軍人その他いらっしゃい 「週に一回を、メディカルチェックの日とします」 クノンさんにそう言われた。 メディカルチェックって、一体なんですか、と思わず疑問を問いかけると、彼女は至って真面目な顔で、メディカルなチェックの事です。頷いた。何かの冗談だろうか、と思ったのだけれど、その割には真剣な顔だし、でもクノンさんは常にそんな顔だし、え、なにそれ全然わかんない……もうわかんない……と頭を抱えて彼女に向き直ると、クノンさんはひどく不機嫌そうに、「アナタは自分の健康が如何に損なわれた状態にあるという事が理解できていないようです」と、抑揚のないことで話されると、何やら胸に突き刺されるものがあった。 なんでも、健康が偏ってるとか、食事の作り方をもっとレパートリーを増やすべきだとか、そこら辺にあるキノコやら草やらを勝手に食べるのはやめろとか。最後を聞けば、まるで私が野良犬か何かのようであるが、事実であるので「え、えへへ……」と頭をひっかいて誤魔化した。でもごまかせなかった。睨まれた。 私はしょんぼりしつつ、そのメディカルなチェックを了承し、現在のそのそとラトリクスまでの道を歩いている訳だけれど、やっぱりどうにも気が重い。何をされるか考えると、うわあ、と頭が痛くなる。なんてったって、あそこの施設には、歯医者さんのドリルもビックリな武器が揃っているのだ。それに、そんなことをしている暇があったら、食料の一つでも探しに行きたいなぁ……とこの間釣竿を壊してしまって、新たにピンチを迎えている食事事情を思い出した。切実である。 一瞬、元の自分の住処へ足を移動させようとして、いかんいかん、と頭を振った。約束したことなんだから、ちゃんと任務は遂行しなければならない。「あー、あー……」 重っ苦しいため息をつくと、ガサリと茂みから音が響いた。 私は即座に腰の刀へ手を伸ばし、足を踏み込ませ、耳を澄まし、目を眇める。ざく、ざく、ざく。音がどんどん近くなる。それが飛び出した瞬間に、と体を身構え、鯉口を切ったのだけれど、飛び出した影はなんてことはない。クノンさんだ。 私は慌てて刀を直し、「あ、その、ぜんぜん、さぼっちゃおうとかぜんっぜん考えてませんよ!?」 大丈夫ですよ!? と訊かれてもいないことを必死に言い訳して、ばたばたと手のひらを振ると、彼女はジッと私を見つめた。「……クノンさーん?」 どったの? 私はポンッと手のひらを叩いた。なるほど、「もしかして、その、僕が来ないとか思っちゃったとかですか? だから迎えに来てくれたみたいな。えー、やだなー、信用ないなー。約束したからにはちゃんと行きますよ問題ないです。ナッシンナッシン……?」 ふと、私はきょろきょろと辺りを見回した。誰もいない。ばたばたスカートを揺らして走るクノンさんの背中が見える。アレっ!? と思わず瞬いた。「思いっきり、一人でしゃべってた!?」 なにこれ悲しい。というか、あの人一体何しに来たの。私はラトリクスに行かなくってもいいの。どっちなの? *** ばさばさとスカートを揺らす。(……機能性が悪い) ふと、そう感じた。しかしこれは仕方のないことだ。これは看護人形が着用する衣装であり、アルディラ様からお渡しされたものだ。たとえ運動面での問題があろうとも、アルディラ様から命じられたことであるのならば、私はこれを使用する。ただ一つの不安と言えば、このようなスピードで駆けてしまっては、衣服に汚れや傷ができてしまわないかと、ただそれだけである。 (…………アルディラ様) 薬だ。薬が必要だ。彼女には免疫力がない。だからこそ、薬を飲み、死の予防をする。まるで私はひどく“焦っている”ように道を駆け抜けた。途中、二人ほどの人に会ったが、そのまま通り過ぎた。なぜなら私の中の優先順位は、遥かにアルディラ様の方が上だからだ。 ひどく、呼吸が乱れている気がする。そんな訳がない。私は人形であるから。けれども体の内部では、ジリジリと火花がショートしているように感じる。(後でメンテナンスを行う必要がありますね)ふと心の中で呟いた。 アルディラ様の薬の管理責任は自身にある。