阿羅漢になれぬ者 「小僧には、呪いがかかっている。我が偉大なる先師が残した、死ぬことも、生きることもない呪いだ。生と死を繰り返し、死の苦しみを生きながらに味わう。しかし死ぬ事はない。剣の力を失い、皮肉にもその呪いで生きながらえていたお前は 先の言葉を、彼は告げる事はない。 イスラはだらりと力なく身体を弛緩させ、ただ血を流し続けた。召喚術による回復も、ストラという、不思議な力も利く事がなく、傷を広げる。 (だから、は) だから、イスラはオルドレイクに。 なんとなく、全てが繋がった、ような気がした。 ギチリと歯を噛みしめても、私は、彼へと反抗する事が出来なかった。オルドレイクはそれを理解しているのか、にやりと嫌みったらしく笑い「」わざわざと、名前を一文字一文字区切り、言葉を発する。 「お前の主は、誰か分かっているか?」 「わかって、」 「ならばサモナイト石を、そこの死骸からあされ」 死骸と、彼はいいきった。けれども彼はまだ生きている。浅く胸を動かし繰り返す呼吸が、その証拠だった。アズリアが、怒り狂ったように叫び、たまらなくイスラの頬を触れる。恐ろしく冷たかったのだろう。ピタリと彼女は動きを止めた。同じく、彼女の顔は白い。死人のようだ。 私は、ゆっくりと、イスラの身体へと向かい、「すみません」とアズリアをのけ、彼が、おそらくいつも入れていたであろうズボンのポケットへと、手を入れる。石が、つんと指先に触れた。……触れた。 いままでならば、触った瞬間に、全てを壊してしまっていただろう。けれどもなんの皮肉が、マネマネ師匠との特訓のおかげで、自分で魔力を調節し、召喚術自体は使う事は出来ないが、石を持つくらいならば、なんの問題もない。 私は石を握りしめながら、一歩一歩、怪談を下りた。手に、淡く光る石を、握りしめる。足を、止めた。「」 けれども、彼はせかすように、名前を呼ぶ。ピリ、と頭が痛んだ。 (……これで、いいんだろうか) イスラは死ぬ。が、そういった通りに。そして私はオルドレイクの召喚獣となり、また、ただの実験体となる。腹をさばかれるだろうか。瞳をくりぬかれるだろうか。 (いいや、違う) 違う、そんな事は、違う。 「オルドレイク、様」 すい、と私は彼へと手を伸ばした。ふん、と満足そうに彼は笑う。 「私、本当は、って名前じゃないんですよ」 パキン。石は砕け散った。それはとてもとても、簡単だった。 ぐるぐると石の中へと閉じこめられた魔力が巡り、私の身体の中へと吸い込まれる。おそらく、彼との誓約は終了した。縛られる事も、なにもなくなった、けれども、 (……多分、元の世界にも、戻れなくなっちゃったかなぁ) すみません、先輩。 心の中で謝る。けれどもどこかスッキリとしている。 「き、」 震えるように、オルドレイクは口を、大きく、大きく開けた。 「きさまァァァアアアアア!!!! 馬鹿にしおってぇぇえええ!!!!」 そんな事はしていない。けれども、オルドレイクは私の喉もとへと手を伸ばし、ぎちぎちと喉もとを締め上げた。両の足がつんのめり、ぐいと身体は浮き上がる。「げぇっ」と喉から唾が溢れ、こぼれ落ちる程に瞳が見開き、瞼の裏がびくびくと波打つ。 ぎち、ギチギチギチギチギチ………… 足先から伝わり、静かに震える大地に、オルドレイク以外の全ての人間が、目を見開き、そしてその中で、大声で笑う人物へと、視線を動かした。 「ハッハアア!!!」 壊れたようにイスラは喉を震わせ、 落ちた。 赤い光りがその中で軌道を描き、その異常なまでにしろい肌が、小さく、 多分その瞬間、何にも考えてなかった。 いろんな台詞が頭の中で流れたけれども、がむしゃらにオルドレイクを振り払い、私も穴の中へと飛び去る。ああ、くそう、馬鹿だ。 倒れるような形で壁を走り、つっきる。血を流しながらも目を瞑り、どこか満足げに微笑んだ彼の首根っこを左の手で掴み上げ、右手から鈴鳴を取り出した。 ここの崖には、木なんて、生えてやしない。 階段の側面へと剣をぶったて、二人分のスピードで加速する身体を、力一杯押さえ込む。「…………グウウウウ……!!!!」 不規則な音を立て、硬い側面に思いっきり刃を突き立て、彼を脇へと抱え込むようにし、耳の少し下の部分が圧迫され、顔が真っ赤になるくらいに、両手を力の限り押さえて、壁をつっきる。落ちる。落ちる。落ちていく。 鈴鳴が離れる度にまた剣を突き立て、ふさがっていたはずの腹の傷から血が噴き出した。左の手からも肉がぶちりと切れ、ずれる音が聞こえ、穴が開く。 歯を食いしばり、頭の中でまた台詞が聞こえる。 (……だから、どうした…………!) (もう、サモナイト石は、壊れたんだよ、壊しちゃったんだよ……!) (そうだ、許されない、だから、だから、イスラを死ぬ事を見捨てる事も、どんな理由があっても、きっと、きっと、) 「許されないんだアァァアァァア!!!!」 誰に許されないんじゃない。私に、許されない。 初めは、この島で誰にも関わらないでおこうと思った。世界へと還る事に、この島のもめ事は正直鬱陶しかったからだ。けれども私はいつの間にか彼らを好きになっていて、大切になっていて、彼女たちの役に立ちたいと、心の底から思った。