「クノンさんの様子がおかしい?」


聞こうじゃないか、お前の言い分




ジャキーニの反乱も終了し、クノンさんに怒られないように、とこまめにリペアセンターへと顔を出そうとしていたときだ。ちょこんと顔を合わせた彼女、アルディラさんにそんな事をいわれ、一瞬、私の首もとへと指を伸ばした彼女を思い出した。
叫ばなければ、多分、絞められてたよな、と無意識に首もとへと手を伸ばし、撫でる。

「どんな風に、おかしいんですか?」

私が首を傾げて訊くと、アルディラさんはクリーム色の髪を揺らし、口元をきゅっ、と噛みしめたような表情をした。「口数が少なくて、まるで避けられているみたいだわ」
そんな彼女の言葉に、私はまさか! と手を横へ振った。クノンさんが、アルディラさんを慕っているのは目に見えて明らかだったし、そんな彼女を避けるだなんて、そんな、そんな、そんなこと      『アルディラ様には、何も』

冷たく響いた彼女の言葉を思い出し、少しだけ、私の表情は固まってしまったかもしれない。ローブに隠れていてよかった、と思いつつ、無意識に唾を飲み込んだ喉の動きを悟られたらしく、「どうしたの?」と彼女は首を傾げる。「い、いえ」

「ちょっと、僕、クノンさんの様子、見てきますね」

彼女から逃げるように、私は駆けだした。
(………まさか)
まさか。




私は時々、彼女がロボットなのだという事を忘れてしまいそうになる。人間と同じくらいに流暢に滑る舌。動くことのない表情が、時々ぴくりと震える事を知っている。「不思議な人ですね」と彼女は何度か私に呟いたことがあったけれど、私からしてみれば、彼女の方が「不思議なロボットだね」
(………ロボット)

ふと考えた。メガネをした、助けてぇ、と21世紀からやってきた猫型ロボットへと毎回毎回助けを求める、あの少年はそのロボットの事を、本当にロボットだと考えていたんだろうか。



ぽつりと寂しいスクラップ場。危ういバランスの中で、動くことのなくなった鉄のかたまり達を放り込み、さびた匂いが鼻についた。彼女は、随分前にその場所で座り込みながら、ヴァルゼルドを直した。同じ同郷のものだから。そう言って、あの機械兵士を直した。

「あなたは何故笑ったのですか」

彼女の疑問になんとなく。と答えたら、怪訝な顔をされた事も覚えている。たしかそのとき、私は彼女に初めて出会ったんじゃないだろうか。




「クノンさん」

何をしているんですか、と私は彼女に問いかけた。
一つだけ出っ張った鉄筋の上に、彼女は危うげなくすっと立ち、真っ直ぐと空を見上げていた。白いナース服に近いスカートが風にはためき、少しだけ私は目を細める。太陽からの光がまぶしかったからだ。「様」

彼女はぱっと身体を宙に浮かし、飛び降りた。私が「あ!」と叫ぶよりも早く地面へと片足をつき、随分と高いはずだったのに、微動だにも身体を動かさず、ざかざかと鉄の上を歩く。
そして彼女は、私の顔を見詰めると、唇を奇妙に開き、片目だけうっすらと閉じ、もう片方はびくびくと瞼が震えていた。

ぎょっとして、「なんですか、それ」と率直に感想を述べると、彼女はいつもの無表情へと戻り、「やはり、駄目ですか」
なにがだろう、と首を傾げると、もう一度彼女は同じように顔の筋肉を引きつらせ、またすぐに戻す。

「笑えていませんか」
「………いや、それは」

笑顔とは、少しほど遠いような表情だった気がする。ちょっとだけ、唇をついと上げればいいのに、彼女はやはり奇天烈な表情だった。
ざかざかとクノンさんは道を歩き、私の隣を通り過ぎる。慌ててその後ろを追うと、ピタリと足を止め、ふうと小さく息を吐いた。彼女が。
「私はどうやら、役立たずのようです」


震える語尾と、役立たず、と聞こえた言葉に、何がだろう、と思う。私は彼女に疑問ばかり湧いていて、彼女が、何を、どう考えているのか、さっぱりと理解できなかった。

「プログラムを組みました。アルディラ様には、隠れて。私が、笑顔を作る事が出来れば、アルディラ様は、驚かれるのではないかと思いました。そして少しでも会話が円滑に流れる事が出来たらと考えたのですが、どうにも無理なようです」