それがないとは、なんていうことだ。信じられない。「アルディラ様、今、届けに」 唇が、勝手に動いていた。誰に聞かせる訳でもない言葉を漏らすなど、ありえないことだ。だというのに、私は耐え切れず、つぶやいていた。 ふと、カチリと脳内のセンサーが音を立てた。私は即座に振り返り、こちらに接近していると思わしき物体へと腕を振り回す。「うわぁっ!?」 手のひらの手刀から逃れた彼女は、「あ、あぶないなぁ!」と怒ったように声を出し、パタパタと尻についた土を叩いた。「なにするんですか!」「それはこちらのセリフです、様」 こっちのセリフってそんな、普段召喚獣をぶったたいてる腕を振り回しておいて、そんなぁ……と彼女は僅かに泣き出しそうな声を出し、「あの、クノンさん? 今日、メディカルチェックの日なんじゃないんですか? 僕、帰ってもいいんですか?」 デバイスから拾われた音声を理解し、私は即座に彼女の言葉の意味を理解し、返答した。 「申し訳ありませんが、只今優先目的の遂行中ですので、あなたの相手をする暇がありません。どうしてもというのであれば、あなたを排除する必要があります」 「まじで!?」 どんだけ!? と叫ぶ彼女の声を無視し、私は即座にスカートを翻した。これ以上時間を食っている場合ではない。一分一秒と惜しい。「え、え、え、あのー」 だというのに、背後では彼女が私の後をつけるように足を動かす。 私は移動速度を加速させた。これ以上のスピードを出すとなると、比熱の値が高くなり、行動に制限がかかる。しかし目的地に近づいた今となっては、それくらいかまわない。 激しく地面を蹴り上げ、ふらついた体のバランスを処理する。 薄暗い廃坑に顔をのぞかせ、カチリ、とスキャンスイッチを入れる。この間きた時よりも、地面に幾分か損傷が見られるが、間違いない。森の中にひっそりと佇む廃坑の奥は、光が届く事もなく、どんよりと空気がこもっているが、私にはあまり関係ない。(……問題はない) ただあるとすれば、先程から常に私の背後をくっついてきていた、一人の女性である。「クノンさん、足速いんですねぇ……」 一度は振り切ったはずなのだが、彼女のローブにはいくつもの泥と木の葉が付着している。荒い息をごまかしているのだろう。語尾が僅かに消えていく。 けれどもそのことに対して、私は何を思うでもなく、彼女を睨んだ。「警告をしたはずです」 私にとってみれば、拒絶の言葉を発したつもりだったのだが、私はどこか間違えてしまったようだ。彼女は特に何を言う訳でもなく、ふうん、と納得したように頷いて、私よりも先に、廃坑の中へ顔を入れる。そして振り向き、「クノンさん、ここに何か用事があるんですか?」「そうですが」 訊かれたから答えた。それだけだ。 私は時間が惜しいと、「そっかぁ、危ないなぁ」とぶつぶつ呟く彼女を押しのけ、足を踏み入れる。「お帰りください」 今度こそ、言葉は間違えなかったはずだ。しっかりと彼女に届いたに違いない。けれども彼女は私の背後で唸っていた。「うーん」と首をかしげていた。私は無視した。「危ないと思うんですけど」 無視した。 だというのに、彼女はひょいと私の隣に立ち、たすたすと足を動かす。私は、何故か勝手に眉間に力が入っていた。そんな私を見て、おそらく彼女は笑った。口元が弧を描いていた。「お手伝いしますよ」 一人じゃ、危ないと思うんですよ。 *** 理解不能だ、と思う。 もともと、彼女は自身によって、理解したがい部分が多かった。初対面においては、毒キノコを貪ろうとしていたし(いや、この言葉では何かが間違っている気がするけれど、これ以外に形容できる言葉が見つからない)、著しく健康に害すような生活を送っているし、無意味やたらにローブを羽織い、不審な人間を演じている。ように見える。 暗い。廃坑の中ではとても暗い。塗りつぶされてしまった空間の中では、ただの人間ならば小さく聞こえる音のみが視界を明るくさせる方法なのだ。しかし私は違う。 私と人間である様や、アティ様と同じ風に見ることはできない。暗い空間も自身のセンサーを通せば、太陽の下と同じく、はっきりとものを見ることができる。