軍人その他いらっしゃい なくなってしまった釣竿の針は、なんとか自身で作ってみた。適当に余っている釘を、がんがんがん、とおもいっきり石でうちつけて、糸で結んだのである。こんなのでも、意外となんとかなるものだなぁ、と糸を垂らし、真後ろに置いたバケツを振り返った。……ぱしゃぱしゃ魚が暴れている。それも大量に。「うひ」 思わず変な声が出た。嬉しくて。久しぶりの魚と釣りに胸をときめかせ、思わず口笛まで吹きながら、本日五匹目の戦利品を、ひゅるひゅるとバケツの中で泳ぐ仲間達の中へぽちゃん、と落とす。 「釣れているか」 「もう存分に!」 「そうか」 「……………………誰?」 くるり、と後ろを振り向いてみる。その瞬間視界に広がったゴツイ腹筋が広がった。……おお、素晴らしい筋肉だ。なんて感嘆の声を上げている場合じゃなく、そのまま視線を上へとずらす。オレンジ色が目にまぶしい色合いで、白と黒の服が無駄に目立っている。ついでにいうと、そのゴッツイからだも無駄に目立つ。 (……どっかで、会った事あるような?) 喉の奥に、小骨がひっかかったような気分である。うん? と首を横に倒して彼を見つめていると、「覚えていないか」と彼は喉につまったような低い声を出した。別に怒っている訳ではなく、もとからそういう声色らしい。彼は暫く考えたように、よく日焼けした顔の眉を顰めた。「ビジュが世話になったな」「ビジュ?」「それも覚えていないか。顔に入れ墨がある男だ」 一瞬、思い出したくないことを思い出した。私は慌ててバケツを持ち、腰の剣に手を当てる。冷静に考えてみれば、バケツは恐ろしく移動を邪魔にしたのだけれど、この戦利品を無駄にしたくなかった。食べたかった。腹の底から魚を食したかった。 よくよく考えてみれば、こんな奇抜な服は、そうそうない。「帝国軍の人ですか」 よくない空気ではあった。ナップくんを人質に取る、アティさん達を襲う。今までの彼らの行動を思い起こせば、ここで私と彼が一悶着起こってもおかしくない。だというのに、私の左手にぶら下がるバケツがいけないのかもしれない。彼は特に警戒している素振りもなく、気負いする様もなく、真っ直ぐに立って、こっちに腹筋を見せつけた。ムキムキである。それはどうでもいい。 「そう固くならなくてもいい」、と彼は言ったものの、その彼の表情自体が、そもそも友好的ではない。顔を見れば、縦皺が刻まれている。多分、こっちも声と同じく、もともとの表情なんだろうな、と思った。びちびちびちっ、とバケツの中で魚が暴れている。塩水がこっちに飛んでべたべたするのでやめて欲しいのだが、そんなことに文句を言っている場合ではない。 私と彼は睨み合った。波の音が聞こえて、去っていく。それを幾度か繰り返すと、彼は重い口元を、ゆっくりとひらいた。「……俺は、アズリア様の部隊の、副官を務めているギャレオという」 私は眉を動かした。恐らく彼は強い。見れば分かる。できることならば逃げたい。おもいっきり逃げ出したい。バケツを持って。ギャレオさんは、相変わらず固い顔のまま、「ただの予行練習だ、気にするな」といった。意味がわからない。 「今回、我が帝国軍は、貴殿と話し合いの場を設けたく、」 「は、話し合いですと!」 「ああそうだ」 「て、帝国軍と?」 「他に何がある」と眉を顰める彼を見て、確かにそうだ……と頷いたのだけれど、いやいやいや、と首を振る。なんたって、帝国軍と言えば、あの変な刺青がいる軍団だ。あんなのがいるんだから、他の人を想像したところで、あまりいい印象はない。 私が悶々としているのを見てとったか、ギャレオさんは少々複雑そうな顔をした。そして、、「お前に、頼みがある」「た、たのみ……」 瞬間、悟った。今日の大量の魚は、寧ろ今日の分の運を使いきってしまったということだったのかもしれない。 「お前に、アティ達が拠点としている場所へ案内して欲しい」 「……はぁ?」 「場所に幾分か自信がない。それに俺単体が行けば、まとまる話もまとまらんかもしれん」 「……はぁ」 「だから、お前に頼んでいる」 見つめられて、思わず萎縮した。彼の言葉を借りれば、無駄な争いを起こらないようにと話し合いに行くという。けれども、もし、その言葉が嘘だったらどうすればいいのだろう。何か企んでいるかもしれない。そう思っても、何を企んでいるかなんて、全然分からない。