岐路へと着いた 重い背徳感だった。布のテントの中へと閉じこもり、時々やってくる来訪者に軽い生返事を返す。ジャキーニが「ほれほれ見ろ! ワシが作ったトマトは絶品じゃ! やらんがな。おうやらんがな。しかしどーしても欲しいってんならワシだって鬼じゃない。やらんこともないぞ!」 といっていたような気がするけれども、それも生返事で返してしまった。 ぐ、と身体で握りしめた赤い果実だけが、それがやって来た事を表していた。 あれからハイネルの偽物は消えた。何故封印を解かせたかったのかは分からないが、私が剣の封印を解いた。口車に乗せられたといえば、ただのマヌケで、アティさん達の為にと恩を着せる事もできない。結局私は、彼の「声を取り戻す方法を教えてやる」と甘い言葉に乗せられただけだ。ああ、やっぱり口車。 悔しい。 だからどうした、どうしたってんだ。名も無き世界の、また別の世界から来たとか、そんなことを言っていた気がする。でも、どうでもいいことだった。そんなことよりも、もっと考えるべきことがった。 間違えるなと何度も忠告された言葉を無視し、このざまだ。自己嫌悪で死にそうだなんて、初めてだった。だって何かをしても、また次はあると思える。けれども、こればっかりはそうは思えない。ただ自分をぐちぐち痛めつけているだけにも思えたけれども、ふさぎ込んでいる事くらいしか、私にはできない。 、と動かした口からは、音は漏れなかった。 「………さん?」 アティさんだ。聞こえる声に深呼吸をし、布をめくる。赤い髪と光が差し込んで、また少し自己嫌悪だ。いつも通りしなくちゃいけない。私は、何もかも誰かにはき出せる程強くない。 だから、知らないふりをして、なんにもないふりをしなくちゃ駄目なんだ。 (けれども多分、彼女へと全部話しても、許してくれる事くらいわかってる) 「どうしたんですか、アティさん」 「いえ、ただ少し現状報告を」 「はぁ、報告ですか」 「ええ、本当はすぐに知らせる事が出来たらよかったんですけれども、色々と問題がありまして」 申し訳なさげに頭を下げる彼女を見る事が出来なかったので、私は返事をせずに、外へと出た。変わらない気候だ。少し震える足に、力を入れる。 「剣を、遺跡に封印しようとしたんです」 「できるんですか、そんなこと」 驚いたように声を高くする自分が嫌だった。知っている事実を伝えることができない。逃げていると知りつつ、私は知らないふりをした。 私の言葉に、とアティさんはうなずいた。 「けれども、どうやらシャルトス一本だけじゃ、駄目だったらしくて、失敗ちゃいました。せめてキルスレスがあればよかったんですけれど。今、これからの事を護人と相談しています。そしたらまたご連絡を………さん?」 「あ、はい」 気づけば、少しずつ視線が下へと向かって行っていたらしい。慌てて彼女の視線へと上げ、半分流していた会話を、頭の中へと思い返した。「わ、わかりました!」 不審がられていないだろうかと心臓がバクバクと音を立てる。彼らは、自分たちで勝手に解釈をしてしまっているらしい。私にとっては、都合がいいことだった。けれどもそう考える自分が、ひどくどうしようもない人間だと気づいた。 次は、また護人達は、剣を封印しようとするんだろうか。そう思って、確認しようとして、やめた。 ハイネルの言葉を思い返したからだ。触っただけで、剣の封印を壊してしまうんだ。聞いたところで、なんの手助けもできない。寧ろただの役立たずだ。 (………役立たず) 「帝国軍と、また争う事になるんでしょうか」 「ええ、そうですね」 私と彼女の悲痛な表情の差は、やましいことがあるかないか、それだけだ。 おそらく、二本でしか結界を成さないという事は、本当だろう。けれど、きっかけは私だ。 きっと正直にこのことを話せば、アティさんは許してくれる。さんの所為ではないですし、このままだといけないと聞いて、そう行動したんですよね、といい方に、いい方にとらえてくれるに決まっていた。 その事が、やっぱり苦しい。彼女が知らないのか、知っているのか分からないけれど、思いっきり責めてくれた方が、楽な事だってある。 だからいわない。私はいえない。 ぐっ、と心臓が痛い。 (役立たず) ただとても、苦しい。 *** 「このごろ元気がないなぁ」 あけっぴろげな声だった。私は時間をかけて、ゆるゆると顔を上げた。「そうですか?」「そうだよ」 彼は肩にノルシュをのせて、苦笑した。私はカズさんに向かって、気のせいですよ。と、自分でもうそ臭い声を吐いた。そうかい? それならいいんだけどね。とカズさんは腕を組み、それ、と肩を動かすと、ノルシュが羽ばたく。 「僕が元気がないように見えるってんなら、カズさんの元気がないんじゃないですか。このところ、忙しいみたいですしね。剣の封印がとけたりとか」 言ってて、自分で少し傷ついた。 「まあ、そうだな。疲れてるのかもね」 彼は納得したように頷いたが、多分、納得はしていないんだろう。手持ち無沙汰に、ざりざりと足元の土をひっかいて、カズさんは、ちょっとだけ困ったように声を出した。「なあ、」「はい」「お前は、こっちに来て日が浅いから、そうなるのかもしんないけど、大丈夫だよ。そのうち、気持ちは落ち着くさ」 一体、何を言っているんだろうと思った。そしてすぐに分かった。私が落ち込んでいるのは、元の世界に戻れないからだと思ったようだった。違う。でも、そうかもしれない。私はからから笑った。カズさんは少しだけぎょっとしていた。「カズさん、戻れると思いますか」 もとの場所に戻れると思いますか。 なんとなく、声をかけた。カズさんは、困ったような顔をしていた。「カズさん」 彼をどかりと腰を下ろして、「諦めた方が、いいってときもある」 そうだろうか。そうかもしれない。 「うちは、子どもが私しかいないので、僕がいなくなったら、両親が悲しむと思います。幼なじみも、きっと」 「そうか」 「本当は兄がいたみたいなんですが、私がやって来たときに、いなくなってしまったみたいなんです」 「ふうん」 ただの生返事だ。ノルシュが、ちょこんとジャンプをして地面に飛び降りる。カズさんの周りを、くるくると回った。「二人もいなくなるだなんて、気の毒だな」「入れ替わりなんじゃないかな」 彼は眉を顰めた。そうだ、となんとなく気づいた。兄が消えたから、その代わりに自分がやって来た。もしくは、その反対かもしれない。そして結局、自分もここにいる。巻き込まれたのか、巻き込まれてしまったのかはよく分からない。けれど、母と父には申し訳ないことをしたと思う。子どもが一人消えるだけじゃなくて、二人も消えなくてはいけなくなったからだ。「悲しいなぁ……」 「気の持ちようだよ」と、カズさんは言った。話は、お互い全然噛みあっていなかった。けれど、噛み合わせるつもりもなかったので、「そうですね」と私はおざなりに呟いた。 BACK TOP NEXT 2008.10.12 |