カチリ、と彼女は腰にあてた長剣を引きぬいた。ひゅるりと草原に吹く風のにおいをかいで、幾度も彼女は剣を薙いだ。ひゅっ、ひゅっ、ひゅっ、ひゅっ! 重たげな音から、軽々しい音へと変化していく。風を切った。ピタリと彼女は動きをとめて、「ううん」 首を傾げた。

鈍っている。
おもいっきり鈍っている。



     忘れじの面影亭。
ライを店主とする、 あの奇妙な店の中の、自身の立場はというと、ただの旅の召喚師だ。軽い武具程度なら所持にも多少違和感はないが、それを器用に操るとなると別だ。

軍で過ごしていた日々は、訓練漬けの日々だった。それが今はどうだ。例え任務とはいえど、表立って剣を扱うことさえままならない。硬い手のひらが、やわらかくなることが恐ろしかった。はきゅっと口元を引き締め、町外れから遠い草原の中で、くるくると一人剣を回した。(できたら、アルバさんみたいに、街中で訓練ができたらいいんだけど) さすがにそういう訳にはいかない。

ぴくぴく、とは耳をすました。憑依したクロックラビィで、はぐれの気配は察知している。できることなら、落ち着いて訓練に励みたい。(宿屋には、“彼”を置いてきたし) もし何かあれば、自室のベッドの上に置いた彼が、ころころとに危機を伝えてくれるはずだ。彼とは、思考の奥底でつながっている。初めて手にした召喚獣が彼だった。あまりにも大きすぎるから、滅多なことではこちらに呼び出せない。今頃、メイトルパの空気の中で、あくびの一つでもしているんだろう。



気づけば、宿の者たちとも、長く会話を重ねるようになった。ときおり勝手に頬が熱くなって、うまく呂律が回らなくなってしまうときがある。できることなら、この機会にそのくせも改善したいところだ。人見知りをする親衛隊など、洒落にもならない。
相変わらずどこぞのサムライの目が鋭く光ることもあったが、特に何をされた訳でもない。

くるくる、とは剣を引きぬいた。細く、頼り気のないこの刃は、残念ながらの得意の武器ではない。そちらでは目立ちすぎると、一般的な旅人の服装として剣を選んだが、その選択は、少々早計だったかもしれない。彼ら竜の子達巻き込む嵐は、もしかするとが考えているそれよりも大きなものであるやもしれない。

(せめて、杖を持っていたらよかったかな)
召喚師が持つものとして、そう違和感はないし、棒術はそう下手というわけでもない。そう思案にくれながら、黙々と体を動かしていたとき、ふと宿屋が騒がしいことの知らせがあった。かちゃりと剣を鞘になおし、汗を拭いながら確認する。敵ではない。ころころと、頭の中でエメラルドのサモナイト石が転がっている。楽しげだと報告をする彼の基準は、人間とは異なる。さて、どこまで信用すればいいものか、と苦笑し、宿屋へ帰りの歩を向けようとした。そのときだ。

悲鳴が聞こえた。ぴくりとクロックラビィが耳をならしている。



   ***



苦しい。
息ができない。

ぐるぐると彼女は喉を鳴らした。喉を締め付けられる苦しさは、ひどく懐かしいものだった。頭の上では、ニヤニヤ嬉しげな召喚師がこっちに向かって杖をふる。(やあ、かわいい召喚獣ちゃんだ) 言葉を発しているような気がした。けれども分からない。ぽたぽたと口から唾が流れた。少しでも空気を飲み込もうと、犬のように舌を出して、はあはあとユエルは胸を震わせる。(さっさと連れて行っちゃおうよ、あんちゃん)(ああ、そうするか)
頭の上で、自分勝手にニンゲン達は話していた。嫌だ。
(…………嫌だ)

涙が溢れた。
がるるるる、と知らない相手に牙をむいた。(あんなこと、もうしたくない) あいつは悪いやつだ。そう騙されて、つめ先を相手の腹にめり込ませ、血を滴らせた。全部が全部ウソだった。知って、逃げて、でも誓約に縛られた。それを、あの子たちが助けてくれた。その首輪を外すことはできないみたい、と頭を下げられた彼女達の言葉にだいじょうぶ! と笑ったのに。
もうユエルは、大丈夫だよ、あんなやつらに捕まらない、と自慢の尻尾をはたはたと揺らして、仲間に誓ったのに。

