「ハーイ? ちゃーん?」
唐突に見知らぬ女の子に声を掛けられた。
は赤い瞳をきょとりとさせて、その少女を見つめた。自分と同じ年頃か、もしくは一つ二つ上かもしれない。頭にはピンクの帽子をかぶっていて、その上にはちょこちょこ兎が乗っている。かわいい、とちょっとだけ彼女は羨ましくなった。一応、幼い頃から軍人としてのくくりを受けていた彼女は、可愛らしいものとはあまり縁がなかったのだ。
「あたし、リシェルっていうの。よろしくー」
「あ、え、はい……?」
聞き覚えのある名前だ。けれども彼女と話した覚えはない、というか、この街に来て、知り合いといえばが泊まる宿屋と、商店街の人々、それにアルバと、一応駐在軍人のグラッドくらいである。この街に滞在する短い期間の中で、すっかり顔を忘れてしまうほど、自分の記憶力は悪くはない。でも彼女はの名を知っている。
普段と同じ公園でぽつりと立って、残念ながら、今日はアルバはいないらしい、と少しだけ寂しく思っていた矢先だった。彼女、リシェルはすどすと大股で、唐突にの目の前に飛び出し、片手を上げてにこやかに笑った。つられては笑い返した。けれども言葉が続かなかった。
リシェルはそんなにはお構いなしに、ガシッと彼女の腕を掴んだ。「え、え、え???」 は目をしろくろさせて、リシェルを見つめる。リシェルは微笑んだ。同じくも、笑った。さっきと同じパターンである。「って、暇よね?」「え?」 暇じゃない。「暇よね? 今日はアルバはここに来ないし、どうせ誰か待ってるだけだから、暇よねー?」「え、ええッ!?」 なんで今、その名前が出てくるの!?
の激しい混乱に気づくことなく、リシェルはの腕をひっぱって、「そいじゃー、こっちに来なさいよー!」 お昼くらい、おごってあげるんだから! とけらけら八重歯を見せて笑う少女にずるずると引っ張られ、「え、え、え、え、えええー!!!??」とは一人混乱の悲鳴を上げたのだった。
リシェル・ブロンクス
その名前を思い出したのは、が見知らぬ宿屋に連れ込まれてから、暫くが経ったころである。トレイユの街の有力者、ブロンクス氏の長女であり、数少ない召喚術師だ。ブロンクス氏自身も技量のある召喚術師とは聞いているが、今現在はほぼ机の上の書類と縛られるばかりで、そちらの今はてんで手をつけていないらしい。
記憶の中の帝国に残された資料をめくりながら、は長く長くため息をつき、テーブルにちょこんと鎮座した。目の前にはリシェル、右隣にはなぜだか見覚えのないメイド服の女性が、わくわくとこっちを見つめているし、左側にはリシェルの弟、ルシアンが、気の毒気にこちらに目線を向けている。一体何なの。
「リシェル、お前むりやり連れてきたんじゃないだろうなー……」
「ちっがうわよー。ちゃんと今暇? って確認したわよ。ねー」
されたけどされてない。力の限り首を振りたかった。代わりに、「あはは……」と力なく笑う。「ほら、大丈夫って言ってるじゃない」「……あやしーなー」 ま、いいけどよ。と先ほどリシェルに苦言を述べた白髪の少年、ライはことんとテーブルの上に皿を乗せた。ほかほか暖かなチャーハンに、緑色のレタスが眩しい。くう、との腹が小さくなった。慌てて彼女は顔を赤くしながら、お腹に手を当てた。ライは、ハハ、と笑って、「さっさと食えよ、俺のおごりな」と親指と人差し指でマルを作る。
どうしようかな、とは暫く考えたのだけれど、恩は素直に受け取っておくことにした。アルバの友人、ライの腕前は、アルバからよく聞かされている。実は少しだけ気になってはいたのだ。
はレンゲを手に伸ばし、両側、ついでに正面の視線の痛々しさを感じながら、はむりと口にチャーハンをくわえた。「……おいしい」 粒が一つ一つばらけていて、パサパサしているとおもいきや、ぷちぷち米粒に弾力があり、それ一つ一つに卵がコーティングされている。もう一口。「お、おいしい……!」 パッ、とは頬を緩ませた。「でっしょー!」「うんうん」「ですよねぇ」
