軍人その他いらっしゃい どうやら、あのアズリアという隊長さんと、アティさんは知り合いらしい。 へえー、とビックリしている自分を除いて、周知の事実だったらしい。別に仲間はずれに合っていたという訳ではなく、特に伝える必要がなかっただけだろう。別にアティさんの個人情報にまで興味がある訳じゃない。 アズリアと呼ばれた彼女は、少しだけきつめな顔つきをしていたが、中々の美人さんだった。遠くからでは、はっきりと見えないけれども、交渉は無理難航している気がする。時々聴こえてくる音に耳を澄ませてみると、軍の人たちは先生の、あの『剣』を手に入れたい、らしい。あーあ、とため息をついた。やっぱり駄目だったらしい。期待仕損になれば悲しいからと、期待はしていなかったつもりなのだけれど、やっぱり期待していたようだ。がっくりくる。 「どうしたもんかなぁ……」 樹の枝にのっかかり、幹に背中を垂らしながら足をぶらぶらとさせた。シマシマフサフサの毛玉の固まりを見つめると、こっちを見ないようにして、ちいさく手で形を作っている。打ち合わせ通りだとすると「コウショウケツレツ」そう伝えている。完璧に意見は割れてしまったらしい。やっぱ、待機しといて正解だったな、と思う。少々ずるいとは思うが、あっちだって軍人を待機させていたのだから、お互い様というやつだ。 小さく、ヤッファさんの手がまた動く。ついでにチラリと視線をこっちへと向ける。それを合図に、かすかに揺れる枝へと足をかけて、飛び出した。 「…すみませんねっ!」 ぐるり、と体の遠心力を外へと向けて、そのまま召喚士さんのおなかへと一発をお見舞いさせてもらう。げふっ! とカエルがつぶれてしまったような声と共に、口元からポタポタと口元から液体を流したのを確認して、ついでにもう一発失礼。 地面にずるりと顔を寄せる召喚士さんの頭をコンコン、とノックしてみた。「……うう」 よし、生きてる。確認させていただいた後に、彼の両足を持ち、ずるずると引っ張った。ついでに茂みの中に投げ捨てつつ、上着を拝借させてもらう。(サイズ大丈夫かな) ちょこっとブカブカだけど、問題はないだろう。 元の召喚士さんには、ちゃんと手を合わせてしっかりと見えないように放置させて頂いた。ごめんなさい。 (カズさん、大丈夫かな) あんまりにも順調すぎて、拍子抜けしてしまいそうだ。端っこにちりばめられてる帝国軍の皆さんを、ちまちまとお相手する役目をヤッファさんから仰せつかったのだけれども、思わず同じ役目であるカズさんを思い出し、少しだけ気になった。 作戦が始まる前に、私はじいっと彼を見つめた。「……なんだよ?」と変な顔をするカズさんに、「あ、なんでもないでーす」と言いながらひゅるひゅると逃げたのだけれども、知ってから改めて見ると、なんだか変な気分だ。確かに、お母さんに似ているといわれれば、そう感じるかもしれない。 ザクザクザク。なるべくわざと足音を立てるように、つま先を道に当てながら歩く。私の足音に気づいて、こっちに確認に来たらしい帝国軍人の人が、「おいお前、そっちはどう 一瞬彼が目を白黒させて地面に膝をついた瞬間に刀を移動させ、彼の頭蓋骨の側面に当てる。「あと、何人そちら側にいますか?」 彼の眉が震えた。危うい、と後ろに逃げた瞬間、彼は自身の獲物をこっちにおもいっきり振り下ろした。 慌ててこちらも鞘から剣を取り出し、剣の腹を叩いて逃げる。危なかった。あまり何度もしていては、こっちの刀が壊れてしまう。ふー、と長く息を吐き出すと、そちらの彼はひどく不機嫌に歯を剥き出す。「お前、その服はどうした」「ああ、……ちょこっと、拝借を」 させていただきました。と、丁寧に区切るつもりだったのに、話の途中で目の前のお兄さんが鈍く光るそれを水平に切るものだから、「うわ!」といいながら受け流す。私は人よりも視界が狭いのだから、左側から切るのだけは勘弁してほしい。けれどもそんなことあっちが知る訳がない。それよりも知られたら厄介だ。 なんとか一刀を受け流して、後ろに下がる。「逃げるか?」「まさか」 懐に手をつっこんで、そのままお兄さんの顔へ向かってナイフを投げつけると、彼は僅かに顔を逃して、頬に赤い線が走る。