「お嬢様ー! ニュースです、ニュースですー!」
黄色いきゃぴきゃぴした声が聞こえる。春の陽気の中、ぼんやりぽかぽか、ちょっとだけ眠っても構わないだろうか、と幼馴染の宿屋のテーブルで、うとうと船を漕いでいた彼女は、ビクリと体を震わせた。「……ちょっと、何よポムニット、っていうか、にゅーすって何よ……」「なんだかびっくりするほど驚くことで、他の方に伝えなきゃ! と思うことをこう言うそうですよ。ライさんがそう言っていました」「へーええ……」
またあいつは変な言葉を言ってるわねぇ、とお嬢様リシェルは口元を尖らせた。幼馴染のライは、ときどき自身には聞き覚えのない言葉を使う。それは実際のところ、彼の父親がぽろぽろと漏らしていたらしい言語であるのだけれど、リシェルはライの父親のことを、あまり覚えてはいない。破天荒な人間だった、ということのみしっかりと記憶しているけれど、どれも自身の父親やライが何度もそう主張していたから、勝手にそう思い込んでいるだけかも。
そこまで考えた後、まあいいか、と彼女はまたあくびをした。「お嬢様!」 ポムニットが、ぷんぷん、と頬を膨らます。紫色の髪に、ふわふわとした白黒赤リボンのメイド服を身にまとう彼女、ポムニットは、文字通り彼女のメイドで付き人で、ついでに言えば友人でもあるのだけれど、お目付け役も兼任している彼女は、彼女のそんなものぐさな仕草にはもとを言わずにはいられないのだ。
「お嬢様! あくびなんて、淑女のすることではありませんよ?」
「いーじゃないのよー。眠いんだから、出ちゃうものは出ちゃうの」
だいたいあたし、淑女じゃないもーん、と両手をひらつかせるリシェルに、ポムニットは困ったように白手袋をこすりあわせ、長い溜息をついた。まったく、お嬢様はなんて困った方だろう、と思いながら、そんな彼女が可愛くて仕方がない、とも思う。けれども何かあって、自身の主、つまりはリシェルの父に叱り飛ばされるのは自分である。それは勘弁願いたい。
多分、自分の主張だなんて、彼女は左の耳から右の耳へと通り抜けさせてしまうのだろうけれども、諦める訳にはいかないし、けじめというものもある。ポムニットはこほん、と咳をついて、もう一度リシェルに叱責を飛ばすべし、とキリリと眉を釣り上げた。しかしながら、元来おっとりした顔つきである彼女は、どう頑張っても迫力というものには程遠いものであったが。「それで、にゅーすってのはなんなのよ」
ポムニットの小言はもう勘弁、とばかりに、彼女の主張を遮るように、リシェルは眠たげな顔を上げた。そうでした、とポムニットはぽぷりと両手のひらを打ち、にこにこと頬をほころばせた。思わずリシェルは身構えた。
しかしながら、そのポムニットのニュースは、リシェルにとっても喜ばしい言い換えれば、楽しくって仕方のないことであったのだ。
「大変なんですっ、アルバさんに、恋の予感なんですよーぅ!!!」
いじりがいのある話には、食らいつく。それがリシェルのマイルール、と言うわけでもないが、恋愛となれば、大抵の女の子の心はときめくものだ、と思う。少なくとも彼女の愛読書は意外なことにも恋愛小説だ。ついでに言えば、彼女のメイドの大好物は、他人の色恋沙汰だ。自分の話となるとそうでもないけれど、他人の恋愛ほど面白いものはないらしい。こじれればこじれるほどナイス、と思ってはいるのだけれど、一応大人なのである程度の自制はしている。たぶん。
つい先日も、グラッドからの片想いに、噂の召喚師、ミントは気づいているのか否か!? ということに、リシェルとポムニット、ついでに巻き込まれたライと共に盛り上がったばかりである。恋の動向チェックは、刺激の少ないメイド生活の潤いである。