(ようは、彼を信じるか、それとも) 私一人で決めていい話ではないと思った。けれども残念なことに、ここには私一人しかいない。そもそも、何で私なんだろう、と考えた。多分、誰でもよかっただろう。そんなときにたまたま見つけて、釣りをしながらテンションをマックスにしていた人間が、見覚えがあると気づいて声をかけて来たに違いない。たぶん。 考えた。ものすごく考えた。 そして、アティさんならどうするだろう、と思った。そもそもこれは、アティさんのところへ話し合いに行きたいと言っているのだ。(このままでも、平行線のままかもしれない……) だったら、一歩踏み出した方がいい。それに私が断ったところで、彼は一人で海賊船に向かうだろう。「わかりました」 ピクリ、と彼は眉を動かした。「ただし」 「彼らを傷つけないでください。必ず、話し合いをしてください。僕はあなたを信じるのですから、それを裏切らないでください。約束をしてください」 ギャレオさんは、私を見つめた。真摯な瞳であったと思う。「約束する」 思わずため息をついた。彼は少しだけ口元を緩めて、「感謝する」「別に、案内するだけですよ」 持ったバケツの中では、魚がばちゃばちゃと泳いでる。「あっちです」 私は右手を指さした。ギャレオさんは不思議気な顔をして、なるほどと理解する。「申し訳ありませんが、僕よりも先に歩いてください」「わかっている。問題ない」 さすがに背中を向ける訳にはいかない。ギャレオさんの広い背中を見ながら、ときおりばちゃばちゃと聞こえる音が妙に気が抜けていく。ざくざくざく、と私たちは砂浜に足あとをつけた。本当に、彼はある程度場所がわかっているのだろう。歩く速度に歪みがない。会話はない。少し空気は重っ苦しい。ふと私は、彼に名前を名乗っていないことに気づいた。 「です」 唐突に声をかけると、彼はピタリと足を止めた。一体なんのことだと思っているのかもしれない。「だから、僕の名前。です」「そうか、俺はギャレオだ」「それはさっき聞きました」「そうだったな」 彼は随分年上の人間のように思えた。けれども、私のおざなりな態度に腹を立てているようには見えなかった。今更ながらに、この人は良い人なのかもしれない、と思ったけれど、ただの一瞬でそう思うことは、よくないかもしれないな、とも思った。 *** とうとう、着いてしまった。ギャレオさんは海賊船を見上げ、彼をここに一人で置いておくのも、あまりよろしくはない気がするし、かと言ってこのまま誰かが船から出るのを待っているのもちょっとなぁ、と私がもだもだとしたとき、彼はすぅっと大きく息を飲み込んだ。どうしたんだろう、とちらりと横目で見ると、「たのもーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」 耳がぶっこわれると思った。 両耳を抱えて、「う、うああ、うあああ……」と嘆きながら、ついでに砂浜でごろごろする。予想外だった。予想外のダメージだった。自分は人よりも少々耳がいい。これは犬にお父さんの靴下を無理やり嗅がせたような、それくらいのダメージである。「うああああー……」 船の中でも、どどどど、どごんっ、と誰かが階段から滑り落ちたような音が聞こえた。「うっわ大丈夫ヤード!」「たんこぶ! たんこぶ出来てます!」「せ、先生落ち着いて!」 本当に落ちたらしい。あんな動きづらい服を着ているから……と、耳を押さえながらぼんやりと考えていると、ギャレオさんが、どうしたものかと言う風に腕を組んで海賊船を見上げていた。「あの、ギャレオさん」「なんだ」「たのもーって、どう考えても友好的じゃないと思いますよ」「……そうか? しかし、何も声を掛けぬことは、礼儀に反すると思うが」 だからって、たのもー、じゃなくてよくね。まるで道場破りである。 この人、ちょっと変かもしれない。 頭に何個かたんこぶをつけた彼を見ないふりをしながら始まった交渉は、なんとか終了した。「暁の丘で待つ」という言葉を残し去っていったギャレオさんを、みんな静かに見送った。「思うんだけど、あれ、腹が寒くないの?」と空気を読まないナップくんのセリフが聞こえたけど無視した。 彼は確かに、待つと言い残したが、こっちが行くとは一言も言っていない。