彼らと同じものを見る。そんな訳がないのだ。そもそも体の構造が違うのだから、見えるものが同じな訳がない。現に、自身はこの暗闇をものともしない。 昔のことだ。アルディラ様が「この景色は美しい」といった場所を自分も眺めてみたが、彼女のいう「美しい」という単語の意味すらも分からなかった。ただ、何故だか胸の奥で、チリチリとなるものがあった事だけは覚えている。私と彼らは、“違う”のだ。 私は、ほんの少し自分よりも先に歩くをスキャンした。分厚い布で隠されていて分かり辛いが、体は丸みを帯びているし、男性ではありえない胸囲の形が見て取れる。しかし、彼の声色は、男性のものだ。これはおかしい。実際の喉の形と、そこから出される声の音が一致しない。ありえないことだ。 そして何より、私は彼女がこの世界の住人でない事を知っている。なぜなら、ロレイラルに明るい召喚師、もしくは召喚獣でしか知り得ない事にもかかわらず。私自身が発するロレイラル独特の言葉を、彼女はしっかりと認識している。 前者の可能性を完璧に否定する事は出来ない。しかし後者の可能性の方が、高いように感じる。 『アナタは、女性、そして召喚獣ですね』 何度か、自身は彼女へと、そう問いかけようかとした。しかし胸の奥の何かがソレを食い止め、アルディラ様への報告もしていない。 「クノンさん、後どれくらいですか?」 彼女の問いかけのセリフに、「もう少しです」と答えると、「わかりました」と彼女は頷いた。そして今更のように、「それで、クノンさんは何故ここに?」と疑問の言葉を漏らす。一番初めに疑問に思うべきポイントなのではあいだろうか。彼女自身も、なんとなく、おかしいと思ったのかもしれない。「あ、今更ですね」と小さく笑っていた。初めのほうこそ、彼女が何故笑うのかと理解ができなかったが、少しずつ理解ができるようになってきた。笑顔とは、円滑なコミュニケーションである。何故笑うのか、と尋ねた際、なんとなく、と彼女が答えた理由はここにあるのだろう。けれども、それだけではない。 嬉しいから。 あの赤髪の教師は、そう答えた。「薬を」 私は彼女の疑問に答えていた。「薬を作る、材料を手に入れるためです」「薬? ああ、そういば、一番初めに会ったときも、そう言ってましたね」 どうでもいいことを覚えているものだ。 そのどうでもいい、どうしようもないことが、彼らと話す度に積み重なる。違和感を排除しようと、無視をしようと躍起になっても、やっぱりうまくいかない。 彼女たちの理解不能が、少しずつ自身の理解不能へとシフトしていく。これは困る。困るのだ。だというのに、私の混乱を、アルディラ様は好意的に受け止めている。そのことがまた解析不可能になっていく。今までわかっていたはずの彼女が、少しずつわからなくなる。私はアルディラ様に仕える存在であるのに、彼女のことを、理解ができなくなっていく。 どうすればいのだろうか。 様と、アティ様の所為だ。彼らがいるから、アルディラ様がわからなくなる。私はとても困惑している。だというのに、私は彼らを嫌っている訳ではない。寧ろその反対かもしれない。(……嫌う?) そんな感情、インプットされていただろうか。まるで人間のような言葉を使ってしまった。何か恥ずかしくなるような気持ちになった。この恥ずかしく、なんて言葉も、人間のものだ。 私の混乱を他所にして、廃坑の中に、僅かな音が響いた。いくつもの、小さな足音だ。いや、足音と言えるほど、大きなものではなく、這いずる回るような音である。「様」 私が彼女へ言葉をかけると、わかっている、と言うように彼女は頷いた。そして腰の刀へ手を伸ばし、飛び出した獣へ勢い良く刃を振り回した。「かっ、かったぁ!?」 重い音と共に、の声があがる。 アリを一抱えほどに大きくしたそれは、凶暴な唸り声を上げる。私は即座にその召喚獣を検索した。「ジルコーダ……!」 住人たちに、退治されたはずではなかったのか。「様、ジルコーダの表面の堅さは、甲冑の比ではありません」「甲冑とか! 弱点は!」「お待ちください、検索中……ヒットしました。