「おくすりぃ〜……だれかぁ、おくすりいりませんかぁ〜……」


死んだような声だ。
とりあえず、からの第一印象とすれば、それである。




「ああっ、そこの金髪のお嬢さん!!」
「は、はいっ」

街角にちょこんと立つ茶髪の女性が、「だれかー、だれかぁー」としょぼくれた声を出しながら、なにやら小さな店を出している。そのことに気づいたのは、随分前だ。なるべく関わらないようにしよう。そう考えながら、そそくさとなるべく遠くを歩いていたというのに、その女性はびしりとを指さした。

明らかに押し売り的な露天商人のように見える。だめなのだ。こういうのはだめなのだ。いまいち自分は押しに弱いというか、はっきりとものが言えないと言うか、端的に言えば苦手である。他にもちらほらと通りすぎる人影を確認できたというのに、わざわざ彼女がへと声を掛けたのは、そんな押しの弱さを感じ取ったのやもしれない。

には見慣れない、奇妙な衣服を身にまとう彼女を前にして、「さっさと逃げればよかった」と今さらながらに後悔した。
の予想通りに、女性はにんまりと口元を笑わせて、「おじょーちゃぁーん? いーいクスリがあるんだけど、どうかなぁ〜??」「あ、わ、わたし、あの、ちょっと、変なものは、その」「いや冗談よ、冗談。普通の傷薬とか、熱冷ましとか、そんなんよ」 やだやだ逃げないでー! との首根っこを引っ捕まえる彼女に、は肩を小さくさせて、ちらりとその“クスリ”を見つめた。

一応、にも薬学の知識は備わっている。あくまでも素人に毛が生えた程度ではあるが、なるほど、たしかにの知識にある毒物と、どれにも一致しない。ただ反対に、見覚えのない薬草が多く混じっている。

「……これは、いったい……」
「ニンジンよー。それもとっておき! 煎じて飲めば、体がぽかぽかあったかーくなったり、他の薬の効用を高めてくれたりすんの」

へえ、とはすとんと彼女の店に座り込んだ。なるほど面白い。確かそんな薬学を聞いたことがあるような気がするが、あれはたしか、(……カンポウ?)だったかな、と首を傾げるに、「どうよ? これこれ、気になるってんなら、今ならお手頃価格で売っちゃうわよー??」
「へえ、おいくらです?」
「痒いところに手が届く♪ そんな素敵なお値段、三万バーム!」
「帰ります」
「ごめんなさいちょっと待ってー!!!」

申し訳ないですけど、それは無理です、とさすがにきっぱりと断った。現在が所有している金は、あくまでものものではなく、活動資金として渡されたものだ。生活、また情報収集のため必要であると判断したもののみ使うことが許される。というか、そんな不真面目な使い方は、には到底出来やしない。「そんなにお金、持っている訳じゃありませんから、他をあたってください」

ため息をつきながら女性に告げると、心なしか、女性は瞳をうるませた。年上を泣かせるなど、さすがに初めてである。ぎくりとは驚いて、「あ、あの、ちょ」「売らないと、お師匠に怒られちゃうんだよー!!」「え、ええええ……?」

ふん捕まえられたは、なし崩しのままに彼女の“事情”を聞かされることとなった。
彼女曰く、意地悪なお師匠さんから預かった薬を、全部売らなければ戻ってくるな、と言われているらしい。それも高価なものが多く、そうそう全てが売れる訳ではない。あっちをふらふら、こっちをふらふら。そう旅をし続け、その上、売上を旅費に使うこともできず、痩せ細る思いで旅を続けているとか、なんとか。


「大変でしょー? ひどいでしょー? 泣き出しちゃいそうでしょー??」
「え、あ、はい、確かに……」

数年旅をし続けているとは、なんとも可哀想な話である……と、思うのだけれど、「それとこれとは、また別です」 三万バームは、明らかに無理がある。そもそも、が渡された活動費を全て合わせたところで、ギリギリ足りるかどうかというところだ。「だよねー」と茶髪の女性はぽりぽりと頭をひっかき、「そんじゃあこれ、400バームなんだけど、これくらいならさー」 だめ? と首を傾げられては、またまた困ってしまう。

例え400バームといえど、私用で資金を使い込むなど、あってはならない話だ。けれども彼女の話に同情すべき点はあるし、それに、400バームくらいなら、と思ってしまっている自分がある。いやいや駄目だ、と即座には首を振った。こういうことは、きちんとしなければならない。そう思う彼女は、中々に頑固なのかもしれない。

(……でもなぁ……)

あっ、と彼女は手のひらを打った。そしてにこりと笑いながら、「そうですね、一つ質問に答えてくだされば、そのお薬、買わせていただきます」「なになに? なになになにー?? 何でも答えちゃうよー! もーなんでもっ! あたしの名前はアカネッ! 意地悪師匠のお名前はシオンで、サイジェントの街から     」「こ、個人情報じゃないですってば!」

そ、そういうことじゃないんです、とは慌てて手のひらを振ると、アカネはきょとんとしてを見つめた。「……それじゃあ一体なんなの?」 こほん、とは咳をついた。

「ここ最近、トレイユの街でおかしなことがあれば、教えていただきたいと思いまして」

私用が認められないのであれば、情報収集の一貫としてしまえばいいのだ。このところ幾度も問いかけた質問であるが、また新たな証言を得られるやもしれない。アカネは手に持つ薬をカサカサと振りながら、「ふーん……」と、どこか剣呑気に瞳を細めた。「それ、なんで?」「え?」「なんでそんなこと訊くの?」