涙で視界が滲んだ。声がどんどん遠くなる。揺れる草を無意味に握りしめて、溢れる胃液を吐き出した。「あ、こいつ吐いた!」「きたねえな。まあいい、弱った召喚獣の方が、高く売れるってもんだ」 あいつらにまた見つからねぇうちに、さっさとヅラをかるぞ、と低く鈍い声が響く。

瞳をつむった。悔しくて、悔しくて、たまらなかった。(こんなやつら) 体が動けるのなら、八つ裂きにしてやるのに。


     そこで何を、していらっしゃるんですか?」
「…………へ?」


しゃん、と姿を表したのは、肩口までの短い金の髪をはたはたと風に揺らせた、ニンゲンの女の子だった。



   ***



地面に崩れ落ちる召喚獣が見えた。あの大きな耳と尻尾はオルフル族だろう。苦しげに息を吐き出して、誓約の痛みに苦しめられている。はぴくりと眉をひそめた。「あんちゃん、見られちゃったよ!」 あわあわ、と小男が無意味やたらに杖を地面に押し付けた。それと対称的に、顔面にベルトを巻きつけたどっしりとした体の大男が、ふんっとを見下ろし、冷笑した。

「ただの小娘じゃねえか。おい勘違いするなよ。俺たちはこの召喚獣の“ゴシュジンサマ”だ。反抗的なやつだからな。ちょっと痛めつけてやってるだけだ。自分の持ち物に何をしようと勝手だろう」
「なるほど! あんちゃんいい言い訳だね、さすがだよ!」
「バレン、お前は黙ってろ」

きゅっ、と喉を鳴らして、バレンと呼ばれた小男は口元を押さえた。兄弟なのだろうか。(ふうん……) なるほど、とは静かに瞳を細めた。“見ればわかる” ぐるぐるとオルフルの少女を無理やりに巻き上げている誓約の糸だ。厳密に言えば、実際に目に見えているわけではないが、わかるのだから仕方がない。

「確かに、あなた方の言うとおりです」

オルフルの少女が、また苦しげに息を吐いた。立ち上がろうとして、その背中を大男が蹴り飛ばす。は静かに腰の剣に手をかけた。「ですが、少々やりすぎでは」「何度も言わせるんじゃねえ。これは俺たちの所有物だ。何をしようと、俺達の勝手だ。納得できたなら、その物騒なもんはどけて、さっさとどっかに行ってくれねえか。俺達も手荒なことはしたくねぇ」

遠巻きに、男は分厚い拳を握った。はわずかにため息をついた。彼らの嘘も、とっくの昔に気づいている。なめられたものだ、と言いたいところだが、今のは、なんでもない。ただの旅の途中の小娘である。「こちらとしても、あまり無粋なマネをしたくはありません。ですのでここはひとつ」

軽く、糸を切らせて頂きます。

シャキリ、とは細い剣を、抜き出し、まるでチーズか何かのように、空間を切り裂いた。
アッ、とバレンは悲鳴を上げた。
彼の杖が、光を伴いはじけた。「何があった!」と兄が叫ぶと同時に、オルフルの少女はパチリと瞬きを繰り返して自由となった自身の喉を不思議気に触る。「お前、なにしたんだ!」 バレンはギリギリと歯ぎしりを繰り返した。かちゃりと腰に剣を戻しながら、は困ったふうに首を傾げた。

「ですから誓約の糸を切らせて頂きました」
「……いっ、い!?」

すぐさま大男がオルフルの少女     ユエルの首根っこをつかもうとその太い腕を振り回した。けれども彼女はそう甘くない。がるっ、と獣のように喉を震わせ、くるりと宙を回転して後方へジャンプした。「バレン! もう一度だ!」 ハッと弟は瞬いた。めちゃくちゃな呪文を唱え、杖に魔力の欠片を集める。トンッと強く、地面を叩いた。ユエルは慌てて体を硬くした。けれどもいつまでたっても、何があるわけでもない。