まるで自身を褒められたかのように、リシェル達はうなずき、噂の料理人はちょっとだけ嬉しげに笑いながら、すぐさま調理場へと引っ込んでしまった。他のお客のご飯を作らなければならないのだ。宿屋だというのに、まるでこっちが本業のようで大変そうだが、このおいしさでは仕方ないかもしれない、とは何度もうんうん頷き、もぐもぐ口にご飯を含ませていく。
スパッと食べ終わり、すぐさま両手をあわせごちそうさまです、と頭を下げるに、リシェルは少々意外な顔をしてを見つめた。「食べるの早いのねー。もうちょっと、のんびり食べそうな感じなのに」「はい、軍では速さ勝負げ、げふっ、げふげふっ」「だ、大丈夫ですか!?」 お水を持って来ましょうか? と首を傾げるポムニットに、はぶんぶんと首を振った後暫く考えて、力いっぱい縦に振った。どっちだ。
(あ、あぶないあぶない……) 危うく自身が軍人であるともらしてしまいそうになった。この頃ちょっと、気が緩みすぎてしまっているのかもしれない。
とういうか、自分はこんなところにいるべきではないのだ。今すぐにも不穏な集団達が出現しても対処ができるようにと、街広場に戻らなければいけない。けれどもご飯まで頂くだけ頂いて、「それじゃあ失礼します!」と消えてしまうのは、なんとも失礼な話である。
うん、うん、うーん、と悩んだ挙句、もう少しばかり、とはその場に留まることにした。丁度水を持ってきたポムニットが、「どうぞ」とにコップを手渡す。「ありがとうございます」とぺこりと彼女は頭を下げて、こくこくと水を口に含んだ。
「さんって、この街に来たばかり……なんですよね?」
ふと、ルシアンがに問いかけた。はことん、とコップをテーブルに上に置き、「はい」と頷く。「兄を探してこちらに来たのですが、今は純粋にこの街が気に入って、ちょっとの間留まらせてもらっています」 言い訳はきちんと統一しなければならない。何度もこの理由を口にしたものだから、この言い訳が、まるで本当のことのような気がしてきた。はただの少女であり、軍などは関係もなく、兄はただ音信不通となり、この世界のどこかで生きている。そんな妄想をしてみた。それは少しだけ心地がいいけれども、どこか寂しくなる話だった。
「へー。なるほどー」
うんうん、と弟の問いかけに姉が頷く。「それで、街の宿場に泊まっていらっしゃるんですか?」「はい、そうです」 ポムニットの問いに、リシェルが首を傾げた。「ふーん。けどいつぐらいまでいるの? っていうかいつからいるの?」「えーっと、特に予定を決めてはいないんですが……」 っていうか。
は不審げに首を傾げて、彼らをぐるりと見回す。なんで自分はこんなに情報を引き出されているのだ。自分はその反対の立場であるはずである。そもそも不思議なことがひとつある。あんまりにも展開が急すぎて、今の今まで問いかけることを忘れていたのだけれども、「…………なんで、私の名前、知ってるんですか……?」 それである。
からしてみれば、随分勇気のある問いかけだった。確かにこの宿の亭主であるライと、リシェル達は知り合いのようだが、自分も一応ライと知らぬ仲ではないとは言え、わざわざ彼が、彼女たちにのことを伝えるというのも奇妙な話だ。一体全体どういう流れ。
つながり合わない糸に、はぐるぐると頭を混乱させていたというのに、リシェルはなんてこともないように、「ああ」と軽く頷いた。「だってさ」 彼女が何かを言いかけたとき、こん、こん、こん、と二階につながる階段から、複数人の足音が響いた。
「まったく、どんどん人が増えていくものですから、お洗濯物が大変ですわ」
「そうだね。でもおいらは結構楽しいけどな、サイジェントの家を思い出すしさ」
「ふーん、アルバって大勢で暮らしていたってこと?」
「うん、まあね。騎士団に入ってからも、やっぱり洗濯物は見習いの役目だし、結局どこでも変わらないなぁ……って、?」
