続・男の子のふんばり 日が沈んでしまったというのに、いつまで経っても熱気が冷めることはない。どんちゃんどんちゃんと、あまりにも似合いの騒ぎが聞こえ、苦笑した。酒に飲まれた人間に絡まれる前に、と早々に私は退散した。というか、そもそもジルコーダ退治に深く関わりのない自分がここにいてもいいものだろうか、と少しの決まりの悪さを感じた。 もう一度、遠くの灯りを見つめて苦笑する。 マルルゥ達と用意した鍋が無駄にならずにすんでよかった。 彼女の予言通り、思いっきり腹のすかせた彼らはいくつもの火を囲んで、見事などんちゃん騒ぎだ。遠巻きに見れば、恐らく食物を食べることができないだろうと思われる、サプレスの住人まで混ざっている。楽しげだ。 「あー」と私は一つ息をついて、ばさりとローブを脱ぎさった。さっきまでの熱気に飲まれてしまったのかもしれない。ぼんやりと、丸い、あんまりにも丸すぎる月を見上げ、どうにもしんみりとした気持ちになる。「……あ、さん!?」「う、うわっ」 唐突に話しかけられた声に驚いて、私は即座にローブを羽織って、振り向いた。赤髪の、女性と言うには可愛らしく、にこにこと笑う彼女がおつまみを片手に、月明かりの下でぼんやりと立っていた。「あー、驚かせてしまいましたー?」「まあ、少しだけ」 いつもよりも、奇妙に間延びした彼女の話し方に、少しだけ首をかしげた。「お隣、いいですかぁ?」とくびを傾げられて、どうぞと彼女が隣に座った瞬間、その理由にウッと気づいた。「……アティさん、もしかして酔ってます?」 激しく酒臭い。 「やだー、酔ってなんてないですよぅー」と彼女はパタパタ手のひらを振って否定しているけれども、酔っぱらいは全員同じことを言うのがお約束ってやつじゃないのか。別にそこで議論を繰り広げてもしょうがないので、「ああ、そうですか……お水とか飲まれた方がいいんじゃいです?」と取り敢えずちょっとのアドバイスで終了した。こっちは未成年なのだから、この匂いは毒である。というか、リィンバウムは酒の年齢指定があるんだろうか。 アティさんは何がおかしいのかカラカラ笑って、「今日もお月様はおっきぃですねぇ」と言っている。「そうですね、リィンバウムは、毎日大きいですよ」 彼女が酒に酔っていると思って、少し油断してしまったかもしれない。アティさんは、ちらりと緑色の瞳をこちらに向けて、「まるで、大きい以外のお月様を知っているみたいですね」 私はピタリと体を動きを止めた。「リィンバウム以外の世界では、そういうこともあるんだそうですね。ちょっとだけ、見てみたいかもしれません」 からからと笑うアティさんに、「そうですね」と小さな声で返事をする。彼女は特に気に止めた訳ではないようで、じいっと自分が手に持つ、おつまみを見つめた。ネギ付きの串焼きだ。 ネギまを見つめるには、どうにもシリアスな表情のまま、ふとアティさんはため息をついた。やっぱり酒に酔っているらしく、ほんのりとホッペが明るい。「ウィルに、言われちゃいました」 唐突な言葉に、私はパチリと瞬きをした。「……え、あの、お酒くさいとか?」「ち、違いますよう」 もう、と彼女は頬をふくらませて、私を見た後、もう一回串焼きを見つめる。 「自分も、戦いに加えてもらえないかって。ビックリしちゃいました。もしかして、私、闘わずにいる事が卑怯だ、とか。そんな事彼に思わすような言動をとってたんじゃないかって、不安に、なりました。……そんな事、全然思ってないのに」 気の利いた言葉が、うまく思いつかなくて、「……まぁ、意思疎通って難しいですもんね」と、私はおざなりというか、適当な言葉で相槌を打った。アティさんも愛想よく、「そうですね」と笑った。「でも私、本当に困っちゃって。どうしたものかと思ったら、言われちゃったんです」 『僕は、僕で考えて、アナタにいいました。アナタは、先生は、僕の決心を無下にするんですか』 「……子どもって、成長するんですねぇ」 しみじみと言葉を吐き出した彼女に、思わず吹き出してしまって、「まるで親の心境のようですね」というと、彼女はネギまを持ったまま、ぽんっと両手を合わせた。「あ、確かにそうかもしれません」 冗談で言ったのに、くるりと丸め込まれたように微笑まれてしまって、一瞬戸惑った。この人、こんな人だったっけ。いや、こんな人だった。ううん、いや、初めて見たときは、もっと余裕がない感じだったような気がする。(成長してるのは、アティさんも同じなんじゃないかなぁ) 若輩ながらにも、そう感じる。 隣のアティさんを見てみると、彼女はもぐもぐと串焼きをほうばっていた。なんだかちょっと自信がなくなったけど、やっぱりそうだ。なんだかちょっとずつ、みんな変わって行ってしまっている気がする。ナップも、ウィルも、アティさんも。島の人々も、アイパッチも。 私はこの島にやってきて、日が浅い。けれども、そんな私でさえも感じるのだ。彼女を中心として、何かがぐるぐると変わって、とてもいい方向にへと変化を遂げている気がする。この“鍋パーティー”がいい証拠だ。 それじゃあ私はどうだろう、と仰いでみた。分からない。あんまり、変わってない気がする。置いてけぼりだ。関わらないように、関わらないように、と思っても、中途半端なばかりで、還りたいという目標はあっても、空回りしかできていない。 