はじっと彼女の瞳を見つめ、へらりと笑った。「いいえ、せっかく旅をしているのですから、故郷に帰ったときの話のネタに困らないようにと、色々訊かせてもらっているんですよ」「へえ」 まあ妥当な言い訳だろう。アカネは何かを考えるようにどこぞを見つめた。「うーん、そういうのは、ない、かな、いや……」 そして言いよどんだ。「ある、かな」「へえ」

食いついてはいけない。あくまでも、世間話のついでという風を装わなければいけない。
アカネは、そんなを見下ろし、ニマッと笑った。「そーだなー、こっちも買ってくれたんなら、おねーさん面白い話を教えちゃうかも?」 こっち、と指さされたのは、400バームの薬よりも、もう一回り大きなサイズの薬だ。「おいくらで?」「1000バームだよー」 その程度なら、と考えたが、やはり、は静かに首を振った。

「申し訳ありませんが、やめておきます」
「…………なんで?」
「嘘つきの匂いがしましたから」

にこり、とは微笑んだ。
アカネは、「ええ?」と首を傾げ、マフラーにつけられたバッチをいじる。そこには奇妙なデザインが描かれていた。「うーん、なんのことかなー?」「教えてくださるお話が、嘘八百では、なんの意味もありませんしね」

にこにこ微笑むに、アカネはぴくりと頬を引きつらせた。けれどもすぐさま、「そんなことないよ? アタシ、生まれてこのかた、嘘なんてついたことないもん」「そんなこと言うと、カミサマに、舌を抜かれてしまいますよ」 と、そちらの世界では言うのでしょうか、とちらりと彼女の首元にあるバッチを見つめる。「それに召喚獣の方が、誰に許可無く、この帝国で薬売りとは、あまりよくはないお話ですね」 聖王国の法で、どうだかはわかりませんが、とはポケットから400バームを取り出した。

完璧に笑顔を引きつらせたアカネは、ハッとしたように辺りを窺い、誰もこちらの会話に耳を向けてはいないと知ると、ほっとため息をついた。そしての頭から足元までを見下ろし、「……あんた、召喚師、とかだったりする?」「一応、そうなります」「……その割には、シルターンの匂いがしないんだけど……」 なんで分かったの? と訝しげな顔をする彼女に、はほんの少しだけ申し訳なさそうに頭を下げた。

「首元に書かれた文字が、シルターンで使われている文字のような気がして。格好も、たしかキモノという、シルターン独自の服装だったな、と」
「…………ううう、歳の割に、中々よく知ってるわね……」
っていうか、それだけでよく分かったわね、と口元を尖らせるアカネに、「実は半分あてずっぽうです」とはちろりと小さな舌を見せた。

アカネは面を食らったように瞳を大きくさせ、少しだけ吹き出した。そしてから渡された400バームを受け取りながら、肩をすくめた。「乗せられちゃったって訳か。やられちゃったわねー」 お願いだから、軍人さんには秘密にしてよぅ? とアカネは口元に人差し指を伸ばし、それにはうんと頷いた。

「代わりに、400バーム分の正しいお話を教えてくださるのなら」
「うーん……適当に話のいいところで区切って、また高いのをふっかけて買ってもらおうと思ったんだけどなぁ」
「あんまり、堂々と言えることでは、ないですね……」

「それだけ必死ってことで、多目に見てやってよ」、とアカネはパチンと片目をウィンクさせた。はしょうがないな、という風に頷き、「でも次によくないことをしていらっしゃるのを見かけたら、すぐさま、駐在軍人に突き出しますね」「……あんた、可愛い顔して、スパッというのね……」 ですから、変なことはしちゃ駄目ですよ、とにたしなめられ、しょんぼりとアカネは頭を垂らしながら、彼女の手のひらに小さな薬を乗せた。「はーい……それで、400バーム分のお話ね」

は彼女の言葉に特に重要なものを期待していた訳ではない。ただ多くの情報を集めることが出来ればいい。それだけだ。「うーん、湖が凍っちゃったとか、召喚獣がよく行方不明になってるとか、街中で乱闘騒ぎがあったとか……そういうのは知ってる?」「一応は」 全て街の住人から話を聞いた後だ。旅人や行商人の立場として、また新たな話を聞けるのでは、と思っていたが、そうそう上手くは運ばないらしい。

残念だな、と瞳を伏せたに、「それじゃあ、これは?」とアカネはぴしりと人差し指を立てた。「街で見た乱闘騒ぎ、あれね、あたしもちらりとしか見てはいないんだけど、あれ、ちょっと変だったよ」
「変……とは?」
「襲ってきたやつら、変に統制がとれてたんだ」

はぴくりと眉を動かした。アカネは、そのときを思い出した風に瞳を細め、うん、と自分自身に確認するように、幾度も頷いた。「まるでさ、どっかの軍隊みたいな感じだったよ。そこらへんのゴロツキ     っていうよりも、何か目的があって、やって来たって……感じがしたかな」






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2012/04/06