軍人その他いらっしゃい



「うーみーはーひろいーなー、おーきーいーなー……」


ざざんと波が揺れる度に、たぷたぷと浮き餌を見つめて、ぼんやりと空を見上げた。ぼんやり。はたはたフードが揺れて、塩を含む風がべたべたと頬をすり抜けていく。つれないなぁ、と思ったのも一瞬だ。そろそろだ。ぴぴん、と自分の何かがささやいた。そろそろである。ピンッと引っ張られた反動を手のひらに感じ、「うおっしゃー!!」 勢い良く、釣竿を引っ張り上げた。

瞬間だった。「やあ、。元気してる?」


ブツッと嫌な音が聞こえたのはそのときである。きらきら太陽の光を反射しながらちぎれていく糸を見送り、大海原へと去っていく魚の水しぶきを見つめながら、私は叫んだ。思いっきり叫んだ。「アーッ!!?」 切れた。糸が切れた。「アアー!!? アアアー!!?」「ちょ、ちょっと」「オウマイガーッ!」「何しゃべてるの!?」

悲しさのあまりに勝手に口から飛び出た異国語をもう一回口の中に戻し、しょぼしょぼと切れた糸の先を見つめた。糸はいい。糸は。けれども問題は針である。さすがの私もそんなところまで自作したことはないし、これをくれたムキムキ(ジャキーニ船員)に、壊れたんですけどごめんなさーい……と持っていくのは激しく気まずい。

取り敢えず、針の先がなんとか解決するまで、お魚はお預けだなぁ、と重い溜息をついていたとき、ふと顔を見上げると、相変わらず不健康そうな顔つきのもみあげ男子がこっちを見下ろしている。「や」と片手をひらひらさせた。こっちは反応する元気もないので、おうおう、と僅かに首をカクカクさせた。

「……イスラ、ラトリクスから出ちゃっていいの。ふらふら病人さんじゃん」
「その言い方はどうかと……というか、思いっきり凹んでるね」

しょんぼり岩部に両手をついている私を見て、彼はハハッと笑った。「彼と一緒なら、少しくらいふらついてもいいってお許しをもらった訳さ」 彼? と思って、イスラが指さした先を見上げると、茶色い鷹がバサバサと空を飛んでいる。なるほど、と頷いた。「これで夜中にうろつく必要もなくなったね」「あ、ちょ、そういうことは言わないで」 しー、しー、とイスラはノルシュを盗み見るように見上げ、人差し指を必死に口元に当てている。

「まあ、よかったね。それじゃあ僕は、現在のっぴきならない状況だからお帰りくださいませ魚たべたい」
「語尾が願望に変わってるけど」

うるさいよぉー、と再びしょんぼりしながら岩にベタッと張り付いた。じりじりと日光に照らされた熱をローブ越しに感じて、汗が出てしまいそうだ。「まあさ、ちょっとした気分転換に、僕とお出かけしないかい?」「断る」「……そんなことを言うと、後で後悔すると思うなぁ」

なんだか意味ありげにニマッと笑うイスラを恐る恐ると見上げてみた。彼はちょいちょい、と私を手で招いて、心なしか楽しそうに森の中を歩いていった。



***


「ってここ、ユクレス村じゃん」


どうにも覚えのある道だ、と思っていれば、ユクレスの果樹園畑だ。一定間隔に植えられた樹木で囲むように、茶色い畑がいくつも並ぶ。その中には見覚えがありすぎるメンツが揃って、中心部には妙に偉そうに胸をはったアイパッチが私を見て、フンッと鼻から息を吐き出した。「やっと来たか。遅いわい!!」 なんか怒られた。


「いや、遅いと言われても……」
っていうかこれ、なんの集合?

