分岐点は訪れる。 聞こうじゃないか、お前の言い分 私のお家は進歩した。とても進歩した。この間までテント状のようなものを、一生懸命小枝で作り、周りの木にくくりつけて夜を明かす場所とさせてもらっていたのだけれど、それだと作るのも大変だし、畳むのも大変だ。雨でも降って柔らかくなった地面から逃げるのはちょっと骨がおれる。 そんな訳で、長い長い布を用意する事にしてみた。丁度いい間隔の木々の枝へと、長い布を垂らして、取りあえず雨露をしのげばいいなんて即席な形にしてみる。気温がそこまで高くないこの場所だから出来る技だ。アウトドアっぽさがレベルアップした気がするけれど、今の所特に問題はない。………暫く考えてみた。これは本当に進歩なのだろうか。 退化かな、うん。 「それで 金髪船長が、とっても微妙な顔をして、私のマイルームを見詰めていた。「はは、どこノックすりゃいーのか考えてた」 ノックなんてする柄なのだろうかとじっとりと見詰めていたのがバレていたのいか、カイルさんは首筋あたりをポリポリと掻いて、「スカーレルが、その辺うるさいんだよ」 眉毛を垂らしながら、ほんの少し口をぴんっ、ととがらせる姿は子どもっぽい。少なくとも私よりも一回りは年上なはずなのに。 なるほど、と頷くと、ぴちゃんっ、と私の片手に持ったバケツの中身がはねた。ちなみにもう片方の手には、ミミズが一丁。 「なんだよそれで納得すんのかよ 「、ボヤが起きた」 「はい?」 鈴鳴と一緒に腰へと差していた竹竿を太い幹へと立てかけて、ふう、と一つ息をつく。布に巻いておいたまな板(と、見えるように、頑張って木を削ってみた)と、ミスミ様から頂き大事に使わせて貰っている包丁を取り出す(小麦粉を頂きに行くついでにと渡された) 鱗を取った魚の首筋に線を入れて、頭の部分を、すとん! とたたっきる。 「………聞いてたか、」 「大丈夫です、すっごく大丈夫です」 とにかく、ボヤが起きたらしい。しかも二カ所。風来の郷と、ユクレス村の果樹園だ。果樹園という単語に、ピクリと反応してしまったけれど、アイパッチ達が一生懸命火を消したらしい。ジャキーニ、頑張ったなぁ。 ボヤは危ない。少なくとも、あの平和な日本で住んでいた私にだって分かる。しかもここは、唯でさえ木に囲まれている。乾燥しているかどうかは分からないけれど、ひとたび炎が上がれば、焼け野原になってしまうんじゃないだろうか。そんな訳で、一応私も火の扱いには気をつけているつもりだ。 「まぁ、両方とも火の手とは縁のない場所な訳だがな」 「でも現に火が出ちゃった訳ですし」 「そうだ、出るはずもない場所から、火が起こったんだ」 魚の腹を、慎重に切って、中からずるりと内臓を取り出した。手についた赤い液体を、ぴっ、と弾く。つまりは。(そうか、だから、カイルさんは、私にいちいち報告に来たのか) つまりは、敵だ。(帝国軍しか、いないじゃないか) 「空からはフレイズと飛べるやつらが確認している。次に狙われるのは、他の集落かもしんねぇ、もしくは俺たちの船か」 丁度いい石を見つけたのか、座り込んだまま、随分ぶっそうな事をさらりと言ってのける。「まぁ念のため、ジャキーニ、っつー可能性もある」もの凄く、念のためっぽい。私も多分、それは違うと思う。 カイルさんは、眉毛を八の字にしたまま、右手と左手を組んで、顎の上へと載せた。ほんの少しついた彼のため息が、一瞬聞こえる。 「今んトコ、フレイズからの連絡待ちだが、人手がたらねぇ。あっちが何を考えてるのか想像もつかん。念のため、も集いの泉に来てくれねぇか」 「あ、はい大丈夫です、行きます」 当たり前だ。もう私は、彼らに協力すると決めているのだから、いちいち確認と取られる必要もない。ぐ、と握った魚の形がぐにゃりと変わる「 ほんの少し呆れたような目でこっちをじっ、と見詰めた船長さんに、アハハ、と苦笑い。「まぁ、塩漬けでもなんでもした後でいいからよ、そうだな、ついでにジャキーニの船も見といてくれや」 私は頷いた。 