手首が何かにかすれたような感覚がする。ぐ、と力をこめても、微かに腕が触れあうだけで、染みいるような痛みが、はしる。瞼が重い。瞳が、開かない「にーちゃん、動くなよー」 はっと気づき、右足を振り上げた。 聞こうじゃないか、お前の言い分 「うわああ!」 あぶねぇ! と目の前の男は私の右足を、片手で受け止め、「同じ男だから分かるでしょ、ここ、ここは痛いの分かる?」 ひっひ、と特徴のある笑い方で、ローブの向こうからじっと私を見詰めた。ぽたりと頬に汗が伝う。 「………だれ」 「あれ、忘れちゃった」 やだなぁ、命をかけ合った仲じゃないの、と男はにやにやと口元をつり上げて、「俺がつけてあげた背中の傷、ちゃーんとくっつきましたァー?」と嫌みったらしげな口調で、とんとんと自分の背中を叩いてる。 ついこないだ、ぶっさされた記憶に、一人の帝国軍人を思い出した。ベルにかばわれて、じゃーね、と去っていって、「………おまえ、」 今度こそ、ぶったおす! と思いっきり彼へと向かっても、まったくもって体は動かない。 ぼけたような目と、視界が、やっとこさ焦点が合わさってきた。 あまり動かない首を、精一杯後ろへと回し、がさがさとローブ越しにかすれあいながら見ると、私と同じか、少し太いくらいの幹に、しっかりとロープで括り付けられている。何とか動かそうと、上下に手首と体を動かしても、おそらく赤い線が増えていくだけだろう。カズさんといい、こいつといい、なんだろう。自分は結ばれ属性でも付随してしまったのだろうか。心底御免被りたい。 「だめだめ、俺さっきメチャクチャしっかり結んだし」 カラカラと笑う彼は、私と一定の距離を保ち、ヤンキー座りで、こちらを上目がちに見詰めていた。 「………レックスさんは」 「んんー?」 「レックスさんは、帝国軍なんですか」 確かに、意識の最後に見詰めたものは、赤い髪の彼で、半分認めたくない事実に、は、と短いため息をつく。 さぁねぇ、と目の前の帝国軍は、これみよがしに、ふんっ、と鼻で笑い、「自分で考えたらいいんじゃーないの」 そりゃあそうか、とはあとため息をついて、私はそのままうなだれた。ヤッファさんなんかに見られたら、「諦めるのが早いんだよ!」と怒られてしまいそうだが、しょうがない。多分、今、彼らと、島のみんなは、どこかでぶつかっているに違いない。どこか溢れる剣呑な空気と、私の耳元に、微かにひっかかる複数の音。彼が私を足止めしてるってなら、私も彼を足止めしてる。これでいいじゃないか、ともう一回、ため息を吐いた。 (………そっか、レックスさん、あっちの人だったのか) 今考えれば、そうだと思う点は、とても多かったに違いない。島の住民に見られる事を嫌い、深夜に、こっそりと顔を出し、ラトリクスにいるような素振りを見せていたし、イスラはそのことをごまかしている風でもあった。(………あー、もー最悪) 彼に殴られた腹が痛い。今すぐにでも、胃の中身をぶっかえしてしまいそうだ。 「イスラは」 「だから俺に聞くなよ」 「イスラも、そっちのお仲間ですか」 「さあね、俺しらね」 でもアイツって、うちの隊長に似てるだろ? と答えとも、なんとも思えない言葉を返して、本当に、と笑ってしまった。別に、裏切られたとか、そんな事は、考えていない。ただ、剣一本で、随分回りくどいことをしたものだバカバカしい、と吐いて捨てたいような気分にはなった。少し気分が悪い。これが、胸くそ悪い、というヤツなんだろう。 なんで剣一本で。不思議なものなのだという事は理解している。力があるのだろう、という事も分かっている。けれども、なんでこんな、 「バカみたいだよな」 ふいに、彼が呟いた言葉に、自分の考えがよまれてしまったのかと、びくりと肩が飛び跳ねたのだけれど、彼は特にかまいもせず、言葉を続ける。 「あんた達がさ、さっさと諦めたらいいんだ。そうすりゃあ、お互い楽だし。お前みたいなガキ相手にすんのも、ホント疲れるんだよな」 最後の台詞は、少し聞かないフリをして、「それは、こっちの台詞なんですけど」 喉から溢れた声は、案外低く、ぐしゃりと靴が、足下の地面を削る。 「さっさとあなた達が、諦めてくれたら、平和だし、こんな事しなくても済むし。だいたい、こんな大人数と、時間をかけて、剣を手に入れたところで、何にもならないと思うけれど」 「あのさぁ、兄ちゃん、大人の事情ってもんも分かってよ。俺たち、あの剣手に入れろって命令きてんの。隊長にそう命令されてんの。隊長は、もっと上の人間から命令されてんの」 これだからガキんちょは、と付け足しながら、彼は、手近にある枝を手に持ち、地面にガリガリとへたくそなイラストを描き始めた。 あんまりにも腹がたったので、足下の砂をすくい上げながら、さっとお兄さんに砂をぶちまける。 足らない距離に、さっ、と砂は広がって、風に流される。ハー、とお互いついたため息が、よく聞こえた。 「理由も、分からないのに、そんな事してんですか」 「それをいうなら、そんないらないモン、兄ちゃんは一生懸命守ってんの」 「アティさんと島の人たちが、守ってるから守ってるんです」 「俺だって隊長にいわれたから、盗ろうとしてんだけど」 一向に変わらない平行線といたちごっこに、結局、こんなの最後まで終わらないじゃないか。どうすりゃ、最後が見えるんだ、とさして回りのよくない頭が、ぐるりと回転する。 さっさと逃げちゃったらいい。けれども、この島からは、誰も出る事は出来ない。 「めんどくさいなぁ」 「だよなぁ、俺もそう思う」 「取りあえず、ロープはずしてくれません」 「うん、だめ」 BACK TOP NEXT 2008.09.08 |