何故か体中がぼろぼろになったムキムキ達の筋肉の周りには、パナシェくんやらスバルくん、ついでにマルルゥまでがひらひらと飛んでいて、傍から見れば何か怖い。思わずイスラを振り返ると、彼も困ったように笑っていた。私は思わずジャキーニを見て、あらぬ疑いをかけるように、ちらりと彼を見つめた。「あの、もしかして……誘拐?」 組み合わせが激しく不安だった。


「んな訳ないじゃろうがああああ!!!」と憤慨するジャキーニに、思わずホッと胸を撫でた。「そうだよね、よかった。可能性としてありえなくもないので、一瞬不安になりました」「一ミリたりとてそんな可能性はないわいッ!!!!」

うがあああー!! とばたばた暴れるジャキーニを、最後の両親であるオウキーニさんが抱え込んで、その周りを船員たちが両手を上げ下げしながらわらわらと集まっている。「せんっちょぉおおおー!」「せんちょおおおおおー!!」と掛け声を吐き出しているが、なんだか楽しそうだ。

そんな彼らの間を、「にいちゃーん」「さーん」「覆面さーん」と三者三様に呼びながらこっちにやって来る彼らの頭を撫でつつ、「お、元気そうだねぇ、でもマルルゥはそろそろ僕の名前を覚えようねー。覆面じゃなくてだからねー」「わかりましたです、覆面さん!」「もう諦めてるけどねー」

あははー、と多少のほのぼのに身を投じていると、「まあそんなことより」と背後からポンとイスラに肩を叩かれた。そうだそうだ、と私はまたたき、彼らの目をちらりと見回した後、その向こうでワイワイ騒ぐアイパッチを見た。「それで、なんでこんなところに?」「マルルゥが全員集合をかけたのですよ」

ふふん、と胸をはる彼女を見て、「マルルゥが全員集合?」と、思わずオウム返しをしてしまった。主犯はてっきりアイパッチだと思っていた。「……なんで?」と訝しげな声を出すと、いつのまにやら船員たちの間から抜け出していたジャキーニが、「それはじゃのう!!」と目立ちたがりやのように叫んで、片手をビシリと正面につきだした。ポーズの意味がわからない。

声を出した主だと言うのに、ジャキーニはえーっと、と言いよどむように瞳をぐるりと回した。私もなんとなく、彼の視線を追いかけた。彼はうん、と頷き、パーで開いていた手のひらから、残りの四本を折りたたみ、ぴしりと人差し指のみ飛び出した。そして、ゆっくりと呟いたのだ。

「モグラじゃ」


いやモグラなんじゃと言われても。
まったく意味がわからない。「えーっと……」 とりあえず、口元をもごつかせた。一瞬、この人大丈夫かなぁ……と心の声が出そうになったのか、ジャキーニはむっきぃ! と体をばたつかせて、「事態は深刻化しとるんじゃあ! もっと真面目にうけとらんかぁ!!」「あ、ジャキーニさん、深刻化なんて言葉知ってましたね。すごいですね」「人を何だとおもっとるんじゃー!!!」

ばたばた暴れるジャキーニを見て、思わずニヤニヤしていると、イスラが「楽しそうだねぇ」とつぶやいている。けれどもまあ、いつまでもからかってはいられない。オウキーニさんもそう思ったのか、どうどう、とジャキーニを押さえつけて、ちらりと私を見ると、「申し訳ないですわ、はん」と一つ言葉を置いて、代わって彼が説明してくれた。

     つまり、畑にモグラがやって来てしまったらしい

一言でまとめるとシンプルなのだが、相手は中々手練のモグラで、オウキーニさん達が育てた果樹園、めっためたのぼっこぼこ、ついでにこの頃手を出し始めた芋が、ようやく実りをつけ始めた、と思った途端、畑が穴ボコボコ。とうとう、ジャキーニの只でさえ短い堪忍袋の尾が切れるのも、しょうがない話だった、という訳である。

これを知ったマルルゥとパナシェくんから、スバルくんへ、子ども達からイスラとノルシェへ、最終的に話が私へと回ってきたらしい。
それにしても、そういうことは私達ではなく、もっと別の大人達でなんとかすべきなのでは? と思ったのだけれど、一応大人であるジャキーニは、ふんっと鼻の穴を広げて、「暇そうな人員を上げてこうなっただけじゃい」と呟いた。多少何か言いたい気持ちが溢れるのだけれど、間違ってはいない。

