「…………ここは……」
カタカタといくつかのキーを押し、画面を確認する。反応はなし、とは小さく呟き、わずかの思案ののち、いくつかのボタンをプッシュする。「こっちも、反応なし……」 ぽたり、と汗が頬を伝った。ぐつぐつと煮えたぎる溶岩を通りぬけ、まさかこんなところに施設があろうとは。ことごとく破壊されているが、何かの実験施設であることは間違いない。おそらく、ここから溶岩のマナを吸い上げ、気温を低下させ、湖を凍りつかせた。
魔力のブレは、おそらくこれが元であろうと確信した。
は用心深く腰元のサモナイト石に手を伸ばし、ベルトに突き刺した剣の音をカチャリと鳴らした。
誰もいない
メイトルパの召喚獣を憑依させ、飛躍的に聴覚をひきあげてみたが、なんの問題もないようだ。ただいくつかの生活の後が残っているところを確認すると、ついこの間まで、人間が生活していたことになる。推測するに、何者かの襲撃を受け、やむなく撤退、逃避したと考えるのが妥当だろうか。攻撃した側、された側。どちらともに見当はつかない。少なくとも、帝国はこの報告を受けてはいない。
(おかしいな……)
街で度重なり起こっているという乱闘は、市民への被害こそ少なかったというが、随分頻繁に起こっているらしい。そのことで、駐在の軍人からは、「ただ酒飲みが暴れただけである」と報告が上がっていることは確認しているが、その報告と、街の住人からの証言は一致しない。
「軍人が、何かをもみ消している……?」
この施設の存在を、あの軍人は把握してはいないのだろうか。ただ一介の軍人であるのならば、その可能性は高いが、仮にも街の平和を守ることを主としているというのに、これでは職務怠慢も甚だしい。自身も、(不本意にも)召喚師の庭に侵入したとき、賊として彼に追われた経験も持つ。駐在軍人、確か名はグラッドという青年は、真面目で頼り甲斐のある気質であると、住人にも評判だった。
(うーん……純粋に、人手が足りない、とか……)
考え過ぎかもしれない。ただ、自分の仕事で手一杯で、全てに目が向いていないだけかも。とにかく、そちらも確認する必要があるな、とは一人ごちて、再び召喚施設を調べることに専念することにした。ところどころ争った形跡がある割には、血の匂いは少ない。聴覚、嗅覚を共に高めた状態である彼女には、数日前、長くて数週間前の乱闘程度ならば、閉鎖空間であるという条件をつけて、問題なく確認が可能だ。
ぺたりと地面に顔をつけて、くんくんと鼻をならしている状態は、あまり褒められたものではないのだが、人目がある訳でもなし、いちいち気にしてなどいられない。ふと、部屋の端に、キラリと光る欠片を見つけた。「これは……」 サモナイト石? とはその欠片に指を伸ばす。途端にぴしりと亀裂が入り、小さな粉となり、砕け散った。
ただの紫色の粉となり果てた石の中から、比較的大きな欠片へ、ゆっくりと手を伸ばした。たしかに、これはサモナイト石だ。けれども、「粗悪すぎる……」 形ばかりはたしかに石の形態をなしているが、マナが濁りきっている。これでは召喚もままならない。「これは、石を作る施設?」 おそらく間違いない。帝国では、市民にも召喚を解放しているとは言っても、特殊な製法を要するサモナイト石は貴重なものであり、中々庶民には手を出しづらい。もし、サモナイト石を安価で生成する技術を要することができれば、莫大な富につながる。
は取り出したハンカチに、そっとその粉と欠片を包み、ポケットの中に入れた。これ以上、ここに用はない。もし、許可なく石を作り出していたとすれば、それは重罪だ。腰をすえて、調査に乗り出す必要がある。彼女は赤い瞳を細め、暑さに溢れる汗を拭った。
「ルトマ湖の近くにて、不審な研究施設を発見。引き続き、調査を続ける」
「るとまこちかくにて、ふしんな……ふしんな……」
「研究施設」
「けんきゅうしせつをはっけん! ひきつづき、ちょうさをつづける!」
「そう、よくできました」
にこりとは微笑み、彼女の腕に爪をかけぱくぱくと嘴を開く鳥の首元をかりかりとひっかく。
緑の羽毛を、気持ちよさ気に広げる召喚獣に、コリコリとフードを食べさせ、開けられた宿の窓から飛び立たせた。小さく消えて行く鳥の背を暫くの間見つめ、パタリと扉を閉める。あまり多くの文章を覚えることはできないが、あの鳥は決められた人物以外へ、決して言葉を漏らすことはない。一番確実で、安全な伝言役だ。
「定期連絡は、一応終わったし……」
どうしようかな、とはぽふりとベッドの上に座り込んだ。今日のところは、まだ暫く時間がある。そのままごろんとベッドに転がって、「ふひぃ……」と小さなため息を漏らした。帝都にいるときは、常に気を張っていた。父母の元にいるときだけは、ただのとして日々を過ごすことができたが、そんな彼らももういない。友人だっていない。周りは競いあうことだけで、召喚以外の出来が悪い、それはあくまでも、親衛隊という特別な状況下に置いてだが落ちこぼれの彼女は、訓練漬けの日々であった。
手のひらは硬く、潰れた両の豆をじっと見つめた。あくまでも、ただの旅人として無闇矢鱈と目立つことを懸念し、武器は細い剣一本のみをベルトにつけてこの街へやって来たが、ある程度の武器の種類ならば問題なく操れる。のんべんだらりとベッドに倒れる自身を上から見上げ、これじゃあ腕が鈍るばかりだ、とため息をついた。
