聞こうじゃないか、お前の言い分 彼女はじっっと腕を組んで、仁王立ちをしていた。あまりにも変わらない表情が、とても怖い。「はは」といつもどおりのごまかし笑いをしてみたのだけれど、やっぱり駄目だった。睨まれた。目が座ってた。「お久しぶりですね、様」 強調された、お久しぶりのという部分に、本当に、乾いた笑いしか出て来なかった。 淡々としたしゃべり方なのに、何故か押しつぶされそうな気迫を感じてしまう。クノンさんは、真っ黒な髪の毛をふりふりと振って、足のかかとと爪先で、かんかんかん、と何度も床を叩いた。その度に私は、ぎく、ぎく、ぎく、と肩を動かして、どんどん小さくなる。 「私は定期的に検査に来るようにと申し上げたはずですが」 「いや……あの……この頃師匠の相手に忙しかったっていいますか」 「言い訳は結構です」 「す、すみません」 言い訳から駄目らしい。せめて最後まで聞いて欲しかった……と、ごにょごにょ言っても仕方ない。狭間の領域へと行き来する毎日の中で、すっかり彼女の事を失念してしまっていたのだ。はっと気づいたときには、彼女が言う「定期的」な感覚を、すっかり過ぎてしまった頃で、(い、今からでも遅くない!)とぐっと拳を握って勇気やらなにやらを振り絞ってきたはずなのに、クノンさんからは冷たい瞳を投げかけられるばかりである。 なにやら申し訳なさでずぶずぶと体が沈んでしまいそうな感覚の中で、ふう、と彼女はため息にも近い息を吐いた。彼女は機械人形なのだから息なんて吐いてる訳がないのだけれど、そう見えたのだから仕方がない。手がにゅにゅっと伸びなければ、どこにでもいそうな、可愛いお嬢さんに見えるのになあ、とぼんやり彼女を見つめていると、クノンさんは何か考え事のように瞳を深く沈めた。「この頃、本当に、乱されてしまいます」「え」 何か彼女は呟いただろうか。 あんまりにも小さすぎる声に、何かの風が吹いただけなのかと首を傾げてしまう。けれどもぴっちりと鉄で囲まれたこの建物の中では、風なんて通さないし、ましてや扇風機なんてあるはずない。 んんん? と彼女を見てみると、「なんでもありません」とピシャリと言葉をしめられてしまった。それと一緒に、それでは準備をして参りますので、と言って、クノンさんはそそくさとその場を離れていく。 ………なんとなく、手持ち部沙汰だ。 ぼけっとその場に経って、辺りを見回してみると、後ろからクスクスと笑う声が聞こえる。誰だろう。と思ったけれど、ここにいる女性と言えば、クノンさんともう一人しかいない。「アルディラ、さん」 「久しぶりね、」とあまり何度も話したことのない彼女に名前を呼ばれると、少しだけ照れてしまう。彼女は肌の所々に機械が埋め込まれていた。べいがー、と言うらしい。べいがー。ここの人たちは、それぞれ自身を表す言葉を持っているけれど、私にとってそれが聞き覚えがないと言うだけで、私の感覚からすれば、日本人の女学生、というようなニュアンスなんだろう。 「すみません、主人の方に無断で入ってしまって」と頭を下げると、彼女は色素の薄い髪の毛を揺らして、「いいのよ、クノンの客人でしょう」とゆっくりと微笑んだ。女性らしい話し方だ。最初は知的を印象づけるメガネの所為か、それとも彼女自身の物腰の所為か、ほんの少し近寄りがたい人なんじゃないかな、と思っていたけれど、そんなことはなかった。緊張はするが、案外話しやすい人だ。 おそらくは、座りなさい、といった意味で、柔らかそうなソファーへと、アルディラさんは手のひらを向けた。私は頭を下げて、「失礼します」とそこへ座り込むと、丁度正面の場所へと彼女も座り込む。「何か飲み物はいる?」「あ、いや、本当におかまいなく」 ここで紅茶の一つでも入れてもらっては、後でクノンさんい怒られそうで怖いし。 そう? とアルディラさんがもう一度私に確認した後、彼女はクスリと、唐突に何かを思い出したように微笑んだ。どうしたんだろう、と彼女を見ると、アルディラさんは私を見て、もう一回微笑んだ後に、ゆっくりと口元を動かした。「さっきのことよ。なかなか、おもしろかったわ」 「それは……よかった、ですね?」 よくわからないから、適当に返してしまった。「わかってないでしょう」「あ、はい。