ついでに、「アイツらヘルモグラの奴らは、ちょこまか鬱陶しいんじゃ。ちょこまか同士のガキにはお似合いじゃ」 納得できるような。できないような。この人は手伝って欲しいのか、欲しくないのかどっちなんだろうか。


彼らの話をまとめた私は、額に手を当てるようにして、なるほど。と最後に呟いた。「……つまり、僕たちに、モグラ退治を手伝えと?」
「ま、そうじゃな」

ふうん、と一回頷いて、どうしようかな、と目線を遠くに飛ばす。そりゃあ、気の毒だとは思うが、今日の晩ご飯だった予定の魚は、自由の海へと逃亡してしまったし、その上釣り竿が壊れてしまった。暇な人間を集めたというか、今日の私は全然暇じゃない。正直、お断りしたいなぁ、とちらりと彼を見ると、私の顔色(というか、雰囲気だろう)を察知したらしいオウキーニさんが、こほん、とわざとらしく咳をついた。周りの人たちが、何か意味ありげにニヤニヤしている。

「まぁ、ただで、とはいいまへん。ヤッファはんから、許可はもらっとります。はん達には、お手伝い量として、この果樹園になる果物を差し上げます」
「任されました!!」
「兄ちゃんちょっと返事が早過ぎるんだけど」

スバルくんの視線が、多少なりとも痛かった。




畑を見てみると、なるほど。こりゃ酷い、といえるような荒れ具合だ。ぼっこりと穴が開いた畑のそこかしこに、無惨にも切り刻まれた緑のツタがころがっている。食い荒らされた紫の実が涙を誘う。
ジャッキーニが、鼻息を荒くするのがよく分かる。その上、時々小馬鹿にするかの如く、モグラらしき物体が、穴から顔を出している。けれどもこちらが、反応する前になんともいいタイミングで、「ふふふん、ばーか」とでも言いたげに、ひゅるりと地下へと顔を潜らす。多少なりともむかつく。

しかし問題はそれではない。私はオウキーニさんから握らされた、物体が気になって仕方がない。
柄は黄色。そのさきっぽに、アンバランスな大きさの真っ赤なトンカチ装備を思わずビシッと振り回した。ぴこんっ「……うわっ、兄ちゃん、なにすんだよ!!」「なんとなく……」

マジものであった。

私はマジマジと手元を見つめた後に、「……なんで、ピコハンなの……?」 もっと攻撃力の高いものにした方がいいんじゃないだろうか。あんまりにも頼りない武器である。うーん、うーん、と不安げにピコハンを振り回していると、マルルゥはくすくすと笑いながら、「平和的解決なのですよー」「いや、でも……これは武器っていうか、なんていうか」「なんじゃ。お前はここら一体を血の海に染めるつもりか!!」 さすがにそこまでは言っていない。

ないない、ないない。とジャキーニに片手をふると、まあまあ、とマルルゥがふらふらと私とジャキーニの周りをふらふらする。「懲らしめるだけでいいのですよ。怪我はさせちゃ駄目なのです」「ふーん……」 畑の持ち主側がそう言うんなら、まあいいのかな、ともう一回私はピコハンをスイングさせて、ビシッとイスラの頭を叩いてみた。瞬間、にこにこと笑っていたイスラは、「ウッ」 激しく胸を押さえる彼に、「ごごごごごごめん、大丈夫!!??」「いや冗談だけど」「こわい!! 冗談になってないからこわい!!!」

にこにこ笑う彼を見て、とりあえず、イスラをからかうことはやめておこう、と頷きながら、それじゃあモグラ退治に向かいますか、と全員でパチンッと片手を叩き合った。「やるぞぉー!!!」「オーッ!!」




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2007.04.12~ 2007.04.16執筆 84~85話
2012.01.25修正 49話