ひどい目にあった。
リシェルに無理やりに宿屋に連れ込まれ、いつの間にやら宿屋に(泊まる、ではなく)住んでいる召喚獣達の自己紹介に巻き込まれ、はぐるぐると瞳を回した。よくよく辺りを探ってみれば、宿屋の周りには何か結界のようなものが張られている。あくまでも彼女の専門は、メイトルパの召喚術だ。それ以外のことはよくわからない。ただ、悪いもの、こちらに危害を向けるようなものではない、ということは理解できるが、溢れるマナに、は額をぐらつかせた。
特にこの、ミルリーフ、と言う桃色髪の少女だ。「お姉ちゃん、調子、悪いの?」 なぜだかライをパパと呼ぶこの彼女は、こくんと可愛らしく首を傾げた。けれどもは口元をひくつかせ、ぺたりと椅子に座り込んでしまった。
マナ酔いだ
召喚術の才が高いということは、それだけ感知の力が高く、外からの影響を受けやすいということだ。次からマナ避けの守りの符を持ってこよう、とは固く誓った。通常であるのならば、ここまでマナに酔いはしない。けれども結界という閉鎖空間の中では別だ。初めこそ気にはならなかったが、じわじわとメイトルパのマナが浸透し、ぐらぐらと視界まで揺れてくる。(め、メイトルパは、特に……) まずい。よくない。
「……どうした、ほんとに気分でも悪いのか? 部屋は余ってるし、今日はうちに泊まるか?」 と心配気に眉をひそめる宿屋の店主に、はふるふると首を振った。気持ちはありがたいが、そんなことをしてしまっては、治るものも治らない。とにかく、今すぐ結界の外に出なければいけない。「いえ、ご心配なく……」 は青い顔のまま、首を振った。無理をしていると見ればすぐに分かる顔色だ。けれどもライは「そうか」と案外あっさりと身を引いた。
ライからすれば、彼女はびくびくと何かに怯えているように見えたのだ。彼が思いつく理由とすれば一つだけ。興味深げや、心配気な顔をしてを見つめる召喚獣だ。
いくら帝国が、聖王都など他の国とは違い、一般人が召喚術を使用することを認めているとはいえ、召喚獣への偏見はどこでもつきものだ。いや、偏見ではないかもしれない。事実、召喚獣は人間よりも強大な力を保有する。彼らを縛る誓約を除き、純粋な勝負に出れば、負けるのは大抵人間だ。彼らに怯えることも仕方がない。
いつもは客がいるとなると、気を使ってなるべく姿を見せないようにしている彼らだが、アルバの知り合い、リシェルが連れてきた客人ということで、特にそこら辺の気遣いはなく、ぐるりとの周りを囲んでいる。もで、青い顔をしているものの、彼らの言葉に案外しっかりとした返答を繰り返していて、怯えているのかそうでないのか、実際のところよくは分からない。けれどもビクリとときどき肩を震わせているところを見ると、やはり無理をしているのだろう、とライは考えた。
まさかは軍属の召喚師であり、召喚獣に怯えている訳ではなく、溢れるマナにぐるぐると気を失いかけていたのだ、なんてことはライにはわかるはずもなく、ちょっとした食い違いをしていた訳だ。
をこの場に連れてきた本人も、さすがに申し訳なさそうにを見つめていた。そして、そうだとばかりに、外から洗濯物干しを終えたアルバへ丁度いいとばかりに、「アルバ! あんた、を宿に送って行ってやんなさいよ!」
勘弁して欲しい
の心情はと言えば、その一言に尽きたのだけれど、アルバはリシェルの言葉を聞き、の顔色を見ると二つ返事に頷いた。そしてとアルバは、お互いてくてくと並びながら歩いている。とっくに宿を出て、気分がよくなったはずなのに、別の意味で顔色を悪くして、はふらふらと足をふらつかせながら歩いた。「……、やっぱり顔色がよくないな、おぶろうか?」「いいいいっ、いいです、いいですっ」「でも」「大丈夫ですからッ!!」
それだけ元気に首を振れるのであれば問題ないか、とアルバは苦笑して、また彼女の少し前を歩いた。は赤い夕陽の中で、自身の顔まで赤くして、ぼんやりアルバの背を見つめた。
唐突に、アルバが振り返った。は体をぎくりとさせて、立ち止まった。「あのさ、」「はい?」「悪い人達じゃないから」「え」