けれども私にはその実力がなくて、諦めた。そしたら今度は、物語の役に立てといわれた。 どうしたらいいか、分からない。誰かの為に行動するなんてまっぴらだ。 被害者と加害者が移り変われば、認識は変わる。だから、誰にどう役に立てばいいかなんて、他人の気持ちなんて私には分からない、だから、だから、(私自身の、役に立とう) 許されない事がある。認識が違えば、それはどんどんと移り変わる。難しい。けれども自分の中には、きっとルールがある。 そのルールを作っていこう。大切にしていこう、そして、 ぼきり。腕の中で、音が響いた。 護っていこう。 ひん曲がった左の腕をバウンドから押さえつけるように、私は足で壁を、思いっきり蹴った。穴が開いた手のひらで、壁をぶんなぐると、ぼきぼきぼきと指が異様な方向へと曲がた。「くっそ、目ぇつむって、有意義にしてんじゃねぇぞイスラ……!」 少しイラつく。 壁を、蹴った。蹴った。蹴った。そして、力一杯、地面を蹴った。掴んだままのイスラの身体と一緒に、ぶわっと僅かに身体が浮き上がった。ピタリと身体が止まったような錯覚がして、そしてまた沈んだ。 彼をかばうように抱き込み、空気の抵抗でふわふわと重さもなかった身体が、重しのようにビタン! と張り付いた。背骨に加わった衝撃に、「グウ、…!」 と口の中から気泡が洩れ、彼を抱きしめたまま、浅く息を繰り返す。放り投げた右手の先には鈴鳴をしっかりと握ったままで、抱え込んだ左の指は四方八方へと曲がっていた。何か麻痺したような感覚で、彼を俯せの体勢にしたまま身体を抜けだし、イスラの頬を何度か叩いた。 「……生きてるか、イスラ」 彼は軽く呻きながらも、呼吸を繰り返し、口の中の血と一緒に、「いきて、る、」と言葉を吐き出した。喉の中で血を巻き込んでいるのか、少々聞きづらかったけれど。 「そっか、よかった」 ただ、ドクドクとイスラの身体からは血が溢れ、大きく開いた傷を、ローブを千切って止血をし、私は彼の腕をひっぱり、担いだ。腰をあげた瞬間に、右の足首が悲鳴をあげ、赤くパンパンに腫れていたが、気にせず踏み込んだ。 折れた骨がミシミシと音を立て、骨が突き刺さるかのように皮膚にくいこむ。彼の血で濡れた前髪を少しかきわけた。 「ああ、僕は、ただ」 「しゃべるな」 「う、ん、レックス、だいじょうぶ、か、な」 「しゃべるな。っていうか、今更殊勝な事いうな。悪役なら、最後まで悪役に徹しろ」 「う、」 静かに、彼は呻く。 「僕は、ずっと、ずっと、ベッドの、中にいて」 しゃべるなと、いった言葉を、彼は聞こえなかったのか、口を開く。その度に、首もとは彼が吐いた血に汚れ、ぬるりと鉄臭い匂いがしたが、別に気にはならなかった。 一歩歩き、彼を揺らすたびに、ローブが血にまみれ、染みこむ。 「死んで、生きるを、くりかえし、て」 「うん」 少しだけ、間を置く。ずれた彼の身体を、飛び跳ねるように浮かせ、直した。 「ああ……ざまーみろ……オルドレイク……封印を、解いて、やった」 「あ、ハハ、それ、イスラっぽい。悪役だな、その息だ」 「そうか……な……」 「うん」 「きみ、こえ、が」 「ああ、うん、石の中に、私の声が、あったのかも」 「ちゃんと、女性なんだ、ね」 「そうだよ、失礼だな」 「………」 「うん?」 「僕は、ただ、願いを、かなえたい、ことが」 「うん」 一歩、階段を、登る。彼が、揺れる。 「イスラ、君さ、君がしたかった事って」 ぽとりと、彼が、私を掴んでいた腕が、力なく落ちた。「イスラ?」 血にまみれていたとしても、暖かく、柔らかかったそれは、ただ冷たく変わり果てる。 ただ静かに。「………イスラ?」 一歩、階段を上った。彼の重さで、足が痛む。けれどもそれ以上に、胸がどくどくと痛む。「………ひっ、」 喉が、しゃくれた。「ひくっ」 息が上手くできない。「う、ひっ、」 我慢しようと、思えば思うほど、涙が溢れた。 ぽとぽと階段に丸い粒を落とし、私は歩いた。 けれどもその度に、足が、手が、ブン、とノイズが走る。そろそろかな、と自分では、なんとなく、分かっていた。 彼は、重かった。力の入らない人間というものは、こんなにも重いのだろうか、なんでだろうな、と考えた。 一歩、踏みしめる。 今更ながらに足が痛くて、ぐらりと身体のバランスを崩す。 一歩一歩、登った。 視界が、濁った。 赤い髪をした、誰かが駆け下りる。 私はぴたりと足を止めた。ただ荒く、息を繰り返して、ぐいと眉間に力を入れた。 彼も、ハ、と肩で息をして、泣きそうな程に顔を歪める。私はゆっくりと、背中に乗せていた彼を、抱きよこすように、渡そうとした。けれども重く、びきりと腕と足が痛み、そのまま倒れてしまいそうになる身体を、青い瞳を揺らしながら、彼が支える。 その間に、ぷらりと白い腕が、力なく垂れた。 「イスラ、を」 「うん」 渡した。 「レックス」 ちょいと彼は視線をあげる。なに? とぱくりと音もなく口が動いたような気がした。私はすいと目を細め、薄くノイズが走る、自分の足を見詰める。「さよなら」 視界が、かき消えた。 BACK TOP NEXT 2008.10.19 |