ふわふわと、小さな光が浮かんでいる。それはくるくると庭に落っこち、野菜たちの中で、楽しげに歌っていた。それに合わせて、ムイムイッ、と嬉しげな合いの手も交じる。(……あれは……) 妖精だ。それに随分年若い。
「夜の庭で歌う怪談は、妖精ってことかぁ……」
はクスリと苦笑して、フードを深くかぶり直した。
蒼の派閥の召喚師の家に、夜な夜な歌う怪異が現れる
街の中で噂されていた現象を、念のためにと確認に来てみれば、これまた面白いものを目撃してしまったものだ。わざわざ夜中に、目立たぬようにとくだんの召喚師の庭をコソコソと覗きに来たのだが、随分見当はずれだったらしい。しかしこれはこれで、貴重なものを見せてもらえた、とはぴょんと柵を飛び越え、体に宿るクロックラビィに礼の声を掛けた。
召喚師の庭には小さな護衛が鎮座していたのだが、これが中々手強い相手である。何故かヒゲをはやし貫禄を見せた、その小さな召喚獣、テテは、その可愛い外見に反比例するように攻撃力、防御力は共に高い。そしてメイトルパの召喚獣は仲間との絆を重視する気質が強い。自身の居場所は、戦い、それによって守りぬくのだ。
そんな守りの獣を正面から相手をするのは馬鹿らしいし、そもそもそんなことをは望んでもいない。は自身にメイトルパの匂い、マナを付着させ、わずかばかりの間、人の匂いを消した。短時間の作用しかないが、あくまでも確認という程度なのだから、この程度のごまかしで問題ない。
石の中に、クロックラビィを送還させながら、さきほど見た光景を思い出す。手のひらサイズの体に、緑色の髪、そしてお尻にちょこんとついた、花の蕾。おそらくあれは花の妖精だろう。こんな町中にいるとは、珍しい。どう考えても主のいない召喚獣、はぐれに違いないが、はううん、と首を傾げて、放っておくことにした。
民間での召喚術の使用を認めている帝国において、召喚獣について、細かく法が定められているが、その中にはもちろん、はぐれに関する規定も数多く存在する。はぐれを発見したものは、軍人に通達し、すぐさましかるべき処置を行うべし。しかるべき、とはすなわち捕獲であり、また場合によっては刃を向け、死をもって、元の世界へと送還させることである。と、教鞭を取る教師の言葉を思い出しはしたが、夜中に歌を歌う程度で、それ以上の悪さをしてはいないようだし、と自分自身に言い訳を作ることにしたのだ。
綺麗な歌も聴かせてもらったしね、ところころと手のひらでサモナイト石をころがしていると、「そこにいるのは誰だ!!」 鋭く掛けられた声に、慌てては声の主へと背を向けた。「ここは蒼の召喚師殿の宅だ! こんな夜中に、そこで何をしている!」 トレイユの街の駐在軍人の怒号を背に、は慌てて逃げ帰った。ひえーっ、と口の中で小さな悲鳴を上げて、ばさばさ黒のローブを翻し、転がるように逃げ去った。
「…………昨日はひどい目に遭ったなぁ……」
思い出すと、今でもドキドキと心臓が音を鳴らす。自分の姿がバレてしまっていないだろうか、とビクビクして、思わず駐在所の辺りを避けながらはまた街を探索した。噂の凍りついてしまった湖を探索する前に、まずは近場の確認を、と乗り出したのだ。焦ってばかりいるよりも、地盤の確認が先決だ。それに、湖は凍っていた、つまり、今現在は通常の状態へと戻りつつあるらしい。おそらくあそこは、何かがあった後なのだ。
街の中をふらふらと歩いていると、奇妙なマナが溢れていることが判明した。懐かしい、と感じることは、メイトルパの魔力に近しいものであるからかもしれない。かと思えば、ぽっかりとマナが消えてしまっている泉を発見し、または首を傾げた。ここまでマナが減少することは、自然界の中ではほぼありえない。人為的な何かを感じるが、その方法はさっぱりだ。
(この街、やっぱりおかしいな……)
魔力のブレなど、どこにでもある。
ただの景気づけのような任務そう思っていたのだが、もしかすると、これはそうではないのかもしれない。に任を命じた男も、まさかこのようなものであるとは思いもよらなかったに違いない。
(定期連絡までは、まだ間がある……)
それまでに、まだ暫くの確認をすべきだな、と汚れた泉の中に手のひらを伸ばし、ちゃぽりと水をつけ、かき混ぜた。
***
「やあ、!」
「…………アルバさん?」
重たげな剣をかるがると背に乗せ、こちらに手のひらを振るアルバに、はパチリと瞬いた。「訓練……ですか?」 おそらく、ただの少年ではあるまい、と気づいてはいたが、改めては確認した。川が見える広場に、さくりと彼は剣を置くと、「うん、まあね。この頃腕が鈍っちゃってさ」 「アルバさんは……この街の人、ではないんですよね?」