「あれ、あれ? あれれ?」

ユエルとバレン、敵と味方で同じような台詞をあげて、ユエルはぺたぺたと自身の体を確認した。くすりとはその様子に笑みを落とした。「申し訳ありませんが、そちらのオルフル族との少女の契約は、先に私が結ばせて頂きました」 ですから、横槍は駄目ですよ、となんて言葉をきいても、彼からすれば納得ができるわけがない。「そんな馬鹿な! 僕の魔力が、負けるだなんて! ありえないよォ!」

それはこっちの話である。ふんっ、とは珍しく鼻から息を出して、むっと唇をつきだした。さわさわと、遮蔽のない空間で楽しげに揺れる風が、彼女の髪を揺らしていた。

「ありえないのはあなたが使用する召喚術です。あまりにも稚拙すぎる。そもそも、あなたが正当な彼女の主であるのならば、こんな芸当ができる訳がありません。町で召喚獣を誘拐し、売りさばいている犯罪者がいるとおききしました。あなた方がそうですね」
「だったらどうする」

開き直るように、大男は胸をはった。「あんちゃん!」 半べその弟が、泣き叫んだ。その頭を兄は押さえ込んだ。はしまった剣にかちりと再び手を置いた。だったらどうする。

     成敗させていただきます」

彼らからすれば、馬鹿な話である。ぴゅるるっ、とバレンは首にかけた笛を、勢い良く吹いた。これが合図だ。仲間たちがこちらに来る。
「ガキ一人と、弱った召喚獣一匹でか」
いいえ、とは首を傾げた。彼らにはわからない。うなるユエルに、大丈夫、とは笑った。


「すぐに、みんなが来るから」

ぴくりぴくり、と体の中のクロックラビィが教えてくれる。幾人もの足音がする。聞き覚えがある、安心できる足音だ。「そしたら、みんなで一緒に叩きのめしてあげちゃうんですから」
仲間たちの、声が聞こえる。



   ***



「そもそも、はなんで一人であんなところにいたんだよ」
半分、怒ったようなアルバの言葉に、はぎくりと体を小さくさせた。

ユエルは、ライ達の客人だったらしい。オルフル族は、水を怖がる種族だ。無理やり風呂に入れられそうになったものだから、ビックリ半分宿屋を飛び出し、悪者たちに捕まえられてしまったというわけだ。

慌ててユエルの行方を探っていたライたちと合流を果たし、バレンと、その兄をメッタ打ちにしたもの、彼らの逃げ足の速さは、中々見事なものであった。スタコラサッサと仲間たちと一緒に逃亡を果たす背中をぽかんと見つめ、場違いながらもは吹き出してしまった。ゲラゲラと笑う面影亭の仲間たちと一緒に、無事でよかった、とリビエルに抱きしめられたユエルは、ほんの少しだけ頬を赤くしていた。

こうして待ち合わせていたらしい女性と見事に再会を果たしたユエルは、お礼の言葉を口にして、はたはたと手を振りながら、トレイユの町を去った。バレン避けとユエルにかけさせてもらっていた誓約は、もちろんすぐさまその場でといた。けれども彼女の元の“正式な召喚者”がつけたらしい首輪は、どうやっても外すことはできなかった。ごめんなさい、と頭を落とすと、「ユエルの仲間とおんなじことを言うんだね」と彼女はすこしだけおかしげに笑って、「ありがとう」との両手を握りしめた。
やっぱり、少しだけ耳が赤くなった。


とりあえず、誰も怪我をすることなく、収まったことに安心してぼんやり宿屋の外で星を眺めていたら、丁度夜の訓練と剣を抱えたアルバと鉢合わせてしまったというわけだ。
アルバはムッと眉をよせて、の隣に座り込んだ。アルバという男の子は、穏やかな少年である。彼が声をはりあげている姿を、は見たことがない。いや一度だけ、がアロエリの矢に貫かれそうになったときだけだ。

嫌われたのだろうか。少しだけは怖くなった。なんでこんなふうに、一人の少年の声色で、どきどきと胸が痛くなるのか、自分には全然わからなかった。一人で町の外にいた理由を言えと言われたところで、剣の訓練のために、だなんて返答ができるわけがない。
「えっと、その、散策に」「散策?」「おさんぽ……」 ぐるぐると目の前が回って、まともな言い訳が思いつかない。