「…………アルバさん?」
大量の洗濯物を抱えたアルバと、その後ろには小さな眼鏡の天使は、アルバよりも少なめの衣服を抱えている。は何度もきょときょとと瞬いた。そしてハッとして、調理場にいるライを見、にやにや笑うリシェルにポムニット、相変わらず気の毒気な顔をするルシアンを振り返った。
(宿屋なんだけど、すっごくご飯がおいしい店があるんだ。おいらもそこで泊ってるし、友達もいるんだけど、よかったらどうかな)
彼はそう言っていたではないか。
街のはずれにある、ご飯がおいしくって、アルバの友達がいる宿屋。
(な、なんで気づかなかったんだろう)
ここはアルバの宿屋で、彼とリシェル達は知り合いであったに違いない。全部が一緒くたにつながっていたのだ。「なんでが……ああ、ここにお昼を食べに来たの?」 ライのご飯、おいしいよね、とリシェルの思惑などまったく知らず、彼はにこにこと笑った。そして、「ちょっとアルバ、遊んでいる場合じゃありませんわよ」と眼鏡天使に怒られている。「ご、ごめん、リビエル……」
天使がいるだなんて珍しい、との冷静な召喚師の部分が呟いたけれど、そんなことよりも、なぜだか彼女は混乱した。ガタガタッと立ち上がった。すぐさま同じくリシェルが立ち上がり、「まあまあまあ、もうちょっとゆっくりしていきなさいよ」とリシェルの肩を押さえて、椅子に座らせる。「あ、あの、あの、でも私」「いーじゃないのよ。どうせ暇でしょ?」「で、で、で、でも」 可哀想なくらいにカクカクと手のひらを震わせる彼女に、「姉さん、無理強いはよくないよ」とルシアンが眉を顰めさせた。ついでにメイドはうんうん、と頷いている。
「無理強いじゃないわよ。ねー?」 むっと頬をふくらませる彼女に、はカクカクと頷いた。とりあえずカクカクし続けた。それしかできない。混乱している。
そうこうしているうちに、アルバは洗濯物を抱えて天使と一緒に外に出て言ってしまったし、またまた二階から、「ごしゅじーん、お昼は味噌汁でお願いしますーう」と短いチョンマゲをつけた、おそらくシルターンの召喚獣に、ついでにまたその後ろから、「では我も同じものを頼もうか」と扇子らしきものをはたはたとはためかせる男性がひょいと顔を覗かせた。角を見るに、おそらく彼は龍人族だ。
「なんだお前たちは、食い意地ばかりはっているな」と二階から呆れたような声をかける、露出の多い服を身にまとう褐色の女性は、メイトルパのセルファン族だ。こればかりは間違いない。はメイトルパの召喚師だ。思わずぽかんと大きな口を開けた。そして間抜けな声をだした。
「え、え、えええ……??」
「おお、まだ客がいたようだな、失敬失敬。驚かせてしまったか」 ははは、と高らかに笑う竜神族の男性に、は思わず腰を抜かした。こう言ってはなんだけれども、天使に竜神族にと珍しい召喚獣の目白押しだ。召喚師は一体どこに、と慌てては辺りを見回した。まさか主のいない召喚獣つまりははぐれが、こうも堂々と宿に泊まっている訳ではあるまい。
あわあわと視線を動かし続けるに、リシェルはきょとんと瞳を瞬かせた。(彼女は違う) 申し訳ないが、魔力の量での判断はできるし、そもそも彼女はシルターンやメイトルパではなく、機界ロレイラルの術を扱うと調べには書かれていた。
誰か高位の召喚師が宿に泊まっているのだろうか、ととりあえず意識を落ち着かせると、「ぱぱー」 小さな女の子の声が聞こえた。「う、うひゃっ」 は思わず奇妙な声を上げてしまった。
ちょこん、と調理場から顔を覗かせた少女は、一見普通の女の子だし、桃色の髪が可愛らしい。けれども弾けるマナに、は再び腰を抜かしそうになってしまった。
なんで今まで気が付かなかったんだろう。この宿は、メイトルパの匂いに溢れている。一人あわあわする彼女に、ポムニット達は不思議気にを見つめるが、から言わせてもらえば、何故彼女たちがこうも平然としているのかが分からない。(な、なにこの宿……!?)