だから役立たずなのだろうか。

「隠れて、そんなプログラムを打ち込んだ所為かもしれません。どこか私の身体は誤作動を起こしているようで、いつの間にか、勝手に動き出します」

いつの間にか、この場所へと来ていた、とただ呟く彼女に、「え」と頭を振るい、それって、と嫌な予感がした。

「クノンさんが、壊れちゃったって、ことですか」
「はい」
「そんな、駄目ですよ、アルディラさんに、はやく」
「やめてください!」

振り絞った声は、もともとか弱い彼女の声を比べて、なんの勢いも無かったのだけれど、私は不意に肩を動かし、彼女の手のひらを掴もうとしていた手を止める。
けれども、やっぱり唇を噛みしめて、「だめですよ、早く、アルディラさんに、直るかもしれないじゃないですか」
腕を、伸ばす。


はじき返されたのは簡単だった。
予想以上のスピードで彼女の手の平が動き、それに準ずる形で、ふわりと揺れるスカートから、にゅっ、と細い足が飛び出し、私の足下をすくおうとする。「う、わ!」 私は飛び跳ねた。足下が鉄だらけでバランスが悪いことこの上ないが、はねた勢いで右足を飛び立たせそのままぐんっと彼女に近づき、右手を振るう。
虚空を振った手の先には何もなく、軽い足踏みで飛び出した私の身体の横先へと移動した彼女は、私の背骨へと向かって、思いっきり手刀を切る。

ぐうう、と肺の空気が一気にもれ、少しだけ辺りが暗くなる。それでも眉間に力を入れながら、半分落ちかける身体を回転し、彼女の腕をひっつかんだ。ごろり。バランスが崩れ、私とクノンさんは一緒くたにスクラップの中心へと落ちていく。ごろり、ごろり、ごろり!

痛い。背中が痛い。けれどもそれ以上に、彼女の頭をかばうようにして包み込んだ胸が苦しい。彼女が壊れただなんて、身震いがする。恐い。とても、恐い。きっとそれは、死んでしまう事と同じなのだ。
すり鉢状の中心へとぴたりと身体は止まり、じりじりと節々が痛む。

「………クノンさん」

彼女の声はしない。ぴくりとも動かない。
唐突に、ぞわりと体中の毛が逆立ったような感覚に陥った。まさか、と心臓の、それよりも奥の部分が痛いくらいに動き、「クノンさん」問いかける声までもが、臆病にも小さくなる。(壊れただなんて、ウソに、決まってる)
だから、すぐに動き出す。
ぎゅ、と彼女を閉じこめた胸を開く事もなく、私は抱きしめた。
「うう」 響いたうなり声は、私のものではない。ただ、悔しいと身体を震わせて、うう、と唸る彼女の、嗚咽にも似た声に、もう一度私は抱きしめた。

「クノンさん」
「う」
「クノンさん、アルディラさんと、お話しましょう。大丈夫です、壊れてなんか、ないです」
「壊れて、います」
「大丈夫、大丈夫だから」
「胸が、痛みます」
「どっかでぶつけただけかもしれない」
「思考に、ノイズが走るんです」
「僕だって、そんなこと、よくある」


しかめっ面は得意なくせに、笑顔が作れないという彼女は、身体を震わせて、喉から漏らす声は、まるで涙でも流しているかのようだった。もちろん、彼女には涙腺はないだろう。あるのかもしれないけれども分からない。涙は出ていない。ただ、なんとなく、私がそう思っただけだ。
(………恐いんだ)
だって、彼女は自分が死ぬかもしれないんだ。ああやっぱり、プログラムされた感情なんて嘘っぱちだ、と彼女に向かって誇る気持ちと、ぐちゃぐちゃにされたような途方もない、口に出す事も忌まわしいような、そんな感情も溢れる。
(彼女はきっと、壊れてなんか、ない)
きっと


私は、上手く動かない彼女の身体を背負い、一歩一歩、崩れゆく鉄の山を登り始めた。
彼女は壊れてなんかない。








「どこにも、異常はなかったわ」

まるで眠るように目を瞑るクノンさんの隣で、うっすらとアルディラさんが微笑みながら呟いた。鉄の山から落ちた事で、所々の劣化はあるが、それは些細な事だった。
「どこにも、どこにもですか?」
安堵する気持ちと、いいようのない、まるで一流のペテンにでもあわされたような気持ちで、アルディラさんをのぞき込む。
知的なメガネの奥の、これまた知的な瞳が輝き、「ええ」と胸を張った。

「でも、クノンさんが、自分は壊れてるって」
「壊れてはいないわ」
「……けれど」

納得がいかずに、振り絞ろうとした唇に向かって、彼女は一つ、指をさす。

そして愛おしそうに、クノンさんの髪の毛を撫で、口元を猫のようにくっとつり上げた。嬉しくってたまらないと言いたげな表情に、また私は不思議で、首を傾げる。
「あるとしたら、変化かしら」「変化?」

きっとこの子も、いつか笑えるようになるわ、と、彼女は嬉しそうに唇を震わせた。




BACK  TOP NEXT


2008.10.11