暗闇に満ちる



オルドレイクが呼んでいる。黒い衣装を着た見覚えのない男は、足音ひとつも立てずにそう呟いた。
鈴鳴を杖にするように私は腰をあげ、ミシリ、と響いた骨の音は、暫くまともに身体を動かしていなかったからだろう。暫くすれば治る。

はっきりと浴びた太陽光が、久しぶりのような鬱陶しいような感覚の中で、男の後ろをわざとゆっくりと歩き、ついていった。
並ぶテントは、まるで小さな集落のようだ。繋がれた数頭の馬が、またそれらしい。ただ、住民が住んでいるにしては無性に静かだった。必要最低限の音のみしか許さないといいたげな空気に、何故か自然に私も口をつぐんだ。
あんなにも明るく見えた太陽や、島の風景が、この場所ではただのモノクロにしか映らない。

ばさり、と羽ばたく音が聞こえた。
地面にぽんと落とされた墨は、くるくると回る。
ローブがない所為で、直接に当たる光に右の手で顔を隠しながら空を見上げると、青い空の中に、やはりぽつりと影が見た。
ばさり。
(………アティさん達は、きっと大丈夫だ)
鷹がそう、伝えている。




ひときわ大きなテントの中で、待てと制される。いわれずとも、とピタリと足を止め、中へと入っていく彼を見た。
こんな場所に放っておいて、逃げるとも考えないのだろうか、と不思議に思ったけれども、所詮逃げたところで、オルドレイクに握られた手綱は変わらない。
ふ、とため息を吐き、集落を見詰めると、見覚えのある、顔に大きな文様が描かれた男を見た。
ちらりと目の端にとどめただけだったが、アイツは確か見た事がある。帝国軍だったはずだ。ハー、と今度こそ大きなため息を吐き、バカバカしいとかぶりを振る。
       結局は、どちらも寄せ集めの集団なんだろうか。



ばさりと流れるカーテンを割ったように、ぬうと大きな手のひらが飛び出した。そのままするすると亀裂は広がり、「入れ」と先ほどの男が低い声を、唸るようにひねる出す。嫌われでもしたのか、それとも常時このような状態なのか。別にどっちでもいいかと興味もないのでその思考はすぐさま流れた。

身体を屈ませながら足を踏み入れたテントは、テントというには少々豪勢すぎるような気がした。外側からみた大きさはもちろん、軸らしい木が何本も立ち、地面には質のいいカーペットが敷かれている。踏んでもいいんだろうか、これ。
四隅には小さなランプがぽつぽつと光り、その中心から少し奥の場所に、王様か何かのような椅子。背もたれにはびっちりと金の糸の刺繍がつき、漆塗りのように表面がてらてらと光っている。
取っ手に無造作に置かれた手のひらへと目を向け、どこか自慢げに彼は座っていた。定位置のように女二人を隣にかしずかせ、その手前に、真っ直ぐとイスラが腰を伸ばしながら、手を後ろへと巻いていた。

こんな所でかっこつけてどうするんだ、と思ったけれどもぐっと口を閉ざし、足を組みながら、右の手をぐいと右の頬へとつけた彼を見て、げんなりとした気分になる。
オルドレイクは見せつけるように懐から石を取り出し、「さぁ、これをどうしようか」と笑った。手で遊ばせながら、私に見せるか見せないかのところで、ひょいとまた懐へと戻す。
反応が出来ない私を、からかっているのだ、コイツは。

「………さぁ、どうしたもんでしょう」
「く、くく」

何が面白いもんか。
ぐ、と握りしめた手のひらが爪が食い込み、少々痛い。オルドレイクの隣の女達は、彼と対称にまったくもって表情を崩す事はない。ただ、尼のような格好をした女性は私と目が合えば、鬱陶しいとでもいうようにすぅっと瞳を細める。下僕が、とパクリと口が動いた事に、少々驚く。上品そうな顔のイメージとは随分異なる。そういえば、帝国軍の兵士を食っていた召喚獣を、召喚していたのは、彼女ではないだろうか。高々と石をかざしていたあの姿は、未だに瞳に焼き付いている。
顔はしっかりと見る事ができなかったけれど、この白いマントに、見覚えがあった。


飽きたのか、そうでないのか、オルドレイクは私から視線を外し、イスラに向かった。「イスラよ、此度の活躍、見事だったぞ」
はっ、と短く声をあげ、オルドレイクに深々と頭を下げる彼は、どうにも似合わなくて、しらじらしい。
「褒美を、授けようと思ってなぁ」と、ちらりとオルドレイクは私へと視線を投げた後、また懐へと手を入れた。先ほど出したと同じように石を手で操り、無造作にそれを投げる。
ひょい、と丸い軌道を描き、イスラの足下へとコロリと転がった石は、まさしく。

イスラは不思議そうにオルドレイクを見上げ、「うむ」とオルドレイクは頷く。
石を投げられたときでさえもピクリと動かなかった指先を彼は動かし、石を手にとった。両の手で囲めば、淡くそれが光っている事が分かる。
どくり、と私の心臓が、まるで何かに掴まれてしまったかのように、痛くなった。


「褒美だ。名も無き世界の召喚獣、珍しかろう。貸し与える」

飛び出しそうになった口をつぐみ、顔を背ける。
口からはき出しそうになったため息を精一杯鼻から出し、心臓の鼓動を押さえた。
…………ややこしい。








「だって、サ」

オルドレイクと同じように、イスラは手の中で石を操る。手を伸ばせば、奪えるのではないか考えたけれど、私は黙って彼を見た。
その隣にはレックスが並ぶ。
ことりと沈んだ太陽の代わりに月が流れ、「……別に、いらないんだけどなぁ」と彼は石をポケットの中へと突っ込んだ。
あの石を触り、粉々に砕いてしまえば、私はおそらくオルドレイクから逃げられる。けれどもそれは、元の世界に還る礎をなくすことと同じだ。
身動きがとれない状態の中で、カラカラとイスラが笑う声が聞こえた。



BACK  TOP NEXT


2008.10.18