暗闇に満ちる 「さぁ、戦いに行こうか」 格好をつけながら、ひょろい身体をゆらし、右の手で、空を切る。その瞬間、彼の毛先の色がみるみるうちに変わり、元の黒など見る影もなく、ただ白く染まる。肉に食い込んだ一歩の剣が、にゅるりと彼の腕から生えた。 間を黄に、赤く点灯する光と同じ瞳の色。元々白かった肌は病的なまでに白くなり、勢いよく伸びた髪が、視界を覆う。 ただぽかんと口を広げ、彼を見詰めると、意地の悪い、ぐいと口を横への伸ばす、そんな笑いで「………剣は、二本あるんだよ」 嬉しそうに、告げた。 「こいつの名前は、キルスレスって言うのさ」 絶壁。そういえばいいんだろうか。何かが間違ったかのようにでっぱった岩場から下を除けば、そのまま奈落へと落ちてしまいそうに思えた。踏みしめた足場から小石が零れ、からん、かららんと滑り落ちる。石はすぐに小さな点となり、視界から消えた。 貰った新しいローブをかぶり、それはばさりと身体にはらんだ空気が全身を冷えさせる。 「始まるわ………」 オルドレイクへとかしずく女の一人、ヘイゼルが黒いマフラーで口元を隠しながら、ぽつりと呟く。勘弁してくんないかなぁ、と鈴鳴へと手を伸ばし、イスラの隣へと立つレックスを見、ハ、と短く息をついた。 (四の五のいってらんないなぁ……) *** 振るわれた拳を、首をひねる事で避ける。風圧で飛びそうになる、フードをぐ、と左の手で押さえ、そのまま引いた。彼の馬鹿力には、正直付き合ってられない。 「おう!」 「なんですか、カイルさん!」 「なんでお前そっち側にいんだよ!」 「すみません僕召喚獣なんでー!」 「初耳だー!」 パンチ。パンチ。パンチ。パンチパンチパンチパンチパンチ! 何度も繰り返される応酬に、ひゅうっと喉の奥の空気を飲み込み、一歩ずつ下がる。それでも手加減をしてくれているらしい。きちんと目で追えるスピードで、当たったとしても骨が一本折れる程度だ。カイルさんの豪腕なら、本当なら2、3本ぽっきりいってもおかしくない。 彼はふいに声を潜め、「召喚獣っつったら、召喚主に抵抗できねぇもんなのか」 私は素直に頷いた。「はい、できません」 ぶうん。また拳が飛ぶ「そんじゃあしょうがねぇな」 一歩後ろへ逃げた 「すみません」 代わりに刀を突きつける 「無理矢理さらう」 え、と言葉をとばす前に、後ろがもう何もない事に気づいた。真っ直ぐに広がる青いラインに、飛び込めば死んでしまう。前門の虎後門の狼。前を見ても後ろを見ても。 クッソ、と唇を噛みしめ、思いっきり彼へと突っ込んだ。「うおおう!?」 振るおうとした彼の腕をすり抜け、そのまま走り抜ける。 「あー、あのまま捕まっときゃよかったかも!」 ちょっと後悔。 「ターゲット ロックオン」 どこからか電子音が聞こえた時、パン! とガラスが砕けたような音が響く。ミシッ、ミシミシ……! 腹の中へと何かがめり込み、熱した鉄の棒をこすり続けているかのようだ。 内臓の位置が僅かにずれたような、感覚で、どぷどぷと腹から血が飛び出し続ける。 いつだか、クノンさんに直してくれと頼んだ彼だ。直ったんだな、と喜ぶ気持ちと、直さなきゃ良かったと後悔する気持ちがぐしゃりと歪み、ごろつく腹の中の鉛弾が気持ち悪い。 「クッソ……!」 せめて貫通してくれた方がよかった。 右の手で鈴鳴を抱え込んだまま腹を押さえ込み、左の手でナイフをぶん投げる。ガキイン! と鉄の音が響き、こんなもんじゃなんにもならないけれども標準がずれた。足を狙っていたのか、太ももをかすりながら、びゅんと後ろへと遠ざかる弾。 けれども次の砲弾からは逃げられないな、とどうしようかと思案した瞬間、 「コラァ! ヴァルゼルド!」 ナップくんが、小さな体で彼を抱え込むように止めた。パンッ! 今度は肩を僅かにずらしながら、弾が飛ぶ。 その隙に、私は逃げた。 けれども足を滑らせた。 (これは、ま、マヌケ) ぐらりと視界が落ちるなか、思わず真っ直ぐ手を伸ばす。落ちたらどうなるんだろうなぁ、と考えていた崖から私は身体を転がせ、ひゅーんと真っ直ぐ落ちていた。腹から飛び出た血が空中にちょっとしたイラストを描き、トントントン、と一枚一枚の紙芝居を見せられているように、ゆっくりと、進んだ。 (これはヤバイな) 死ぬなではなく、やばいな、と考えた。自分が死んでしまうところなど、想像もできなかったからだ。 けれどもコレは、 また聞き覚えのある声が、頭の中で響く。 (………物語って、なんだ?) ぼすっぼすぼすぼすっ 崖から飛び出ていた枝に引っかかり、その葉の中にめり込んだ。私の顔をひっかき、ぴりぴりと線を残す。けれどもそれだけでは、勢いは止まらなかった。次の青く生い茂る葉の中へとまみれ、また次の葉だ。 新しかったはずのローブも所々破れ、見る影もない。たが唯一、フードだけは役割を機能している。ありがたい。 気づけば、飛び落ちたはずの崖を見下ろし、ぺたりと地面に仰向けになって私は寝ころんでいた。なんの偶然だろうか。それとも偶然なんかじゃないのか。 なんだっけ。誰かにいわれた。 一瞬頭をぼんやりとさせたけれども、それどころではない事を思い出した。腹の中に弾が埋まっている。固定させちゃあマズイだろう。 身体を起こすと、ズキリと痛んだけれども、そろそろ痛みにも慣れてきた。ナイフを取り出し、露出した肌へと向ける。一瞬戸惑いののち、覚悟を決めた。ほんの少し刃を腹に突き立てると、まるでゴムのように弾力があり、刃にそってペコリと凹む。 そのまま勢いよく、弾が入り込んだ穴を広げた。 ぐっぐっと何度も力を入れ、ほじくり返す。痛い。さっさと終わりたい。さっさと。奥へとめり込んだ弾を、左の手で圧迫するように押しだし、右のナイフで取り出そうとする。びゅっとわき出た血が顔へとかかり、ぬぐった。多分、血の跡が顔に伸びただけだと思う。手のひらが赤い。 引っ張り出した弾は、後ろの方で赤黒い肉がくっついている。ぽんと腹の上にのっていた弾を、荒い息で肉を少しずつ落とし、元の長細い固まりへと変えると、ぽいと茂みへと放り投げた。 そのまま「ハァ!」と大きく息をつき、また仰向けになる。 どれくらいの時間がたったのか分からない。 少しずつ、日が落ち、今はぐれにでも襲われたらひとたまりもないな、と縁起でもない事を考えた。 ぽん、とそのとき、空から腕が落ちてきた。 天からの授けものですよとでも言いたげな贈り物は、ただ本当に、腕だけだった。軽いバウンドに関節が折れ、ごろりと転がる。切断面はよくわからない。所々赤く染まり、破れているけれど、帝国軍の服の袖を引っかけている事は分かった。 私と同じように木にひっかかり、重さが足りなかった為か、今更ながらに地面へと落ちたんだろうか。 (…………誰の手だ?) 今の今まで動いていたとでもいうように、まるで卵を握っているみたいに、くいと手は丸く形作っていて、ごつごつとした作りは男のものだった。 (…………帝国軍) 生き残っているのは、アズリアと、ギャレオと、レックスと、イスラ。けれども、後ろ二つはこんな服を着ていなかった。ギャレオの手は、もっと大きい。 じゃあ誰だろうか。今さっき、そぎ落とされたようなこの腕。 野営地で、見かけた、顔に傷のある男。 一瞬彼だろうか、と考えたけれども、どうもまともに頭が動かない。血を流しすぎた所為だ。視界も悪い。 眠い。寝てもいいんだろうか。 落ちているときはちっとも考えなかった「あ、死ぬかも」という感覚が、今更ながらに浮かんできた。 暗い。 暗くなっているのは、明かりの所為か、それとも。 ふいに、大きな影が、私の上に立った。見下ろす影は、少年だ。何故か、所々赤く血を流している事が分かる。「ハァッ!」と彼も私と同じように息を吐き、どすりと隣へと座り込んだ。 彼の手は赤く、その中に握られた無色の石は、ぼんやりと映り込み、それだけがよく見えた。 「イスラ」と、赤髪の青年の声も聞こえる。 「やってやる」 震える声のまま、彼はぐ、とでこの前に、握りしめた両手をついた。 「………やってやるぞ………!」 ころりと地面に転がる一本の腕を見詰め、私はゆっくりと瞳を閉じた。 その先には、トン、と真っ直ぐに立つ少女の姿。 (きみは) 瞳が重い。瞳をすがめた。けれども耐え切れず、そのまま私の意識は落っこちた。ひどく眠い。疲れた。 あまり物を考えたくなかった。 BACK TOP NEXT 2008.10.18 |