召喚獣が目白押しというのに、周りの人間たちは、それがさも当たり前とも言うように受け止めている。(ぜ、絶対変だ!) おかしい、おかしすぎる。けれどもそう思う自分が変なのかもしれない、当たり前の様子でテーブルについて、「ご飯はまったく美味しいです、素敵ですねぇ!!」「まったくまったく、はっはっは!」と白い歯をきらめかせる彼らを見て、なんだかよくわからなくなってきた。なんだか普通だ。
「……、あんたどうしたの? あ、あいつらにびっくりしちゃった? まあ気にしないでよ、悪さなんてしないし。あそこの緑のやつは、ちょーっと歌が下手くそだけど」
「リシェルさん聞こえておりますよ! 心にビシリとヒビが入りましたよ!!」
「だってホントのことじゃーん」
ケラケラ、と笑うリシェルに、まったくもう! と噂の緑着の男は口を尖らせ、白いご飯を見つめ、「うっひょー♪」と幸せそうにお箸を動かす。なんだか平和だ。(……気にしすぎかなぁ)とため息をついた瞬間、今度はカララン、と玄関のベルが鳴り、見覚えのある青年が顔を覗かせた。「お、相変わらず同じ顔がそろってるなぁ」とグラッドは苦笑して、椅子をひいて、ドスンと席につく。そしてすぐさまに気がつき、「あれ、きみは……」 はぺこんと頭を下げた。内心、また知り合いか!? とびくびくものであったが。
「あれ、さんって、グラッドさんとも知り合いなの?」
ルシアンの問いかけに、「いえ、知り合いというか……」、ちょっとお話をしただけというか、と言葉を濁しながら、彼女は鈍く頷いた。「へーええ。アルバだけじゃなくって、グラッドさんとも知り合いなんだー。だーったら、街の宿屋じゃなくって、こっちに泊まったらいいのにー」 どこか若干棒読みに、リシェルはそう主張して、の耳元に、こそっと小さく呟いた。「そしたら、広場でわざわざ待たなくなって、アルバといっつも一緒にいられるわよ?」 ぼふっとは赤面した。
「なななな、なななな、なな、なにを、いいいい、いっいっ、いいっ」
「…………全然ものを言えてないわよ」
「…………想像以上に、焦っていらっしゃいますね」
半分呆れたような声を漏らす女性陣から顔を逸らし、なんのことだかわからない、という風に瞬きを繰り返すルシアンに、は勢い良く向き直った。そしてぶんぶんっ、と彼に向かって首を振る。「え、え? え、さん、何?」 ぶんぶんぶんっ。「え? え? え?」 ルシアンの驚きにも構わず、ぶんぶんぶんっ!
「なんでアタシたちじゃなくてルシアンに主張してるのかしらね……っていうか、モロわかりだし」
「わたくしたちに否定しても無駄だとこっそりわかっていらっしゃるのかもしれませんね……?」
「さん? ど、どうしたの?」
「む、無理なんです」
「だ、だからなにが?」
「そ、そんなの無理です」
「だから、どうしたの!?」
ゆでダコのように真っ赤な顔をして、ぶんぶん首を振りながら主張をし続ける彼女を見て、「何やら奇妙な少女だなあ」、と宿屋の住人たちは彼女を印象づけたのであるが、彼女からしてみれば、ここは激しく変な宿であり、できることならば、もう一生近づきたくない、と心の底に言葉をしみつけ力の限りに首を振り続けたのだ。
アルバさんと一緒の宿なんて、「私、絶対に無理です……!!」「だ、だから、何がー!?」
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キャラ同士の呼称が全体的に自信がないので、間違ってたら教えてやってください(;´Д`)
2012-04-09