ということはさておき、ポムニットは彼女のお嬢様へと、自身の目撃情報を語った。曰く、真面目少年の騎士見習いアルバが、このところ見覚えのない少女と共に待ち合わせをして語り合っているとかなんとか。お互いまんざらでもない様子で、これはまさか、恋の旋風の始まりか!? ということなのである。
恋の話は一人よりも二人、二人よりも三人でキャッキャと話すのが醍醐味だ。
リシェルはむふり、(言い換えればにやり)と笑いながら、それは気になる、気になりますねえ、と宿屋の端でお互いヒソヒソと話し合い、不審な顔をする店主(幼馴染)をほっぽって、噂の彼らの待ち合わせ場所へと喜び勇んで、こそこそ隠れながら彼らの動向をチェックすることとなったのである。これは楽しい。
「ほら、ほらほら、お嬢様、あそこです、あそこっ」
「ちょ、ポムニット! そんな大きな声出さなくなってわかるって……っ!」
静かにしなさい! といつもとは別の立場でメイドをたしなめ、どれどれ、とリシェルは大きな木から顔をのぞかせ、ふむふむと相手の主を確認した。アルバと、金髪の小さな少女がにこにこと談笑しあっている。会話ははずんでいる、という訳ではないが、途切れることはないらしい。お互いぽつりぽつりと話し合う、まるで付き合いたてのカップルか何かのようだ。なんだかむず痒い。
「んー……年は、だいたいアルバとおんなじくらいかなぁ……」
「ね、ね、お似合いですねっ」
「……ポムニット、あんた落ち着きなさいよ」
遠目ではっきりと見えないことは悔しいが、もしやすると、中々可愛い女の子なんじゃないだろうか。うー、うー、うー、と隣でメイドが足を伸ばして必死に確認をしようとしている。つっこむことも疲れてきた。「それにしても……アルバがねぇ。ちょっと意外かも」「ですねぇ」 悪い意味ではないのだが、こういうことには遠いというか、疎いというか、興味がないように見える少年である。見知らぬ街で、ちゃっかり女の子と仲良くなっている、という事実にびっくりだが、案外彼は女の子慣れしているような気もする、とリシェルは感じていた。
別にそういう色恋的な意味ではなく、家族に妹や、姉のような存在がいる、と前に言っていたような気がする。異性の扱いにある程度慣れているといことだ。あの年頃の青少年にありがちな、照れや戸惑いがあまり見られない、と偉そうに考えてみたけれど、リシェルだって彼よりいくらか年が上な程度だし、めんどくさい家の立場から、そうそう友人が多い訳でもないので、適当と言えば適当だ。
「……あ、別れちゃいましたよ」
「女の子の方は……うん、別に帰るって訳でもなさそうね」
アルバさん、そこはもうちょっと、もうちょっとーっ! と悶え苦しんでいるメイドを無視して、リシェルはアルバの行き先を見つめた。彼はとことことこっちに向かって歩いている。おそらくミントの家で怪我に治療か、はたまたライの宿屋へと戻るのであろう。「一体あの子とはどうなんでしょうかねー、どうなんでしょうー」ともだもだしているポムニットの言葉を聞きながら、うーん、とリシェルは首を傾げた。そして、「おーい、アルバー!」 アルバに思いっきり片手を降って、こっちに来い来い、と合図した。
「お嬢様ァ!?」と悲鳴を上げるメイドを無視して、「あーるーばー!」「……うん? リシェル?」 こんなとこでどうしたんだよ、とこっちに歩を進める少年に、ニマッと彼女は笑った。「さっきの子、なんなのォ? 一体」 ポムニットは真っ青な顔をした。色恋沙汰とは端で見て楽しいのであって、直接本人に口をツッコムとはなんたるタブー! と思いながらやっぱり気になったので、耳をダンボにさせながらアルバを見つめた。「さっきの子? のこと?」「!」 アルバの言葉に、リシェルは声をほころばせた。