初めからわかっていたことだ。そのまま勢いで懐に走り寄り、左手に持っていた鞘で、彼の顎をおもいっきり突いた。恐らく、彼の脳みそはガクガクと揺さぶられたに違いない。もう一度懐からナイフを取り出し、お兄さんの顔面に刃を突きつけた。 「僕は力がないから、流石に頸動脈とかカッ切れないけど、お兄さんの顔面ぐちゃぐちゃにできますよ。試しに目ん玉ン中いじくりますか」 もちろんそんなことはしない。ただの脅しだ。声を低くさせて、凄んでみせる。 「もう一回訊きます。あなた達のように待機している人間は、何人いますか」 彼の耳元に向かって低く声を出すと、お兄さんは笑った。ニマッとした。 「お前、甘チャンだろ」 「うえ?」と、私が変な声を上げたときに、もうちょっと、オトナになりな。と彼は小さく呟いた。彼は私を抱きとめるようにして、私の背中に一つ、何かを突き刺した。衝撃にナイフをこぼし、そのまま地面に落っこちる。私もその場に崩れ落ちた。「脅すときは、きちんと自由を奪ってから。常識だろ」 呆れたような声が降りかかる。 ふと、彼を見上げた。あーあ、という顔をして、「という訳で失礼しますよっと」と言いながら剣を私に向けた。けれどもそのとき、彼はどうにも嫌そうな顔をした。眉を顰めてため息をつく。そいじゃあ失礼。と剣も一緒に振り下ろそうとしたとき、彼の髪を薙ぐように弓矢が通り抜けた。お兄さんは僅かに舌打ちをし、二発目を剣で打ちおろす。その間にと彼女は小さな体を泳がせながら、こちらに駆けつけ、弦を弾いた。「……ベル」「あら、随分な格好ね」 君、居残り組だったでしょうに、なんでいるの、と声を出すことができない。「あらあら、気を抜いてちゃいけませんわ、よ!」 もう一度、彼女は矢をつがえ、弦を引く。彼はめんどくさいなあ、と一言呟き、もう一回剣を振り回した。今度もあっけなく弓矢は半分に砕ける。オニビが、ピーピーと鳴いて、私の周りをくるくるしていた。 私はふらふらと立ち上がった。大丈夫、とかるくオニビに手を向ける。「兄さん、ナイフささっちゃってるよ」「知ってますよ」「ほっといたら痛いよ?」「自分で抜く勇気がないんですよ」 そりゃまた、小さいのか大きいのか分かんない兄ちゃんだねぇ、とお兄さんはケラケラと笑っている。「それじゃああんまり長引かせたらかわいそうだから、すぐにケリをつけちゃおっかな」 彼は一歩勢い良く飛び出した。長い剣を使い、右に左にと刃を弾く。私は一歩遅れながらそれから体を逃した。ベルフラウは、下手に手を出すよりはと様子を見張るように、矢をつがえた弓をこちらに向けて、眉間に皺を深くさせている。 動く度に、ぴしりぴしりと痛みが走った。あまり深くはないらしい。けれども痛いものは痛い。逃げも進むもできず、ほぞを噛んで、ただひたすら逃げた。「兄ちゃん、だめだなぁ。覚悟が足りない」 かくご、と言葉を繰り返す。聞こえた声は頭の中でバラバラと消えて行って、うまく今に結びつかない。「覚悟が足りないから」 ひょいっと彼は、私の背中に手を回す。ぎくりと体を逃しても遅い。「こういうことをされたら、その場で止まっちまうんだ」 そう言って、私の背に突き刺さったナイフを、彼はぐりぐりと力を込めた。「ちょ、い、あぐっ……!」「ほらね」 地面に腰を落とした私を見下ろして、彼は両手を横に広げながら、「ほらね、これで終わり」 、とベルが叫ぶ声が聞こえる。再び弓矢が投げ出されるが、すぐさま男が弾く。「はー、めんどくっせ……」 さっさと終わらすかあ、と頭をひっかく青年に向かい、私は体当たりを食らわした。彼の両足を持って勢い良く引っ張る。「わぎゃっ!?」と彼は叫んで、後頭部を地面に打ちつけた。そしてその彼の上に馬乗りになった。鈴鳴を彼の首元に近づけて、「勝負つきましたか、お兄さん」 彼は面白そうに笑っていた。「どうぞ、殺せよ」「……そんなこと、しませんよ」「なんで? 意味がわっかんない。なんで? 俺ならひとおもいに殺すよ」「僕達と、あなた達は違いますから」「同じだよ。武器持ってる時点でおんなじさ」 だから駄目なんだよ、こういうとこ。彼は私の刀を素手で掴んだ。彼の手のひらから血がポトポトとこぼれて、ぎょっとしている間に、彼は私の右肩辺りの服を掴み、そのままぐるりと反転させた。