アルバはじっとの顔を覗きこんだ。はぐっと唾を飲み込んだ。そうして、アルバはわずかにため息をついた。「……別に、おいらににどこに行くなとか、そんなこと言うことはできないけどさ。でも、危ないよ。あそこははぐれもいるし、今日みたいなことがまたあるかもしれないし」 こくりと頷く。アルバは心配してくれている。そうわかると、少しだけ落ち着いた。彼は怒ってるわけじゃない。

「あの、ごめんなさい」
「ん? なんで謝るの?」
「心配を、かけてしまって」

あはは、とアルバは笑った。またわからなくなった。「なんだかって可愛いね」 ぽふりと顔が赤くなってしまった。けれども、今が夜であることがありがたかった。「……そういえば、ユエルがが助けてくれたって言っていたけども」「うえっ!」 一気に頭が冷めた。


     ってね、すごいんだよ。こう、ぱぱーっ! ってして、しゃきーんで、ぶわーっ! って!

身振り手振りで、ぱたぱたと尻尾と耳を動かす彼女の言葉は、誰も理解はできなかったのだろう。けれども、にはわかる。おそらく、彼女がバレンの召喚術の糸を切った、そのさまのことを説明したかったのだ。一体お前は何をしたんだ? と首を傾げるアロエリに「まあまあ!」とは両手を動かして、必死にごまかした。あんなことを、ただの召喚師ができるわけがない。

厳密に言えば、バレンの召喚術が、あまりにも“へたくそ”であり、かつ正式な召喚師ではなかったからこそできた技だ。本来ならば杖を使用しなければいけないのだが、あの程度ならば、剣を杖の代用とすることは、そう難しいことではない。

「えっと、まあ、その、ちょっと、その、ちょこっと」
「ちょこっと?」
「剣を使った、と、いいますか……」
「剣? は召喚師じゃなかったの?」
「えっと、その、まあ、そっちが本職で、まあまあ」

あはは、と頭をひっかいた。またアルバの顔が曇った。何か自分はまずいことを言ってしまったのだろうか、は慌てて瞳を見上げ、アルバを見つめた。「それで、一人で戦おうとしたの?」 ものすごく、大雑把に返答をするのならばイエスである。うぐ、とは小さくなった。

アルバの言いたいことはわかる。多少腕に覚えがあるとはいえ、自身の行動は、少々無茶があった。彼らの仲間が隠れていることは、クロックラビィの耳が教えてくれた。けれども、アルバ達がすぐに近くにいることは、まだ知りもしなかった。けれども、首を押さえて、胃液を吐き出している彼女の姿を見て、かっとなった。そうだ、その言葉だ。「怒っていたんです」

私、多分怒っていたんです、と自身の両手を重ねた。これは恥ずべきことであった。耳が勝手に赤くなって、どんどん体が小さくなる。そんなを、今度はアルバが心配気に覗きこんだ。「?」「あの人達が、嘘を言っているということはすぐにわかりました。彼らはユエルさんの召喚師じゃない。でも、ユエルさんは召喚獣です。それもはぐれで、正しい主がいるわけでもない。だから、彼らに捕まえられて売られてしまっても、文句なんて言えない。そうです、言えないんです」

少々それは一方的な言葉だ。けれども、人間側からしてみれば、それは正しい。「私は、そう教えられてきました」 召喚獣はただの道具である。中には言葉が通じるものもあるが、それはただの正面にすぎない。一皮むけばそれらはただの獣であり、人間とは異なる。情の気持ちをかけるべきではない。それは召喚師として、恥ずべきことである     そう繰り返された台詞が、かつかつと教師が黒板にチョークを叩く音とともに蘇る。

耳を押さえた。死んでしまいそうだった。薄々気づいてはいた。自身はどこかおかしい。
「私、友達がいないんです」

人と話すことが、未だに得意ではない理由の一つがきっとそれだ。それとも、苦手だからこそ、いないのだろうか。にはわからない。ただ自己を嫌悪する気持ちばかりで、深くまで事実を理解することができない。「だから、少し、召喚獣を、人間として見ていて」 それを売り買いしようとする人間がいることに、腹が立った。感情的になっていた。すぐさま、ユエルを楽にしなければならない。そう考えていた。


