阿羅漢になれぬ者




イスラを先頭にして、私たちは地面を踏みしめた。相変わらず、触ればガラゴロとつぶれてしまいそうな岩に囲まれた遺跡の中で、点々と骨が飛び出している。
イスラはそれを躊躇うことなく踏みしめ、道を進んだ。「イスラ」 多分、それは駄目だ。彼の服をつまもうと手を伸ばしても、それ以上の速さで進む。
唇を噛みしめた。
(……イスラは、死ぬ)
どうにも、上手く唾が飲み込めない。



彼が何個目かの白骨を踏みしめたときに、ゆらりと空気が動いた事が分かる。断裂した空間に、無理矢理に割り込んだ、人間のような形をした何かが、「オオオオオ………」と、低い音をはき出す。
ただ、顔と思われるものは崩れ落ち、瞬きをする度に、ヴゥン、と形を変える。亡霊か、となんとなく理解した。おそらく、自分の形でさえも、もう理解できてないんだろう。自分の形が、どんなものだったか。どの場所に口があり、目があり、指があったか。
唯一覚えている、四肢と、首の上にちょんとのった頭の形。ただそれだけ。顔の表面からはぶくぶくと泡出すように唇が現れ、また沈む。そしてまた現れる。本来の場所に、目があるはずの場所に、鼻がある場所に、足が、腕がある。

ぼとり、とこぼれ落ちるように、肉片が滑り落ちた。何匹も何匹も集まり、自分の身体を落とし、拾い上げ、また零す。ぼこり、ぼこり、ぼこり。壊れては生まれ、生まれては壊れる。
緩慢な動きが、返って全てを強調し、息を、飲み込んだ。
ぽつりと、彼らの声が聞こえた。『くるしい』

「……っ!」

何が苦しいんだろう。何が辛いんだろう。けれども力の限り彼らは泣き叫び、死んでしまった亡霊の癖に、嫌だ嫌だと否定を続ける。
(……くるしい)
胸が、詰まるように痛い。

「見苦しいな」

イスラはただそれだけ呟き、剣を具現化させた。浮かび上がった髪が白く浮き出、赤い光りを右腕の先へと灯す。

       お前ら! この剣が分かるか!」


響いた彼の声に、亡霊達が、びくりと身体をこわばらせる事が空気を振動させ、理解できた。彼らはあの剣におびえている。「お前らを縛っているものの一つだ、恐ろしいか!」
肯定のように、彼らの腕から、また肉が滑り落ちる。
ぐしゃり。地面に叩きつけられ、崩れたそれは、また形を失う。
「お前らに今からたっぷりと恐怖と痛みをすりこんでやるよ! 嫌か、不満か、恐ろしいか、否定するか! ならば」

ぶるりと、まるで遺跡全体が、膨れあがったように


        僕に従え」

亡霊達の叫び声が、まるでコーラスのように、震え上がった。
震える。肉が踊る。あまりの悲痛な叫びに、耳を塞ぎたくなった。






「イスラ、もう、やめてくれないか」
「何故?」


至極不思議な事だと、彼は首を傾げた。キルスレスを片手に、まるで王者のように、高い高い積み上がった階段の上へと鎮座する。その隣に、ただ静かにレックスが佇んだ。
黒と灰の中間色のような階段には、エメラルドの、まるでアティさんのシャルトスに近い光りが発光する。中心には赤く。白く。
奇天烈な文様を描いた遺跡の壁は遠く、ただ高くそびえた階段と、壁の間には、ぽかりと大きな穴が開いていた。

「亡霊を、無理矢理」
「それのどこがいけない」

本当に、不思議なんだろう。どこがいけない。私はぐ、と言葉に詰まり、床を見詰める。別に、何がいけないと、分からなかったからではない。イスラに、どう説明すればいいのか、分からなかっただけだ。
「そろそろ、やってくるだろうからね。気を抜かないでくれよ」

足音が響く。分かっていた。
レックスが、腰の剣へと手を落とす。

「無色の派閥の奴らも、使えないなぁ………ねぇ、そう思うでしょ」と、彼は誰かに問いかける。私ではない。「アティ」 どこか嬉しげに、イスラは笑った。アティさんは、それと反対にこっちを見ていた。気分は重い。逆らう訳にはいかない。私はため息をつきながら、鈴鳴へ手を伸ばす。




   ***




剣は、今二本そろっているんだ。
だから、それを封印してしまえば、全てお終いになるはずなんだ。
(……なんで、イスラは!)
なんで、了承をしないんだろう。何処にも、お前には何処にも行くところがないじゃないか。