すみません」 ちら、とアルディラさんに目を向けて、「えっと、お訊きしても?」「クノンのことよ」 アルディラさんの答えに、もっと意味がわからなくなってしまった。さっきと言えば、私がクノンさんに仁王立ちで怒られていた。それだけの光景である。特に面白い要素などどこにもなかった。 私が返答に困ってしまって、顎に手を当てていると、アルディラさんは、やっぱりどこか面白そうに、「あなた、暫くうちに来なかったでしょう?」と、言葉の語尾を上げた。 一瞬そのことについて怒られてしまったのかと思ったのだけれど、どうにも違うらしい。「それでクノンったらね、あなたがいない間、こう、部屋の中をぐるぐるーっとね」 アルディラさんは、くるくると右手の人差し指で、宙を回す。その指の先を、私もじーっと見詰めてみる。ぐるぐるぐる。………どうしたんだろうか。「まわってたの」「回ってた?」 そう、と彼女はまたくるくると指を動かす。 「腕を組んだまま、部屋の中をね。まるで冬眠から覚めたヤッファみたいだったわ」 「や、ヤッファさんって冬眠するんですか」 「物の例えよ」 わかりづらい冗談である。 暫くの間の後、私は思わず吹き出してしまった。丁度同じタイミングで、アルディラさんも耐えかねたと言う風に口元に手を当てた。二人一緒にけらけらと笑って、思わずソファーをばしんと叩いてしまった。想像すると、なんだか面白い。クノンさんが、いつもと同じ顔で、ヤッファさんみたいに、のしのし歩いていたと言うのだ。「歩いてたんですが」「ええ、歩いてたの」「のしのしと」「そう、のしのしと」 また吹き出した。 笑い半分、嬉しさ半分。能面みたいな無表情な彼女の顔は、ほんの少し、不快そうな顔をする以外、ぴくりとも動かないのに、彼女が大好きな、アルディラさんが見ている前で、ぐるぐるぐるぐる。そりゃ、申し訳ないことをしたなぁ、と思う反面、なんだか嬉しくなった。口元に手のひらを当てて、体を折り曲げていると、アルディラさんはどこか不思議な顔をして、「。あなたたちは、まるで風ね」と、ゆっくりと瞳を細めた。 ふいに呟いた彼女の声が、今度はしっかりと聞こえた。あなた達。きっとそれは私だけじゃなくて、新しくこの島の住人となった、彼らも入っているんだと思う。そんな例えは初めてで、彼女の意味もわからず、ちょっとだけ照れてしまった。「風ですか」「ええそうよ、風」 「知っている? いつも同じ風が吹くと、花はまがってしまうわ。なぎ倒されたみたいにね。けれども、その風と反対の風が吹いたら、その花はいったいどうなってしまうのかしら」 鉄のかたまりの中のこの街で、彼女の口から花という単語が出るのは少し不思議だったけれど、きっとこれはたとえ話なのだと思う。先輩も、こんなたとえ話が好きだった。 風というのは私達で、花というのは、きっと。きっと、また違う方向へと向くのではないでしょうか。 そう呟いた私の声は、彼女に聞こえただろうか。 曲がってしまった事で、日の当たりが悪くなってしまうかもしれない。そもそも、茎が耐えきれなくて、ぽきりと折れてしまうかもしれない。 「そうねきっと、よくも悪くも」 変わって行くわね、と、どこかまんざらでもなさそうな、けれどもちょっと不安げな声で、アルディラさんは呟いた。こんこん、とドアをノックする音がする。「失礼します、様……アルディラ様?」「あらクノン。おじゃまだったかしら」「い、いえアルディラ様、そんなまさか!」 クノンさんは首をふるふると振った。そして即座に私を睨んだ。「様、またアルディラ様になにか失礼を……」「してないよ! してないったら!」 信用ゼロである。少し悲しい。 だったらいいのですが。とぷんとするクノンさんを見て、アルディラさんは足を組み、プッと吹き出した。「アルディラ様?」「いいえ、何も?」 すぐさますました顔をするアルディラさんを、クノンさんは不思議気に見つめている。なんだか、変な主従関係だ。けど、なんだかちょっと、面白くもあるな、と笑ってしまうと、クノンさんはまたよく分からない、と言う風に、きょろきょろと私とアルディラさんを見比べた。 BACK TOP NEXT 2008.05.03執筆 103話 2012.01.31微修正 59話 次の話から修正はほぼありません。 |