暗闇に満ちる 手の傷は完治した。ちびちびと召喚術を使い回復をかけ、性悪のオルドレイクからイスラに石が渡った所為か、身体を動かしてもなんの問題もない。 見張りもなにもついていないテントはその気になればいつでも逃げ出せるだろうけれども、彼の手に私の石がある事が若干ネックだった。 彼の召喚術の腕前がどれほどなのかはよく分からない。けれども、だからといって逃げ出せば、誓約の痛みに襲われる可能性も高い。 マイナスの部分だけを考えれば、何もする事が出来ず、ただ刻々と時間が進むだけだ。おそらく、この間にもオルドレイクは島の住民に奇襲をかけているようで、見覚えのないテントの数が増えていた。 食事を運ぶレックスに「あれは何だ」と聞けば、やはり濁した返事しか返ってこない。 おそらく、捕まえた実験体のテントなのだろうな、という事は理解できた。 彼にとっては、ここはモルモットの宝庫だ。島の剣やその他のついでに、捕まえて持ち帰ろうという一石二鳥な考えなんだろう。 他人事ではないからこそ、ひどく気分が悪くなった。 夜。帳も落ちた頃に、私はこっそりとテントを抜けだした。うろつく無色の派閥の、暗殺者なのだろうか、明かりも点けず、ぬっと突然顔を見せる奴らに用心しながら、増えたテントの場所を、初めに見た記憶と照らし合わせながら進む。 地面を掘り、釘を打った時間が多少ずれるためか、土に埋もれる釘にかかる砂の量が僅かに違う。ゆっくりと人差し指を伸ばし、砂をすくう。 うっすらと聞こえる彼らの会話に耳を傾け、子どものおびえ泣く声に、ここに違いない、と目星をつけた。 (どうする) 何をどうしようとは考えていない。助けたいという気持ちはあるが、方法が思い浮かばない。チ、と軽く舌打ちをし、自分へと与えられたテントに戻ろうとした、そのときだった。 「……なにをしている」 低く聞こえる、初老の男性の声。オルドレイクではない。闇の中、立派に蓄えたヒゲをゆらし、上半身だけみれば柔道着にも似ている服を身にまとい、やはり足音もなく、ゆらりと進む。 彼の腰へと携えた刀に手が伸ばされていない事を確認し、ごくりと唾を飲み込んだ。「……別に、なにも」 つん、とつっぱね、彼の隣を過ぎ去ろうとする。その瞬間彼の手がぬっと伸び、鈴鳴を掴んだ。「なにを!」 がっしりとした手のひらに似合わず、あまり力が入っていなかったのか、私がくるりと身体を回転させると、鈴鳴はほんの少し身体を浮かせた程度で彼の手のひらが離れた。 1、2歩後ずさり、身体をぐっと前に倒し彼を睨み付け刀へと手を伸ばす。 それでも彼は、私に興味もないかのように、鈴鳴を掴んだ手のひらを見詰め、「面妖な」と呟いていた。 「確かに俺は、その刀を引き抜いたつもりだったのだが」 「これは、私にしか抜けないもんでね」 「なるほど。興味深いな」 なんなんだろうか、この人。 どこか間な抜けているようなテンポで、返答をし、本当にそれだけだったのか、くるりと踵を返した。その途中、ピタリと足を止め、「渡しておけ」と何本かのナイフを投げ出される。 私はそれを拾い集め、同じく彼へと背中を向けた。 彼から渡された小ぶりなナイフの柄を掴み、野営地の中心から見て反対側の布を、ゆっくりと裂く。びり、びり、びり。繊維へと沿った形で、ゆっくりと刃を動かし、見回りが来るかどうかを確認しながらの作業だった。 中の者達が気が付いたのか、ぼそぼそと話し合う声が聞こえる。 「……静かにして」 彼らに声を掛け、ゆっくりと、ナイフを使うペースを上げた。 開いた隙間を利用し、その中へと次々に、幾本かのナイフを放り込む。ガラン、刃が地面へとつきたった冷たい音が響き、誰もいない事をもう一度確認してから、その穴から、ぬっと顔をのぞかせた。一番近い手前の、額に角が生えている男は見覚えがある。風来の郷で、何度か米を分けてくれた男だ。 腰の後ろへ、荒縄で巻かれた彼の手を確認した。「誰だアンタ」と低く唸らせた声に私は返事などせずに、自前の投げナイフと取り出す。 あまりよくは切れないと思うが問題ない。 ざっざっ、と切れ目にそり、彼の手を自由にさせ、後はご自由に、というように、念のためそのナイフを、先ほどの男から預かったナイフの中に放り投げた。がちゃん。静かな音を立て、その中へと沈む。 「後は、自分で」 短い単語を投げかけ、私はその場を後にした。 久しぶりにぬっと顔をのぞかせたイスラは、少しだけ眉を寄せながら、「見張りが数人倒されていたそうだけれども、君、心当たりない?」と聞く。 私は暫くの間を待ち、素知らぬ顔で、「さぁ?」 事実、そんな事を私はしていない。 おそらくであるが、あの奇妙な男性だろう。何を考えているのか、オルドレイクの味方ではないのかと分からないことだらけだが、確認するすべはない。 私の適当な答えに納得したのか、どうなのか、彼はふぅん、と頷くと、「、一応きみは僕の下にいるわけだから、勝手な事しないでね」と注意なのか、忠告なのか少々不明瞭な言葉を吐いて、テントの外へと出ていった。 BACK TOP NEXT 2008.10.18 |