投げたナイフはアティさんにはじき返され、二本目を投げる。パァン! パァン! と打たれ続けるヴァルゼルドの銃を避ける為に足を動かし続け、トンッと飛び跳ねた。白い、まるでウサギのような格好をした彼女に向かい、鈴鳴で斬りつける。不協和音を奏で、彼女と一瞬、目が合った。「どけっ! そいつは僕が!」
口をぐいいと横に開き、「アアアアアア!!!!」剣を真っ直ぐに突き立てる。慌ててその場所から逃げると、また足下にヴァルゼルドの銃が、火を噴いた。私は真っ直ぐに彼へと狙いを定め、腕を振り上げようとする直前に、その堅い装甲の間へとナイフを投げ込んだ。
「グ」

呻いた機械兵士は、片腕を下げる事が出来ずに、銃の先は天井へと向いているだけだ。もう片方の腕へと、ナイフを投げる。ガァン! 
私の隣を、亡霊達が通り過ぎ、彼らを襲った。
「あっ」
がら空きのミスミ様の背中へと剣を振るう亡霊に、私は思わず口を開け、残り少ないナイフを投げる体勢で、ピタリと止まる。
小さな体を動かし、さっと彼は指をあげると、「どっかーん!」 雷が、降り注いだ。
空気中へと光が四散し、亡霊を包み込む。
「よぅやった、スバル!」
「へへへ!」

得意げに、己の母へと向かい、片手を上げた。
けれどもいつまでも見ておく訳にはいかない。私は身体をひねりあげ、真っ直ぐ伸びた彼女の腕を掴み、ぐいっと引っ張る。けれども、まるで如意棒のようにぐんぐんと伸びる彼女の腕に諦め、そのまま一歩バックステップ。
しゅるしゅると掃除機のコンセントをひっこめるように腕を収縮し、また勢いよく、槍のように腕を振り回す。「くぅっ」

峰で受け止め、また流した。彼女とは、多分相性が悪い。足下で召喚された召喚獣を、とんと乗り越え、金の髪をふわりと揺らす彼女が持つ石をぐっと掴む。
ぱりんっ、とガラスのように砕け散り、「きゃっ」とふいに言葉が飛び出た彼女のデコを、ぴんっと弾いた。
(少し、きりがないな)

亡霊は無限に増え、また彼らも強い。
(結局は)

頭同士の、つぶし合いだ。




      イスラは、死ぬよ



今、この場で? アティさんが?
(まさか)
それだけはない、絶対に、ない。
どんな事があっても、それだけは
(じゃあ、何故)



「お前、むかつくんだよおおおおお!」

まるで赤んぼうのような声を辺りに震わせながら、イスラは叫んだ。振りかざした剣は、アティさんの剣を滑り、彼女は左の腕で彼の腕をぐいとひっぱり、シャルトスを(……違う?) よくは分からないけれど、なんとなくあれはシャルトスではないな、と感じた。
振りかざした剣は、青く、まるで海のように優しく、淡く輝き、そして鋭く、突いた。

パキン、

一瞬だった。波を打ったように静かになり、ただ呆然とイスラは目を見開き、おもちゃのように砕け散った剣を、見詰める。壊れた。砕けた。
「あ、うあ、あああああ!」
砕けた、砂を彼はかき集め、ぼろぼろに泣き叫ぶ。ほんの少しだけ、彼の腕へと形作る赤い固まりが、まだギリギリのところで壊れていないという証明だろうか。
それでも彼は泣き叫び、認めたくはないと喉を震わせる。

多分、終わったな、と私は肩を落とした。

島を騒がせていた帝国軍は消え、今なら剣で遺跡を封印できる。多分、全部が終わった。あとは(あとは…………?)
何か肝心な事を忘れているような気がして、ぐ、と胸を掴んだ。
イスラへと近づく、アズリアが見える。力なく地へとついた、レックスが見える。

(…………私の召喚主は、誰だ?)

「……もう、終わりにしましょう?」

アティさんの、声が聞こえる。そのとき、私は体中の毛が逆立つような感覚覚えた。わからない。なぜかは分からない。もう終わりだというのに、怖くて怖くて仕方がなかった。ぎゅ、と身体を握りしめ、ガチガチと震えた。「………?」 ウィルくんが、不思議そうに、私をのぞき込もうとする。
「おるどれいく」
舌が、うまく、回らない。

まだ終わっていない。


ふつふつと、イスラの身体から血が溢れた。何もない場所から生み出されたかのように見えたそれは、少し違う。ぽかりぽかりと一つずつ穴が開き、そこからまた血が飛び出る。
吐いた血が飛び散り、床を赤へと染める。「     イスラァ!」 アズリアの悲鳴が響く。けれどもその中で、ただ、明るく、しかし無機質な声が響いた。
「無駄だぁ」

オルドレイク。

        イスラは死ぬよ


「小僧、お前の呪いを、解いた」






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2008.10.18