なんのことだろう、とは暫く考えた。そしてやっとこさ、彼らのことだと気づいたのだ。あの翼や角を生やした召喚獣達のこと。一瞬認識が遅れてしまったのは、アルバが彼らを“人”と呼んだからだ。召喚獣は飽くまでも獣である、というのは、このリィンバウム共通の認識だ。いくら姿形が人と似ていようといまいと、関係はない。特に、召喚術に縁のなさそうな、アルバの口から洩れたその言葉に、はパチリと瞬いた。そしてくすりと笑った。
「別に、怖かった訳じゃないんです」
「……そうなの?」
「はい。私、これでも召喚師ですから」
えっ、とアルバは小さな声で頷き、なるほどとばかりに頷いた。「そっか。帝国じゃ、誰でも召喚術を使ってもいいんだっけ」「はい、アルバさんは、サイジェントでしたっけ」「そう、派閥の人間しか召喚術を使っちゃ駄目っていうのが常識だったから、こっちに来て結構驚いたな」
そう苦笑する彼の横に、はぴょいと並んだ。「……アルバさんは、怖くないんですか?」「怖い?」「その……召喚獣が」 少しだけ、彼女は言葉を濁した。
アルバはわずかに瞳を開くと、実はね、とばかりに口元を微笑ませ、「おいらの家族は、大家族だから。結構慣れてるっていうか」
つまり、その“家族”の中に、召喚獣もいたということだろうか。けれどもさきほどアルバ自身、サイジェントの出身であり、派閥の人間、つまりは貴族以外には、召喚術は扱えないと言ったばかりだ。だったらはぐれ召喚師をなくして、元の世界に還る術を無くした獣達が家族だったと言うのだろうか、とは首を傾げた。けれどもそれ以上問いかける気はなかったし、さして気になることとも思わなかった。人の事情は、人それぞれだ。
ほんの少し空いてしまった会話の間に、街の人々の声が交じる。いつもと変わらない街広場に商店街。運がいいことにが待ち伏せていた集団は、今日も現れなかったらしい。いったいいつまで待てばいいのか、ちょっと気が遠くなる。
「?」
「はい?」
じっとアルバがの目の前で、小さくしゃがみこんだ。彼はの前髪をくしゃりと片手でかきあげて、また顔を近づける。「あ、あ、あ、アルバ、さん……?」 が顔を赤くし、幾度か瞬きを繰り返した後、にこりとアルバは笑って、顔を遠ざけた。「うん、さっきよりは元気そうだ」 顔色を見ていただけだったらしい。はがくりと肩を落とした。
(今日は、いろんなことがあったな)
リシェルに無理やり連れ込まれ、不思議な宿屋を見つけ、こうしてアルバと共に夕日の中で並んでいる。ふと、妙にうれしい気持ちになって、は少しだけ歩幅を大きくして、すとん、と跳ね上がるように地面に足を置いた。そんなを見て、アルバはふと笑った。同じく、も笑い返した。
アルバは少しだけ何かを考えるように顎に手のひらを置き、すぐさままた苦笑した。の宿まで彼女を見送り、それじゃあね、とお互い手のひらを振る。はい、ばいばい。またね。
そう笑いながら、はふと、胸を冷やした。
彼女は、アルバ達を疑っている。
(いいや、別に、アルバさん達が悪いことをしてるって、思っている訳じゃないけど……)
それでも、あの宿屋は奇妙だ。結界を張ってまで、一体何を守ろうというのか。がまさかまさかと僅かな疑いを抱いていた駐在軍人までを見てしまったら、疑うなと言う方が難しい話だ。
いつでも来いよ、と鍋を片手に笑ったライや、ポムニット、リシェルにルシアン、そして召喚獣の面々を頭の中に思い描き、彼女はちくりと良心を痛めた。けれどもすぐさま首を振り、次の日から街広場ではなく、彼らの宿を中心として探索に当たることを決めた。とは言っても、うかつに結界の中に入ってしまうことはなんとか避けたい。宿に戻り、すぐさま作ったマナ避けの守りを首から垂らし、ごそごそと周りの木々に紛れるようにして、彼らを監視した。
そして、その成果はすぐさまに現れたのだった。
***
「全ては同朋たちの悲願をかなえるため。邪魔をするのなら、この翼にかけて、容赦はせん……!!」
(……これは、一体、どういう状況なんだろ……)
御子に、御使い。そして、(竜……?)