「ポムニットォ。だって、さっそく呼び捨てよポムニットォ」
「ほんとですね、これはもうあれですね、お嬢様それですね」
あれってなんだ。と思いつつ、アルバは彼女二人を見つめた。「……えーっと……?」「随分、仲がよさそうねーって思ったのっ」「う、うん……?」 やっぱり困ったようにアルバは首を傾げた。
「だーかーらー! 二人で待ち合わせして、こんにちはーってお話して、いつのまにやら彼女を作っちゃうだなんて、あんたもすみに置けないわねーって意味っ!」
むん、と腕を組んで主張するリシェルの隣で、うんうん、とポムニットは頷いている。アルバはリシェルの言葉を暫く考えたのち、「彼女?」と眉を八の字にした。「えーっと……、何を間違えているのかよくわからないんだけど、別にとは待ち合わせをしてる訳じゃないよ」「えっ、で、でもここ数日、いつも一緒にいらっしゃるじゃないですか」 つまりはその数日間、ポムニットも彼らを観察していたと白状するようなものなのだが、アルバは特にその事実には気づかず、「うん」と頷いた。
「おいらはここで訓練をしてるんだけど、は散歩でここに来てるだけだよ」と言って、はは、と彼は苦笑した。
さて、これは事実であるのだろうか。
女の勘を屈指して、リシェルとポムニットはアルバを見つめた。顔が近い。アルバは戸惑うように首を傾げるが、それだけだ。「……これは……」「……本当みたいですねぇ……」 つまらないなぁ、というような女性二人の無言の呟きに、とりあえずアルバは、はは、と力なく笑った。何かあれば、苦笑してしまうのは彼の癖である。
とりあえず、とアルバは木の影に引っ張りこまれた。「ふーん……でもあの子、どーにも散歩って雰囲気じゃない気がするんだけど?」 散歩、と言えば、ぶらぶらとそこいらを歩きまわることを言う。彼女の場合、ぼんやりと公園に立って、ときどき外に壁を見つめている。どちらかと言えば、“人を待っている”と言った方が正しい気がするのだ。呟いたリシェルの言葉に、うんうんうん、とポムニットが頷いている。「もしや、誰か男性を待っていらっしゃるのでは……?」
探りを入れるように、ポムニットは呟いた。けれどもアルバは青い瞳をきょとりとさせて、「ああ、そうかもしれないね」と特に気にする風もなく頷く。つまらん、と女性二人は心の中で舌打ちした。
「なーんだ。ポムニットがにゅーす、なんて言ってたから期待しちゃったのに」
「にゅーす? ああ、ニュースか」
「アルバさん、知ってらっしゃるんですか?」
「うん、サイジェントの仲間がときどき使ってるよ」
じゃあ、ライの親父が適当にしゃべってたって訳じゃあないのね〜、と口元に指先を当てるリシェルに、まっ、お嬢様、親父だなんて言葉遣いはいけませんよ! といつものごとく、ポムニットがたしなめる。
まあとにかく、あんまり面白くない展開というか、つまらない展開であることは間違いない。リシェルはもう一度、「なーんだ」と大きくつぶやいて、さっさと家に戻ろうかしらとその場から背を向けようとした。けれども。(……アルバからは、なんともないって言ってもさァ) もしかしたら、あっちからは違うかもしれないし。恋愛なんて、お互いちぐはぐな矢印なのだ。っていうか、恋する乙女シリーズに、そう書いてあったし。
新たな恋のつぼみとおもいきや、別になんともない緑の葉っぱであったことに、しょんぼり頭を垂らすポムニットを横目に、(気になるわねぇ)とリシェルはふむと頷いた。
乙女の鼻は、鋭いのである。
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2012/04/08
ポムニットさんのアルバの呼び方が、アルバさんなのかアルバくんなのか自信がないですOTZ