラトリクスまでの道のりを、さてメイメイさんに確認してみよう、と覚えば、ここ数日、彼女は見事に泥酔しているらしい。何やら、「新しいカモができちゃったもんだから、毎日メイメイさんお酒ぐびぐび〜」と嬉しそうに言っていた。部屋の中に酒瓶が増えていて、おいおい猫にまたたびをあげちゃったのは、どこのどなたさんなんだろうか、と思わず頭が痛くなった。

こりゃあしょうがない、と棲家というか、掘っ建て小屋というか、ただのテントっぽい感じの住居へ誰かがやってくれば、道の一つでも教えてくれるだろうと思ったのに、ナップくんも、カズさんもやって来ることはなかった。来て欲しくないときにはたくさん来て、来て欲しいときには全然来ない。私は理不尽にも、ぷくっと頬をふくらませて、テントの入り口にどすんと座り込んだ。

それから暫く経って、食料調達から帰ってくると、自家製の小さなテーブルの上に、なにやら紙が置いてある。何だろう、と覗きこんでみると、メモのようだった。たぶん、やって来たけどいねーじゃんか、という文句みたいなものだと思う。なんてったって、私はこの世界の文字は読めない。カズさんなら、日本語を書いてくれると思うから、多分ナップくんだろう。メモの端っこの方に、アールと思わしき足あとハンコまで見られる。「こんにゃろー!」

文句を言いたいのはこっちだ。
私は釣竿を肩に乗っけて、暫く考えた。アティさんのところやら、風雷の郷やらに顔を出そうかと考えていたけれど、こうなったら自棄だ。行ってたまるもんか。こっちも待っていたのに、文句だけ言われっぱなしとは何事か。

なんとなく、ムカムカしていただけだ。
いつもだったら、こんなことでむかっ腹は立てないし、妙な意地も張ったりしない。
ラトリクスまで来てください、というクノンさんの言葉を思いだして、ナップくん達が、ここに来たらね、と自分自身変なルールを作ってしまった。それがいけなかったのだ。メイメイさんにお水を飲ますでも、ユクレス村にでも行くにして、さっさと道を教えてもらえばよかった。
後々激しく後悔した。


***


基本的に、私の一日の半分は食料調達に費やされる。このごろ少し慣れてきたものの、一歩気を抜けば、昨日まであった木の実が、すべてはぐれに食べられてしまった、ということにもなりかねない。時々メイメイさんのお使いもしつつ、のそのそ慣れた道を歩いていた瞬間、パキンッと頭の中で、奇妙な音が響いた。
     せよ』

奇妙に重く響き、胸の中にずんぐりとたまる声がする。『     せよ』 何かが、島の中心部で叫んでいる、気がした。私は思わず両耳に手を当てて、うずくまった。腕の筋肉の振動の音が聞こえる。代わりに、周りの音は少しだけ小さくなった。それだというのに、聞こえてくる声がやむことはない。

ふと、目の前に少年がいた。私が耳を押さえた手のひらを、もう一度自身の手で押さえている。彼は難しい顔をして、どこか遠くへとひょいと顔を見上げていた。「」と彼の名前を呼んでも、眉間の皺は厳しくなるばかりだ。ふと、私を見て、ぱくりと口を動かした。「は耳がいいから、聞こえちゃってるだけだ。安心して」

ただ彼がそう言った瞬間、がつん、と頭の中を思いっきり叩かれたような衝撃がやってきた。

     継承、せよ!』


耳が引き千切られるように痛い。じわじわと視界が歪んだ。ばたり、と体のバランスを崩して、そのまま地面に突っ伏した。ざらざらとした茶色い土の感触が頬にひたりと張り付いた。、と彼に手を伸ばそうとすると、彼はぎゅっと私の手を握った。それだけだった。




