岐路へ着いた カサカサカサ…… 風に揺らされる草の、青臭い匂いを嗅いで、空を見上げる。「今日はこの後、クノンさんのところにでも行こうかなぁ」と呟いて、白い雲は流れ、くるりと何かの形を作るけれども、あああれは何だろう、と考えるよりも先に、また新しい形を作る。 変わらない、けれども何かがおかしかった。ぐるぐるぐるとまるで何倍もの速さで地球いいやこの惑星が回っているかのように、何もかもが早送りされているような気がする。 青かったはずの空は気づけば赤く染まり、月が昇った。けれどもまた空は明け、ゆっくりと元の形に戻る。 寝転がった体勢から身体を起こし、胡座をかいた。 いつの間にか真っ直ぐに立っていた女の子は、相変わらず片目に包帯を回し、ぐつぐつと赤い血が煮えている。その瞬間、「ああこれ夢か」とくるくると移り変わる空を見上げて思った。 少女は黒い髪に埋もれながらも、にこりと微笑んだ。「最後の忠告なんだからね」 相変わらず、あるのかどうか不穏な揺れる音素を口に出し、スカートを緩く風にはためかせる。 「………忠告って、何か私、いけない事でもしてるの」 「これからするかもしれないの」 「何を?」 「ヒントはいっぱいあげてるよ。私あなたの事好きだから」 彼女がその言葉を吐いた瞬間、何故だろうか、脳内で、「俺、の事好きだからさぁ」とにっかりと笑う少年の声が聞こえた気がした。茶と金の中間の髪を揺らし、くくく、と口元をくいっと上げている。 そのうちにね。少女は笑い、光に溶けた。 「ぐふっ」 腹にかかる圧迫感に妙な声を出してしまった。「ー、起きたかー」と少年独特の明るい声を上げるツンツンと固い髪質をした鬼の子が、私の腹の上へと馬乗りしている。ちょっとスバルやめなって、と焦る可愛らしい少年の声に一瞬すくわれた。 いつの間にか、私は寝てしまっていたらしい。 夢と同じように状態を起こし、私の腹の上へと乗っていた少年を、膝の間へとずるずる移動させる。そのままゆっくり頭を撫で、「あのねスバルくん。人のお腹の上には乗っちゃいけません」 これホントに。 「だってさぁ、気持ちよさそうに寝てたら、ちょっかいかけたくなるじゃん」 「す、スバルぅ」 「かけるなよちょっかいを」 あーあ、と重いため息を吐き、クノンさんの所に行って、マネマネ師匠の所にも行かなきゃあなぁ、と頭の中で本日の予定を描く。意外と忙しいのだ、私は。 「そうだ、母ちゃんがこれ」 「なにそれうわお、お米かー」 少年の傍らへと置かれた布袋の中には、きちんと脱穀された米が積まれている。悪いなぁ、と思いつつ、ありがたいので頂く事にする。少年達の子守をしている報酬らしい。 『それ自分で炊くのかい』 「まぁねぇ」 思わず口元をほころばせながら、答えると、パナシェくんも、スバルくんも不思議そうに首を傾げる。少し遅れて私もうん? と傾げると、夢の中で少女が立っていた場所へと、半透明な男性がすっくと佇んでいた。 一瞬夢の続きかと空を見上げても、なんの代わりもなく、少年達はなんの反応もしない。透き通るような肌、という比喩ではなく、後ろの光景と半分一致している彼をぱくりと口を動かし、そういえばと眉をひそめた。 いつだか。彼と私は会った事がある。そのときの彼は眉間に皺を寄せ、声の出ない口を延々と動かしていた。ただそれだけだった。 イメージの中の彼と、現実の彼がパクリと口を動かす。 『………君は、本当に耳がいいんだね』 どうやら今度は、しっかりと話せるらしい。少しだけ驚いて、私はちょっとだけ、肩をすくめた。 *** 「それで、アンタは島の核識とやらで、全ての現象を理解しているって?」 スバルくんとパナシェくんには、ちょっと体調が悪いから、と適当な理由を行って、帰ってもらった。頭がおかしくなったと思われたらかなわない。事実、そうかもしれない。私にしか見えないらしい幽霊は、白い豊かな髪を、狭いテントもどきな部屋の中をゆらゆらと揺らしている。なんだか嘘くさい。 『そう。アティといったかな、彼女が所有している剣も、僕の意識体の一つだよ』 やっぱり嘘くさい。 そんな話は誰からも聞いた事がないし、何故彼が私の前に現れ、私しか知覚できないのかも理解が出来ない。 だからといって、何をどう無下にしていいのかも分からず、にこにこと幽霊は笑っているだけだ。 (………また、やっかいごとしょっちゃったかも) 深くついたため息が狭い室内(と、いっていいものか。布を木に合わせただけの空間なのに)に響く。幽霊はふふ、と意味ありげに笑い、一番初め、彼を見たときと随分印象が違う事に気が付いた。本当に同一人物なのか、と聞こうとしたけれども、こんな人間が何人もいてたまるものか。バカバカしくなって、聞かないでおいた。 『僕は一つ、君にして欲しい事がある』 「却下です」 『まぁまぁ、そういわずに』 信用できない。そうあらん限りに視線をぶつけても、飄々とした彼は『取りあえず聞いてくれないかな』と首をコトンと横へと倒した。 やってられん。 