「今日から、こちらにお世話になっても構わない、でしょうか……!」


僅かな荷物を抱えたは、きゅっと唇を噛み締めた。拳を握る。そして力強く声を出す。ギッと眼前を睨んだ。けれどもそこには誰もいなかった。当たり前である。これは予行練習だ。「こう、こう、こう、こんな感じ……」 大丈夫、前の宿が気に食わないからと、新しい宿に変わるなんて、よくなることだ。……よくあることなんだろうか。ええい、考えていても仕方がない。前の宿は、既に引き払ってしまった。後戻りはできない。ゴクッとは唾を飲み込む。やってやる、やってやるぞ。


     監視に一番適する場所は?

それは彼らの一番近く……なんて言う訳ではない。何事にも適する距離というものがあるのだ。懐に入るほどに近づきすぎれば、反対に身動きが取れなくなる。けれどもは運がいいことにも、彼らといくらかの顔見知りになってしまったし、下手にこそこそするよりも、堂々と近づいた方がいい。彼女はそう判断した。

は、アルバ達に“アタリ”をつけていた。
彼らが善か悪か、そんな判断はともかく、ここ最近この街で起こる不審な事件の要となっているのは、彼らに間違いがない。この間の、奇妙な集団との戦闘から確信した。そして勇気を振り絞り、一晩考えたのち、すぐさま彼女は行動に出た。パシンっとほっぺたを叩く。さて、いくぞ。今から自分はじゃない。である前に、帝国軍第三部隊親衛隊補佐と変わるのだ。


コンコン、とドアをノックする。長く息を吐き出して、ドアを押した。かららん、とカウベルの音が響く。「あの、今日から、こちらにお世話になっても……」 構わないでしょうか……そんな言葉のお尻を、思わずはひっこめた。そして店内を右から左へと目を向ける。みんな重っ苦しい顔をしてテーブルについていた。空気が果てしなく重かった。は思わず扉をパタリと閉め、玄関先で座り込んだ。なんだか入るには辛い雰囲気であった。タイミングが悪すぎる。




「あー、わりぃーな、ちょっと話し合いしてたんだ、話し合い。客ってんならいつでも歓迎だぜ!」

ニッと白い歯を見せるライに、「いいえ、こちらこそ、唐突にごめんなさい」とは頭を下げた。相変わらず宿屋の客ではなく、召喚獣達が椅子に座り込み、ちらりとを見つめた。その中で、緑の着流しを着た男が、ひときわ剣呑な瞳でこっちを見つめていることに少々気になったが、心当たりはないことだし、とは改めてライに向き直った。「前に、お断りさせてもらったんですが、ご飯も美味しかったし、お値段も、こちらの方が安いし、お知り合いの方も何人かいるようですから、やっぱりと思い直しまして」

予め決めていたセリフを口に出しながら、ふとは首を傾げた。アルバ、ライ、リシェル、ルシアン、駐在軍人のグラッドに、蒼の召喚師ミント。召喚獣達。この間の乱闘に参加していたものたちの顔がずらりと並んでいる訳だが、その中で、どうにも一人足りないような気がした。あの紫髪のメイドさんは、の中で、なかなか印象深かった。

「リシェルさん、ポムニットさんは?」 お仕事だろうか、と彼女の主に確認してみると、リシェルは暗い表情で眉をひそめ、「やめたわ」と吐き出すような小さな声を出す。「え」 なんでですか、やめたって、メイドをってことですか、と問いかけそうになる自身を押さえつけた。暗い顔をする相手に、とやかく質問を重ねるべきじゃない。

また空気が暗くなった。
扉を開けた瞬間の重い空気は、これなのだろうか。どうしよう、とが身を固くしたとき、「まあ、まあ、まあ!」 ぱっとリシェルの弟、ルシアンが立ち上がり、に近づいた。「ちゃん、これからよろしくね! 僕達はこの宿に泊ってる訳じゃないけどさ、ちょくちょくここにやって来るし! ライさんの宿にお客さんが増えて嬉しいよ!」

明るい彼の声に、はホッと息をついた。和らいだ空気の中で、「こちらこそよろしく」というような言葉が飛び交った。アルバも笑っている。は思わず頬をゆるめて、ぺこりと頭を下げた。「こちらこそ、よろしくお願いします」 そう言おうとしたのに、唐突に、セリフは遮られた。