軽くため息をついたとき、ふと、アティさんがこちらを見つめていることに気づいた。「さん」とぽとんと言葉を落とす。「ウィルは、私に伝えてくれました。だから、私も、アナタに伝えようと思います」 一つ一つ、言葉を飲み込むようにして、彼女はもう一度私に向き直った。私は思わず逃げてしまいそうになった。続きの言葉を聞くことが、少しだけ怖かった。けれども彼女は、私が逃げる前にと、真っ直ぐにこっちを見つめて吐き出した。 「さん、私達の仲間になりませんか」 ばさばさと風が流れる。私は即座にローブを掴んだ。「仲間ですか」「ええ、仲間です」 それは、どういう意味で? とはぐらかして答えようとしたのに、彼女は先回りしたように、「さんは、私達と関わらないようにとしている事は知っています」と、言葉で握りしめられてしまった。 反論しようと思った。ぱくっと口を開けて、彼女へと向ける言葉を考えていたとき、彼女が「お願いします、聞いて下さい」と小さな言葉と共に、私を見つめていた。肯定したようなものだと知りつつも、特に思いつく言葉もなかったので、ぎゅっと口を閉じた。 「私は、さんの素顔を知りません。ヤードさんと、昔無色の派閥にいたと言う事は知っていても、その昔の事は知らない。ヤードさんも、詳しい事は、分からない、と」 それは当たり前だ。あの召喚獣の中で、新参者だった私を彼が知っている訳がない。彼と出会ったのは、彼が派閥を逃亡する、少し前のことだ。 「……というか、さんって、偽名ですよね」 呟かれた言葉に、今度こそ体が飛び跳ねるかと思った。なんで、と視線を向けると、恐らく雰囲気を悟ったように、アティさんは面白そうにクスクス笑いながら、「知ってます? さんって、最初のとき名前を呼んでもちょっと反応が遅かったんですよ」 今はもう、そんなことはありませんけど。 そんなの全然知らない。ローブを握り締めるばかりで、何も言うことができない。責められてはいない。わかっている。けれども、“あなたが騙していたことを、私は知っていますよ”とこうも正面から言われてしまって、冷静に受け止めることのできる人間がいるだろうか。少なくとも私は違う。 情けない話、カタカタと手のひらが震えた。アティさんは、そんな私の手のひらを見ないふりをして、「でも、そんなこと、ホントはどうでもいいんです」、と言葉を続ける。「これから先、きっとこの島は争いの火種が降り注ぐ。いえ、それを回避できたら、それ以上の事はないんですが、でもその可能性は拭いきれない」 だから、と。 「迷惑なのは百も承知です。さんには、さんの理由もある事も知っています。けど、でも、……私達の、力になってくれませんか」 すでに、酔いはどこかに冷めていた。彼女は泣きそうな表情で眉根を寄せて、唇を噛んだ。自分自身の言葉を恥じているようにも感じた。私はふいに、彼女の手のひらを握りしめてしまいたくなった。お願いです、と呟かれた彼女の言葉に、私は一瞬、頷きそうになってしまった。けれどもと首を振る。駄目だ。絶対駄目だ。(なんで?) 彼らに関わってはいけない。 何度も何度も考えた言葉だった。けれども、心の中で、は馬鹿だなぁ、と言うの声が聞こえる。なんてたって、今更じゃないか。関わらないなんて言っておいて、はウィルに嫌われれば悲しいし、ナップに好かれれば嬉しくなる。中途半端が一番駄目だぜ。さて、。 ぽんっ、と見えない誰かに背中を叩かれたみたいだ。ついこの間、私がウィルくんの背中を叩いたように。アティさんは、心底私と戦いたいと思っている訳じゃないと思う。なんてったって、私の力は微々たるものだ。アティさんは気づいたのだ。ふらふらと中途半端に歩く私を、ぐいっと引っ張ろうとした。私は、と言葉が飛び出てしまいそうになって、「僕は」と言い直した。ぼくは。 アティさんがちらりと私を見た。私はそれ以上、何も言えなかった。ただ、ぎゅっとアティさんの手を伸ばして、ぎゅうっと握りしめていた。「えっ」と聞こえたアティさんの声に、ハッと恥ずかしくなって手をひいた。けれどもまた、今度は両手で握りしめていた。「アティさん、僕は」 答えを呟いた私の言葉に、アティさんは頷いた。ええ、と彼女は微笑んで、立ち上がった。ぐいっと私の手を引っ張って、「それじゃあまず初めに」「え、え、あ、あの」 ぽいっと明るい中に、ほっぽりこまれた。酒臭い。ぽかんとして地面に両手をつくと、まずメイメイさんが、私の首根っこにぐいっと抱きついた。あんまりにも豊満な体つきに、ローブ越しだというのに真っ赤になってしまいそうになってバタバタすると、今度はカイルさんにはかいじめにされた。すると目の前にはヤッファさんがいて、片手に酒を持っている。ぞわっと嫌な予感がする。ミスミ様とスバルくんが、やんややんやと片手を上げて、パナシェくんが不安げにこちらを見つめている。 逃げまわる私を指さして、ナップくんが笑っていた。ウィルくんも、僅かに口を緩ませている。カズさんにおもいっきり足を掴まれたものだから、顔面を思いっきり蹴り飛ばした。 その誰かに、ああ、いい日だな、とまた誰かが言い返した。 BACK TOP NEXT 2007.04.06執筆 83話 2012.01.23修正 48話 |