「まるでさ、どっかの軍隊みたいな感じだったよ。
そこらへんのゴロツキ     っていうよりも、何か目的があって、やって来たって……感じがしたかな」




アカネの言葉を思い出しながら、は宿屋のベッドの上で首を傾げた。買った薬は、傷薬。これさえ塗り込めば、あっという間に怪我もなおっちゃーう! たぶん。という自信があるのかないのかわからない彼女のセリフを頭の中で流し、もう暫く、状況を整理することにした。

湖の氷結と、乱闘騒ぎは、(……つながっている) そう思うのは、早とちりというものなのだろうか。アカネのセリフを、どこまで信じることができるのか、と言われたら、五分五分というところだろう。彼女の首元に書かれていた文字は、おそらく“シノビ”だ。残念ながら、は彼女が召喚された、シルターンの専門ではないので、聞きかじりの知識となってしまうが、厳しい修練ののち、“ニンジュツ”と呼ばれる特殊な技を有していると聞く。……あの彼女がそうであるとは、どうにも認めがたいが、お調子者の立ち振舞いの中で、常に気配が希薄だった。(かなり、できる、人なんじゃないかな……)


「軍隊か……」
だとすると、おかしなことがある。いや、そうでなくともおかしい。駐在軍人いわく、幾度もやってくる“質の悪い酔っぱらい”。彼らは一体どこからやって来ているといのか。この際、アカネの言葉は置いておいて、人が集まれば、そこには色々は懸念が発生するのである。例えばそれは、分かりやすいところで言えば住居であったり、食事であったり、お金であったり。今のと同じように、街のどこぞで宿を取るか、外で野宿でもしなければいけない。

街の中で、そんな者たちを見かけたという声は聞かないし、幾度も迷惑をかけるそんな酔っぱらいがいれば、とっくの昔に追い出されているだろう。では、町の外かと言われれば、それもおかしい。外にいるとしても、結局は街の門を通り、中にやって来るのだ。そうであるのならば、ある程度の侵入経路が、他者の目にとどまっていてもおかしくはない。だというのに、外に物騒な連中が居座っている、なんていううわさ話は耳にはしなかった。
(……つまり?)
つまり。

「…………どういうことだろう」

うん? とは首を傾げて、宿屋の椅子にギシリと座り込んだ。毎度毎度、彼らは降って現れたように姿を現し、消えていく。「隠れ家か何かが、あるのかな……」 というか、そう考えないとおかしい。けれどもその場所がわからない。一人で探すとなっては、少々範囲が広すぎるし、そんな労力をかけてまで見つけ出す価値のある話かどうかも分からない。

だったらしょうがないかなぁ、とは頷いた。うんうん、と頷いた。



   ***


「あ、アルバさん」
?」

相変わらずアルバは公園で剣を振るっていて、零れ落ちる汗を片手で拭った。もしかしたら、とは思ってはいたが、やっぱりだった。なぜだか少しだけ嬉しくなる自身に気づいて、そのことに力の限り首を振った。決して、彼に会おうと思って来た訳ではなく、きちんと目的があって、自分はここへとやって来たという訳であって、「?」「は、はいっ!!」

ギクリ、と体を飛び跳ねさせると、「そんなにビックリしなくっても」とアルバはくすくすと笑った。はまた顔を赤くして、じっと足元を見つめた。腰袋のサモナイト石が、しっかりしろよ、とこっちに声をかけているような気がする。情けない。

「何か、用事とかがあって来たんじゃないの?」
「え、えっと……」

アルバとて、まさか彼女が自身に会いに来た、などということは考えはしないだろうし、たまたま近くを通りかかった、という程度の認識なのだろう。だったら引き止めてごめんな、とでも言葉が続くのだろうか、とは慌てて首を振った。「あ、いえ、全然、ほんと、その、お散歩で」 嘘だ。


