さて、これからどうするべきか


一般人の男の子にかばわれてしまった。幸先が悪いな、とはため息をついて、空を見上げた。どうするべきか、と思案しているようでは、到底兄のような軍人になれるはずもない。実際これから自分がどうすべきか、ある程度の理解はしていた。とにかく、このところ不審な出来事はなかったかと街の人間にさぐりを入れればいい。

おそらく、街の駐在軍人に自身の身分を明かし、確認を取ることが一番の近道なのであろうが、それでは“試験”には合格しない。ただのとして、彼女はこれに挑まなければならない。(……だから、とりあえず、街の人たちにお話を……) 訊かなければならないのだけれど。
気が進まない。
とても、気が進まない。


人々の口が軽くなる場と言えば、酒場と相場は決まっている。けれども残念ながら、は酒を飲むことができないし、年をごまかそうにも違和感のある顔立ちだ。そもそもこのトレイユは穏やかな街らしく、夜も賑わう店は少ない。だったら、と店の買い物客でもよそって情報を集めればいい話なのだが、それがまた気が重い。まだ酒屋の方が、任務だと割りきってしまえば楽だ。

自身の姿が、どうにも目立って仕方がないことは嫌というほど知っている。昔は金の髪を長く腰元まで伸ばしていたのだが、これがいけないのだろうか、と髪をばっさりと肩口まで切ってしまったのだが、あまり意味がある行為ではなかったらしい。街に出れば絡まれるし、人の記憶にも残りやすい。本当に私、親衛隊なんかに向いてないんじゃないだろうか、と落ち込みながらまたため息をついてしまった。けれども、とよく似ていたという兄は、立派に任をこなしていたというし、ただの要領、性格の問題なのかもしれない。

(あんまり、人と話したく、ないなぁ……)

城の中では肩肘を張って、虚勢を張って生きていけばいい。けれどもここではそうはいかない。ここはただの宿場町で、親衛隊補佐を名乗ることも許されず、今の自分は本当にただので、小さな子どもで、少女である。さきほどをかばった、額に傷を持つ少年が、心底羨ましかった。本来ならば、が彼の立場であり、市民を守らなければいけない。あんな風に、自身もなりたい。そう願う時点で、軍人としては失格だ。

腰元の袋に入れたサモナイト石が、ふと、布越しにちらりと光った。「あ、だよね、ごめん」 はそのエメラルドの光に頬をゆるめ、苦笑した。そしてすぐさま、パチン、と小さな頬を叩いた。よし、行こう。落ち込んでばかりはいられない。とにかく、速やかにこの任務を成功させ、兄と同じ立場へと歩を進ませなければならないのだ。




「湖が、凍ってしまった……?」
「えーえー。ほんとに。お陰で魚がぜーんぜん市場に入らなくって大変なのよー」

うちは旅人さんからお金を落としてもらってなんとか生活してる街だからねぇ。おいしい食べ物がなきゃ、来てくれるもんも来てくれなくなるでしょう? との手のひらに紙袋を乗せる女将が、パタパタと片手を振って首を傾げる。「なるほど……それは前にもあったことなのですか?」「まさかぁ。湖の近くには活火山があるからね。あんなの長くここにいて初めてだよ」

まあでも、ちょっとずつ氷も溶け始めてるし、なんでか魚もピンピンしてるから、今のところは問題ないんだけどねぇ、と彼女は大きな体にドンッと手のひらを置いた。それはたしかに奇妙だ、とふむふむ頷くに、それにしても、と女将はしげしげと彼女を見下ろす。

「あんた、一人かい?」
「え?」
「保護者は?」
「あ、いえ、特には……」
「それでこの街まで来たっての? そりゃまたなんで」

なんで。
はパチリと瞬いた。「ええ、えーっと……」 嘘でも、保護者がいるとでも言えばよかった、と後悔しても遅い。興味本位ではなく、純粋にを心配しているらしい。初めから適当な理由を考えておけばよかった、とはぐるぐると頭を動かした。「あ、その、人を探していて」「……ひと?」「あの、兄を」 自分でその言葉を呟いた瞬間、ひどく情けない気持ちになった。死した人を探すとは、なんとも滑稽なことである。