「召喚師、失格なんです……」
軍人として、という言葉は飲み込んだ。


かちゃかちゃ、と宿屋の中から楽しげな話し声が聞こえる。窓からは、明るい光がぽろぽろとこぼれて、地面を照らしていた。アルバは何も言わなかった。はただ、自身の膝に置く拳を握りしめた。見上げた空の上で、ぽろぽろと静かに星がこぼれていることにも気づかなかった。「あのさ」 ふと、アルバが言葉を落とした。

「前にも、少し言ったかもしれないけど、おいらの家族って大家族でさ。おいら、父さんと母さんはいなくて、でも、そのかわりの人がいて」

アルバの声は、静かだが暖かかった。嬉しげに家族を思い出していた。「とにかくすっごく大勢なんだ。騎士を目指す前までは、みんなで一つの家で暮らしててさ」
父と母がいない。その言葉をきいて、はわずかに瞳を落とした。自身と同じだ。兄がいなくなって、寂しくて、寂しくて仕方がなかったのだ。気づくと、彼らは消えてしまっていた。

「その中に、他の世界から来た人もいて、おいらの兄ちゃん代わりの人もいて、召喚術とか得意で、剣も使えて、かっこよくって、召喚獣なんだけど、とにかくすっごい人でさ。そんな兄ちゃんをさ、マスターって呼ぶ女の子もいて。行く場所がないみんなが、いつの間にかおいら達の孤児院にやってきてて、部屋はせまくなっちゃったし、大変なこともったけど、とにかく、楽しくってさ!」

嬉しげなアルバの声をきくと、どこかの気持ちも明るくなる。アルバは手のひらを広げた。それから、必死に言葉を紡いだ。「召喚獣だから、人間だからとか、そういうことを言いたいわけじゃないんだ。召喚獣だって、悪いやつや、危ないやつ、迷惑をかけるやつもいるし、人間だって、全員がいい人ってわけじゃない。だからその、そのさ、なんだろうな、うまく言えないや」

ごめんね、と頭をひっかくアルバの言葉は、少しだけわかりづらかったけれど、けれども伝わるような気がした。わかって、全部を納得したふりをすることは簡単だった。けれどもアルバに嘘をつきたくはなかった。これ以上、塗り重ねたくはなかった。「アルバさんの言葉は、とても暖かいとおもいます」 ぽかぽかとしていて、すごく好きだ。

「でも、その、常識というのは、その場にいる多数で決定される、というか。私がいた場所では、私みたいな人間は、恥ずかしいことであって、隠さなければいけなくって、それで」 自身を嫌悪する気持ちばかりが残る。そうして苦しげに息を吐いた。けれどもすぐさま顔をあげた。「あの、違うんです、アルバさんが考えていることが、恥ずかしいとか、そういうことを言いたいんじゃなくって、ただ、私の場合で」

慌てて首をふるを、アルバはじっと見つめた。「うん」 そうして、小さく頷いた。「恥ずかしくなんてないよ」 じっとまっすぐに、を見ていた。ぽろりと勝手に涙が出た。「あ、あの」 自分でもびっくりして、急いで片手で拭って、ひくついた息を隠した。出てきた涙を押し殺す術くらい、とうの昔に学んでいる。なんでもない顔を作ろうと思った。けれども、アルバがまた笑った。

「それに、さ、。おいらはもう、と友だちだと思ってた」

     私、友達がいないんです

情けない声だ。

の頭を、くしゃりと優しくアルバが撫でた。は幾度も瞬きを繰り返した。そうして、きゅうっと唇をかんだ。戸惑うように、アルバが手のひらを上げた。「あ、ご、ごめん、おいら妹もいるから、その、いつもの癖みたいな」 ホントにごめん、とあわあわ両手を揺らす少年に向かってはぶんぶんと首を振った。「嬉しいです」 すごく嬉しいです、と必死にアルバを見上げた。ふと、アルバの耳が赤く染まった。多分きっと、は気づいていない。

お互いほんのちょっと顔を赤くして、星空の下で座り込んだ。「おーい、めしだぞー!」と店主がフライパンを叩く音が聞こえる。ほわほわとおいしそうな匂いが漂った。
幸せの匂いだ。









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2013/03/17