     隠れ家が見つけられないというのであれば、彼らの出現を待てばいい

あんまりにも単純なのだが、それがの出した答えであった。
こっちから見つけられないというのなら、あっちが出てくるのを待てばいい話なのだ。幸い、この公園は街の出入り口に近く、また商店街や、人が集まる場所とも近い。何か騒ぎがあれば、すぐに駆けつけることができる。決して、アルバに会いに来ただとか、会いに来るとまではないのだけれど、もしかしたらいるかなぁ、なんて、気持ちの端っこで考えていた訳でもないのだ、たぶん。

だいたい、アルバさんに会ったって、何がどうこうって訳でもないし、と自分自身にグチグチと言い訳を重ねあわせていると、アルバが不思議気にを見ていることに彼女は気づいて、あはは、と照れ笑いをした。「そっか、じゃ、よかった」 よかった。何がだろう。と話せるから。まだ暫く、一緒にいれるから。一瞬、そんな風な意味ならいいのに、と考えたは、自身で赤面した。普通に、邪魔をしなくてよかった、という意味に決まっている、ともちろん気づいてはいる。

なんだか変だな、とは思った。
確かに自分は人と接することが苦手だし、すぐに赤面するし、口ごもってしまったり、あわあわしてしまうことが多い。でも、けれどもそれはあくまでも、自身が“”のときであって、任務としてこの街に訪れている彼女は、“”であって、“”ではない。初めこそ、戸惑うばかりで何もできなかったが、少しずつ板についてきた。先日の、アカネとの会話なんて、中々うまくできたんじゃないだろうか、とちょっと自分を褒めてやりたい。

順調とまではいかないものの、は、でありながら、きちんと軍人の仮面を心の中にかぶることが出来るようになってきた     はずなのに、アルバと話すとなると、やっぱりボロボロと素がこぼれでてしまって、結局ただのに戻ってしまう。

一番最初に、情けない姿を見られてしまったからだろうか。
なんとなく、アルバには会わない方がいい、とは気づいていた。けれども、やっぱり用事を見つけては、この場所へと足を向けてしまう自分がいる。

そんなの悶々とした葛藤に気づくはずもなく、アルバは相変わらずニコニコ笑って、「いい天気だと、訓練も楽しくなるよ」と嬉しげに空を見上げていた。なんだかはぎゅっと胸が苦しくなった。ドキドキしてきた。けれどもそれがなんなのかは分からない。

          
「は、はい!!?」

全然聞いていなかった。は慌てて、「ご、ごめんなさい、なんでしょう!」とアルバを見上げると、彼は少しだけ瞳をきょとんとさせて、「いや、お兄さんの方、どうなったかって思ってさ」 途端にはしょんぼりと頭を下げた。
そんなを見て、アルバは慌ててしゃがみながら手のひらを振った。「ご、ごめんっ! おいら、その、気が利かなくって、その、悪い意味で言ったんじゃなくって、ただ本当に気になって」 この間もグラッドさんと話してたのに、邪魔しちゃったし、としょんぼり頭の後ろでくくった尻尾まで垂らす少年に、は途端にくすりと笑った。

「ううん、いいんです。多分、この街に兄さんはいないと思うから」 この街に、ではなく、この世界に、と言うべきかもしれないけれど。
じゃあなんで、ここに? とでも言いたげに、アルバがちらりとを見つめた。しまった、とはあたふたと言い訳を考えた。「あ、う、えっと、この街が、なんとなく、気に入って。いいですよね。のどかで、なんだか懐かしい感じ」 これはちょっとだけ、本当だ。

帝都のように、人も物も多く、金や地位が高く積み重ねられている場所よりも、こっちののどかな空気の方が、自身には合うかもしれない。「おまけだよ」との腕の中に、何かにつけてものを渡す店の人々と話す度に、そう思う。そもそも、自分はなんで親衛隊なんてものを目指しているんだろう。そんなことは、いちいち理由にして探すまでもない。兄がいたから、ただそれだけだ。文字通り、兄がいたから。今ではなく、過去にいたから。

(……昔いた人を、追いかけてる?)
兄のようになりたい、小さな頃から、そう思っていた。彼と別れたのは、もう何年も昔のことだ。記憶の中の顔は、少しずつ薄れてきてはいるが、綺麗な人だったということはよくよく覚えていた。男の人にそういうことは、なんだかおかしいかもしれない。けれども、本当にそうなのだ。兄に似ている、と言われる度に嬉しかった。