さて、これから会議でも始まるのか、と私が身を固くしたとき、「よーし、行くか。準備するぞー」とナチュラルに飛び出たらしいカイルさんの明るい声に、目を飛び出しそうになった。 それに驚いているのは、どうやら私一人らしい。「おーう!」とソノラさんとスカーレルさんは両手を上げて、どこか楽しそうにも見える。ヤードさんは小さく頷き、肯定している。さすが海賊、+元無色の派閥……と、思えば、アティさんまでも、「ええ、行きましょう」と腰元に携えた剣をよしよし、と撫でていた。 この間から戦いに参加をするようになったナップくんとウィルくんも、その護衛獣も、理解したと言う風に頷いて、そそくさと自分の準備に戻っていった。すごいなあ、と私はローブの中に手を入れて、ぽかんとした。迷う必要なんて全然ないのだ。彼らは話し合いに行く。ただし、それですむとは限らないから、こうして準備をする。 そして私は、体育座りをした。 やることがなくて暇すぎる。 準備をしろ、と言われても、私はこの船の住人じゃないし、特に持っていくものもない。ベルフラウなんかは、他の集落の人間に知らせると、一番最初に船を飛び出して行ったのだけれど、私もそっちについて行けばよかった。今更行っても遅い。何しに来たの? である。入れ違いになってしまう可能性まで考えたらここでじっとしておいた方がいい。けれども、何もしないのは、やっぱりちょっと寂しい。 「それで? お料理のお手伝いに来たんですか」 「そうそー。邪魔だった?」 「まさか。助かっちゃってます」 トントントン、とリズミカルな音を立てながら、アリーゼはカラカラと笑った。一番最初に会ったときよりも、なんだか元気になった気がする。気のせいかも。まっしろいとろとろの鍋の中で、オレンジ色や、緑色や、黄色いジャガイモがぷかっと浮いていた。「シチューだね」「はい、たくさんの人がいるんで、お鍋の方が、作りやすいんです」 まるで主婦みたいなことを言っている。 「アリーゼってさ、もう料理担当みたいな感じになってるよね」 「そうですね。ついこないだまで、全然だったんですけど」 「あは、僕と同じだ」 「初めてのこと、ばっかりで」 「……うん、ぜんぶ、初めてだった」 でも、案外できるようになるもんだねぇ、と呟くと、彼女もコクンと頷く。まな板にとんとんとん、と叩く音が、何か懐かしい気持ちになった。「………でもわたし、思うんです。みんなが痛い思いをして剣を振り回してるのに、私だけ、こんなことって」 「……それは」 思わず言葉に詰まって、彼女を見下ろした。「方向性が、違うだけで」 もう少し、いい言葉が言えたらよかったかもしれない。でも言えなかった。アリーゼはからから、と笑った。冗談です」 半分だけですけど。と言葉を付け足す。 じゃあ半分本気なんだなぁ、と思って、また言葉が詰まった。彼女が言っていることは事実だと思うけど、違うとも思う。 困ってしまった私に気づいたのか、彼女は無理に明るい声を出したような気がした。「さん、まだまだやることはいっぱいあるんですよ! お話してる暇なんてないんですからっ。もし、この話し合いが終わったら、もう戦うことなんてなくなっちゃう訳ですし! さんが持ってきてくれたお魚もお料理しないとっ!」 パーッとしないと駄目ですね! と彼女はツインテールを慌ただしく動かして、「あっ、マルルゥ達にも声をかけておけばよかったかも」と独り言のようにあわあわと両手を動かして、今度はシチューの蓋をとって、ぐるぐるとお玉で混ぜる。 温かい湯気が、ふわりと鍋から溢れているのを見ると、ふと思った。「お母さんみたいだね」「ええ?」 アリーゼは、びっくりしたみたいにこっちを振り向く。「さん?」「いやさ、帰ってきたときに、おかえりって言ってくれる人がいると、嬉しいよね」 ふと、彼女は瞬いた。そしてゆっくりと笑った。 「……さんにも、いっぱい、いっぱい、いってあげますからね」 言葉の最後は、少しだけ震えていた。「うん、ありがとう」と彼女の頭をくしゃっと撫でた。アリーゼは、少しだけほっぺを赤くして、「行ってらっしゃい、さん」「はい、行ってきます、アリーゼ」 戦いが終わることを、心底、私は祈った。 結局それは無駄な祈りでもあった。 BACK TOP NEXT 2007.08.08~19執筆 95~96話 2012.01.29修正 55話 |