岐路へと着いた 『戦いが始まった』 ハイネルの吐き捨てるような言葉に、私は足を進ませた。おそらく今、帝国軍とアティさん達がぶつかっている。タイミングよく、といえば言い方は悪いが、今現在、誰にも邪魔をされる事なく遺跡へと足を踏み入れる為には丁度よかった。 古ぼけた、一つ思えばラトリクスにも似ているものがある遺跡には、土の間から、ぱっくりと人骨が飛び出ている事が分かった。触れば崩れる、そのもろさが年月を表し、すっと私は手を合わせた。それはほんの数秒ほどだったけれど。 『亡霊は、彼女たちが片っ端から倒してくれたみたいだね』 これで少しは楽になる、ハイネルは言葉を和らげた。予想以上に簡単に遺跡に進入できる、という事なのだろうか。 扉自体はとてもわかりやすかった。ただ、ガッチリと挟まれた鉄のようなそれを、どう開けばいいのか分からない。試しに鈴鳴のさきっちょでつついてみたが、予想以上に固い。正直、私の腕前じゃなんともならないだろう。 そのとき、ゆっくりとハイネルが左手を差し出した。薄い色素がまた薄くなり、大気へととけ込む。ぐるりと彼の腕の周りを白の粒が飛び上がり、ゆっくりと扉が開いた。 「………驚いた」 『まあね』 足を踏み入れた遺跡は、地面が薄ぼんやりとエメラルドの光に覆われ、薄暗いだけの印象だ。次第に目が慣れると、地面へと描かれた幾何学的な模様が目に入る。扉には金の装飾がつき、ぽつりぽつりと一定の間隔で丸い水晶のような玉が置かれていた。触らないでくれよ、とハイネルが忠告したところを見ると、おそらくコレも重要な機関の一つなんだろう。 その玉へと護られるように、見覚えのある一本の剣が、地面へと突き刺さっている。赤と、黒のコードがエメラルドの光を押し込めるようにまとわりつき、その動きがまた新たな模様を描く。壊れた機械のように、時々音をはき出し、まるで生きているようだ、と錯覚した。 何か妙だな、と思ったのは、おそらくその剣が、アティさんの腕にくっついていないからだろう。肉の間へとめり込んだあの剣が、今、この場所で独立して成立している。はじめは気味が悪いと考えたあの腕も、今では平然と受け入れているらしい。 「これが終わったら、声を取り合えす方法、教えてくれるんだよね」 『ああ』 「本当に?」 彼は返事をすることなく、剣へと指を伸ばした。『これを』 次はコードに。とれ、という事なのだろうか。しかしどうやったのかそのコードは地面へとめり込んでいて、綺麗にとれるものだとは思えない。私はグ、と喉から声を出し、赤のコードを力一杯引っ張った。 ぶちり。 まるで肉を引き裂いたような嫌な感覚が手についたが、次に黒のコードも引きちぎる。何度もそれを繰り返し、その度に嫌な汗が背中を伝った。 本当に、封印を解いてしまっていいんだろうか。 この島の全てを知覚しているという事は、おそらく事実だろう。けれども 『後は剣を引き抜くだけでいい』 「ハイネル、剣は二本の状態で封印されるべきだという事は聞いた」 『いったよ。だから君は協力してくれているんだろう』 私はそっと剣の柄へと触れる。金属特有の冷たさや、硬さがない。何か柔らかいもののような気がするし、けれども違う。やはり硬い。吸い付くような手触りだと考え、柄を握りしめた。 「危険な状態になるって聞いた。けれども、それってどんな状況なの」 『さぁ、僕には分からないな』 「分からないのに、封印を解けって?」 『分からないからこそ、というべきだよ』 「ハイネル、私は君と会った事があるね。森で倒れた時に、夢で」 『会ったよ、あのときは力が足りなくて、君と長く話すことができなかった』 投げた疑問は、即座に返される。私は、うっすらと目を細め、ハイネルを見詰めた。柄を握る力は次第に強くなる。肌寒い遺跡の中で、息苦しくない事は少々不思議だ。 視界の外で、女の子が、ひたりと素足で立つ。左目へと巻かれた包帯は、相変わらず赤く染まっていた。間違わないでね、と相変わらず同じ台詞を繰り返す。 「嘘だね」 何故だろうか、なんとなく、そう思った。初めて会ったときから引っかかっていたが、やはりあのときのハイネルと、このハイネルは別物なのだと感じた。 姿形は同じだ。けれども、根本的になにかが違う。中心にある何かが、敢えていうのなら、人間はそれを感情なのだというんだろうか。私は彼をよくはしらない。けれども優しげに微笑んでいた彼と、顔と声は同じでも、このどこか皮肉げな男は違う。 ハイネルは、は、と口と目を大きく開き柔らかく息を吸った。 「なんでわかったの?」 相変わらず、飄々としている。途端にばからしくなり、私は剣から手を放した。封印を解く、このハイネルが本当の事をいっているのかどうかなんて関係ない。アティさんに、メイメイさんに、アルディラさんに相談する。こんな事をいう、おかしな幽霊がいた。初めからそういえばよかったのだ。 何段かの段差を降り、ため息をついた。どうせ声を取り戻す方法を知っているなんて嘘っぱちに決まってる。だいたい、今私が知ったところでどうにもならない。オルドレイクは、この島から遠い場所へと悠々とふかふかな椅子に座り、高笑いでもしているに決まっているのだ。 とにかく私はこの島のごたごたが終わり、さっさと脱出する、そうしなければならない。 歩を踏みしめ、背後で佇んだままのハイネルへと振り返り、人差し指をさした。そして何かをいおうとした。 『でも残念だよね』 ガタリ、地面が揺れる。幾本もの線が視界の中でぶれ、体中がトランポリンにでも乗っているような、そんなバランス感覚だ。ガタガタガタガタ! 部屋中の装飾品がぶれ、これは、と床へと手を伸ばした。 地面が震動している。 「ハイネル!」 『知っているね。君の魔力はとっても希有なんだって事。この世界にはない。あってはならないんだ。もちろん、名も無き世界にもない。名も無き世界とは別のまた他の世界ではありふれたはずの魔力が、悲しいかな、この世界では選ばれた力となってしまうんだよ。ただ、何が出来る訳じゃあない。せいぜいサモナイト石を破壊すること。そして僕を知覚して、そして』 彼はゆっくりと手のひらを力一杯開いた。まるで大地そのものを抱きしめているかのような恍惚な表情と仕草に、視線をそらし、今、自分が触ったはずの剣が、ぶれている事に気づく。 自身でぶれているんじゃない。本当に、姿が消え、また光っている。 まさか、と段を駆け上がった。剣を掴む。いいや掴もうとした。 『剣の封印を解く事だけさ。接触する事だけで、終了するんだよ』 伸ばした手は虚空を掴み、ただ冷たい空気を握りしめた。消えた。消え失せた。 脳内が混乱し、ひたりと視界の外で足をぶらつかせ遊んでいる少女は、「間違えちゃだめよ」と笑う。 (………これが、間違い…!) 視界が赤く塗りつぶされ、何十もの絵の具でも足りないと感じる光が、身体を突き抜けた。ハイネルも、全てを塗りつぶし、遺跡の空間さえも抜け、赤く赤く赤く、 が始まったのだと、手のひらを合わせたあの日。荒れる海の中と空をつないでいた、一本の緑色の光と、同じ色だった。 私は理解した。 これが間違いだったのだと、理解した。 BACK TOP NEXT 2008.10.12 |