少年と出会った
どうしよう。は少々途方に暮れていた。自分はあまり人が多い場所が、得意ではない。魔力の気配のみを探し、揺れる空間へとひたすら目指し、歩き通してやっとの事で目的地へと到達したのだ。
宿場町トレイユ。
多くの緑を携えながら、旅人達が訪れる、大きな町と町の間の中間地点、だから、宿場町。
これまで慣れないながらも道を歩き、人間に慣れたと感じていたのだが、どうにもこの活気は苦手だった。城の中ならば堂々と振る舞える事が出来るのに、彼らは皆、知らない人間なのだ。
自分でも不思議な程に身体は小さくなり、背負った荷物を頼りなさげに握りしめ、じぃ、と足下を見詰めた。せっかく広がる緑は気持ちよく、ゆったりとした気分にされるのに、何処へ足を進めても、は望まず、人間へと声を掛けられる。
ゆるりと流れた金の髪そして、すっと整った鼻梁を飾るかのようにぱっと大きな、くすんだ赤い瞳。白い頬は寒さの所為か紅潮し、「こんにちは、寒いねぇ」と誰かに声を掛けられるたびに、彼女の肩は可哀想な程にびくりと震えた。
引きつった笑みに、何度も頭を下げ、タカタカその場を駆け抜ける。
(ほ、ほんとうに、ここで、いいのかな!)
隣と、その隣の町よりもぶれが大きい。ただそれだけの理由だ。現地へ行けばなんとかなる。そう考えていたものだから、あんまりにも微細過ぎるぶれに、自分自身が驚いていた。
首都へといた自分でさえも、伝わったというのに。あれはただ一瞬だけの事で、今はもう、なんの問題もないのだろうか。
それならそうと、また何かの実証を持たなくてはならない。
タカタカと進むの足は、町の端へと抜けきった。「あ」と驚いた時には遅い、挟まれた住宅地は山の斜面に沿うように少なくなり、活気にみちていたはずの声も聞こえない。
くるりと踵を返し、うう、と何度かの足踏みに、たっと駆ける。
どうしよう。
バタバタ揺れる鞄を抱え込むように、がむしゃらへと走り、開けた牧場のような場所の柵へと、はぁ、ともたれかかった。多少土に汚れたのだが、気にしない事にする。
(もっと、兄さんみたいに胸のはれる、軍人になりたいのに)
に兄の記憶はない。けれども帝国軍親衛隊へと自力で地位をつかみ取り、たいそうな槍の使い手だったと聞いた。
召喚術というコネを使った自分よりも、ずっとずっと、立派な人物だったに違いない。
今では兄の記憶を知るものは少なく、誰に聞く事も出来なくなってしまった。部隊は壊滅し、父母も、いなくなった。
はー、とついたため息が耳の奥へと木霊し、ぎゅう、と両の耳を両手で塞いだ。凹んでいる場合じゃない、ぼうっとしている場合でもない。かっと目を見開き、もたれかかっていた背を真っ直ぐに直立し、パチンッと軽く頬をひっぱたく。
一日も早く、任務を終了するようにと足を一歩踏み出す、丁度そのときだった。
よりも随分と背の高く、年も上の少年達がにやりと口元に笑みをたたえ、一歩ずつ近寄る。
じゃりじゃりと聞こえる砂の音が明瞭に響き、思わずは鞄を力強く握りしめた。………自分なのだろうか。あまりいい雰囲気ではない事に察知し、さっとその場から離れようとする。彼らの隣を走り抜けると同時に、は腕を掴まれ、「ひぅっ」と軍人にしては情けない声を出した自分に、赤面した。
「ねぇ、君、どっから来たの、旅人だよね」
「あの、放して下さい」
「ね、どっか行こうよ、俺たち面白いトコ知ってんだ」
「だから、その」
苛ついたようには声をくぐもらせ、隙だらけの腹へと一発お見舞いしてやろうかと考えたのだが、やめた。ただの一般人へと暴力で従わせる自分を想像して、一瞬でもそんな事を考えた自分が恥ずかしくなり、口を閉口させる。
それを一体何を勘違いしたのか、少年達はにやつきながらぐいぐいとの腕をひっぱり、つんのめるような形になって、ずるずると地面の上を滑った。
純粋に、これは体格の差だ。逃れようとバタバタ腕を振り回し、放れたと思った瞬間に、また別の人物が腕を掴む。
どうしよう
軍人である自分が、暴力はいけない。許されない。だからといって彼女は彼らに構っている暇はないのだ。
握りしめた拳を、真っ直ぐに付き出そうとした瞬間、「おいやめなって」と若い少年の声が聞こえた。