赤い瞳をくすませたに、女将はまた別の想像を働かせたらしい。ぽん、との背を叩き、「はい、ついでだ持ってきな!」 もう一つ、大きな紙袋     魚の干物をの手のひらに無理やりに持たせた。

「え、あ、あの」
「暫くこっちにいるんだろ? ま、代わりにうちをご贔屓にしてやっておくれよ」

まったく、こんな可愛い子をほっぽって行くだなんて、悪い兄ちゃんだね、とけらけら笑う彼女に、はつられて微笑んだ。ぱっと頬を赤くさせ笑う彼女に、女将は一瞬きょとんと瞳を開いた。そしてまたぱしんと小さな彼女の背を叩き、また楽しげに笑った。



   ***



宿に止まり、数日の間に街をひと通り回れば、慣れぬでもある程度の事情はつかめてきた。けれども代わりに増えた大きな荷物をふらふらとさせ、「はー……」と彼女は長く息をついた。誰もかれもが、おまけだとに荷を別けてくれるのだ。ありがたいが、毎日これでは堪えてしまう。これでも鍛えている。ものが重い、持ち上がらない、という訳ではない。ただ純粋に視界が見えない。腕の長さと、体の大きさまでは変えられない。「はー……」 またため息だ。幸せが逃げていく。


ぱかぱかぱか、と目の前で召喚獣が通りすぎる。ぱしん、とムチで叩かれた獣が、また一声ないて、歩を進める。もう一度、とは荷を抱え直して、頭の中を整理することにした。ここ最近、トレイユの街で起こったおかしなことの数々。旅人が訪れることが多いからか、警戒心も少ない住人たちは、嬉々としてに語って聞かせてくれた。ただその理由の一つには、彼女の容姿と、小さな少女という年齢も相まっていたのであろうが、そのことに対して、はあまり喜ばしいことだとは感じなかった。

多く聞いた話の一つは召喚獣の誘拐。これは帝都にも報告は上がっていたし、言ってしまえばよくあることと言ってもおかしくはない。二つ目は大胆すぎる立ち回り。旅人か、見覚えのない人物が何度か街で暴れたようだが、宿場町であるということは、外からの来訪は多く、おだやかなこの街では、あまり多くの争いはないが、そこまで珍しいという訳ではないらしい。

他にもなぜだか近所の菜園で、夜な夜な歌声が聞こえるとか、怪談めいた話はあったが、これがどう国内で感知された魔力のブレと関わるのか、と訊かれれば、少々困る。ブレと言っても、あくまでも微量のものであり、誰か一人が大きな召喚術を使用すれば、確認できる程度の差異である。だとするならば、二つ目の立ち回りか、とも思えたけれども、が帝都を出発する際確認した召喚術師のリストには、そこまで協力な召喚術を使える召喚師がいるとも思えない。ただ可能性を上げるのであれば、蒼の派閥から派遣されたという女性と、この街の有力者の娘のどちらかだ。

(……でも、個人的には、やっぱり一番最初に聞いた話かな……)

湖の水が、全て凍ってしまった。
これは何らかの形で召喚術が関わっている可能性が高い。できることなら、一度自分で赴いてみたい。中々順調だ、とはうん、と頷いて、瞬間荷物を地面にばらまいた。「あいたっ!?」

うっかりバランスを崩して、背負った荷物と腰袋こそは無事だが、紙袋の中身をぶちまけてしまったらしい。は真っ赤な顔で、荷物を集めた。


ふと、しゃがんだ視線の先に、鉄靴が見えた。「あ、ごめんなさい、すぐにどきます!」 転がるジュウユの実に手を伸ばそうとすると、それよりも先に、手甲をつけた腕が、ひょいと彼女の視界をかすめた。「手伝うよ」 聞き覚えのある声だ、と顔をあげたとき、ぽかん、と近くの男がキッカの実を足で蹴飛ばした。「あ、ごめんなさい!」 今度はそっちだ、と手を伸ばして、少年と二人で必死に果物を集めて回り終わり、道の端でやっとこさ安堵の息をついたとき、お互い自然に苦笑し合っていた。


