「なあミルリーフ、お前、のことどう思う?」

別に、なんてことのない会話だ。
きょとん、とミルリーフは桃色の髪を揺らして首を傾げた。

「パパ、どうってどういうこと?」
「まあ、なんつーか、うーん」

喉の奥につっかえる疑問がうまく出てこない。
先日、トレイユの町外れにある宿屋にて、新たな仲間が加わった。肩口までの柔らかいブロンドの髪の少女は、まるでウサギみたいな赤い目をしていて、自信がなさげに辺りに目を向けていると思ったら、ときどき難しげな顔をして、じっとライ達を見つめていた。それが妙な仕草だと思う反面、単純に人付き合いが苦手なだけなような気もした。まあおそらく、それは間違ってはいないだろう。

召喚師である、と彼女は自身を説明したが、実際のところ、彼女を巻き込んでしまったことに、少々後悔の念はあった。心配だと言うものだから、二つ返事で了承してしまったが、返事が軽すぎたかもしれない。でもまあ、もう一度同じ状況にもどれと言われたとしても、おそらく自身は同じ返答をするだろう。ライはそんな男だ。手伝いたいと言うのだから、彼女が好きなようにしたらいい。

(……つーか)

鍋を振るう片手に意識が向いた。よろしく、との手を握りながら、どこかひどい違和感に彼はおそわれた。
年頃の少女の手というには、どうにもひどく硬すぎた。あれは自身と同じ手だ。
(つっても別に、他のやつの手だってそんな握ったことねーし)

幾度も豆が潰れて、すっかり硬くなってしまった手であるということにはすぐ気づいた。けれどもそれで何が決まるわけではない。少なくとも、宿屋の結界が彼女に反応しない以上、彼女はミルリーフに危害を加えるつもりはないということは証明されている     と、いうのは建前で、結界やら、なんやらということは、ライにはよくわからない。そういうものなのだ、と御使いに説明されたところで、実感がわかない、というところが正確だ。
(だからこれは、ただの俺の勘だけど)

あいつは悪いやつじゃない。

なんとなく、そう思う。他の宿屋にいる連中だってそうだ。少々変わっているし、面倒事ばかり持ってくるし、大飯ぐらいが多いが、気がいい奴らばかりだ。(まあ、だから大丈夫だろ) それはさておき、彼女の顔を見ていると、何かを思い出しそうになる。
こう、つい最近、どこか別の場所で会ったような、でもしっくり来ないような、来るような。

「あー……」

ううん、とでかい鍋の中身をおたまでかき混ぜる。「なあミルリーフ」 そこで最初の疑問である。「んんんん」 竜の子にもう一度尋ねてみようと目線をさげると、桃色髪の少女は、こめかみに人差し指をつけて、頭をまるめて座り込んでいた。「……なにしてんだ?」「んむむむむ」 もしかすると、最初に自分が問いかけた、“のことをどう思う?”という疑問を、未だに考えているのかもしれない。自分で話しかけておいて、ライはちょっぴり口元をひくつかせた。

「そーだなあ……」

舌っ足らずで、甘えん坊な喋り方だ。今度はピンクのほっぺをぺちりと叩いて、とても重要なことを述べるかのように、彼女はジッとライを見上げた。「はねー」「おう」「すーーーっごく、おいしい匂いがするの」「アン?」

匂い? とくんくん鼻をひくつかせる。一応料理人の端くれとして、気になる話だ。
「ちがうのー! そっちの匂いじゃなくって、魔力の匂い! ものすーーーーーっごく、おいしそうなのー!」
今度はさっきよりも溜めが長い。

「よくわからんけど、そりゃいいことなのか?」
「うん!」
「つーかさ、ミルリーフ。ってなんか別の場所で会ったことがあるような気がするんだけど、覚えてねぇ?」
「ミルリーフ、そっちはわかんなーい」

そうかー。そうだよー。とキッチンの中で二人楽しくお料理をする竜の親子を、たまたま通りがかったルシアンは口元を押さえて笑った。まるでホントの親子みたいだ。




   ***




あてがわれた部屋に入り、は無言で立ち尽くした。外はすっかり夜である。こつん、こつん、こつん、と小さな足音が、ドアから遠ざかっていく。あの着流しのサムライ、セイロンが、わざとに足音を聞かせているのだ。

はふらふらと、白いベッドに吸い寄せられた。そしてぼふっと手のひらをつき、シーツの上に崩れ落ちた。「ど、どうしよう……」 考えてなかった。
考えてなかったのだ。

「アルバさんと、お、同じ宿になっちゃうなんて……」

うまく宿屋の中に潜入できた。それはいい。ナイスである。けれどもこれから、毎日アルバとはひとつ屋根の下で、ご飯は同じでおはようからおやすみまで。(ひあああああ) 別に、アルバ以外の人ならば、こんなに気にはなりはしない。ぼふぼふと枕に何度も顔を突っ伏した。耳が熱い。ついでに言えば、頭がぼうっとする。同じ年頃の異性であるから恥ずかしいのだろうか。
でも別に、ライとか、宿に泊まっているわけではないが、ルシアンとか、二人に恥ずかしいとは思わない。一日の流れを、頭の中で思い描いてみた。おはようございます。こんにちは。おやすみなさい。その間にアルバを挿入してみる。おはようございます、アルバさん。想像の途端に赤面した。

「な、なんでだろ……」

ごそごそ起き上がって、ぺたんとベッドに座り込みながら、ぐすりと鼻をすする自分はひどく滑稽だと思った。なぜだか目尻に涙が浮かんだ。ごしごしとは乱暴に手の甲でそれをぬぐって、今更ながらに定期連絡を思い出した。鳥には、まだ新しい宿を伝えていない。

パタリと部屋の窓をあけて、きらついた夜空を見上げた。ぴゅう、と一つ口笛を吹こうと思って、やめた。あのシンゲンという男から自身は疑われている。大して調査も進んでいない今、下手な行動をして疑いを深めるよりは、まずは親交を深めるべし。信用を得ること。これは何事においても鉄則である。幸い、この間報告したばかりであるし、まだ暫く様子見を重ねても問題ない。

(でもそもそも親交って)
どうやって得たらいいんだろう。
潜入調査の鉄則は理解している。けれども、その仮定が思いつかない。

「もしかして、わたし」

友達とかずっといなかったし、こういう任務に向いていなかったんじゃないだろか、と気づいたときには、なんだかちょっと、色々と遅かった。



   ***



つまり現在のの悩みを一言でまとめると、“みんなと仲良くするにはどうしよう”というところだった。案外これが笑い事にならない。の一番の得意は召喚術だが、一番の苦手は人付き合いだ。それは元の彼女の性格が問題なのかもしれないし、単純に経験が足りなかった。アルバやトレイユの人々と話す度に、少しずつ声を出せるようにとなったものの、まだまだ彼女の上がり症が克服できたわけではない。
(ど、どうしよう)

ぐるぐると不安の面持ちでベッドの上から顔を上げた。任務だ、これは任務であると割り切れば、きっとなんとかなる。けれども、それはどこか違う気がする。親衛隊補佐ではなく、ただのとしてこの場にいたい。けれども、その方法がわからない。
ギュッと白いシーツを握った。困った。困惑した。泣き出しそうになった。


けれども案外、そんな不安は、簡単にどこかに行ってしまうものなのだ。



「みんな! パン勝負をするぞー!!」







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2013/02/19

12.5話【番外編】