さきほどまでとまったく反対の位置である。「後ろのお嬢ちゃんも動くなよ。動いたらこっちの兄さんをグサッとやっちゃうぞ。声を出すのもなしだ。あんた召喚術を使えそうだからな」 背中がじりじりと痛い。ナイフは、と瞳を動かすと、投げ飛ばすと同時に、私の背から抜きさっていたらしい。何のためにそれをしたかは分からないが、ぽたぽたと赤い血が溢れる小型のナイフを、彼はくるくると手元で回した。「もうめんどくさいから、こっちってことでな」 ほんっと俺、お前らみたいなガキは嫌いだわ。と言いながら、懐から緑色の石を取り出した。サモナイト石だ。兄ちゃん達には、もう黙っといてもらうことにした。と彼が呟くと、サモナイト石がゆるゆると柔らかい光を溢れ出す。彼がぶつぶつと、呪文を唱えた。 蒼く気高き緑の唄い手、シャーマリーナ 海駆け下りて、今ここに 陸駆け参り、今ここに 少しずつ、緑と青の色が混ざり、視界がぐるりと消えて行く。いけない、と思った。召喚術はいけない。あの施設の中で向けられた、毒の息を思い出した。あれは苦しかった。死ぬかと思った。あんな思いはしたくない。それよりも、ベルフラウがそこにいる。「スリーピングコール」、と彼が呟いた。瞬間、私は何を思ったのか分からない。思いっきり手を伸ばしていた。彼が持つ、サモナイト石を握りしめていた。 青年は、何をしているのだと言う風に私を見て、瞬きをした。じわじわとあふれていた光が、私の手の中で遮られる。そして、ピシッ、と亀裂が生まれ、粉々に砕け落ちる。 ぱらぱらぱら、と顔の上に緑色の粒がこぼれ落ちた。これとまったく同じ事を、私はしたことがある。施設にいたとき、ナップくんと、狭間の領域を訪れたときだ。パチパチ、と私の上の彼は瞬きを繰り返した。「……兄ちゃん、今、何したの?」「さあ……」 自分自身、分からない。丁度その時、空に向かい、一発の大砲が撃ちぬかれた。なんだ、と私は混乱するばかりだったが、彼はすぐさま立ち上がった。「残念、撤退だ。こっちの負けね」 俺、子ども嫌いだし、めんどくさいし、ちょうどいいや。と彼はひっひと特徴的な笑い声をあげた。「セイレーヌの石壊しちまったから、怒られたらめんどくせーな」 それだけ言って、飄々と消えて行く。 それと同時に、ベルフラウがこちらに駆けつけた。「、あなた大丈夫なの!?」 ペシッと顔を叩かれた。 「僕よりも、ベル、きみ、なんでここにいるのさー……」「心配だったから、ちょっと見てこようと思っただけよ!」「なんて行動的……」 惚れたらどうする……と死にかけな声でつぶやいていると、「そんなことより!」とベルフラウはまた声を張り上げた。「、あなた生きてるの?」 そりゃあ生きてるに決まってる。けれどもなんとなく彼女の聞きたい質問は分かったので、「無事……無事……もんだいない……」と、覇気のない声を出しながら、片手をふらふらとさせた。 そんなもんでも、一応私が返事をすることで、ベルフラウはホッと息をついた。ついでに彼女の肩辺りで、オニビもふよふよと浮きながら、不安げな表情を、少しだけやわらげる。「でも」「でも?」 私が言葉を続けようとすると、彼女は瞳を剣呑に鋭くさせた。背中が痛い、と続けようとした。でも、言ったところで心配をかけさせるだけだ。えっと、と口をごにょごにょさせていると、ベルフラウはまた不安げな顔をした。私は、あー、と低く唸りながら、お腹に手を当てた。「……お腹が減ったから、早くアリーゼのご飯、食べたいなぁ……」 そう言うと、バシッとおもいっきり頭を叩かれた。場を和ませようとしただけなのに、ベルフラウはとても怒った顔をして、こっちを見下ろしていた。「……ごめん、冗談です」「馬鹿じゃないの!!」 先生を呼びに行きます! とふんと怒りながら、彼女の後ろ姿を寂しく見つめて、残されたオニビに向かって、「ちょっと短気だよねぇ?」と問いかけてみると、こっちの方は呆れたみたいにため息をついて、尻尾っぽい場所で、ペシッと顔を軽く叩かれた。 BACK TOP NEXT 2007.08.23~10.01執筆 97~98話 2012.01.19修正 56話 |