そしてその自分のセリフで、一人の少年を思い出した。腕が鈍るから。そう言って、怪我をした体を引きずりながら大剣を振り回す、額に十字の傷をつけた男の子。……アルバさん。
なぜだか勝手に、頬が赤くなっていた。今日も、また一人訓練をしているのだろうか。会いに行ってみようかな。そう思った自分に、彼女は驚いた。腰袋に入れたエメラルドのサモナイト石が、ぴかりと光る。「うわっ」 は慌てて、それへと手を伸ばした。「じょ、冗談だよ、冗談……別に、そんな……不誠実な意味で言ったんじゃなくって」 言い訳を連ねる自身に気づいて、「もーっ!」とは両手をばたつかせた。
「調査に! 行くんです、調査に! あのグラッドって言う軍人さんのこと、確認しに行くの!」
ただそれだけです! とまるで自分自身に言い聞かせるように、は立ち上がり、外套を羽織った。頭の中ではめまぐるしく思考を回転させ、計算高く思案する。どう情報を引き出すか、隠し通せるか。幼いころから叩きこまれた知識を棚から引き出す。
しかしながら、駐在所の途中であるから、とついでにアルバと出会った広場を通り過ぎたのだけれど、残念ながら、彼の姿はそこにはいなかった。別にしょんぼりなんてしていない。
***
「すみません」
「ああ、はいはい、なんですか?」
駐在所の扉をこんこん、と叩くと、軍服に身を包んだ一人の男性が、ひょいと体を覗かせた。グラッドさん、とは脳内でつぶやく。幾度かすれ違った。ついでに言えば、思いっきり逃げたこともある。「あの、人を探しているのですが」 は、にこりと微笑んだ。自身の笑みが、他者の警戒をより崩させる、ということは理解している。気分はよくはない、が、仕方がない。これは任務なのだ。
グラッドという軍人も、ぽかりとを見つめ、パチパチと瞬き、すぐさま顔に満遍の笑みを浮かべた。お互いにこにこと笑い合っていたが、すぐさまはしゅんと眉を垂らした。どうしたんだい、とグラッドが彼女へと問いかける前に、「あのう、人を探しているのですが」「……きみ、迷子かい?」
だったら駐在所においで、と手のひらをこっちに振る彼に、ふるふるとは首を振った。「いえ、その、随分昔にいなくなった兄を探して旅をしていまして」「そりゃあ……」 グラッドは気の毒気に眉を顰め、「そうかい、お兄さんの名前と特徴を教えてくれるかな?」
はい、とは頷いた。兄をダシにするようで申し訳がないが、このまま話をすれば、グラッドの人となりは理解できる。ついでに何か情報でも落としてくれれば、と唇をきゅっと噛み締め、自身の髪を一房つかんだ。「はい、兄は私と同じ金髪で……」「おーい、兄貴ー!」 少年の声だ。
グラッドとはパッと声がする方へと顔を向けた。「ライ! 今は職務中だ!」 ライと呼ばれた少年は、しまったと言うふうに肩をすくめた。そしてその隣にいる少年に、ぎくりとは飛び跳ねた。
「用があるなら後にしろよ」
「わりぃわりぃ……そんじゃあまた……。おい、アルバ?」
「?」
なるべく背中を向けて、グラッドに隠れるように体を小さくさせていたのだが、無意味だったらしい。は観念した風にひょこりと顔を出し、アルバに頭を下げた。「ん? アルバ、知り合いか?」 グラッドの問いかけに、ええ、とアルバは頷く。「ほら、この間、果物をくれた」「ああ、あれか!」 何故かグラッドではなく、ぽこん、と手のひらを打ち、へと近づくライに、彼女は目を白黒させて後ずさった。
「やっぱさ、食事ってのはバランスよく食べなくちゃ駄目だよな。デザートに果物ってのは最高だよな」
「ば、ばらんす……?」
「あ、ワリィ、親父がよく言ってた言葉なんだけど。まあとにかくすっげぇいいってこと」
「は、はあ……」
「結構量があったからさ、ゼリーとかドライフルーツとか色々作ったからさ、よかったら食いに来てくれよ」
食べ物やさんなんだろうか。想定外の事態にどうすればいいのかとは思案した。けれどもそれより先にと矢継ぎ早に流される言葉にぐるぐるするばかりで、何を言えばいいのかわからない。「お前、ほんっと料理のこととなるとなぁ……」と呆れたような顔をするグラッドの隣で、同じく、はは、と苦笑するアルバがいる。
どうしよう、と視線を動かすと、パチリと彼と目が合った。アルバは久しぶり、と言う風に片手を振って、「それで、、グラッドさんとどうしたの?」 助け舟を出したつもりだったのだろう。けれどもは混乱した。困惑して、ぼふっと顔を赤くさせて、「さ、さよなら……っ!!!」「えっ」
とりあえず、逃亡した。
宿に帰って、一人ベッドの上で、枕に顔をうずめながら、「もー! もー!! もー!!!」と、端から見れば牛のような悲鳴を上げて、バタバタと両足をばたつかせた。
だめだめである。
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注意事項追記しました。
主人公が、若干チート気味になるやもしれないのでご了承ください。あと、主人公は自分の容姿の良さを、ある程度自覚している部分も多いので、なんか色々ご注意ください。
2012/04/05