青年が立っていた。見覚えのない人だ。どこか儚い印象を持つ人だと感じたのは、彼の体が薄ぼんやりと透けていたからかもしれない。真っ青な空間の中で、長い髪の毛をふわふわと宙に浮かして、彼はちらりと私を見た。そして軽く微笑んだ。「契約は完了した」 柔らかい、幾らかのエコーをかけた青年の声だ。
「君の代わりに、彼が契約してくれた。君にも     彼女にも。迷惑をかけてばかりだ」

ごめんね、と声を呟かれた瞬間、私はハッと瞳を開けた。



***


「気がつかれましたか?」


可愛らしい、女の子の声が聞こえる。
私はのろのろと瞼を開けて、閉じて、もう一回開けた。黒髪の女の子が、こっちを見下ろしている。私は、「はい……」と言いながら、体をゆっくりと起こした。ローブからポロポロと砂やら枝やら、葉っぱやらが落っこちた。

「えーっと……」 変な声が聞こえて、がいて、変な男の人を見て。

頭を片手で押さえながら、ううん? と考えてみた。その間にも、目の前の女の子、クノンさんはちゃかちゃかと私のおでこやら腕やらを確認して、真顔で頷いている。「……ん?」 おでこ。「ちょ、ちょっと、クノンさん!」

やめてくださいよ! と思わず彼女から体を引き離して、ローブをかぶる。クノンさんは少しだけ眉を寄せ、「動かれては、検診ができません」とちょっとだけ口調が怒っている。「いや、いや、いや」と私は彼女から離れた。それだというのに、ういん、と彼女の腕が、“伸びて”私のローブをひっつかんだ。文字通り、ぐいんと伸びた。

人間ではありえないその動作を見て、私がぽかんと目を開けている間に、てきぱきとクノンさんは懐から体温計を取り出し、文句を言う前にズボッと口の中につっこまれる。
口の中でひんやりとした感覚を味わって、少しだけ意識が戻ってくると、今度はスポッとひっこ抜かれる。数字部分を見て彼女はうんうんと頷き、「何故ラトリクスへいらっしゃらなかったのですか。不摂生はよくないと言ったでしょう」

道がわからなかったんです、というのは言い訳だったので、私は殊勝に頭を下げた。「あの、っていうかクノンさん、さっきの腕は」 そこまで訊いたとき、そういえば、と思いだしてしまった。彼女は“ラトリクス”、機械の街に住んでいる。彼女は確か、看護なんとか自動人形で、感情はない。「…………ロボット?」

今更ながらの私の言葉に、何を言っているんだ、と言った風に、彼女は眉を顰めた。「え、ええええー」 なにそれー、と思ったけれど、アールだってロボットの中に入るのだから、驚くのも今更かもしれない。
何があったのか、と事細かにクノンさんへと詰問され、私は自分自身混乱しながら、さきほどのことを説明した。するとクノンさんは、うん、と頷いた。相変わらず変化のない表情で、クノンさんならば、この不思議な状況を、説明してくれると思ったのだ。
彼女は鷹揚に口をひらいた。

「恐らく、よくないものでも食べたのでしょう。幻聴、幻覚症状があります。今すぐラトリクスへと向い、治療を行うべきです」
「え、え、エー!!!???」
様ならありえる話です。今すぐ、ラトリクスへ連行させていただきます」

私はぐいっとクノンさんに担がれ、「うっそぉマジでぇ!?」と泣き叫びながら、バタバタと暴れた。女の子(機械)に米俵のようにして担がれるなど、一生に一度とない機会というか、一生やって来て欲しくない状況だった。こんなことなら、さっさとラトリクスへと行っておけばよかった。後悔しても、しきれない。

クノンさんは、想定外にもしっかりとした足取りで、どすどすと森の中を歩いて行く。穴があったら入りたい。こんなに泣きそうになったのは、こっちに来てから例を見ない。
まさかの、そんなオチである。





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2007.01.28~ 02.07執筆 78~79話
2012.01.22 修正 44話