「自分は、ちょっと賛成できませんねぇ」


あの緑の着流しを着た、おそらくシルターンの召喚獣だ。「シンゲン?」とライが不思議気に首を傾げた。「この娘さん、どうにも怪しいですよ。自分たちにあれだけびびって逃げ帰った後に、考えなおして宿に来た? 胡散臭いですねぇ。ついでにいうと娘さん、墓場でご主人達が暴れまわっていたとき、あんた、あそこにいましたね? 召喚術だかなんだか知りませんが、文字通りに弓兵の手を“焼いた”のは、あんただろう」 その髪色は、しっかとこの目に焼き付いておりますよ。

鋭く尖った彼の言葉に、はぎくりと体を震わせた。
気のせいでしょう。そう誤魔化さなくてはいけないのに、声が出ない。なぜならあっちは、もう既に心の中で決めつけているからだ。そんな相手に否定を重ねたところで、見苦しいだけである。(……甘く見てた) フレアは唇をかみながら腕を押さえた。シンゲンの言葉に、すぐさま召喚獣達が立ち上がり、各々の武器を握る。「……貴様……!」 何が目的だ、とつがえた矢をに向けたセルファン族の女性に、は一ニ歩後ずさった。

「あ、え、あの」
「御子様をお守りすることこそ、俺達御使いの務め! 目的を吐け! お前も兄、いや、クラウレの手先か!!」

よくはない事態に進んでいる。さすがにこれは違う。「いや、ちが、ちがいま、ちがいます!」 必死で首を振るものの、彼女、アロエリはこっちを聞く耳は持ってはいないらしい。キリキリと引き絞られる弦に、「アロエリ、とにかく話を!」とグラッド達が立ち上がった。けれども彼女は厳しく眉を釣り上げたまま、息を吐き出す。仕方ない、とは腰の石に手を伸ばそうとした。とすれば、彼女の矢を燃やす程度の動きをするつもりだったのだが、アロエリは違った。が、攻撃性の高い武器を取り出したのだと瞳を見開き、すぐさま彼女はの手のひらへと狙いを定め、矢を撃ちぬいた     かのように思えたのだが。


「やめてくれよ!!!!」

飛び出したアルバにより、アロエリの矢は見当違いの方向へと飛び出し、宿の壁に突き刺さった。アルバはアロエリを後ろから抱え込むように彼女の腕を固定させ、「アロエリ、落ち着けって!」「な、アルバ!?」「みんなも、よく考えてみろよ! この宿には結界がはってるんだろ!? おいらにはよくわかんないけど、ミルリーフに悪意があるやつが近づいたら、すぐに分かるって言ってたじゃないか!」


アルバと同じく飛び出したライにより、腕をひっぱられ、床にぺたりと座り込んでいたは、ぽかんとアルバを見上げた。そんなの隣で、「おい、アロエリ! 話もきかねーで、何すんだよ!」 叫ぶライに、アロエリはアルバの拘束を解きながら、「ち、ちがう!」と首を振った。「おれはもともと、そいつに当てるつもりはない、ただ、怪しい動きをしたから、少し脅そうとしただけだ……!」「だからと言って、少々、短気な行動ではあったな」

龍人族の男性がひたりと顎に手のひらを置く。ふと、は彼が、いつも持っていた扇子をその手に持ってはいないことに気づいた。思わず辺りを探ると、床の上にころりと扇子が転がっていた。ついでに、壁に突き刺さったと思ったアロエリの矢は、の勘違いであったらしく、弓矢は壁に垂直に向かい、先は砕かれ情けない姿で、ころんと床に落っこちている。つまり、彼が投げた扇子で、アロエリが放った弓のやじりを打ち砕いたらしい。うわあ、とこれにはさすがのも瞬いた。

「娘よ」 ことことと、龍人族の男は歩を進め、扇子を拾い、ぱさりと広げる。「まずはこちらの非礼を詫びよう。しかし、我らの事情も考慮してもらえんか。少々厄介事を抱えておる立場でな。とにかく、そちらの事情というものを教えてもらえれば、このようなお互い妙な勘ぐりをする必要はないのだがな?」