茶色い尻尾のような髪をゆらゆらと揺らし、首もとへとかけた緑のガラスのような首飾りが揺れた。大きくペケを付けられた額の傷へと目をやった後に、おそらくと同じ年頃だろうと思われる幼い表情が見える。
それと似つかわしくない、ゴツゴツとしたガントレットと、腰の、後ろ辺りに刺した大剣。彼はそれを飄々と持ち歩き、達へと近づいた。
訝しげに少年へと目を向ける彼らは、その大剣を見た途端に、ビクリと微かに身体の動きを止めた。
「な、嫌がってるだろ、その子」
その子、とは自分の事だろうか。は目をきょとんとさせ、首をこくりと横に倒す。「嫌がってねーよ!」彼女の代わりに答えられた少年達の答えに、は横へと首を倒した勢いで、思いっきりブンブンと横に振った。そんな勘違いは勘弁だ。「あっ、てめっ」
ぐいっと思いっきり引っ張られた腕に思わずバランスを崩してしまいそうになったのだが、なんとか足で踏ん張った。
「だから、やめろって」
先ほどよりも幾分か沈んだ少年の声に、へとちょっかいを掛けていた少年の一人が、彼へとぶんっと大きく拳を振り上げた。
がぎょっとしたのもつかの間。少年はあまりにも簡単に彼の手のひらをつかみ取り、パチリと音も何も聞こえる事はなく、同じように少年の眉間へと、ぐっと大きく腕を振った、ように見えた。
直前で止められた拳を少年は目を見開き、ぴんっと小さくデコピンをされた。それだけでペタリと腰を落とし、「うわぁ!」と飛びさるように駆け抜ける。の腕を掴んでいた少年二人ほども、慌てたように彼の後を追った。
ぽつんと残された少女一人、少年一人に、彼はポリポリと頭をひっかく。なんともいえない表情だ。
あんな方法もあるのか、とは純粋に感動し、また自身を情けなく思った。一般人に助けられるなんて、名折れにも程がある。
兄ならきっとこんな事には、とお決りのような台詞が頭に流れ、それよりも先に、彼へと頭を下げた。
「あ、あの、ありがとう、ございます」
「え、や、別においらは」
ぱっと彼女が顔を上げた瞬間、彼はぎょっと目を見開き、幼い顔つきが驚愕の表情へと変わる。「あ!」「え」
マジマジとの顔を凝視し、少し決まりが悪くなり、が1、2歩後ずさったときに失礼な事をしたと気づいたのか、パタパタと手を横へと振り「ごめんよ、おもわず」 何が思わずなのだろう。
なんともいえないような空気の中で、少年はただ口をもごもごとさせていた。訝しげに見詰めるの顔を、またチラリと見た後に、「あー」とパチンと顔に手のひらを合わせる。
そしていった。
「君、男の子?」
「え、え!」
そんな問いかけは、生まれて初めてだった。
思わずペタリと自分の胸へと手を置き、ある、ときちんと確認した後で彼女は困ったように眉を寄せ、少年を見た。彼はまた慌てたように首を振り、「ごめん! 知り合いに似てたから、ただ、ほんとにごめんな」
あんまりにも一生懸命な謝り方に、思わずくすりと笑うと、少年がきょとんと目を瞬かせ、「笑うと可愛いね、君」「は」
ストレートすぎた。
かっと顔を赤くしたに、一体何を勘違いしたのか、少年は「ああ別に、笑ってないと可愛くないって意味じゃなくてその」
なにやら話はからまわってばかりだ。
しっかりとしていると思えば、変な事をいって、その本人が一番慌てている。
そのギャップが随分可愛らしく見えたのか、はまたクスリと笑い、「大丈夫です、怒ってないですから」
ほんの少しの間をおいて、少年はふー、と息をつき、にこりと笑った。
幼い表情が、また幼く見える。
「もう、妙なのに絡まれないようにね」と優しい心遣いと共に、彼は首筋の尻尾を揺らせて、くるりと背中を向けた。「はい!」 随分と大きな、自分の声。
声を出すだけで、なんとなく、やる気が満ちあふれるような気分になる。
少年はこちらへと顔を見せずに、また小さく手のひらを振った。
見える訳もないのに、パタパタと手を振る自分に気づき、少しだけ苦笑する。
すっかりと彼がいなくなったときに、名前と、どこか適当ないい宿を紹介して貰えばよかったなぁ、と少しだけ後悔した。
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2008.10.28