首周りの接合部です」 なるほど、と彼女は嬉しそうに声を上げ、「甲冑同士のくっついた部分をやっちゃえって事ですか!」「間違いありません」 言葉と同時に、私は指をぴたりと合わせ、腕をつきだした。勢い良く伸ばされた腕が、ジルコーダの腹にぶち当たる。 派手な衝撃と音とは裏腹に、ジルコーダの表面には傷ひとつついてはいない。予想はしていたことだ。私の腕でくるりと飛ばされたジルコーダの体を、すかさず様の刀で切り裂く。鉄と鉄が合わさるような甲高い音が響く。駄目だった。彼女は眉間に皺を寄せ、「すばしっこいなぁ!」と声を投げ出し、足で召喚獣を蹴り飛ばした。ジルコーダはくるりと体を回転させ、地面に着地し、なんてこともなさげに唸り声を上げている。 手強い。その上、一匹だけではない。気づけば足元から忍び寄る召喚獣に気付き、しゅるりと手を引っ込め、接合部を突く。断末魔が響き、私はその死骸を踏み越え、また奥にと移動しようとした。だというのに、唐突に様が私の肩を掴んだ。「クノンさん、逃げましょう!」「それはできません」「一匹でもこれだけ手こずってるのに、まずいですよ! 一旦撤退して、他の人に協力を仰いだ方がいいに決まっています!」「できません」「クノンさん!」 「それは、できません」 私は彼の手のひらを振り払った。「どうぞ、様はお逃げ下さい」 これは私一人の責務である。彼女を巻き込む理由など、初めからなかった。 様は、何かを逡巡していた。「もう!」とまるで女の子のように、(いや、事実はそうなのだから、この例えはおかしい)肩を震わせて、「わかりましたよ!」と半分やけくそのように叫んだ。 「様、どうされたのですか」 「クノンさんって、案外お馬鹿さんなんだなって思っただけです!」 そう言いながら、彼女はぐるりと刀を振り回した。その先にジルコーダがいることに、私は気づかなかった。そして今更ながらの疑問であるが、彼女がこの暗闇をものともせず、自在に動き回っていることに気づいたのだ。私はとっさに瞳をつむり、聴覚のセンサーを最大に引き上げる。音だ。こちらの方が、はっきりと彼らの位置を予測できる。恐らく彼女は恐ろしく耳がいいのだろう。 馬鹿と言われたことが、奇妙に脳内に刻み込まれた。「……あなた達ほどではありませんが」 自身にしか分からないように、声をこぼすことなく、かすかに口元を動かした。誰に聞かせる訳でもない言葉は、何の意味もないと知っている。けれども、このごろ私は、意味のない行動ばかりをとっているような気がする。 「ほんっとーに駄目になったら、逃げるんですからね!」 「どうぞ、様はお好きに」 「だから、僕だけじゃなくてクノンさんもですって! あーもー!」 しょーがないなぁ! と言葉は怒っているのに、何故か笑っている彼の声を聞いていると、自然と自身の口元を上がりそうになった。それはおかしい。くるり、と体を回転させながら、ジルコーダの瞳を突く。「GhaaAAAaaaGAaa!!」 苦しげな彼らの声を聞き、なるほどとばかりに彼女もジルコーダの瞳を狙い、顎を砕く。 「やってられないなぁ!」とあまのじゃくのような彼女の言葉を聞いた。特に、返事を求めていないような、そんな叫びだ。けれども返事をしようと思った。「ええ、やってられません」 様は、一瞬だけ挙動を止めた。そして、きょとんと口元を動かし、ハッとしたようにのぼり来るジルコーダを踏みにじる。一体、どれくらいの時間が経ったのか。おそらく、それほどまでに時は流れていない。自身の時計を確認しようとしたが、そんなことよりも、カツカツと響く、大勢の足音に私たちは耳を向けた。微かに、話し声もする。様が、パッと顔を輝かせた。 そういえば、彼女ともすれ違っていた。 ただそれだけで、こちらへとやってきてくれたのか。少々不思議だ。何か、腹の底がふわふわとした。それがなんなのか、私にはよくわからない。 誰かに聞いた、嬉しいという気持ちに似ているような。 けれども、違うような。 BACK TOP NEXT 2007.05,05~05.14執筆 88~89話 20012.01.27修正 51話 |