はっはっは、と扇子をはためかせる男性に、は少々顔をひきつらせた。つまりはお互いの説明を、とうことだ。
ちらり、と彼女は宿の面々の顔を見つめた。端から全員の顔を見つめ、最後に困惑するアルバを見た。はため息を吐き出した。そして観念し、事実を話すことにした。

主に、一部分だけであるけれど。






「…………つまり、は流れの召喚師で、たまたま召喚獣だらけな、奇妙な……っつーか、変な宿を見つけて、ついでにミルリーフのマナにも気になって、俺達をつけてたら、クラウレとの戦いを目撃しちまったーっつー訳か?」

がりがり、と白髪をひっかくライに、はい、とは殊勝に頷いた。嘘ではない。ただこの街の異変を察知し、派遣された軍の使いであるということのみを伏せさせてもらっただけだ。「なるほど……」と眼鏡をくいっと片手であげた天使、リビエルは「あのときはこちらに加勢をしてくださったようですし、万一、それが作戦であったとしても、宿の結界には反応はしていません。敵……では、ないようですわね」 ときらりと眼鏡を光らせた。

「リビエルちゃん、敵とかなんとか、そういうことは言っちゃだめだよ」
「御子様をお守りする上で、重要なことですわ。それとルシアン、リビエル“ちゃん”というのはやめてくださいと何度も言っているでしょう!」

もう! と頬をふくらませる小さな天使に、「ごめんよリビエルちゃん」と眉を垂らすルシアンに、おそらく他意はないのだろう。「ちゃんは……どこかの派閥に属している、とか、そういう訳ではないのかな?」 おっとりとした口調で首を傾げるミントに、いいえ、と首を振った。派閥という意味合いが、言葉の通りであるのならば、“軍”という派閥に属してはいるが、この場合、蒼の派閥、金の派閥と召喚師達の所属に関する質問であるのならば、答えはNOだ。

まさか彼女が軍人であるとは思いもせず、「そうかぁ」とミントは頷いた。「なんだかびっくりだな」 ひょい、との肩口から、アルバは顔を覗かせた。はぎくりと体を硬くして、一度息を吸い込んだ後、ちらりと彼を見上げる。「があそこにいただなんてさ」「……それを言うなら、私の方がびっくりですよ」

はちらりとミルリーフに目を向けた。桃色髪の女の子は、きょとんと首を傾げて、“パパ”の服をちょんとつかむ。「妖精郷、ラウスブルグ     リィンバウムには人には知られてはいない場所が、まだまだ多く存在すると言われていますが、まさかそんな隠れ里が存在するとは、思ってもみませんでした」


つまり、彼らの話をまとめるとこうである。ラウスブルグとは生きる城であり、至竜の加護を得、もとの世界に戻ることのできないはぐれの召喚獣達がひっそりと隠れ住む城である。龍人族であるセイロン、天使のリビエル、セルファン族のアロエリ、そしてその兄クラウレは龍を守護する御使いであり、ミルリーフはラウスブルグを守っていた、竜の子どもである。先代、彼女の親は、ある日ラウスブルグを攻め入った外敵との混乱の中で命を落とし、未だ竜の力を狙う敵勢と、彼らは戦い続けている。

それで何故ライ達は彼ら御使いに協力することになったのかと言えば、たまたま空から落ちてきたミルリーフを保護したことがきっかけであるだとか。軽いのかそれとも重い理由なのか、はよくわからなくなり、パチパチと瞬きを続けた。

とりあえず、彼女は彼らの事情を知ることができた。これである程度の満足は得た訳だが、また次の懸念が残る。彼ら竜の子を狙う敵対勢力は、前々から軍へ辛酸を飲ませられていた、犯罪組織、“紅き手袋”とも関わりがあるらしい。は彼らの言葉を聞き、暫く考えこむように、じっとテーブルの板を見つめた。そして、ぐっと息を飲み込み、勢い良く顔を上げた、「あの、もし、よかったらなのですが」 ちらりと彼らの視線がに集まる。

「私を、あなたたちの仲間にしていただけませんか。確かに、召喚師の派閥には属していませんが、召喚の知識はある程度ありますし、体を動かすことも、苦手じゃありません。不安と言うのでしたら、試験をしていただいても構いませんから、その     
「いやいやいや、試験って」