この街には来たばかり、と彼は言っていた。言い方はよくはないが、特産物があるではなし、滞在を目的とするには向かない街だ。の疑問に、アルバも気づいたのだろう。「うーん、ちょっとね、怪我をしてしまって。それで療養の意味でこの街に留まってたんだけど……」 訓練をしている姿を見ながら、療養……? とが首を傾げると、「はは」とアルバは誤魔化したように頭の後ろをひっかいた。
「友達ができたんだけどさ。その子がよくないことに巻き込まれているみたいで、怪我自体はもう結構治ったんだけど、力になりたいって思ってそのまま、って感じかな」
「そうなんですか……すごいですね」
「すごい? なんで?」
「だ、だって、友達って言っても、出会ったばかりの人なんでしょうし、それなのにお手伝いをしたいって、なんだか、その」
あ、馬鹿にしてる訳じゃないんです、とは慌てて両手と首を振った。「ただその、本当にすごいなって」 口元をごにょごにょさせるに、アルバは不思議気な顔つきで、くくった髪の尻尾をゆらゆらとさせた。「うーん、そんなことないんだけどなぁ……」
「でも私も、何度も助けてくれましたし」
「助けたって、別にそんな大層なことしてないよ」
お礼にキッカの実も貰っちゃったしね、とニコニコ笑うアルバは、ふと顔を上げ、そうだった、と手のひらを打った。「その友達もみんなで食べたんだけど、にお礼を言っといてくれって頼まれてたんだ。おいしかった、ありがとうって」「わ、私も貰い物ですから、ぜんぜん」 ぶんぶん、と必死で首を振った。
なんでだかわからないが、アルバと話すうちに、はどんどん自身の顔が赤くなっていくことに気づいた。もともと人との付き合いは得意ではないが、それにしたって奇妙だ。ぐるぐると頭の中が混乱して、何を話せばいいかわからなくなる。またずるずると、視線が足元に移動してしまった。これじゃあ駄目だ、と顔をあげたとき、予想よりも近くにアルバの顔があったものだから、ひえっ、とは肩を飛び跳ねさせ、後ずさった。「うーん……やっぱり似てるなぁ……」「あ、あの……?」「いやね、が、知り合いにすごくよく似てるんだ」
その人は、男の人なんだけどね、と言っていた彼を見て、そういえば一番初めのとき、それが理由でアルバ、に男かと問いかけたのだ。
性別を間違えられたことなど、髪を短くした今だって、一度もない。なんだか変な話だ、とが首を傾げると、アルバはまた何を勘違いしたのか、パタパタと片手を振った。「い、いや、やっぱりきみの方が可愛いし、ちっちゃいけどね、なんとなくその、全体的な雰囲気が似てるっていうかさ、それだけ。うん、の方が可愛いよ。女の子って感じがするし」
どんどん顔が赤くなる。その間にも、アルバはそのに似ている人が、自由騎士団の騎士であるとか、自分の上司にあたり、アルバ自身、騎士見習いであるとか慌てたように説明を付け加え続けたが、別には男に間違われたことに憤慨した訳でも、困惑した訳でもない。ただアルバに可愛いと言われた言葉ひとつがぐるぐるして、何を言えばいいのかわからなくなってしまったのだ。
言われ慣れた言葉であるはずなのに、ギクリとして、声が押し付けられて、口が固くなってしまう、と言えばよくないことのような言い方だが、心の中はじわじわと嬉しくなって、おそらく自身は照れているのだと気づいた。けれどもそんなことを彼に言える訳でもない。まるで子どもだ、とは自身を情けなく思ったのだが、彼女はまだまだ成人にも満たない少女であることは間違いない。
「アルバさん、その、邪魔しちゃって、ごめんなさい! 私、そろそろ、失礼しますから!」
「あ、そっか。こっちこそ、なんかごめんね」
お互いどこか困ったように顔を見合わせて、ぶんぶん、とは首を振った。そしてそのまま彼から逃げ去るように去ろうとしたのだが、ふと思い出したように振り返った。「そうだ、アルバさん」「うん?」「このところ、この街でおかしなことはありませんでしたか?」
アルバきょとんとを見つめた。そして暫く何かを考えるように口元に手のひらを置いたのだが、すぐさま首を振った。「ない、かな?」「そうですか。変なこと訊いて、ごめんなさい」 何故そのようなことを訊くのか、そんな問いかけはなかったし、も特にそれ以上何を言う訳でもなかった。下手な言い訳をする方がうそ臭いということだ。
今度こそとはアルバに頭を下げ、とことこと足を進めた。途中、昨夜に忍び込んだ、蒼の召喚師の屋敷を通り過ぎるとき、軍服を来た男性が、淡い金の髪を垂らした女性へ、「昨夜、この近くに不審な人物を発見しましたので、ミントさんも気をつけてください」と声をかけている姿を発見し、は肩を小さくさせ、そそくさと逃げ帰った。申し訳ない。
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2012/04/04