「あの、ありがとうざいます、この間も」
「いやまあ、気にしないで」

少年はポリポリ、と頬をひっかいて、懐に抱えた実をへと渡そうとしたが、彼女は彼女で、既にいっぱいの実を抱えている。途中まで使っていた紙袋は、底が破れて使いものにならない。困ったように少年は笑って、「……その、随分たくさん、あるんだね……」「お、お恥ずかしながら……」 パッと顔を赤らめたを、彼はくすりと笑って微笑んだ。

「うーん、どうしようか?」
「あのう、落としたもので申し訳ないのですが、よければどうぞ」
「え、いいの?」
「はい。私一人じゃ食べ切れませんし、傷が少ないものをお渡しします」
「いやいいよ。大丈夫、みんな綺麗だ」

ありがとう、嬉しいよ、素直に言葉を述べる少年を見て、もどこか嬉しくなった。年の功は、とそう変わらないくらいだろうか。彼女よりも幾分か高い少年の背を見上げた。すると少年も、を見つめていたらしい。彼女はまたパッと顔を赤くして足元へ視線を落とした。同年代の少年と関わるなど、自身と同じ親衛隊補佐くらいで、それでも仲間と言うよりも、競い合いを繰り返し、ギスギスとするばかりで、こんなにも近い距離での会話など、下手をすれば初めてだ。

けれども少年は、そんなの心境など知るはずもなく、「きみ、この街の人じゃないよね?」ときょとんと首を傾げた。「え?」「あ、いや、最初にたくさん荷物を持っていたから、旅人なのかなって思っただけ。女の子なのに大変だなって」「ああ」 確かに、服装からしても、どう見ても街の住人とは見えないだろう。

は、はい、と素直に頷いた。「帝都のウルゴーラからやってきました。その、トレイユには……」 きょとり、と一瞬だけ瞳を動かし、「兄を、探しに」「お兄さん?」 ほんの少しだけ驚いたような声を出す少年に、は頷いた。これから先の言い訳は、こうしよう、と決めた。下手な嘘をつくよりも、ずっと確かだ。

「お兄さん……それって、どんな人? おいらもこの街に来たばかりだけれど、もしかしたら力になれるかもしれない」
「え、えっ、あ、えっと……その、兄は、私と同じ髪の色で」
「うん」
「えっと、かっこよくって」
「…うん?」
「お、男の人で……」
「…………うん」

そりゃそうだろう、と言うような視線に、は顔をくしゃくしゃとさせた。わっと慌てる少年に、ごめんなさい、と即座に顔を上げた。さっきから自分は謝ってばかりだ。「その、兄とは、随分昔に別れてしまったので、顔はよく、わからないんです」 事実だ。けれどもそれ以上に、彼の姿を、特徴を口にすることが辛かった。そっか、と少年は小さな声で呟き、それ以上に何を言う訳ではなかった。ただ、「何かあったら、言っておくれよ。力になるから」「……はい」

いい子なんだな、と同じ年頃の男の子に対する感想としては、少々失礼なことを考えてしまった。けれども多分、それは事実なんだろう。にかりと笑った少年の顔を見ると、ふと、「笑うと可愛いね」と彼に言われたことを思い出してしまって、ぱっと顔が赤くなった。少年は、唐突に赤面するを、ただ不思議気に見つめていた。恥ずかしい。

「あっ、ごめん。そろそろ戻らないと」
「引き止めてしまって、ごめんなさい、その、私、です。この街にはもう暫くいます」
「そっか、おいらはアルバ。それじゃ、またね」

果物を抱えて消えていくアルバの背を見て、どこかは嬉しくなった。なんでだろう、と考えてみたところ、またね。と呟いた彼のセリフが、どうにも嬉しかったらしい。
ふと、は瞬いた。「……あれ」 数日前には気づかなかったのだが、少々引きずっているらしい、彼の足元を見て、こくりと彼女は首を傾げた。あまりよくない怪我の仕方をしたのだな、と自身の医学の知識を引き出し、果物を抱え直した。






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2012/04/04
三人称視点なので、横文字もセーフ……じゃ、駄目ですか