何言ってんだよ、と慌てたように手のひらを振るライに、「でも」とは手のひらを合わせた。「あぶねーって。話を聞いたから、ハイ協力しろっつー訳じゃないしさ」「そうよ。あいつら、結構危ないやつだし、正直、みたいな子におすすめはしないわ」 どこか声を落とすリシェルに、「で、でも」とはテーブルに手のひらを置き、立ち上がった。

でも、なんだろう。
任務であるから。
そうだ。もちろんそうだ。けれども別に、彼らの一員となる必要はない。これだけ情報を与えてくれたのだから、後は一人でなんとでもなる。「で、でも」 は苦しげに眉を顰め、また顔を上げた。「心配なんです!」 出てきた言葉は、案外陳腐なものだった。そうなんだろうか。本当にそうなんだろうか。だって、自分の言葉が事実であるか、ただのでまかせであるのか、全然分からない。けれども彼らを納得させる要因にはなったようで、困ったように顔を見合わせた彼らは、ふとに目を向け、代表したように、「それじゃあ、まあ、よろしく」とライは手のひらを出した。
はほっとして、彼らの手を握りしめた。
それは宿屋の主人と言う割には、分厚く、硬い手のひらだった。




   ***



これで、全てが上手くいった、なんて、こんなことはない。
はライに部屋割りを伝えられ、荷物を抱えながら、どきどきと高鳴る心臓を押さえこんだ。とてとて二階の廊下を歩いていると、ふと背中から声が聞こえた。「そこのお嬢さん」 振り返る。瞬間、首元に小刀が当てられた。そう思ったが、それはただのの勘違いで、冷たい殺気をつきつけられただけだ。ぽたりとは冷たい汗を流した。


シンゲンと紹介された、短いチョンマゲを頭の後ろでくくった、お調子者の風貌を被った眼鏡の侍は、冷たい声を吐き出しながら、の背後に佇んだ。「御主人達は、正直お人好しがすぎる面々ですからね。あんたの言うことの全部を信じているらしいが、自分はどうにもひねくれてる性分なもんでして。     少なくとも、あんたは嘘は言っていない。けれども全部を出してはいない。直接の敵じゃあないとは分かってはおりますんで、あの場は何もいいやせんでしたが、妙な行動を取ってごらんなさい。その首、自分が頂きます」

ぴくり、とは喉をひきつらせた。「これからあんたと自分は、一つ屋根の下ってワケですからね。どこへなりとも、自分の目があると思いなさい」

この男、手練である。
は自身の選択を、ひどく後悔した。そして彼からの殺気が解かれた瞬間、長くは息を吐き出し、ぐるりと体を回し、シンゲンを向かい合った。何を考えているのか、さきほどとはうってかわってにこにこ顔をほころばせる男を見て、ふとは、先程のセリフをもう一度思い返した。

     あんたと自分は、一つ屋根の下ってワケですからね

シンゲンと自分は。みんなと自分は。
つまり言うのであれば、
アルバと自分も


あれっとその事実に気づいてしまった途端、はじわじわと顔を赤らめ、とうとう、ぶぼっとヤカンのように顔から蒸気を吹き出した。まったくもって、そのことについて考えていなかった、というか忘れていた。とにかく、彼らの近くにいかなければとそればかりしか考えてしなかった。
これからずっとアルバと同じなのだ。部屋は近いし、ご飯も一緒で、もしかしたらお風呂の場所とか、まさかそんな。
どどど、どうしよう。こここ、これからどうしよう。


あうあうあう、と顔を赤くさせて、シンゲンそっちのけで涙目になりながら頭を抱えてぐるぐる混乱する少女を、彼は見下ろして、「もしかして、この少女が怪しいだとか、ただの自分の思い違いなのかも」と結構本気で考えながら、お互い会話もなく、奇妙に気まずい雰囲気の中、ぼんやり廊下につったった。


「あ、あう、あう、あう、私、ど、ど、どうしよう……!!!」
「…………(なんだか、奇妙な娘さんですねぇ)」





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2012/04/21
原作ルートについて、また注意事項追加しました。
ストーリー上の都合により、ポムニットさん離脱ルートです、うううう、私の癒しが……(´;ω;`)