(……それだけ?)
それだけなのかな。

そう思うと、ひどく自身が薄っぺらなように思えた。顔すらも忘れてしまった人を追いかけて、何になるんだろう。けれども、そんなことを考えても仕方が無いな、とも思う。はうつむいてしまった顔を上げて、「アルバさんは」と声を落とした。「アルバさんは、いいんですか?」「なにが?」「騎士見習いだって、前に言ってたし、お友達を助けるとは言ってたけど、でも、それじゃあ、どんどん騎士団に戻れなくなっちゃいます」 目的と、手段がごっちゃになっている、自分と同じみたいに。

アルバは剣の鞘をいじりながら、唐突なの問いかけに、「はは」と苦笑した。「の言う通りかもね」 でもさ、と彼は口元を緩ませ、を見つめた。「確かに今、おいらは任務中なんだけどさ、おいらがいなくっても、あっちはさして影響はないだろうし     と言えば、ライと騎士団を天秤にかけちゃったみたいなんだけどさ、そうじゃなくって」 そうじゃなくって。

「困ってる友達をほっぽって、騎士を目指すってさ、なんかそれ、違うと思うんだ。誰かのために、何かをしたい。そんな騎士になりたいのに、根本的な部分が腐っちゃう気がして」

はわずかに瞳を見開いた。そして、何か胸が辛くなった。アルバと話すとき、痛いけど、ちょっとだけ嬉しい痛みとは、どこか違う。重っ苦しくて、嫌だ。一番いい言葉を言うのなら、“グサリと来た”

はその痛みを隠すように笑った。別にただ、それだけだ。


   ***



たわいもない話をした。
どこの宿屋に止まっているだとか、あそこの屋台はおいしいだとか、手の豆が潰れて、このごろちょっと痛いだとか、情報とはとうてい無関係なものばかりで、ほんの少しの罪悪感を抱えながら、はからころと笑いながらアルバと話した。

どこの店がおいしい、と話をしているとき、ふと、アルバが顔を見上げた。そしてパッと顔を明るくして、「、町外れの宿に行ったことはあるかい?」「え、ううん、ないです……」 だったらさ、と彼は視線を移動させて、その宿がある、という方を見つめた。「宿屋なんだけど、すっごくご飯がおいしい店があるんだ。おいらもそこで泊ってるし、友達もいるんだけど、よかったらどうかな」

どう、とはどういう意味だろう、と考えて、自分が食事に誘われているのだ、と気づいたのは数秒のちだ。は顔を赤くして、すぐさまぶんぶんと縦に頷こうとしたのだけれど、中途半端な位置で顔を止めて、ぎぎぎ、とまるで音を立てるように斜めに振った。どっちだ、と言いたげに、アルバは首を傾げてを見つめた。「ご、ごめんなさい、私、これから、用事があって」「そっか。じゃ、また機会があったら。それじゃあおいらも、そろそろ宿に戻らなきゃいけないから」

またね、と明るい顔で手のひらを振るアルバに、もぎこちなく手のひらを振り返した。心の中は悔しさでいっぱいだった。できることなら、アルバが言う、ご飯がおいしい宿屋に行きたい。今すぐ行きたい。
(で、でも、そもそも、ここに来た目的は、噂の軍人もどきを見つけるためだし)
商店街ならともかく、町外れなんて行ってしまったら、街で騒ぎがあっても、気づくことすらできない。
ううう、とは悔し気に足元を見つめて、すぐさまババッと門柱を振り返り、誘いを断ってまで待っているのだから、さっさと来てくださいと叫びたい気持ちを抑えるように、彼女はグッと拳を握りしめた。

     しかしながら、の願いは虚しく、平穏無事に過ぎていくトレイユの街の夕日を眺めながら、公園の端っこで小さく座り込み、しゅるりと吹く木枯らしに、体をふるふると震わせた。
正直泣きたい。





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2012/04/08