一応念のためと誠意を見せて住居へと案内したけれども、イキナリ自分の希望を叩きつけるだけの人間は信用しちゃ駄目だと先輩がいっていた。私もそう思う。 出て行ってくれと口を開く事も気が引けたので、私が出て行く事にした。 もはや癖となってしまった、ふっ、と短いため息を吐き、腰を屈め外へと顔を出す。明るい日差しに目を細め、ついでにと竿とバケツを取り出し、砂浜へと向かう。 『待ちなよ、くん。ああ、それ違うよね』 聞こえた言葉も無視して、歩く。耳から流す。いいや長そうとした。中途半端に、台詞が止まり、思わず眉間へと力を入れ、振り返った。彼が口を開く。『君の名前、ホントは何?』 驚きはしない。随分前に、アティさんにも気づかれた事だ。他の人たちも知っているかは知らないけれど、私はと呼ばれるとき、少し反応が遅いらしい。偽名ですよね、と簡単に見破られた事にはショックだったけれど、これは二回目だ。「さぁ?」と短く言葉を切り、そのまま振り返ろうとした。 『そしてその声も借り物だよね』 今度こそ、息がつまった。 そんな事、なんで知っているんだろう、と落としかけたバケツをたぐい寄せ、ぎっと彼を睨む。ローブに隠れているから、実際はどう映ったのかは分からないけれど。 『分かるよ、分かる。それは無色だろう。セルボルトだ。僕のときにもあった』 「僕のとき?」 『僕はハイネル・コープス。一応は昔、無色の派閥にいた事があるからね。君の声を取り戻す方法を知っている』 さぁ、聞く気になったかい? といたずらっ子のように、ハイネルは笑う。 私が座った切り株の前に、ハイネルはゆらりと立っている、と思いきや、足先が一センチほど浮き上がり、風も何もないのに、髪を揺らす。 神妙に開いた口からは、微かなノイズ音が含まれている事は、気のせいではない。 『僕は彼らの動向を見守っていた。帝国軍と、島の住人。この二つの争いに終止符を打つ事は、おそらく不可能だ。けれどもね、一つだけ方法がある。色々と問題があってそれを実行する事はないだろうと思っていたけれども、そろそろ時間の問題だ。彼らは実行する』 きっちりとした主語がない会話をハイネルは続け、私は黙って見守った。それとは何なのか。別に私が口を挟まなくても、彼が勝手に言葉を綴ってくれるだろう。 『剣の封印を』 「で、出来るのそんなこと!」 だったらさっさとしとけばいい。帝国軍も手出しが出来ないような状態にすれば、もしかしたら渋々諦めて帰ってくれるかも。あまり調子のいい想像はしないに越した事がないけれども、そうすれば、一つ肩の荷が下りるに違いない。 ハイネルは人差し指を左右に振った。甘い甘い、と言いたげな表情で、お約束な事に、チッチッチ、と舌を軽く鳴らす。 それすらも微かなノイズ音。少しだけ頭が痛くなってしまいそうだ。 『問題があるっていっただろう。元々、剣は二本なんだ。二本で初めて封印が出来る。一本なんて中途半端な状態でしちゃいけない。一番危ないんだよ』 けれども、とハイネルは前置きをした。 『彼らは無理にでも封印するだろうね。君にはそれを止めてもらいたい』 思わず彼の台詞の正当性に飲まれ込んでしまいそうになったのだが、いいやと頭を振った。わざわざ私自身に助けを借りずとも、アティさんに直接そういえばいい。それならば彼女も、そこまで考えて、うっと自分の頭を抱え込む。 そうだ、私しか彼が見えないんじゃないか。 「アティさんには、あなたの姿は」 『見える。けれども一瞬だ。状況を上手く説明できない』 じゃあなんで、私はなんであなたが見えるのさ、と声をかけると、彼は意味ありげに微笑むだけだ。話にならない。それじゃあ、とほんの少し考えを巡らせる。 「ええと、つまり私がアティさんにその事を説明したら」 『信じて貰えるかは、不明だけれどもね』 あのお人好しならば、と半分馬鹿にしたような(そこが彼女達のいいとこなんだけど)事を考えて、やっぱり微妙か。とごちた。 けれどもいわないよりはマシだと頷くと、『やめておいた方がいいよ』とハイネルは嘯き、その白い顔の前へ、両手を合わせるように組んだ。 『彼らが封印した剣を、僕らが解放するんだ。一応これは裏切り行為って事になる。相手に情報を与えるのは得策ではないよ』 うっすらと目を細め、手のひらで隠れた表情。『裏切りといってもね、これは相手を思いやっての好意だ。大丈夫、きっと分かってくれるさ』 座った切り株へと手を伸ばし、指先で表面をひっかいた。そして彼から視線をそらす。 『じゃあ言い方を変えよう。君が僕に手伝ってくれるのなら、僕は君に声を返す方法を教える。君は無理矢理、僕に手伝わされるんだよ』 優しい声に、舌打ちをしたくなった。実際した。「ちょっと、ふざけないでください」 そんなことくらい自分で決める。他人にとやかくいわれる筋合いはない。 「私は私の意志であなたを手伝う。これで文句ないですか」 『まったく。申し分ないよ』 BACK TOP NEXT 2008.10.12 |