アロエリメイトルパのセルファン族を慌てたように追いかけた彼らの背を追尾した先で、ぽろぽろと溢れる彼らの言葉に、は眉を顰め、一人木々の上から彼らを見下ろした。距離は遠く、はっきりと言葉は拾えない代わりに、口の動きで読むしかない。アロエリと、その兄の決別として、お互い矢を向け合ってはいるものの、死体が眠る墓地で殺し合いなど、冗談としてもつまらない。
アルバ達は、何かを守っている。おそらく、それが“竜”であるのだろう、ということは理解ができた。そして彼らの布陣から察するに、その“竜”は、あの強大なマナを保有する少女、ミルリーフ。(……竜?) は知識をひとつ、紐解いた。竜と呼ばれるものには、二つの種類がある。亜竜、そして至竜だ。それら二つは、同じく竜の言葉を冠してはいるが、ある種まったくの別物である。亜竜とは、至竜に到達する前段階の姿と言ってしまえば簡単だ。(……なるほど、あの女の子が至竜なのか……) それならば、あの強大な魔力にも納得できる。
とは言っても、一体何故彼らは竜を狙うのか。そもそも、アルバと対する仮面の集団は、が事前に聞き及んでいた集団とは、どうにも違う気がする。(複数人いるってこと?) 混乱する。しかしながら、糸口は見つけた。
さて、どうすべきか、とは瞳を細め、彼らの戦いを見下ろした。「……結構、いい勝負みたいだね」 からころと、手元の石を操りながら話しかける。彼からの言葉は何もない。いつもこうだ。どちらが善で、どちらが悪か。心情的に言うのであれば、アルバ側に傾くが、それで本当に間違ってはいないか。正直、情に流されていると言われて否定はできない。
糸口はつかめた。なればいつまでもとどまっている訳にはいかない。こちらの存在を気づかれては厄介だ。(申し訳ないけれど) 彼らの隠れ家を探る。当初の目的は、一旦保留とさせて頂くことにした。シルターンの言葉にも、二兎追うものは、などと言うではないか。これから先は、ライの宿屋を中心として調査に当たる。
そう自身を納得させ、すぐさま枝から飛び去ろうとした瞬間、の瞳に、矢をつがえる兵が映った。先はあの、竜の子である。キリキリと引き絞られる弦に、気づくとは片手を動かし、緑の石をつきだした。「!」 獣の名を呼ぶと同時、彼女の石から火の粉が散った。弓矢を持つ男は、突如燃え上がった弓矢に悲鳴を上げながら即座に投げ捨てる。がホッと息をついたのは一瞬だ。彼女は辺りを確認することなく、すぐさま枝から飛び降り、彼らに背を向け、駆け抜けた。(余計なことをした)
息が切れるまで走りぬけ、誰も気づいていなければいい、と拳を握った。そうしていると、大丈夫だ、と気持ちが明るくなった。たかだか炎が散った程度、なんの問題もない。以外にも、あの場に召喚師は複数いた。こすれ合う刃の火花が散る中、だれがあんな小さな炎に目を向けているというのだ。
だいじょうぶ
だいじょうぶ
胸に手のひらを押し付け、は長く息を吐き出した。そして即座に自身が泊まる宿へと向かい、荷物をまとめた。緑着の一人の青年が、逃げ去る彼女の金の髪へ、不審に瞳を細めていたとも知らずに。
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2012-04-10