手についた塩が、ほんの少しじゃらじゃらする。 超特急で塩漬けの準備をした後、アイパッチの船に行っても、私に何が出来るって訳じゃない気がしてきた。敢えていうなら、アイパッチとオウキーニさんが、船の中でしっかりリーダーを果たしているのかという事で、それだけ確認できれば後は問題ない(たぶん) (………や、被害にあったのって、たしか果樹園だよね) 『うおおおおおー! わしらが丹誠込めて作った作物を、守るんじゃー!!!』 なんていいながら、部下達に、「落ち着いてくださいセンチョー!」なんていいながら泣きつかれている光景が目に浮かんだ。拳を右手に握りしめて、天高く突き出しながら、ずるずると部下達を引きずるアイパッチ。ううん、もの凄く鮮明に想像できてしまう。 (つまりは、船の中に押し込んで、なんとかさせときゃいいのかな) 目標は決まった。駆け上がる砂浜の上に沈んだ足がほんの少し重い。遠回りでもいいから、山の中を通ればよかったかもしれない。 未だに太陽が上がる位置は、高い。午後をほんの少し過ぎたくらいだろうか(……あつい) じとりとかいた汗が、ローブに染み付いた。 (……なんで帝国軍は、火なんてつけたんだろう) もちろん、帝国軍がしたという証拠はない。だいたい人から又聞きで判断するなんて事もどうかしている。けれども、何故だかこう、しっくりこないのだ。 (アズリア、さんだったかな) あの人が、本当に村へと火を放ったのだろうか。遠目から見ただけでも、しゃんと背筋を伸ばして、アルディラさんとは違った意味で、綺麗な女性だと思った。何故か懐かしい気分になるのは、彼女の髪の色の所為なのかもしれない。(火、火、火) 所詮、教科書に載っていた程度の知識しか、私の中にはないのだ。先輩だったら違ったかもしれないけれど、火攻めをする状況だなんて、てんで思いつくことが出来ない。 (よく、分からないけれど、火をつけたら、その混乱に乗じて、攻め込むってのが、セオリーなんじゃないかなぁ) 多分、そんな事カイルさん達なんて百も承知だ。だからこそフレイズさんにお空の探索へと出かけて行ってもらっているんだろう。もしかしたら、ノルシュくんも駆けめぐっているかもしれない。 (その割には、両方とも、小さなボヤ程度だったんだ) ただ、タイミングが悪かっただけかもしれない。それだけの事かもしれないけれど、 「なんだか、こっちを、見てくれといわんばかりな」 自分が呟いたセリフに、はっとした。ぺちんっ、と口元を手のひらで覆って、その場に止まる。動き続けていた影が、足下へと落ちた。(いやいや、考えすぎでしょ)(普通に、失敗しただけかもしんないじゃん)(帝国軍に注目ひいて、何の意味があるのさ) ないだろ、そりゃないだろとブンブンと頭を振る。それよりもアイパッチだ。オウキーニさんの泣き声が頭の中で響いていそうな感覚までしてきた。さっさとあのアイパッチを殴りに行かないと。 そう考えていたはずなのに、私の足は、砂浜からぬけて、森の中へと入っていった。道にもなっていない場所から飛び出した木の枝をポキポキと足で踏んづけながら、速度を上げる。(ありえないって!)と心の中で叫びながら「オウキーニさん、ごめん!」 勝手に口からは謝り台詞。 中途半端に下へと繋がる斜面を、ざざざっ、と右足を軸に滑り降りた。深い緑をした短い草が、つるつると滑ってほんの少しバランスを崩しそうになる。「集いの泉は、こっちか!」 何度か見た事のある道筋を、頭と足で思い出す。鳥の羽ばたく音が聞こえた。 鳥なんかじゃない。もっと大きな何かが、背後にいる。はぐれかと構えた鈴鳴に手を載せて、振り返った、その時だった。 「ごめんね、くん」 優しく優しく、耳元で聞こえたその声と一緒に、視界の端っこへと写る真っ赤な髪。腹部に、鈍い痛みがはしった。「……っあ」 鈴鳴へと添えた手が、だらりと力なく地面に吸い寄せられる。 「ごめんね」 もう一度彼が呟いた声と共に、私の意識は閉じた。 BACK TOP NEXT 2008.06.19 |